【令和3年9月21日判決(知財高裁 令和3年(行ケ)第10028号/第10029号)】

【キーワード】商標法4条1項11号、商標の類似
【概要】
 著名な医療用保湿クリーム・ローションである「ヒルドイド」(引用商標)を販売するマルホ株式会社(原告)は、「ヒルマイルド」を販売する健栄製薬株式会社(被告)に対し、同社の保有する商標「ヒルドマイルド/HIRUDOMILD」(本件商標)の無効審判を提起した(無効2020−890023、890024)。特許庁は本件商標を有効として維持したため、原告は本件審決取消訴訟を提起した。
 判決は、以下のとおり本件商標が引用商標に類似するとして審決を取り消し、本件商標を無効と判断した(以下の判示は「ヒルドマイルド」に係る事件(令和3年(行ケ)第10028号)のものである。)。

第1 判旨抜粋

1 規範
・・・複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁)。

2 本件商標及び引用商標
(1) 本件商標について
 本件商標は、「ヒルドマイルド」の7文字の標準文字で表してなるものであり、「ヒルドマイルド」の称呼が生じるものである。ところで、本件商標が7文字からなるものでその一部のみを観察することも想定可能な程度の長さを有していること、その構成中の「マイルド」の文字部分は・・・「物事の程度や人の性質・態度などが穏やかなさま。」「刺激の少ないさま。」などを意味する単語として日常的に使用されており、ひとまとまりの語句として強く認識され得るものであることからすると、本件商標は、「ヒルド」の構成部分と「マイルド」の構成部分からなる結合商標であるとみることができる。
 そして、「ヒルド」の構成部分は、辞書等に採録された既成語ではなく一種の造語と理解され・・・長期間にわたって原告商品の外には薬剤の名称には使用されておらず、薬剤の名称としてありふれたものではないことからしても、需要者に対し、商品の出所識別標識として強い印象を与えるといえる。これに対し、「マイルド」の構成部分は・・・薬剤の分野においては、薬の効果や刺激が弱いことを意味するものとして薬のブランド名等とともに商品名に用いられることが相当程度にある語句であるから、指定商品である薬剤との関係において、自他識別機能は極めて弱いというべきであり、「マイルド」の構成部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じるとはいえない。
そうすると、本件商標については、「ヒルド」の文字のみを抽出し、この部分だけを引用商標と比較して類否を判断することも許されるというべきである。
 したがって、本件商標については、「ヒルドマイルド」の外観及び称呼のほか、「ヒルド」の外観及び称呼が生じるものとして引用商標と比較することが相当である。なお、「ヒルド」は辞書等に採録された既成語ではなく、特定の意味合いを有しない一種の造語と理解され、本件商標からは特定の観念を生じないというべきである。もっとも・・・「ヒルドマイルド」が薬剤に使用された場合には、「薬効又は刺激が弱い『ヒルド』」という観念が生じ得ると認めるのが相当である。

(2) 引用商標(※判決中では「引用商標2」とされている)について
 本件商標は、その7文字中、4文字目の「マ」、6文字目の「ル」を除く「ヒルド」「イ」「ド」の5文字が引用商標と共通し、その並び順も同じである。次に、称呼についてみると、本件商標と引用商標は、「ヒルド」「イ」「ド」の5つの構成音が共通し、その並び順も同じであり、本件商標の方が引用商標よりも「マ」と「ル」の2音多いものの、印象の強い語頭の3音と語尾の1音が同じである。そして、前記3(1)のとおり、本件商標は、薬剤に使用された場合、「薬効又は刺激が弱いヒルド」を連想させるものである。
 本件商標の「ヒルド」の構成部分と引用商標を比較すると、その3文字全てが引用商標の冒頭3文字と共通し、その3つの構成音全てと引用商標の語頭の3つの構成音が共通する。「ヒルド」及び引用商標はいずれも特定の意味を有しない造語であり、それ自体から特定の観念は生じない。

