【令和3年10月14日(知財高裁 令和3年(行ケ)10071号)】
【事案の概要】
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
(1) 被告は、以下の商標(登録第6123121号。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
商標 別紙1のとおり
登録出願日 平成30年2月16日
登録査定日 平成31年1月21日
設定登録日 平成31年2月22日
指定商品 第18類「折り畳み式傘、晴雨兼用傘、ビーチパラソル、日傘」及び第25類「運動用特殊衣服、運動用特殊靴」
(2) 原告は、令和2年1月31日付けで、本件商標の登録を無効とすることを求める商標登録無効審判を請求した。
原告において本件商標が商標法4条1項11号及び同項15号に該当するとして引用する商標は、以下の10件の登録商標(以下「引用商標1」ないし「引用商標10」といい、包括して「引用商標」という。)であって、いずれも別紙2と同様の構成からなり、現に有効に存続しているものである。
〈1〉 登録第1716371号商標(指定商品第16類及び第24類)
(中略)
〈10〉 登録第3328661号商標(指定商品第18類)
(3) 特許庁は、前記(2)の請求を無効2020-890010号事件として審理を行い、令和3年4月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月30日、原告に送達された。
(4) 原告は、令和3年6月1日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
【判決文抜粋】(下線部は筆者)
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2020-890010号事件について令和3年4月19日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
(中略)
第4 当裁判所の判断
1 引用商標について
証拠(甲56ないし135〔枝番を含む。〕)によれば、原告は、1972年(昭和47年)から我が国において、日本法人であるプーマジャパン株式会社を通じて事業を展開しており、引用商標や、引用商標と動物「ピューマ」の図柄を結合させた商標は、同社のオンラインサイト及びカタログ並びに各種雑誌及び各種オンラインサイト等において、ゴルフ用シューズ等の靴、ゴルフ用シャツ等のウェア、帽子及びバッグに2005年(平成17年)頃から現在に至るまで継続して使用されており、同社の業務に係るスポーツ関連の商品について、相当程度の出荷数量及び売上高又は出荷金額があり、これらの事項についてのランキングにおいても上位に位置していることが認められる。
そうすると、引用商標は、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、原告の業務に係るスポーツ関連の商品を表すものとして需要者の間に広く認識されているものと認められる。
2 取消事由1(本件商標の商標法4条1項11号該当性の判断の誤り)について
(1) 本件商標と引用商標の類否判断について
ア 外観
(ア) 本件商標は、「pum’s」の文字を太字の斜体の書体で表し、末尾の「s」の文字の下端を語頭の「p」の文字の下部まで横一直線に延伸し、下線のように表されて構成されている。原告は、本件商標の1文字目と4文字目は、大文字「P」「S」と認識されると主張するが、1文字目の左側の縦棒が下に突き出しているのは小文字であるからなのは明らかであり、4文字目も上端が他の小文字と同じ高さに位置しているから、大文字とは認識されない。また、原告は、本件商標の2文字目は、右側の縦棒がないため、大文字「U」と捉えられると主張するが、2文字目は他の小文字と同じ大きさであって、直ちに採用できない。
一方、引用商標は、「PUmA」の文字を縦線を太く垂直に、横線を細く描く書体で表し、各文字は、小文字である「m」も含めて、同じ高さで構成されている。
両者は、語頭を含めた「pum(PUm)」の文字を共通にするが、末尾において本件商標が小文字の「s」であるのに引用商標が大文字の「A」であるという文字の相違、アポストロフィの有無、下線のように表されたものの有無、書体が斜体であるか否か及び文字の横線が細いか否かといった点において明らかに異なり、外観においては、相紛れるおそれはない。
別紙1 本件商標 別紙2 引用商標
(イ) 原告は、第3の1(1)ア(ア)cのとおり、主張するが、前記(ア)で認定したとおり、本件商標と引用商標の外観上の相違は明白であり、仮に、原告が主張する個別の点につき一定の類似が認められるとしても、そのことから、外観において相紛れるおそれがあるということはできない。
