【令和3年9月28日(大阪地裁 令和元年(ワ)5444号)】

【事案の概要】
本件は、発明の名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする2件の特許(特許第4659980号及び特許第4912492号。以下、前者を「本件特許1」、後者を「本件特許2」、併せて「本件各特許」といい、本件特許1に係る特許権を「本件特許権1」、本件特許2に係る特許権を「本件特許権2」、併せて「本件各特許権」という。また、本件特許1に係る特許請求の範囲請求項1、7~9記載の発明をそれぞれ「本件発明1-1」、「本件発明1-7」などといい、本件特許2に係る特許請求の範囲請求項1、7記載の発明を「本件発明2-1」などといい、これらの発明を併せて「本件各発明」という。)の特許権者であった原告が、別紙被告製品目録記載の各製品(以下、各製品を順に「被告製品1」などという。また、これらを併せて「各被告製品」という。)の製造販売等を行った訴外2社の代表取締役、取締役であった被告らに対し、本件各特許権が侵害され損害を受けたとして、主位的に、被告ら全員に対し、会社法429条1項に基づく損害賠償及び訴状送達による催告の後の遅延損害金の支払を求め、予備的に、代表取締役であった被告P1及び被告P3に対し、民法709条に基づく損害賠償及び各売上後の遅延損害金の支払を求めた事案である。

【判決文抜粋】(下線は筆者)
主文
1 被告P1及び被告P2は、原告に対し、連帯して、1億0129万1485円及びこれに対する令和元年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告P3及び被告P4は、原告に対し、連帯して、746万8027円及びこれに対する令和元年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告P3は、原告に対し、326万8238円及びこれに対する令和元年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、これを100分し、その7を被告P3及び被告P4の連帯負担、その3を被告P3の負担、その余を被告P1及び被告P2の連帯負担とする。
5 この判決は、第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 1 主位的請求
  主文同旨
(中略)
第2 事案の概要
 1 (中略)
 2 前提事実(証拠を掲げていない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
  (1) 当事者
  ア 原告は、医薬品、化粧品等の研究、開発、製造、販売等を業とする株式会社である。
  イ 被告P1は、平成13年5月22日からネオケミア株式会社(以下「ネオケミア」という。)の代表取締役であった者である。
  被告P2は、平成13年5月22日から平成28年6月17日までネオケミアの取締役であった者である。
  被告P3は、平成23年11月18日から平成30年7月11日までクリアノワール株式会社(以下「クリアノワール」という。)の代表取締役であった者である。
  被告P4は、平成23年11月18日から平成26年11月30日までクリアノワールの取締役であった者である。
  (2) 本件特許権
  ア 原告は、以下の特許権(本件特許権1)を有していた(以下、本件特許1の願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書1」という。)。本件明細書1の記載は、別紙「特許公報」(甲2)のとおりである。
  特許番号 特許第4659980号
  発明の名称 二酸化炭素含有粘性組成物
  出願日 平成10年10月5日
  登録日 平成23年1月7日
  優先権主張番号 特願平9-305151
  優先日 平成9年11月7日
  特許請求の範囲 別紙「特許公報」(甲2)の特許請求の範囲請求項1、7~9記載のとおり
  イ 原告は、以下の特許権(本件特許権2)を有していた(以下、本件特許2の願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書2」という。)。本件明細書2の記載は、別紙「特許公報」(甲4)のとおりである。
  特許番号 特許第4912492号
  発明の名称 二酸化炭素含有粘性組成物
  出願日 平成22年9月6日
  登録日 平成24年1月27日
  分割の表示 特願2000-520135の分割
  原出願日 平成10年10月5日
  優先権主張番号 特願平9-305151
  優先日 平成9年11月7日
  特許請求の範囲 別紙「特許公報」(甲4)の特許請求の範囲請求項1、7記載のとおり
  (3) 構成要件の分説
(中略)
  (5) 被告らの行為
  ア ネオケミアは、別紙「ネオケミアの売上の推移」のとおり、平成23年1月13日から平成29年3月2日までの間、各被告製品及びその顆粒剤を販売した(甲45~57。なお、平成22年12月6日の被告製品6の売上は、本件各特許の登録前のものである。)。
  被告P1は、ネオケミアの代表取締役として、ネオケミアの事業の執行の全般に関与し、被告製品1を開発し、被告製品1、3、4、8及び14の製造販売及びその余の被告製品の顆粒剤の販売に係る意思決定をした。
  イ クリアノワールは、別紙「ダイヤモンドスキンジェルパック売上一覧表(クリアノワール)」のとおり、平成25年7月25日から平成29年1月31日までの間、被告製品14を販売した。
  被告P3は、クリアノワールの代表取締役として、琉球粘土を用いた被告製品14の開発を着想し、被告P1に依頼して被告製品14を完成させ、被告製品14の販売に係る意思決定をした。
  (6) 別件訴訟(甲5、6)
  原告は、平成27年5月1日、ネオケミア及びクリアノワール(以下「訴外2社」という。)を含む総計11社を被告として、各社の製品の製造販売が本件各特許権の侵害行為に当たるとして、特許権侵害の不法行為に基づき損害賠償等を求める訴え(大阪地方裁判所平成27年(ワ)第4292号。以下「別件訴訟」という。)を提起した。
