【令和3年7月16日(東京地裁 令和3年(ワ)第4491号)】
【ポイント】
陳述前の訴状をアップし、ブログにそのリンクを張った行為が公表権及び公衆送信権侵害であると判断した事例
【キーワード】
著作権法4条、18条、23条、40条、41条
憲法82条
陳述前の訴状
公表権
公衆送信権
裁判の公開の原則
第1 事案
本件被告が、別件訴訟の原告訴訟代理人である弁護士(本件原告)が作成したした訴状(別件訴状)を、本件原告が別件訴訟の第1回口頭弁論期日での陳述する前に、無断でアップしブログにそのリンクを張ったところ、本件原告が本件被告に対して、当該行為が公表権及び公衆送信権侵害として慰謝料を請求する訴訟を提起した事案です。
争点は次のとおりである。
①別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否(争点1)
②著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否(争点2)
③著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無(争点3)
④別件訴状の公表に関する原告の同意の有無(争点4)
⑤原告に生じた損害の有無及び額(争点5)
第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)
第4 当裁判所の判断
1 争点1(別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否)について
前提事実及び証拠(甲13、14)によれば、別件訴状を複製して作成したデータをアップロードし、本件ブログ記事に同データへのリンクを張った被告の行為は、別件訴状について、公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信をするものであり(著作権法2条1項7号の2)、未公表の別件訴状を公衆に提示(同法4条)するものであるから、別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成する。
被告は、裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条)があることを理由として、訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと主張するが、裁判の公開の原則や閲覧等制限手続が存在することは、被告の行為が著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するとの上記結論を左右しない。
2 争点2(著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否)について
(1) 著作権法40条1項は、「裁判手続(…)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。」と規定しており、自由に利用することができるのは裁判手続における「公開の陳述」であるから、未陳述の訴状について同項は適用されない。
これに対し、被告は、訴状が裁判手続での陳述を前提に作成されるものであることなどを理由として、未陳述の訴状についても、同項が類推適用又は準用されると主張するが、裁判手続における公開の陳述については、裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり、かかる趣旨に照らすと、公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。
(2) 被告は、未陳述の訴状を公表した場合であっても、公開の法廷における陳述を経た場合には、その瑕疵が遡及的に治癒されると主張するが、別件訴状が公開の法廷で陳述されることにより、それ以降の自由利用が可能となるとしても、それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され、原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない。
(3) 以上によれば、別件訴状の公表に著作権法40条1項が類推適用又は準用されるとの被告主張は採用し得ない。
3 争点3(著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無)について
著作権法41条は、「時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成…(す)る著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、…利用することができる。」と規定するところ、被告は、別件訴状の公表は「時事の事件を報道する場合」に当たると主張する。
しかし、本件ブログ記事には、前記前提事実(4)のとおり、「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」、「仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」、「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては、業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などと記載されており、その趣旨は、紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて、遺憾の意を表明し、あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって、公衆に対し、当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。
したがって、別件訴状の公表は、「時事の事件を報道する場合」に該当せず、著作権法41条は適用されない。
4 争点4(別件訴状の公表に関する原告の同意の有無)について