なお、念のために判断すれば、上記c(a)については、引用商標は文字の横線が細いことが明確であるのに対し、本件商標では縦線と横線の太さの違いは子細に見なければ看取できず、逆に、本件商標では角部の丸みは明確であるが、引用商標では明らかでないし、同(b)については、本件商標が斜体であるのに対し、引用商標は各文字が垂直かつ同じ高さで、長方形の範囲に収まって全体として整然とした印象を与えるものであって、両者の印象が異なることは明らかであるし、同(c)については、いずれにしても本件商標における「s」の文字の下端の延伸された部分が引用商標との相違点として着目されないということにはならないし、同(d)については、相違する最後の「A」と「S」の文字が相似た文字に看取される場合があるとは認め難いし、同(e)については、特段の意味内容を想起させない「pum」の欧文字部分が本件商標の要部であるとは到底いえず、原告の各主張は個別にみても採用し得ない。
そうすると、本件商標と引用商標の外観は大きく異なるものであって、前記1の引用商標の周知著名性を勘案しても、両者の外観が類似するとの原告の主張は採用できない。
イ 称呼
(ア) 本件商標からは「パムズ」、「パムス」、「プムズ」又は「プムス」の称呼が生じるのに対し、引用商標からは「プーマ」又は「ピューマ」の称呼が生じ、語頭の「pu」ないし「PU」を「プ」と読んだ場合に音を共通にする場合があるとしても、いずれも3音という短い音数においては、2音目及び3音目における音の相違、特に、3音目の「ズ」ないし「ス」(本件商標)と「マ」(引用商標)の相違は大きいものであって、相紛れるおそれはない。
(イ) 原告は、前記第3の1(1)ア(イ)のとおり、本件審決が、本件商標の要部である「PUm」の欧文字部分から生ずる「プム」の称呼と引用商標から生ずる称呼とを対比していないと主張するが、本件商標における「pum」の欧文字部分が要部であるという主張が到底採用できないことは前記アのとおりである上、仮に同部分を本件商標の要部とし、これを「プム」と称呼し、引用商標を「プーマ」と称呼したとしても、短音と長音の違い、「ム」と「マ」の違いは、短い標章の中では大きな差異として認識されるものというべきである。
ウ 観念
本件商標が造語であることから、特定の観念を生じないのに対し、引用商標が周知著名であることから、「原告のブランド」との観念を生じ、両者は明確に区別することができ、相紛れるおそれがない。
エ その他
原告は、前記第3の1(1)ア(エ)のとおり、本件商標と引用商標の需要者である一般消費者は、衣類や靴等に商標をワンポイントマークとして小さく表示された場合、些細な相違点に気付かないことも多いと主張する。
しかし、商標が小さく表示された場合をことさら取り上げることの当否は措くとしても、そもそも本件商標と引用商標は全体的な印象においても明らかに異なることは前記アのとおりであり、小さく表示された場合でも、その相違は明白であるから、原告の主張は採用できない。
また、原告は、前記第3の1(1)ア(オ)のとおり、本件消費者調査の結果を理由に、本件商標と引用商標の類似性を主張する。
しかし、本件消費者調査は、本件商標の登録査定時よりも後に実施されたものであること、本件商標について助成想起(本件商標の指定商品〔スポーツ関連用品〕の出所標識という前提〔ヒント〕を与えて自由回答形式で聴取するもの)による質問について原告を連想した15%という数値は大きいとはいえない上、スポーツ関連用品というヒントを与えられれば、多少とも本件商標と共通点のあるブランドを想起しようと努めると考えられることを考慮すると、この数値すらそのまま受け取ることはできないこと、本件商標と引用商標を並べた場合に両商標が類似するという回答も、このような限界のある質問の後にされたものであることを考慮すれば、本件商標と引用商標の類似性を裏付ける資料とはいえない。したがって、この点に係る原告の主張も採用し得ない。
(2) 小括
以上によれば、本件商標と引用商標とは、外観、称呼及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれがなく、類似しないものと認められる。
そうすると、本件商標の指定商品と同一又は類似する商品が引用商標7、8及び10の指定商品中に含まれているとしても、本件商標は、商標法4条1項11号に該当せず、本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由2(本件商標の商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)について
(1) 混同のおそれについて