  別件訴訟において、大阪地方裁判所は、平成30年6月28日、ネオケミアに対し、金1億1107万7895円、並びにうち23万7772円に対する平成23年1月31日から、うち90万0686円に対する平成26年12月25日から、うち1367万4508円に対する平成27年2月28日から、うち52万1381円に対する同年5月31日から、うち84万7960円に対する同年12月3日から、うち662万1308円に対する平成28年2月29日から、うち125万7616円に対する同年9月14日から、うち7650万3995円に対する同年12月16日から、うち819万2802円に対する同月31日から、うち142万3288円に対する平成29年3月17日から、及びうち89万6579円に対する同年5月16日から各支払済みまで年5分の割合による金員を原告に支払うよう命じ、クリアノワールに対し、金1223万6265円及びこれに対する平成29年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を原告に支払うよう命じることなどを内容とする判決(以下「別件判決」という。)を言い渡した(なお、別件判決の認容した損害額には、被告製品6の販売に係るものも含まれていた。)。
  訴外2社を含む7社は、同判決に対して控訴したが、知的財産高等裁判所は、令和元年6月7日、控訴を棄却する判決をし、別件判決は確定した。
  (7) 本件訴訟に至る経緯(甲58の1)
  原告は、平成30年8月15日、被告製品8の製造販売に係る損害賠償金のうち500万円について、ネオケミアの売買代金債権の差押命令及び転付命令を受けた。
  原告は、別件判決後、被告製品8の製造販売に係る損害賠償金についてした債権仮差押えに対してネオケミアが供託した供託金200万円及び被告製品14の製造販売に係る損害賠償金についてした債権仮差押えに対してクリアノワールが供託した供託金150万円を差押え、回収した。
  ネオケミアは、令和2年12月7日、破産手続開始決定を受けた。
 3 争点
(中略)

第3 当裁判所の判断
 1 本件発明の技術的範囲への属否(争点1)について
(中略)
  (7) 小括
  以上より、各被告製品は、本件発明1-1及び2-1の技術的範囲に属し、各被告製品を製造販売する行為は、本件発明1-7、1-8、1-9及び2-7の間接侵害行為に当たる。
 2 乙1文献に基づく進歩性欠如の有無(争点2)
(中略)
  (4) 小括
  以上によれば、本件各発明は、特許出願前に当業者が乙1文献及び乙6公報記載の発明や周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法29条2項に違反して特許されたものとはいえない。したがって、本件各特許は、特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。この点に関する被告らの主張は採用できない。

 3 被告らの悪意重過失の有無(争点3)
  (1) 判断の枠組み
  法人の代表者等が、法人の業務として第三者の特許権を侵害する行為を行った場合、第三者の排他的権利を侵害する不法行為を行ったものとして、法人は第三者に対し損害賠償債務を負担すると共に、当該行為者が罰せられるほか、法人自身も刑罰の対象となる(特許法196条、196条の2、201条)
  したがって、会社の取締役は、その善管注意義務の内容として、会社が第三者の特許権侵害となる行為に及ぶことを主導してはならず、また他の取締役の業務執行を監視して、会社がそのような行為に及ぶことのないよう注意すべき義務を負うということができる。
  他方、特許権者と被疑侵害者との間で特許権侵害の成否や特許の有効無効について厳しく意見が対立し、双方が一定の論拠をもって自説を主張する場合には、特許庁あるいは裁判所の手続を経て、侵害の成否又は特許の有効性についての公権的判断が確定するまでに、一定の時間を要することがある。
  このような場合に、特許権者が被疑侵害者に特許権侵害を通告したからといって、被疑侵害者の立場で、いかなる場合であっても、その一事をもって当然に実施行為を停止すべきであるということはできないし、逆に、被疑侵害者の側に、非侵害又は特許の無効を主張する一定の論拠があるからといって、実施行為を継続することが当然に許容されることにもならない
  自社の行為が第三者の特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役としては、侵害の成否又は権利の有効性についての自社の論拠及び相手方の論拠を慎重に検討した上で、前述のとおり、侵害の成否または権利の有効性については、公権的判断が確定するまではいずれとも決しない場合があること、その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと、正常な経済活動を理由なく停止すべきではないが、第三者の権利を侵害して損害賠償債務を負担する事態は可及的に回避すべきであり、仮に侵害となる場合であっても、負担する損害賠償債務は可及的に抑制すべきこと等を総合的に考慮しつつ、当該事案において最も適切な経営判断を行うべきこととなり、それが取締役としての善管注意義務の内容をなすと考えられる。
  具体的には、〈1〉非侵害又は無効の判断が得られる蓋然性を考慮して、実施行為を停止し、あるいは製品の構造、構成等を変更する〈2〉相手方との間で、非侵害又は無効についての自社の主張を反映した料率を定め、使用料を支払って実施行為を継続する〈3〉暫定的合意により実施行為を停止し、非侵害又は無効の判断が確定すれば、その間の補償が得られるようにする〈4〉実施行為を継続しつつ、損害賠償相当額を利益より留保するなどして、侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行い、自社が損害賠償債務を実質的には負担しないようにするなど、いくつかの方法が考えられるのであって、それぞれの事案の特質に応じ、取締役の行った経営判断が適切であったかを検討すべきことになる。
  (2) 被告P1の悪意、重過失について
  ア 認定事実
