【令和2年6月30日判決(知財高裁 平成30年(ネ)第10062号)】

【キーワード】
職務発明,対価請求,特許法35条3項,出願段階,特許を受ける権利,特許登録前の会社の実施行為

1 事案

 大手電機メーカーの元従業員が、FeliCa(非接触ICカード)に関する職務発明を会社に在籍中に行った。この職務発明の特許を受ける権利は、会社の職務発明規程に従い、元従業員から、会社に承継され、かつ、同規程に基づき、元従業員には褒賞金が支払われたが、元従業員は、職務発明の対価には未払い分が存在するとして、職務発明の対価請求[1]をしたのが本件である。

 本件は、多くの点が問題になったが、本稿では特許登録前の会社の実施行為に対して、対価の算定の根拠となる会社の独占の利益が存在するかが問題となったので、本項ではこの点を取り上げる。

2 知財高裁の判断

 「一審被告は、本件各特許の特許権登録前の実施等に関しては、独占の利益は極めて小さいから、このことを考慮すべきであると主張する。

 たしかに、出願公開前の段階においては、特許法上何ら特別な保護は認められていないのであるから、この段階における特許発明の実施について独占の利益を肯定することは困難というべきである。しかし、出願公開後においては、一定の条件の下に補償金支払請求権が認められ、この限度で特許法上の保護が与えられているのであるから、特許権登録後の2分の1の限度では独占の利益が認められるというべきである。一審被告は、特許権登録前の段階では、特許が成立しているかどうかも定かではないと主張するが、現実に特許が成立している以上、この点を重視するのは相当ではない。  

 以上を前提に考えると、特許1~3、5~7は、対価支払請求権の計算対象前である平成12年以前に出願公開がされているから(甲1~3、5~7)、平成13年以降出願登録までの全期間について2分の1の限度で独占の利益が認められることになるが、特許4は平成16年12月2日、特許8は平成20年7月17日、特許9は平成13年7月19日、特許10は平成13年10月18日、特許11は平成17年1月27日に出願公開されているので(甲4、8~11)、出願公開日の翌月である特許4については平成17年1月、特許8については平成20年8月、特許9については平成13年8月、特許10については平成13年11月、特許11については平成17年2月から各特許権登録までの期間について2分の1の限度で独占の利益を認めるのが相当である。」と判示し、最終的には、裁判所は、一審被告が、原告に支払うべき相当の対価の未払い分は、約2959万円であると判断した。

3 検討

 ベンチャー企業では、職務発明規程が整備されていない企業が散見されますが、これは、企業にとって、以下のようなリスクとなる。

【職務発明規程を整備しないリスク】

①職務発明に関する特許を受ける権利[2]が従業員に留保されるので、同権利を会社が承継したい場合、発明がなされる度に、従業員と交渉して相対交渉をしなければならないこと(従業員の知見を、漏れなく会社の資産にすることができないリスク)

②職務発明規程による報奨規定がないことにより、従業員が発明をするインセンティブが得られないこと(良い発明が産まれてこないリスク)

 したがって、自社の技術開発により、発明が産まれる可能性がある会社は、いち早く職務発明規程を整備する必要がある。

 また、職務発明規程が整備されている会社でも、従業員に対する相当の利益[3](相当の対価)が適正に還流される仕組みとなっているかチェックする必要がある。以後の従業員からの訴訟リスクを低減するためである。上記紹介した事例のように、特許権公開後登録までの段階における特許発明の実施について会社には「特許権登録後の2分の1の限度では独占の利益が認められる」との考えもありうるところであるので、制度整備には参考になる事例であると思われる。

 職務発明規程は、会社の機動的対応を図りつつ、従業員のインセンティブを確保して、発明を奨励し、会社の発展に寄与する趣旨の規定であるので、同趣旨を全うする規程となっているか確認することが有益であろう。


[1] 本件は、改正前平成16年法律第79号による特許法第35条第3項に基づき相当の対価の未払い分を求める訴訟です。

[2] 特許を受ける権利を有する者が特許出願をしなければ、特許出願は、拒絶理由となりますし、登録の後は、無効理由となりますので、会社は、職務発明に関し、自らが特許出願をする場合、従業員から特許を受ける権利を承継しなければならない。

[3] 現行法では、「相当の利益」と規定される。

以上

弁護士・弁理士 高橋 正憲