【令和3年12月20日(知財高裁(行ケ)第10078号)】

【判旨】

 原告の,本件商標につき商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消請求が棄却されたものである。

【キーワード】

商標法第3条第1項第3号,自他役務識別力,ベガス

【手続の概要】

以下,本件の取消しに関する部分のみを引用する。なお,証拠番号については,適宜省略する。
⑴ 被告は,「ベガス」の片仮名を横書きしてなり,平成29年12月26日に登録出願され,「娯楽施設の提供」を含む第41類に属する役務を指定役務とし,同30年9月14日に設定登録された,別紙「商標目録」記載のとおりの商標登録第6080857号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。
⑵ 原告は,令和元年11月8日付けで本件商標の指定役務中「娯楽施設の提供」の役務について商標登録無効審判を請求した。
⑶ 特許庁は,上記請求を無効2019-890066号事件として審理を行い,令和3年5月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
⑷ 原告は,令和3年6月24日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

【本件商標】

商標

登録番号 商標登録第6080857号
登録出願日 平成29年12月26日
登録査定日 平成30年 8月14日
設定登録日 平成30年 9月14日
10 商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務[1]
第41類「・・・娯楽施設の提供,・・・」

【争点】

争点は,本件商標の商標法第3条第1項第3号該当性である。

【判旨抜粋】

1 認定事実

後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は,次のとおりである。
⑴ 「ラスベガス」の語について
「ラスベガス」の語は「Las Vegas」を日本語で表したものと認められるところ,スペイン語で肥沃な土地を意味する。
 「ラスベガス」と称する有名な都市としては,少なくとも,米国ニューメキシコ州ラスベガスと米国ネバダ州ラスベガスの2か所が存在するが,我が国では,賭博を中心とする娯楽サービスを提供することでよく知られたネバダ州ラスベガス(「ラスベガス」)がまず想起される。
⑵ 「ベガス」の語について
ア 「精選版 日本国語大辞典 第三巻」(小学館,2006年。甲2)には,「ベガス」との見出し語に「『ラスベガス』の略称。」との説明が,「大辞林第三版」(三省堂,2006年。甲3)には,「ベガス〖Vegas〗」との見出し語に「ラスベガスの略称。」との説明が,「大辞泉【第二版】 下巻」(小学館,2012年。甲4)には,「ベガス【Vegas】」との見出し語に「『ラスベガス』の略称。」との説明が,「現代用語の基礎知識 カタカナ外来語略語辞典 第5版」(自由国民社,2013年。甲5)には,「ベガス【和←Las Vegas】」との見出し語に「ラスベガス。アメリカのネバダ州の賭博と娯楽の都市。」との説明がそれぞれ掲載されている。
イ 別紙「記事一覧」記載の各記事(いずれもインターネット版を含む。)が新聞又は雑誌に掲載されている(なお,原告が提出するその余の証拠に係るその他の記事は,「ベガス」の語が法人名,店名又はサービス名・商品名の一部を構成しているにすぎないものや,「ベガス」の語を掲載するウェブサイトの利用者数の程度が本件証拠上全く把握できないものであり,いずれも又はこれらを併せても「ベガス」の語の周知度の認定を左右するに足るものではない。)。

2 検討
⑴ 前記1⑵アの事実によると,「ベガス」の語が有する意味として,少なくとも,ラスベガスの略称が含まれることは明らかである。しかしながら,辞典はその語の内容を示すものにすぎないから,辞典に掲載されているからといって,直ちに,その語が広く一般に知られていることを示すものではないし,辞典はそれぞれに掲載基準が異なるから,ある語がどの辞典に掲載されどの辞典に掲載されていないかや,その語が掲載された辞典の数の多寡によって,直ちに,その語が広く一般に知られているか否かが判明するものでもない。
そこで,実際の用例をみてみると,前記1⑵イのとおり,全国紙若しくはその地方版,全国誌又はそれらに関係するウェブサイトに「ベガス」がラスベガスの略称として用いられた例が相当数あることが見て取れ,その中には,当時我が国では著名であった事件に関するもので,本件商標出願時より約40年前に発刊されたもの(別紙「記事一覧」②)も存在する。しかしながら,それら記事を子細にみると,そのほとんどは,「ベガス」の語が見出しにのみ用いられ,記事本文中では「ベガス」の語ではなく「ラスベガス」の語が用いられているものであって(同⑬はそもそも記事本文が不明である。),そのほか,ほぼ全てが,記事本文中に「ベガス」の語が米国内の地名であることを推知する記載があったり,記事内容が賭博に関する事実を報道する文脈で用いられているものである。
そうすると,本件証拠からは,ラスベガスの略称を意味するために「ベガス」の語を単独で用いることが我が国で定着しているものとは認め難く,「ベガス」の語がラスベガスの略称として広く一般に知られているとまでは認め得ない。
⑵ 「ベガス」の語がラスベガスの略称として広く一般に知られているとまで認め得ないことは前記⑴のとおりであるが,無効審判請求の対象役務である「娯楽施設の提供」の役務の関係において本件商標に接した取引者・需要者については,これと異なる事情が存在するか否かについて,更に検討する。
役務が「娯楽施設の提供」である以上,国外の地であるラスベガスがその提供の場所を表すものとは,通常理解され難い。また,我が国では「ラスベガス」の語と賭博場のイメージとが観念上強固に結び付いているところ,「娯楽施設の提供」の役務の中には,本来,「賭博場の提供」の役務は含まれないと解されることにも鑑みると,取引者・需要者は,「娯楽施設の提供」の役務との関係において本件商標に接したとしても,ラスベガスを直ちに想起し,あるいは役務の質や内容がラスベガスに関連のあるものであると理解するとはいえず,「ベガス」の語からなる本件商標は,自他役務の識別標識としての機能を果たし得ないとはいえないというべきであり,「娯楽施設の提供」の役務において,「ベガス」の語がラスベガスとの関連性を表示するものとして取引上一般に用いられている事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると,「娯楽施設の提供」の役務についてみても,「ベガス」の語がラスベガスの略称として広く一般に知られていると認めることはできないから,その余の点について検討するまでもなく,本件商標は商標法3条1項3号の商標とはいえないというべきである。