  前記前提事実、証拠(甲2、4、7、10、29の1、2、30の1~6、31の1、2、40、58の1及び2、59の1及び2、乙82の1~10、乙89、93、95、96の1~4、乙97~99、101、丙4、被告P1本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
  (ア) 原告は、平成10年10月5日、被告P1及びP5を発明者として、本件特許1の出願をした。当時、被告P1及びP5は、原告の代表取締役であった。
  その後、原告は、本件特許1の実施品である炭酸パック「メディプローラー」(以下「原告製品」という。)の製造販売を開始した。
  (イ) 被告P1は、平成12年頃までに、経皮吸収される炭酸ガスは気泡ではなく溶存二酸化炭素であるから、炭酸ガスの経皮吸収効率を高めるために炭酸ガスの発生速度を抑え、無駄な炭酸ガスの気泡を発生させず、高濃度の溶存二酸化炭素をジェル内で持続させることで炭酸パックを改良することを発案し、P5に提案したが、容れられなかった。
  被告P1は、原告から独立して新たに改良炭酸パック剤について特許を出願することを考え、平成12年頃、兵庫県発明協会の特許相談を申し込み、対応した元特許庁の審査官であるという弁理士に、当時出願準備中であった特許が、原告が出願中の特許に抵触するかを尋ねたところ、抵触しないとの回答を得た
  被告P1は、平成12年に原告の代表取締役を退任し、平成13年4月6日、特願2001-108816号の発明を特許出願し、同年5月22日、ネオケミアを設立して代表取締役に就任した。
  その後、ネオケミアは、被告製品1の製造販売を開始した。
  (ウ) 原告は、平成14年2月8日付けで、被告P1に対し、被告製品1の製造販売について原告製品の形態模倣の不正競争行為(不正競争防止法2条1項3号)に当たる旨の警告書を送付した。
  被告P1は、畑中鐵丸弁護士に相談し、畑中弁護士は、同年3月24日付けで、原告に対し、被告P1は被告製品1の製造販売主体ではないこと、原告が特許出願中であった本件各特許とは別の特願平11-125903号の発明について、被告P1が単独で発明したものであり、職務発明ではなく、原告に特許を受ける権利を譲渡していないので、冒認の無効理由がある旨を回答した。
  (エ) ネオケミアは、平成14年4月5日、被告P1を発明者とする二酸化炭素外用剤調製用組成物に係る発明を特許出願し、平成21年1月23日に登録(特許第4248878号)された。また、平成16年6月21日に当該出願から分割出願された発明について、平成20年5月30日に登録(特許第4130181号)され、平成20年11月21日に分割出願された発明について、平成22年9月17日に登録(特許第4589432号)された(以下、これらの特許を併せて「ネオケミア特許」という。)。
  (オ) 平成23年1月7日、本件特許権1が登録された。
  ネオケミアが原告の取引先に対し、原告の製造する製品がネオケミア特許の発明の技術的範囲に属するとして特許法65条に基づく補償金の支払を求めたところ、原告は、同年2月2日、ネオケミア特許に無効理由があることを理由として取引先への警告及び請求を止めるよう求めると共に、被告製品1が本件特許1の発明の技術的範囲に属するとして、その製造販売の中止等を求める通知書を送付した。
  被告P1は、北浜法律事務所の弁護士に相談し、中森亘弁護士及び岡田徹弁護士に委任して、同月14日、原告に対し、ネオケミア特許の無効理由の具体的主張及び被告製品1が本件特許1の構成要件を充足することについて、具体的主張を求める回答書を送付した。
  (カ) 平成24年1月27日、本件特許権2が登録された。
  原告は、同年2月2日、被告の取引先5社に対し、被告製品5~7、10、12が本件特許2の発明の技術的範囲に属するとして、その製造販売の中止等を求める通告書を送付した。
  被告P1は、取引先から前記通告を知り、中森弁護士及び岡田弁護士に委任して、同月10日、通告対象の被告製品が本件特許2の構成要件を充足することについて、具体的主張を求める回答書を送付した。
  被告P1は、中森弁護士及び岡田弁護士との相談の中で、本件各特許の発明には、鐘紡株式会社の従業員であったP7及びP6も関与しており、P6についてはノートをつけていて協力も得られる旨の話をしていた。原告及びネオケミアの代理人間での和解交渉が難航していたため、中森弁護士及び岡田弁護士は、被告P1と相談の上、本件各特許について、P6との共同発明であるとして共同出願違反の無効理由がある旨の主張をすることとし、平成24年5月30日、原告に対し、発明の経緯に係る事実関係の主張を記載した書面を送付した。
  その後、中森弁護士及び岡田弁護士は、被告P1からP6の協力が得られないと聞き、事実関係を確認できる証拠もないことから、被告P1に対し、共同出願違反の無効理由の主張を断念するよう助言し、それ以上、交渉において主張しないこととなった。
  (キ) 原告は、平成25年7月18日付けで、クリアノワールに対し、被告製品14が本件各特許の発明の技術的範囲に属するとして、その製造販売の中止等を求める通告書を送付した。
  被告P1は、被告P3から前記通告を知り、中森弁護士及び岡田弁護士に委任して、原告に対し、同月25日、被告製品14の本件各特許の発明の構成要件の充足に係る具体的主張を求める回答書を送付した。
  被告P1は、クリアノワールに対し、同月29日付けで、原告の特許とネオケミア特許は別の技術として特許庁が認めたものだからネオケミアの技術で製造された製品は原告の特許権に抵触しない、ネオケミアの製品は、泡を立たせず、ジェルに炭酸ガスを溶け込ます技術である点で本件発明2-1の構成要件を充足しない、ネオケミアの製剤はネオケミア特許により保護されており、販売者や取扱者が特許権侵害を問われることはない、原告との交渉一切についてネオケミアの顧問弁護士が対応し、賠償責任問題が発生した場合はネオケミアが全責任を負う旨を説明する書面を交付した。
  (ク) 被告P1は、平成27年3月13日、取引先に対し、その販売する製品が原告を含む第三者の特許権を侵害していないこと、原告から特許権侵害として提訴された場合、訴訟手続に参加して主張立証を行うこと、敗訴が確定した場合、損害賠償額及び合理的な訴訟費用を負担することを約する保証書を差し入れた