(3) 判断
 原告商品は医療用医薬品であるものの、その需要者は医療関係者に限られるものではなく、その最終需要者は患者である上に・・・記事やオンラインショップ等で、市販品であるヘパリン類似物質含有製剤について「『ヒルドイド』で知られる医療用保湿剤の成分」を配合している旨の説明がされるほどに「ヒルドイド」が市販品である保湿剤の購入者に知られていたと推認されることからしても、原告使用商標が表示された原告商品の需要者には、医師等医療関係者のみならず患者も含まれるというべきである。本件商標の付された商品は存在しないものの、仮に被告が主張するように医療用医薬品のみに使用されるものであったとしても上記需要者の認定を左右しない。
 その上で、取引の実情について検討するに・・・平成29年頃までには、需要者の相当割合の者が、「ヒルドイド」という造語から、「ヘパリン類似物質を配合した保湿剤」である原告商品を想起するものと認められ、長期間をかけて形成されたこの状況は、本件商標の出願日及び本件査定日においても継続していたものと認めるのが相当である。
 また、昭和51年から平成11年まで販売されていた「ヒルドシン」を除けば、語頭に「ヒルド」が付された薬剤は原告商品のみであったこと、原告が原告商品について適正な処方をするよう注意喚起した後に、原告商品と同じヘパリン類似物質を配合した市販品(医薬品又は医薬部外品)が複数販売されるようになり、そのうち医薬部外品の一つは語頭に「ヒルド」を用いており、一部の購入者が原告商品の市販品であると誤解して購入するなどしていたこと等に照らすと、本件商標の出願日及び本件査定日時点において、需要者の間では、「ヒルド」は、「ヒルドイド」を意味する単語として認識されていたと認めるのが相当であるから、「ヒルド」と引用商標は、いずれも「ヘパリン類似物質を配合した保湿剤であるヒルドイド」を想起させるということができ、観念を共通とするものと認められる。
・・・上記を総合すると、本件商標と引用商標は、指定商品が同一で、外観、観念、称呼に共通している部分があり、同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるというほかないから、両商標は類似すると認めるのが相当である。

第2 考察

 本件は、被告による「ヒルマイルド」の販売に関連する一連の争訟に関する。原告は被告に対し、被告の商品である「ヒルマイルド」について不正競争防止法3条1項、2項に基づく販売差止め仮処分を申し立てている。
 一方、被告は本件商標に加えて、商標「ヒルドソフト」(第6178215号)、「HIRUDOSOFT」(第6178126号)について無効審判を請求し、審決はこれらの商標を有効として維持したため、審決取消訴訟(以下「先行訴訟」という。)を提起していた(知財高裁令和3年(行ケ)第10030号、同10031号)。これら2件の審決取消訴訟は、いずれも知財高裁4部(菅野裁判長)で審理されたが、引用商標「ヒルドイド」との類似性は否定され、商標は有効として維持された(知財高裁令和3年8月19日判決)。その論旨は要するに、「ヒルドソフト」を分離観察することは相当でないというものである。
 一方、本件(知財高裁2部、本多裁判長)では、「ヒルドマイルド」を「ヒルド」と「マイルド」の結合商標として分離観察を行い、類似性を認めた。「ヒルドイド」に含まれる「ヒルド」の部分の識別性を重視したことにより、先行訴訟とは異なった結論が導かれた。本判決の認定に拠れば、先行訴訟で問題となった「ヒルドソフト」も「ヒルド」と「ソフト」に分離して観察し、無効とされるはずである。
 「ヒルドイド」は造語であり、その観念や医薬品成分とは関係なく原告の商品として周知となっているものであり、「ヒルドマイルド」や「ヒルドソフト」は、明らかにヒルドイドの関連商品と誤認混同されるおそれのあるものであるから、結論として本判決に賛成する。
 もっとも、本判決は、周知・著名な商標があった場合に、その分離観察が難しい一部を利用したことだけでも誤認・混同を生ずるとしており、その処理に苦心している。つまり、引用商標「ヒルドイド」は知られていたが、本件商標の分離観察対象は「ヒルド」であるので、類似と判断するためには「ヒルド」と「ヒルドイド」が類似であるとしなければならない。そのため本判決は、取引の実情から「ヒルド」が「ヒルドイド」と同一の意味内容として理解されていたことを認定し、観念の類似を認めて両者を架橋した。本件は限界事例であり、先行訴訟と判断が分かれたこともやむを得ない。
 なお、本判決は、「ヒルド」の共通性により本件商標を無効としたが、被告の商品である「ヒルマイルド」には「ヒルド」は含まれておらず、本判決中に、被告商品の販売を差し止めるための有利な論拠は見いだせない。ヒルマイルドはパッケージ構成をヒルドイドに寄せた外観とするなど、ヒルドイドの周知性を利用して販売を行っている実情があると思われるが、本判決の論旨を差止めの根拠とすることは難しいであろう。

弁護士・弁理士 森下 梓