被告は、訴状が公開の陳述を前提とする書面であることを根拠に、原告が別件訴状の公表に黙示的に同意していたと主張するが、訴状が公開の陳述を予定しているとしても、そのことから、公開の陳述前の公表についての同意が推認されるものではなく、他に、公開の陳述前に別件訴状を公表することについて原告が同意していたと認めるに足りる証拠はない。
5 争点5(原告に生じた損害の有無及び額)について
(1) 公衆送信権の侵害は、財産権の侵害であるから、特段の事情がない限り、その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ、本件において、同権利の侵害について慰謝料を認めるべき特段の事情があるとは認められない。
(2) 公表権侵害による慰謝料請求に関し、前提事実及び証拠(甲17~40)によれば、原告は、別件訴状の公表により、別件訴状の陳述以前の段階から、別件訴状を閲覧した者から「訴状理由が酷すぎてわろた」(甲27)などの批判等を受けるなどして、精神的苦痛を受けたものと認められる。他方、別件訴訟は原告が訴訟代理人として自ら提起したものであり、訴状はその性質上公開の法廷における陳述を前提とする書面であること、別件訴状の公表から別件訴状の陳述までの期間は3か月程度にとどまること、原告は別件訴状について閲覧等制限などの手続を行っていないことを含め、本件に現れた一切の事情を考慮すると、別件訴状の公表権侵害に対する慰謝料は2万円と認めるのが相当である。
6 結論
以上によれば、原告の請求は、主文掲記の限度で理由があるので、その限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。
第3 検討
本件は、原告が陳述する前に原告が作成した訴状(別件訴状)をアップし、ブログにそのリンクを張った行為(本件行為)が公表権及び公衆送信権侵害であると判断した事例である。
本件の争点は、次のとおりである。
①別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否(争点1)
②著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否(争点2)
③著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無(争点3)
④別件訴状の公表に関する原告の同意の有無(争点4)
⑤原告に生じた損害の有無及び額(争点5)
争点1については、裁判所は、当該行為が公表権及び公衆送信権侵害を構成すると判断した。また、裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条)があることを理由として、訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと主張する被告の反論について、簡単に排斥した。裁判の公開の原則等と著作権法の調和について、著作権法40条1項で著作権の制限規定が設けられているので、裁判の公開の原則等を理由に、その制限規定以上の制限を設けることは著作権法の趣旨に反しているので、被告の当該反論を排斥したことは妥当であると考える。
また、争点2については、著作権法40条1項は、「裁判手続(…)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。」と規定しているところ、被告は、訴状は公開の陳述を本来的に予定しているので、別件訴状について同条1項が類推適用又は準用されると主張した。しかし、裁判所は、「裁判手続における公開の陳述については、裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり、かかる趣旨に照らすと、公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。」と判示した。
また、被告は、別件訴状は最終的に公開の法廷で陳述されたことを理由に、本件行為の瑕疵は治癒された旨を主張したが、裁判所は、「それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され、原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない」と判示した。
そして、争点3については、本件ブログが「時事の事件を報道する場合」(著作権法41条)に該当するかについて、本件ブログの内容が「当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするもので」はないとして、「時事の事件を報道する場合」に該当しないと判断した。
また、争点4については、訴状が公開の陳述を前提とする書面であることを根拠に、原告が別件訴状の公表に黙示的に同意していたと主張する被告の反論に対して、裁判所は、到底そのような合意は推定されないと判示した。
最後に、争点5については、まず、公衆送信権侵害については、それは財産権の侵害であるから、特段の事情がない限り、慰謝料は認められず、本件において、当該特段の事情はないとして、公衆送信権侵害にかかる慰謝料は認めなかった。財産権侵害の場合には、その損害が補填されれば、原則精神的損害は回復されたと考える従前の裁判例を踏襲した。
他方で、公表権侵害の慰謝料は認めたものの、「訴状はその性質上公開の法廷における陳述を前提とする書面であること、別件訴状の公表から別件訴状の陳述までの期間は3か月程度にとどまること」等を理由に、慰謝料は2万円に止まった。
裁判の公開の原則があり、また、訴状等の訴訟記録は誰でも閲覧できる規則はあるものの、実際に裁判を傍聴したり訴訟記録を閲覧したりする人は限定されていることから、インターネット上で誰にでも見れるようにすることは実質的に不相当であり、また、未陳述の訴状や準備書面をアップすることが違法でないとすれば、昨今のインターネットの影響力を考えれば、裁判手続きの秩序を乱すおそれも十分に考えられるので、公衆送信権侵害や公表権侵害を認めたのは妥当であると考える。
以上のように、本判決は、著作物の対象が陳述前の訴状という特殊なケースではあるが、結論を判断する上で、著作権法と裁判の公開の原則の関係や著作権法40条・41条の解釈およびあてはめが論じられた事案であり、実務上参考になることがあるかもしれない。
以上
(筆者)弁護士 山崎臨在