  被告P1は、青山特許事務所の弁理士に、被告製品2、3、4、6、7、8、12、13、14ほか1製品について、本件発明2-1の技術的範囲に属するか否かの鑑定を依頼し、平成27年4月6日及び同月9日付けで、それらの製品が本件発明2-1の技術的範囲に属さない旨の鑑定書を受領した。
  (ケ) 原告は、平成27年5月1日、別件訴訟を提起した。
  被告P1は、それまで、原告の特許が先に出願されていたのにネオケミア特許が登録されたことから、ネオケミア特許の実施品であれば本件各特許権の侵害にはならないものと考え、取引先にもその旨説明していたが、別件訴訟への対応について弁護士や弁理士から話を聞く中で、ネオケミア特許が先に出願された原告の特許発明を利用する関係にあるときはそのようにいうことはできず、それまでの考えは誤解であることを知った
  (コ) 別件判決は、ネオケミアに対し、金1億1107万7895円及びこれに対する遅延損害金を原告に支払うこと等を命じるものであり、令和元年6月7日にこれに対する控訴棄却判決がなされたが、原告において供託金の差押え等の方法により計700万円を回収した以外に、ネオケミアより原告に対する前記損害賠償債務の弁済はなされていない
  被告P1は、令和2年9月24日付けで、二酸化炭素経皮吸収技術の開発等を目的とする新会社を設立した。また被告P1は、ネオケミアについて破産手続開始の申立てを行い、同年12月7日、同手続開始決定を得た
  破産者ネオケミアについては、令和3年2月28日の時点で、回収済みとして破産管財人が保管している資産の額は124万9370円、届出のあった一般破産債権の総額は1億6969万3683円とされた。
  イ 被告P1の主張について
  被告P1は、兵庫県の工業試験センターの相談会で弁理士から非侵害であると言われたこと、畑中弁護士から原告の特許権は冒認出願で無効であると言われたこと、平成14年から平成23年まで原告から警告を受けなかったこと岡田弁護士から原告の特許発明は作用効果を奏せず進歩性を欠くと言われたこと、青山特許事務所がネオケミアの製品が原告の特許権を侵害していない旨の鑑定書を作成したこと別件訴訟について岡田弁護士から原告の特許権に技術的意義がないことから勝訴の見込みであると言われたこと、中森弁護士と岡田弁護士は別件訴訟において非侵害の主張で十分戦えるとの強気の見込みを有していたことを理由に、被告P1において取締役として求められる調査義務を尽くし、妥当な根拠に基づいた合理的な判断をした旨を主張するので、以下のとおり検討する。
  (ア) 兵庫県工業試験センターの相談会で被告P1が弁理士に相談した内容は、前記認定のとおり、先行して出願された本件特許権1に抵触することなくネオケミア特許が登録されるか否かであったから、弁理士が抵触しない旨を回答したとしても、当時企画中であった各被告製品が、原告の特許権を侵害するものではないとの意味を有するものではない
  (イ) 畑中弁護士から冒認出願による無効の可能性がある旨聞いたことがあったとしても、平成23年に原告から警告を受けた後に相談した岡田弁護士からその主張は困難であると言われ、前記認定のとおり、中森弁護士及び岡田弁護士から、共同出願違反についても断念するよう言われたのであるから、仮に被告P1において本件各特許がなお無効であると判断したとすれば、専門家の意見を無視した不合理な判断といえる。
  (ウ) 本件特許権1の登録は平成23年、本件特許権2の登録は平成24年であるから、平成14年から平成23年までの間、原告が警告をしなかったとしても、今後原告からの権利行使がないと考えるべき合理的な理由はない
  (エ) 被告P1は、岡田弁護士から進歩性欠如の話を聞いたとするが、当時の原告との交渉においてそのような主張はされておらず、中森弁護士の回答書(乙101)においてもどのような無効主張を検討していたのか不明であり、当時の主たる主張は構成要件の非充足の主張であったから、被告P1が岡田弁護士と進歩性欠如の無効理由について十分な検討をしていたとは認められない
  (オ) 青山特許事務所の鑑定書は、平成27年に原告とネオケミアとの間の交渉が決裂し、原告からの訴訟提起が予想される中で取得されたものであり、取引先に対して不安を静めるために保証書を差し入れたのと同じ目的のものと考えられ、これによって、被告P1が各被告製品の販売継続の可否を判断したものとは考えられない。被告P1は、別件訴訟での裁判所の心証開示後にも取引先に保証書を差し入れているのであり(乙96の3、4)、被告P1の取引先に対する説明が、その判断の合理性を裏付けるものとはいえない
  (カ) 別件訴訟において中森弁護士及び岡田弁護士が非侵害の主張に自信を持ち、勝訴の見込みがあると考えていたとしても、その具体的な根拠は明らかではない
  また、登録された特許権であっても、先願の特許発明を利用するものであるときは、特許権者は業としてその特許発明を利用することができず(特許法72条)、先願の特許権者に対し実施の許諾を求めなければならないところ(同法92条)、前記認定のとおり、被告P1は、ネオケミア特許が登録された以上、その実施品については本件各特許権の侵害にはならないものとして、各被告製品の製造販売を継続し、取引先にその旨説明していたところ、別件訴訟の提起後、ネオケミアの特許は先願の原告の特許を利用する関係にあることを知ったというのであるから、特許権に関する基本的な事項について誤解したまま、各被告製品につき特許権侵害は成立しないと考えてその製造販売を継続し、取引先に説明していたものである。
  ウ 判断
  前記アで認定した事実、及び前記イで被告P1の主張について判断したところを総合すると、被告P1が、各被告製品の製造販売が本件各特許権の侵害にならない、あるいは本件各特許は無効であると主張した点について十分な論拠があったということはできず、むしろ特許制度の基本的な内容に対する無理解の故に、ネオケミア特許の実施品であれば本件各特許権の侵害にはならないと誤解して各被告製品の製造販売を続け、取引先にもそのように説明したものである。
