【令和3年9月27日(大阪地裁 令和2年(ワ)第8061号)】
【キーワード】
ハッシュタグ,商標権侵害,出所表示機能,自他識別機能,C2C,業要件,商標的使用,商品名・ブランド名
【事案】
原告は,指定商品をかばん類及び袋物とする「シャルマントサック」という標準文字標章(以下「本件商標」)の商標権者であり,ウェブサイト及びアプリを通じて提供されているオンラインフリーマーケットサービス(以下「本件サービス」)のアカウントを取得してユーザとなり出品をしていた者が被告である。
原告は,ハッシュタグ+本件商標(被告標章1)と,本件商標(被告標章2)とについて,本件商標の商標権侵害を理由に本件サービス上の被告のアカウント下(以下「被告サイト」)における使用の差止めを求めて,被告を提訴した。
【大阪地裁の判断】
被告は,パートをする主婦であることを理由に業要件を争い,また商標的使用についても争ったものの,大阪地裁は,原告の請求の一部(被告標章1に関する商標権侵害)を認容し,差止命令をなした。
【判旨抜粋】
(※略表示,太字,下線及び墨括弧箇所は,筆者加筆による)
【業要件について】
・「業として」(法2条1項)とは,反復継続して行うことを意味し,営利目的であるか否かは問わない。(略)被告は,被告サイトにおいて,少なくとも本件訴え提起まで1年以上にわたり,被告商品を含む複数の商品を販売していたことが認められる。したがって,被告は,「業として」商品を譲渡する者に当たる(法2条1項1号)。
【本件商標と被告標章1との類否について】
・基準
商標の類否は,同一又は類似の商品に使用された商標が外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。
・外観
外観上の差異は,被告標章1に含まれる記号部分「#」の有無のみであり,少なくとも類似といってよい。
・呼称
被告標章1の記号部分は一見して明らかに記号であるため,特定の称呼を生じることはないと思われる。そうすると,本件商標と被告標章1とは,称呼において同一であると認められる。
仮に上記記号部分につき「ハッシュ」ないし「ハッシュタグ」又は「シャープ」の称呼を生じると考えても,本件商標と被告標章1とは片仮名部分において共通することから,なお両者は称呼において類似するといえる。
・観念
本件商標の「シャルマントサック」は造語であると認められるところ,これは,取引者及び需要者にとって特定の意味を持つ単語とは理解されない(なお,この点について,原告は,原告の商品が人気ブランドであることに鑑み原告の商品を観念させると主張するが,当該片仮名部分から取引者及び需要者(一般消費者が想定される。)が原告の商品を直ちに想起すると認めるに足りる証拠はない。)。(略)そうすると,本件商標と被告標章1とは,いずれも,特定の観念を生じるものではない。
・ハッシュタグについて
被告サイトが開設されているメルカリにおける具体的な取引状況(略)をも考慮すると,被告標章1の記号部分は,商品等に係る情報の検索の便に供する目的で,当該記号に引き続く文字列等に関する情報の所在場所であることを示す記号として理解されるものともいえる。そうすると,被告標章1は,特定の観念を生じない片仮名部分「シャルマントサック」なる商品等に係る情報の所在場所との観念を生じるとも考えられる。
・小括
本件商標と被告標章1は,類似するものと見るのが相当である。
【商標的使用について】
・前記のとおり,オンラインフリーマーケットサービスであるメルカリにおける具体的な取引状況をも考慮すると,記号部分「#」は,商品等に係る情報の検索の便に供する目的で,当該記号に引き続く文字列等に関する情報の所在場所であることを示す記号として理解される。このため,被告サイトにおける被告標章1の表示行為は,メルカリ利用者がメルカリに出品される商品等の中から「シャルマントサック」なる商品名ないしブランド名の商品等に係る情報を検索する便に供することにより,被告サイトへ当該利用者を誘導し,当該サイトに掲載された商品等の販売を促進する目的で行われるものといえる。
(略)
また,被告サイトにおける被告標章1の表示は,メルカリ利用者が検索等を通じて被告サイトの閲覧に至った段階で,当該利用者に認識されるものである。そうすると,当該利用者にとって,被告標章1の表示は,それが表示される被告サイト中に「シャルマントサック」なる商品名ないしブランド名の商品等に関する情報が所在することを認識することとなる。これには,「被告サイトに掲載されている商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名のものである」との認識も当然に含まれ得る。
他方,被告サイトにおいては,掲載商品がハンドメイド品であることが示されている。また,被告標章1が同じくハッシュタグによりタグ付けされた「ドットバッグ」等の文字列と並列的に上下に並べられ,かつ,一連のハッシュタグ付き表示の末尾に「好きの方にも…」などと付されて表示されている。これらの表示は,掲載商品が被告自ら製造するものであること,「シャルマントサック」,「ドットバッグ」等のタグ付けされた文字列により示される商品そのものではなくとも,これに関心を持つ利用者に推奨される商品であることを示すものとも理解し得る。しかし,これらの表示は,それ自体として被告標章1の表示により生じ得る「被告サイトに掲載されている商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名である」との認識を失わせるに足りるものではなく,これと両立し得る。