【解説】

 本件は,商標登録無効審判請求[2]を成立しないとした審決に対する取消訴訟である。
 商標法第3条第1項3号の有無が問題となった事案である。
 裁判所は,まず,「ラスベガス」の語の意味を認定し,そのうえで,本件商標の「ベガス」の語の意味を辞書及び新聞雑誌等における記事から判断した。
 裁判所は,その上で,「ベガス」の語の有する意味として,「ラスベガス」の略称が含まれるものの,実際の新聞雑誌等の使用方法からすると,「ラスベガスの略称を意味するために『ベガス』の語を単独で用いることが我が国で定着しているものとは認め難く,『ベガス』の語がラスベガスの略称として広く一般に知られているとまでは認め得ない」とし,さらに,「『娯楽施設の提供』の役務の関係において本件商標に接した取引者・需要者」について検討し,「我が国では『ラスベガス』の語と賭博場のイメージとが観念上強固に結び付いているところ,『娯楽施設の提供』の役務の中には,本来,『賭博場の提供』の役務は含まれないと解されることにも鑑みると,取引者・需要者は,『娯楽施設の提供』の役務との関係において本件商標に接したとしても,ラスベガスを直ちに想起し,あるいは役務の質や内容がラスベガスに関連のあるものであると理解するとはいえず,『ベガス』の語からなる本件商標は,自他役務の識別標識としての機能を果たし得ないとはいえない」と判断した。
 本件においては,本件商標に係る語である「ベガス」の実際の使用方法と,本件商標の役務に係る取引者・需要者について,賭博場が本邦において認められていないことから,ラスベガスを想起しないとしたものである。
 本件は,今後,日本版IR等の関連から,役務等において「カジノ(賭博)の提供」について,今後は,娯楽施設の提供に含まれるとして運用がなされるとの発表[3]がされていることから,上記判断がどのように影響を受けるか,興味深い事案であると言えるし,カジノ施設の提供に関連した主張が可能であったように思われる。

弁護士 宅間仁志


[1] 第41類「当せん金付証票の発売,技芸・スポーツ又は知識の教授,献体に関する情報の提供,献体の手配,セミナーの企画・運営又は開催,動物の調教,植物の供覧,動物の供覧,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,図書の貸与,美術品の展示,庭園の供覧,洞窟の供覧,書籍の制作,映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営,映画の上映・制作又は配給,演芸の上演,演劇の演出又は上演,音楽の演奏,放送番組の制作,教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。),放送番組の制作における演出,映像機器・音声機器等の機器であって放送番組の制作のために使用されるものの操作,スポーツの興行の企画・運営又は開催,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),競馬の企画・運営又は開催,競輪の企画・運営又は開催,競艇の企画・運営又は開催,小型自動車競走の企画・運営又は開催,音響用又は映像用のスタジオの提供,運動施設の提供,娯楽施設の提供,映画・演芸・演劇・音楽又は教育研修のための施設の提供,興行場の座席の手配,映画機械器具の貸与,映写フィルムの貸与,楽器の貸与,運動用具の貸与,テレビジョン受信機の貸与,ラジオ受信機の貸与,レコード又は録音済み磁気テープの貸与,録画済み磁気テープの貸与,ネガフィルムの貸与,ポジフィルムの貸与,おもちゃの貸与,遊園地用機械器具の貸与,遊戯用器具の貸与,書画の貸与,写真の撮影,通訳,翻訳,カメラの貸与,光学機械器具の貸与」

[2](商標登録の無効の審判)

第四十六条 商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。

一 その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定に違反してされたとき。

[3] 「カジノ施設の提供」を指定役務とする商標登録出願の取扱いについてhttps://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/bunrui/casino-shohyo.html