  前述のとおり、特許権侵害の成否、権利の有効無効については、公権力のある判断が確定するまでは軽々に決し得ない場合があり、自社に不利な判断が確定する場合もあるのであるから、取締役にはそれを前提とした経営判断をすべきことが求められ前記(1)の〈1〉ないし〈4〉で述べたような方法をとることで、特許権侵害に及び、自社に損害賠償債務を負担させることを可及的に回避することは可能であるにも関わらず、被告P1はそのいずれの方法をとることもせず、各被告製品の製造販売を継続している。さらに、別件判決(甲5)によれば、ネオケミアは各被告製品の販売により相応の利益を得ていたのであるから、特許権侵害となった場合の賠償相当額を留保するなどして、別件判決確定後に損害を遅滞なく填補すれば、ネオケミアに損害賠償債務を確定的に負担させないようにすることも可能であったのに、被告P1は任意での賠償を行わず、ネオケミアを債務超過の状態としたまま、破産手続開始の申立てを行ったものである。
  以上を総合すると、被告P1が、本件各特許が登録されたことを知りながら、特段の方法をとることなく各被告製品の製造販売を継続したことは、ネオケミアの取締役としての善管注意義務に違反するものであり、被告P1は、その前提となる事情をすべて認識しながら、ネオケミアの業務としてこれを行ったのであるから、その善管注意義務違反は、悪意によるものと評価するのが相当である。
  (3) 被告P2の悪意重過失について
  ア 会社法上、取締役として選任されている以上は、個々の能力、知識、報酬等の有無にかかわらず、取締役として一般に要求される善管注意義務を尽くして代表取締役の業務執行を監視、監督すべきものである。
  被告P2は、自身が名目上の取締役であり、ネオケミアの業務に全く関与せず、本件各特許の内容を知らず、各被告製品が本件各特許権を侵害するかを判断する機会もなかったので、被告P1の経営判断が特許権侵害であるとしても、それを発見し、抑止することはできなかったと主張するが、このような理由で、取締役としての善管注意義務が存在しない、あるいは免除されていると解することはできない
  イ 既に認定したとおり、原告とネオケミアとの間で各被告製品に係る明らかな紛争が発生していたのであるから、被告P2において、これを把握することは容易であり、前記(2)で検討したとおり、被告P1に対し、ネオケミアに不利となる公権的判断が確定する可能性をも考慮した適切な経営判断を行っているかを確認し、被告P1の判断に不十分な点があれば、再考を求めることは可能であったと解される。
  被告P2が、上述したような監視、監督を尽くしても、被告P1の行為を抑止できなかったとすべき具体的な事情は認められないし、被告P2がネオケミアの業務に関心を持たず、本件各特許すら知らず、各被告製品に係る紛争を知らなかったということを被告P2に有利な事情と解することはできず、むしろ、取締役としての義務に違反する程度は大きいといわざるを得ない。
  以上を総合すると、被告P2には、取締役である被告P1の業務執行に対する適切な監視、監督を怠ったことについて、重大な過失があったということができる。
  (4) 被告P3の悪意重過失について
  ア 前記前提事実、証拠(甲31の1、60の1及び2、乙82の1、丙1、2、4、被告P3本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
  (ア) 被告P3は、エステティシャンとして活動していたところ、原告ら10数社から発売されていた炭酸ガスパックを試した結果、ネオケミアの製品が効果的であったため、被告P1に面会して炭酸ガス療法及び炭酸ガス美容について説明を受け、炭酸ガスパック剤の特許はネオケミアのみが有しているので、安心して販売できると聞いた。
  被告P3は、ネオケミアの製品には特許使用料が上乗せされて他の商品より高額であったが、ネオケミアの製品が最も良いと考え、これを仕入れて販売することにした。
  (イ) 被告P3は、ネオケミアの製品が人気を博した後、琉球粘土を配合した炭酸ガスパック剤を作りたいと考え、被告P1に相談した。
  被告P3は、事業を法人化して製品の開発・販売を進めることし、平成23年11月18日、自らを代表取締役とするクリアノワールを設立し、平成24年頃、ネオケミアの協力を得て被告製品14を開発した。
  (ウ) 被告P3は、平成25年7月22日、原告から被告製品14が本件各特許の技術的範囲に属するとして、その製造販売の中止等を求める通告書を受領し、また、取引先からも、原告から同様の通告を受けたと聞いた。
  被告P3は、原告からの通告書を確認してもその内容を理解することができなかったため、被告P1に面会して説明を求めたところ、被告P1から、原告は本件各特許権を有しているが、大阪の大手の事務所である北浜法律事務所の弁護士と青山特許事務所の弁理士に相談しており、弁護士及び弁理士が特許権の侵害はないから心配はないと言っていると聞いた。また、被告P1は、弁護士を代理人として原告と交渉しているので心配ない、任せてほしいなどとも言ったことから、被告P3は、これを信用し、被告製品14の販売を継続することとした。
  被告P3は、同月29日頃、被告P1から、前記(2)ア(キ)の書面(丙4)を受領した。
  (エ) 被告P3は、別件訴訟の提起を受けて、改めて被告P1に説明を求めたところ、被告P1から、北浜法律事務所の弁護士と青山特許事務所の弁理士が原告の特許権を侵害していることはないと言っている旨を再び告げられ、別件訴訟の裁判費用をネオケミアが負担し、万一敗訴した場合は、賠償金もネオケミアが負担すると言われた。また、被告P3は、その頃、被告P1から、被告製品2について、本件発明2-1の技術的範囲に属さない旨の青山特許事務所の弁理士作成の鑑定書の写しの交付を受けた。
  被告P3は、炭酸ガスパックの専門家である被告P1が自信を持っており、原告製品よりもネオケミアの製品の方が品質・性能が良く、悪い製品の特許が優先することはあり得ないと考え、被告製品14の販売を継続した。
  その後、被告P3は、ネオケミアの代理人弁護士や弁理士から直接説明を受ける機会があり、その際も、大丈夫だ、心配ないと言われた。
  (オ) 被告P3は、平成28年12月16日、別件訴訟において裁判所から心証開示を受けた後も、被告製品14の販売が本件各特許権の侵害に当たることに疑問を持っていたが、裁判所の判断である以上やむを得ないと考え、被告製品14の販売を止めた