これらの事情を踏まえると,被告サイトにおける被告標章1の表示は,需要者にとって,出所識別標識及び自他商品識別標識としての機能を果たしているものと見られる。すなわち,被告標章1は,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様による使用すなわち商標的使用がされているものと認められる。
【検討】
1.ハッシュタグについて
オンラインフリーマーケットサービスを含めたC2Cサービスに限らず,SNSサービスなど,インターネットを利用する一般消費者の間においてハッシュタグ(#)が利用されるようになって久しく,その機能は,本判旨が認定したように「商品等に係る情報の検索の便に供する目的で,当該記号に引き続く文字列等に関する情報の所在場所であることを示す記号として理解」されているといえる。
そして,そのような機能があるからこそ,本件サービスのようなC2Cサービスにおいてハッシュタグに続いて商品名またはブランド名を表示する場合,その表示をなした者の目的は,「被告サイトへ当該利用者を誘導」する目的であって,本件サービスのようなオンラインフリーマーケットの場合には,誘導して「当該サイトに掲載された商品等の販売を促進する目的」であるといえる。
これら2点において,本判旨は妥当であることは論を俟たない。
もっとも,検索の便に供するというハッシュタグの本来の機能を踏まえて検索によるヒットから他のユーザを当該ハッシュタグを付したウェブサイト上またはアプリ上のページに誘導するという目的でハッシュタグが利用される場合ばかりではない。
たとえば,ハッシュタグに続いてどのような文字列を表示するかということ(タグ付け)が当該文字列をインターネット上に表示させたユーザのセンスを表しているとして,ハッシュタグに続く文字列として,名詞のみならず,動詞や文節を続ける場合や文節を途中で区切った文字列を続ける場合もあったり,そのような流れがある程度飽和した結果なのか,かえってタグ付けを簡素化することが好まれる傾向もあったりする。
2.C2Cサービスにおけるタグ付けについて
オンラインフリーマーケットサービスにおいては,当該サービスのユーザが市場から購入したり,友人・知人等から譲り受けたりした商品であって使用済みの中古品や未使用の新古品を出品できるのみならず,自らが制作したいわゆるハンドメイド品も出品できる場合もある。もちろん,フリーマーケットであるので,値付けは出品したユーザ次第であり,購入を希望するユーザとの間で価格交渉もする。
他方で,当該サービスを提供する事業者において様々な対策等を講じているものの,ニセモノが出品されていることもある。
そのようなサービスの利用実態を踏まえ,ユーザにおいては,タグや当該サービスにおいて提供される検索機能を使って検索して表示された,ウェブサイト上またはアプリ上のページにおける情報をそのまま信用することはほぼないといえる。
すなわち,ユーザにおいては,当該ページにおけるタグ付けの表示のみから,当該ページにおいて出品されている商品がタグ付けされた商品またはブランドそのものであると認識することはほぼなく,たとえば,当該出品に関するページ全体を観察したり,当該出品者とやり取りをしたり,当該出品以外の出品履歴を辿ったり,他のユーザとのやり取りの内容を確認したりして,当該出品者から当該商品を購入することについて判断する場合が多いと考えられる。
よって,このような利用実態を踏まえると,商品名またはブランド名がタグ付けされているからといって,本判旨がいうように,直ちに「需要者にとって,出所識別標識及び自他商品識別標識としての機能を果たしている」とは言い難く,本判旨が,ハンドメイド品であることなどの「これらの表示は,それ自体として被告標章1の表示により生じ得る「被告サイトに掲載されている商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名である」との認識を失わせるに足りるものではなく,これと両立し得る」と認定した点については,大いに疑問が残る。
もっとも,当該サービスを利用し始めたばかりのユーザにおいては,そのような利用実態を把握しておらず,タグ付けそのものを額面通りに信用してしまう場合もないわけではないだろう。
また,アプリを利用する当該サービスのユーザのみが当該サービス上の表示に接することができるだけではなく,検索エンジンによる検索の結果,当該タグ付けの表示に接する者がいないわけではない。このような範囲まで含めて検討すれば,本判旨がいうように「両立し得る」場合もあるであろう。
3.問題の所在及び私見
これは,C2Cサービスにおけるユーザの習熟度や経験値を一般的なユーザにとするのか,それとも当該サービスを利用し始めたばかりのユーザも含めて考えるのか,さらには,当該サービスのユーザ以外のいわゆる一般的なインターネット利用者まで含めるのかという,どのような範囲の者を「需要者」として画すべきなのかという論点に帰着すると考えられる。
私見では,「需要者」の認定にあたっても「具体的な取引状況に基づいて判断」すべきであると考えているところ,C2Cサービスが,C2Cであるがゆえにスマホのアプリとして提供されることが増えてきている実態を踏まえると,アプリ経由で利用するユーザが多いサービスなのであれば,当該サービスを利用する一般的なユーザを「需要者」として判断すべきである。
付言するに,C2Cサービスについては,一般的には広く普及して久しいものの,裁判上においてはC2Cサービスに関する裁判が未だ過渡期であると言えるだろう。
以上
(筆者)弁護士 阿久津匡美