「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情等に照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断すべきである。
これを本件につき検討するに、前記2において判断したとおり、本件商標と引用商標とは、引用商標の周知著名性を勘案しても、外観、称呼及び観念のいずれにおいても相紛れるおそれのない非類似の商標であって、その類似性は極めて低いというべきであるから、本件商標の指定商品には「運動用特殊衣服、運動用特殊靴」が含まれており、原告の業務に係る商品との間の関連性や、取引者や需要者の共通性が高く、また、そのような商品はいずれも注意力が高いとはいえない一般消費者も需要者とするものであることを考慮しても、本件商標に接する取引者及び需要者が、原告又は引用商標を連想又は想起することはないというべきである。これに反する原告の主張は、前記2において判断したのと同様の理由によりいずれも採用し得ない。そうすると、本件商標は、これをその指定商品に使用をしても、その取引者及び需要者をして、当該商品が原告の商品に係るものであると誤信させるおそれがあるものとはいえない。
(2) 小括
以上によれば、本件商標は、他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標とはいえない。
したがって、本件商標が商標法4条1項15号に該当しないとした本件審決の判断に誤りはない。
第5 結論
以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも認められず、本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
【解説】
原告は、スポーツ関連の商品を表すものとして需要者の間に広く認識されている引用商標の権利者であって、第25類「運動用特殊衣類、運動用特殊靴」等を指定商品とする本件商標に対して、商標登録無効審判を提起し、請求不成立の審決を受けた。本件は、当該審決の取消しを求める訴訟である。
商標法4条1項11号該当性の判断の誤りについては、本件商標と引用商標に関して、外観、称呼、観念の要素により総合的に類否判断がなされた。外観については、3文字目以外の大文字と小文字の違い、書体が斜体であるか否かの違い、本件商標の末尾のsの下端を語頭のpの文字の株まで延伸し、下線のようにあらわされている点、アポストロフィの有無、文字の横線が細いか否か、といった点で明らかに異なり、外観において相紛れるおそれはないとされた。そして、原告が主張する個別の点についても、引用商標の周知著名性を勘案しても、両者の外観が類似するとの原告の主張は採用できないとされた。
称呼については、語頭の「プ」に音を共通とする場合があるとしても、2音目と3音目における音の相違は大きいものであって、相紛れるおそれはないとされた。また、「pum」が要部であるとの原告の主張は採用できず、仮に要部だとして本件商標を「プム」と称呼し、引用商標を「プーマ」と称呼したとしても、短音と長音の違い、「ム」と「マ」の違いは、短い標章の中では大きな差異であると判断された。
観念についても、本件商標からは特定の観念を生じず、周知著名な引用商標からは「原告のブランド」との観念を生じることから、両者は明確に区別できるとされた。
本件商標と引用商標との類否判断については、判例の規範にしたがい外観、称呼、観念を中心に判断したものであり、その方法も、外観を分析的に比較するなどの手法であって、正当であると考える。
さらに、原告が主張した、消費者調査の結果を理由とした本件商標と引用商標の類似性についても、ヒントを与えた自由回答形式で15%という数字は大きいとはいえないこと、ヒントを与えられれば、多少とも本件商標と共通点があるブランドを想起しようと努めると考えられること、などから、類似性を裏付ける資料と認められなかった。
このような裁判所の判断は、消費者調査(アンケート調査)の回答形式や、得られた定量的な結果を評価する際に参考になると考えられる。
商標法4条1項15号該当性の判断の誤りについては、本件商標と引用商標の類似性が極めて低いことから、本件商標の指定商品に含まれる「運動用特殊衣類等」が、原告の業務に係る商品と関連性が高く、注意力が高いとは言えない一般消費者も需要者とするものであることを考慮しても、本件商標に接する取引者及び需要者が、原告又は引用商標を連想又は想起することはない、と判断された。本件商標と引用商標の類似性の低さからは、正当な判断と考える。
本件は、商標についての典型的な類否判断が行われていること、消費者調査(アンケート調査)に関する(否定的な)裁判所の判断がなされる理由が指摘されていること、から参考になると考え、取り上げさせていただいた。
以上
弁護士 石橋茂