  (カ) 令和元年6月7日の控訴棄却判決により、クリアノワールに対し1223万6265円及び遅延損害金を支払うよう命じた別件判決は確定したが、原告において供託金の差押えにより150万円を回収した以外に、クリアノワールが原告に対し前記債務を弁済することはなく、被告P3は、同年6月、琉球粘土と炭酸ガスパックからなるスキンケア商品その他を販売することを目的とする新会社を設立した。
  イ 判断
  前記認定したところによれば、被告P3は、原告から被告製品14の販売が本件各特許権の侵害に当たるとの警告を受けたものの、本件各特許の発明者であって炭酸ガスパックの専門家であった被告P1から、ネオケミアが委任した弁護士や弁理士が特許権侵害ではないと言っているなどと聞き、どのような根拠で特許権侵害に当たらないということになるのか理解できないまま、ネオケミアも特許権を有していて、原告製品よりネオケミアの製品の方が品質・性能が良いので、原告の特許権が優先することはないなどと考え、被告製品14の販売を継続する意思決定をしたというのであるから、主として、被告製品14の製造元であるネオケミアからの説明に依拠してその判断を行ったことになる。
  しかしながら、特許権侵害が成立しないとするネオケミア側の説明に十分な論拠がなく、むしろ被告P1の特許制度に対する誤解が前提となっていたことは、前記(2)で検討したとおりであるし、品質・性能において上回っていることは、特許権侵害を否定する理由とはなり得ない。
  被告P3は、特許権侵害の判断は素人には難しく、警告を受ければすべからく製造販売等を停止しなければならないとすることは不当であると主張するが、前記(1)で述べたとおり、クリアノワールの代表取締役として、被告P3には、特許権侵害の成否や権利の有効性についての公権的判断が、自己に有利にも不利にも確定する可能性があることを前提に、そのいずれの場合であっても第三者の権利を侵害し損害を生じさせることを可及的に回避しつつ、自社の利益を図るような経営判断をすべき注意義務があったということができる。
  この点について被告P3は、特許権侵害の警告を受けた後も、主として被告製品14の製造元であるネオケミア側からの説明に依拠し、前記(1)の〈1〉ないし〈4〉で検討したような方法をとることもなく、裁判所からの心証開示があるまでの間、被告製品の14の販売をして特許権侵害の不法行為を継続し、原告に損害を生じさせたのであるから、取締役としての善管注意義務に違反したというべきであり、少なくとも重過失によると認めるのが相当である。
  (5) 被告P4の悪意過失について
  会社法上、取締役として選任されている以上は、個々の能力、知識、報酬等の有無にかかわらず、取締役として一般に要求される善管注意義務を尽くして代表取締役の業務執行の監督を行うべきものである。
  前記(4)のとおり、原告から警告書の送付を受けるなど、クリアノワールについて被告製品14に係る明らかな紛争が発生していたのであるから、その取締役であった被告P4においてこれを把握することは容易であった。また、前記(4)で認定したとおり、被告P3に確認すれば、特許権侵害が成立しないことの十分な論拠はなく、仮に特許権侵害が確定した場合の対応も想定しないままに、クリアノワールが被告製品14の販売を継続しようとしていることを知り得たのであるから、被告P4には、取締役である被告P3の監視・監督を怠る義務違反があったというべきであり、その過失の程度は重大というべきである。
 4 原告の損害額(争点4)について
  (1) 訴外2社の行為に係る原告の損害額
  ア ネオケミアの行為に係る原告の損害額
  (ア) 証拠(甲45~49、51~57)及び弁論の全趣旨によれば、各被告製品とその顆粒の販売によるネオケミアの売上の額は別紙「ネオケミアの売上の推移」(ただし、平成22年12月6日の被告製品6の売上を除く)のとおりと認められる。
  そして、当該売上額から、原告において経費として控除することを自認する額を差し引き、その1割に相当する金額を弁護士費用として加算した金額は、1億0829万1485円である。
  証拠(甲5、6)によれば、別件訴訟において原告が弁護士及び弁理士に委任して訴訟追行していたことが認められ、ネオケミアの行為と相当因果関係のある弁護士費用等は、ネオケミアの利益の額の1割とするのが相当であるから、ネオケミアの行為と相当因果関係のある損害として特許法102条2項により推定される損害額及び弁護士費用は、1億0829万1485円であると認められる。
  また、原告は、700万円を回収した等として控除することを自認しているから、ネオケミアの行為と相当因果関係のある損害額として現存するのは、1億0129万1485円であると認められる。
  (イ) 上記1億0829万1485円という金額は、別件判決が特許法102条2項を適用して算出したネオケミアの損害賠償債務の元金部分(1億1107万7895円)から、被告製品6の売上にかかる部分と原告が差押え等により回収した700万円を控除した金額に一致するところ、被告らは、会社法429条1項に基づく責任に特許法102条2項を適用または類推適用すべきではない旨主張する。
  しかしながら、特許法102条2項は、推定を用いるとはいえ、特許権者が受けた損害賠償額を算定する方法を定めたものであり、別件判決の確定により、原告がネオケミアの特許権侵害により上記損害を受けたことは確定しているのであるから、取締役の善管注意義務違反によりネオケミアが特許権侵害を行ったことによる損害も、これと同じものであると解するのが相当であり、法的性質は異なるとして、別途の算定をしなければならないと解すべき理由はない。
  イ クリアノワールの行為に係る原告の損害額
  (ア) 弁論の全趣旨によれば、被告製品14の販売に係る別紙「ダイヤモンドスキンジェルパック売上一覧表(クリアノワール)」の内容は、クリアノワールが自ら原告に開示したものであると認められ、被告製品14の販売によるクリアノワールの売上の額は当該別紙記載のとおりと認められる。
  そして、当該売上額から、原告において経費として控除することを自認する額を差し引き、その1割に相当する金額を弁護士費用として加算した金額は、1223万6265円であり、被告P4がクリアノワールの取締役であった平成26年11月30日までの期間の利益額は896万8027円である。
  証拠(甲5、6)によれば、別件訴訟において原告が弁護士及び弁理士に委任して訴訟追行していたことが認められ、クリアノワールの行為と相当因果関係のある弁護士費用等は、クリアノワールの利益の額の1割とするのが相当であるから、クリアノワールの行為と相当因果関係のある損害として特許法102条2項により推定される損害額及び弁護士費用は、1223万6265円であると認められる。
  また、原告は、150万円を回収したとして控除することを自認しているから、現存するクリアノワールの行為と相当因果関係のある損害額は、1073万6265円であると認められる。
  (イ) 上記1223万6265円という金額は、別件判決が特許法102条2項を適用して算出したクリアノワールの損害賠償債務の元金部分に一致するが、前記アで述べたとおり、取締役の善管注意義務違反によりクリアノワールが特許権侵害を行ったことによる損害も、同様に解するのが相当である。
  被告P3及び被告P4は、会社法429条1項は悪意又は重過失を要件としており、成立要件を厳格にしておきながら、損害額の立証については立証を容易にする推定規定を適用することは立法趣旨に反すると主張するが、会社法429条1項の責任は不法行為責任とは別個の責任を定めるものであるところ、第三者の生じた損害をどう認定するかについては何も定めておらず、特許権侵害があった場合の損害の算定について、特許法の規定を用いることを禁じるものとは解されない。
  (2) 損害の発生について
  被告P3及び被告P4は、クリアノワールが沖縄県内でのみ被告製品14を販売しており、原告は沖縄県内で原告製品を販売していなかったから、クリアノワールの行為によって原告は損害を被っていないと主張する。
  しかしながら、証拠(甲7、8)によれば、原告製品は販売地域を限定した製品とは認められないものであり、原告製品の性質上、沖縄県内での販売が困難であるとか、原告において沖縄県において原告製品を販売することができない事情があったとは認められないから、仮に原告製品が沖縄県において販売されていなかったとしても、被告製品14が販売されていることが原告製品の沖縄県への進出を妨げる等の損害が生じ得たのであり、特許法102条2項の適用を否定すべき理由とはならない。
  (3) 被告らの任務懈怠行為との因果関係について
  ア 被告P1について
  前記3(2)のとおり、被告P1は、本件各特許が登録されたことを知ってなお、ネオケミアにおいて各被告製品やその顆粒剤を製造販売するに際し、被告P1の当該意思決定によってネオケミアが本件各特許権の侵害行為をしたのであるから、ネオケミアが本件各特許権の侵害行為により原告に与えた前記(1)アの損害は、被告P1の任務懈怠行為と相当因果関係のある損害と認められる。
  イ 被告P2について
  前記3(3)のとおり、被告P2は、被告P1にネオケミアの業務執行を一任して監視・監督義務を怠ったものであり、これは重過失による任務懈怠行為に当たるところ、前記アのとおり、原告がネオケミアから受けた前記(1)アの損害が被告P1の悪意の任務懈怠によって生じたものであって、被告P1の任務懈怠行為と同損害に相当因果関係があるのであるから、被告P2の任務懈怠行為と同損害にも相当因果関係があると認められる。
  ウ 被告P3について
  前記3(4)のとおり、被告P3は、原告から被告製品14の販売が本件各特許権の侵害となるとの通知を受けてなお、クリアノワールにおいて被告製品14を販売するに際し、調査・検討を怠って、漫然と被告製品14の販売を継続する意思決定をしたものであり、この善管注意義務違反は重過失による任務懈怠に当たるところ、クリアノワールが本件各特許権の侵害行為により原告に与えた前記(1)イの損害は、被告P3の任務懈怠行為と相当因果関係のある損害と認められる。
  エ 被告P4について
  前記3(5)のとおり、被告P4は、被告P3にクリアノワールの業務執行を一任して監視・監督義務を怠ったものであり、これが任務懈怠行為に当たるところ、前記ウのとおり、原告がクリアノワールから受けた前記(1)イの損害が被告P3の重過失による任務懈怠によって生じたものであって、被告P3の任務懈怠行為と同損害に相当因果関係があるのであるから、被告P4の任務懈怠行為と被告P4がクリアノワールの取締役在任中にクリアノワールから原告が受けた損害にも相当因果関係があると認められる。
  そして、前記(1)イのとおり、被告P4がクリアノワールの取締役であった期間にクリアノワールが本件各特許権を侵害して被告製品14を販売したことにより得た利益は、896万8027円であり、原告は、これから回収済みの150万円を控除した746万8027円についてのみ被告P4に対して請求しているから、この全額について、被告P4の任務懈怠行為との間に相当因果関係があるものと認められる。
  (4) 遅延損害金等
  会社法429条1項の責任に係る債務は、不法行為の性質を有するものではないから、履行の請求を受けたときから遅滞に陥り、遅延損害金の利率は、民法所定の利率である。
  そうすると、本件の訴状送達の日の翌日(被告P1及び被告P2につき令和元年7月9日、被告P3及び被告P4につき同月7日)を遅延損害金の起算日とし、利率を改正前民法所定の年5分の割合とする原告の主張には理由がある。
  また、被告P1と被告P2、被告P3と被告P4は、それぞれ共通する損害について連帯して債務を負う(会社法430条)。
 5 権利濫用の成否(争点6)について
  被告P3及び被告P4は、本件各特許の発明者である被告P1が発明者としての相当の利益を得ておらず、別件訴訟で多額の損害を被ったのに対し、原告は、投下した労力や資金が少ないにもかかわらず、別件訴訟やその他の特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟により、特許法が本来想定する損害額を回収し、それ以上に多額の利益を得ているとし、原告が、被告P1個人や被告P1が有する特許権に基づく製品を取引してきた取引先に対してまで特許権侵害を原因として損害賠償請求までするのは、特許権者として権利の濫用というべきであると主張する。
  しかしながら、原告が特許権者である以上は、発明者であっても特許権侵害行為について損害賠償責任を免れるものではなく、別件訴訟その他の訴訟において原告が得た損害賠償金が特許権侵害行為との因果関係を欠く不当なものであったと認めるに足りる証拠はない。また、特許権侵害者が特許権者ではない発明者や別の特許の特許権者から許諾を受けているからといって、特許権者の権利行使が制約されるべき理由はない
  そうすると、原告の被告P3及び被告P4に対する前記4の損害賠償請求権の行使が権利の濫用に当たるとは認められない。
 6 結論
  以上より、原告の主位的請求は、いずれも理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。

【解説】
 本件は,原告が有する本件各特許権の侵害行為を行った会社の代表取締役及び取締役に対する会社法第429条1項に基づく損害賠償請求が認められた事案である。
 判決文にあるように,法人の代表者等が,法人の業務として第三者の特許権を侵害する行為を行った場合,第三者の排他的権利を侵害する不法行為を行ったものとして,法人は第三者に対し損害賠償義務を負担するとともに,当該行為者が罰せられ,法人自身も刑罰の対象となる(特許法196条,196条の2,201条)。しかし,当該罰則規定(刑事罰)が適用されることは極めてまれである。通常は,特許権の侵害に関しては,特許権者が提起する,侵害行為を行った法人に対し差し止め又は損害賠償を請求する民事訴訟により解決が図られる。本件に関しても,別件訴訟において,原告は,本件の被告P1及びP2が代表取締役ないし取締役を務める訴外ネオケミア,並びに被告P3及びP4が代表取締役ないし取締役を務める訴外クリアノワールに対して,損害賠償を請求し,認容の確定判決を得た。しかし,訴外ネオケミアに対し別件訴訟が認容した損害額1億1千万円余りのうち,原告は700万円を回収したのみで,訴外ネオケミアは破産手続きに入り,P1は,本件各特許権と類似の技術開発等を目的とした新会社を設立した。訴外クリアノワールに対しても,認容額1200万円余りのうち,回収された金額は150万円であり,P3はそれ以外の債務を原告に弁済することなく,新会社を設立した。このため,原告は,訴外ネオケミア及びクリアノワールの代表取締役ないし取締役であったP1~P4に対して,会社法429条1項に基づく損害賠償を請求した。
会社法429条は,株式会社の役員等がその職務を行うについて,悪意又は重大な過失があったときに,第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことを定めている。判決では,前述の特許法の各条文を根拠として,会社の取締役は,会社が第三者の特許権侵害行為に及ぶことを主導してはならず,また他の取締役の業務執行を監視して,会社がそのような行為に及ぶことのないように注意する,という善管注意義務を負うとしている。その上で,判決は,特許権侵害の成否や特許の有効無効については,特許権者と被擬侵害者との間で厳しく意見が対立することから,侵害の成否又は特許の有効性についての公権的判断が確定するまでに一定の時間を要することがあり,この場合,被擬侵害者は特許権者からの通告によりいかなる場合でも当然に実施行為を停止するべきというわけではなく,また,被擬侵害者の側に非侵害又は特許の無効を主張する一定の論拠があるからと言って,実行行為を継続することが当然に許容されるわけでもない,とした。さらに,判決は,特許権侵害の可能性を指摘された取締役としては,自社の論拠と相手方の論拠を慎重に検討した上で,侵害の成否や権利の有効性は公権的判断が確定するまでいずれとも決しない場合があること,その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと等を総合的に考慮して,当該事案において最も適切な経営判断を行うべきことが,取締役としての善管注意義務の内容をなす,とした。具体的には,<1>設計変更,<2>使用料を支払っての実施行為継続,<3>暫定的合意による実施行為停止,<4>実施行為を継続しつつ損害賠償相当額を利益より留保して侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行う準備をする,等の方法が考えられるとした。特許権侵害を指摘された取締役が取り得る具体的な選択肢としては,概ね正当な選択肢であると考えられる。
 上記の規範に基づき,被告の悪意・重過失について判断がされた。被告P1については,侵害の成否及び権利の有効性について,弁理士・弁護士の意見等を複数回取得しているとの主張があり,一定の論拠に基づいて実施行為を継続していたようにも思われる。しかし,その意見等を詳細に検討すると,いずれも十分な論拠であるとはいえず,さらには,別件訴訟の判決確定後に任意での賠償を行わず,訴外ネオケミアを債務超過の状態としたまま,破産手続開始の申立てを行った。これらを総合して,P1の善管注意義務違反は,悪意によるものであると判断された。この判断には,別件訴訟の被告である法人において任意での賠償を行わず,債務超過の状態としたまま破産手続開始の申立てを行ったという悪質性が大きく影響したと思われるが,正当な判断であると考える。
 また,P3については,訴外クリアノワールが販売した製品が本件各特許権の侵害に当たることはないとのP1の説明に依拠して判断を行ったという事情があったとしても,取締役としての善管注意義務があることには変わりがなく,前記の<1>ないし<4>のような方法をとることもなく,別件訴訟で裁判所からの心証開示があるまでの間,特許権侵害の不法行為個継続したことから,善管注意義務違反は少なくとも重過失によるものであると判断された。P2及びP4については,名目上の取締役であっても,取締役としての善管注意義務が免除されているとは解されないことから,他の取締役の業務執行に対する監視・監督を怠る義務違反があり,その過失の程度は重大であるとされた。
 前述のとおり,特許権の侵害に関しては,通常は,被擬侵害者である法人に対して差し止め又は損害賠償請求がなされるため,取締役個人の責任が問われる例は少ない。しかし,特許権の侵害を指摘された取締役が取るべき選択肢として,本件の規範は参考になると考え,紹介させていただいた。

以上

弁護士 石橋茂