【令和3年(行ケ)第10087号(知財高裁R4・3・22)】
【キーワード】
商標法第50条第1項,不使用取消し,IRO PARIS
【判旨】
原告の所有する本件商標につき,商標法第50条第1項に基づく商標登録取消審判請求を認め本件商標を取り消すとした審決の取消訴訟であり,当該訴訟の請求が棄却されたものである。
【事件の概要】
以下,本件の不使用取消しに関する部分のみを引用する。なお,証拠番号については,適宜省略する。
⑴ 原告は,次の商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。
登録番号 第5623868号
登録出願日 平成24年10月17日
設定登録日 平成25年10月18日
登録商標
商品の区分及び指定商品
第14類「フランス製の宝飾品,フランス製の宝玉,フランス製の宝玉の原石,フランス製の計時用具,フランス製の時計」
第18類「フランス製の革及び人工皮革,フランス製の獣皮,フランス製の皮革,フランス製のトランク,フランス製の旅行かばん,フランス製の傘,フランス製の日傘,フランス製の財布,フランス製の小銭入れ,フランス製のハンドバッグ」
第25類「フランス製の被服,フランス製の履物,フランス製の運動用特殊靴,フランス製の帽子」
⑵ 被告は,令和元年10月18日,本件商標の全ての指定商品(以下「本件指定商品」という。)について,商標法50条に基づき不使用取消しの審判(取消2019-300770号事件。以下「本件審判事件」という。)を請求した。なお,同条2項に規定する「審判の請求の登録前3年以内」は,平成28年(2016年)10月18日から令和元年(2019年)10月17日までの期間(以下「本件要証期間」という。)となる。
⑶ 特許庁は,令和3年3月24日,本件商標の商標登録を取り消す旨の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月1日,原告に送達された。なお,出訴期間として90日が付加された。
⑷ 原告は,令和3年7月29日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
【本件審決の概要】
本件審判事件において,原告(被請求人)は,次のとおりの主張立証をした・・・。
① 本件要証期間内に,原告は,日本の輸入販売業者である株式会社上野商会に対して被服を販売し,同社との間の取引書類(注文書,注文請書,請求書等)に,「IRO」の文字からなる標章を表示した。
② 本件要証期間内に日本で発行されたファッション雑誌の写真記事において,モデルが着用している被服等につき,「スカート/IRO」「ベルト/IRO(www.iroparis.com)」「ドレス/IRO(www.iroparis.com)」等の記載がある。
③ 「IRO」の表示及び「www.iroparis.com」の表示は,いずれも,本件商標と社会通念上同一と認められる商標の使用である。
④ 本件商標の使用に係る商品(上記の被服等。以下「本件使用商品」という。)が本件指定商品の範ちゅうの商品であるか否かに関し,本件使用商品はいずれもフランス以外の国で製造されたものであるが,フランス国パリにある原告の本社の従業員(デザイナー)によりデザインされ,フランス国法人としての原告による厳格かつ恒常的な品質管理の下,原告の指示に従って生産されたから,「フランス製の被服」と同視されてしかるべきである。
これに対し,被告は,上記①②については商標としての使用に当たらないこと,同③については「社会通念上同一と認められる商標」(商標法38条5項かっこ書)とはいえないこと,同④の主張については,本件使用商品は「フランス製の」被服等とはいえないこと等を主張した。
本件審決においては,上記④の点のみについて判断がされた。その要旨は,本件使用商品が「フランス製の」被服等であるとは認められないから,原告が本件指定商品のいずれかについて本件商標の使用をした事実を証明したとはいえず,本件商標の登録を取り消すべきである,というものである。
【争点】
争点は,本件商標の使用の有無(商標法第50条第1項)であり,より具体的には,本件使用商品が,本件指定商品の範疇に含まれているか否かである。
【判旨抜粋】
1 本件商標の使用の事実及び本件使用商品の製造工程について
⑴ 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認定できる。
ア 原告は,フランス国パリに営業の本拠を有し,「IRO」のブランドで被服及びアクセサリー等を販売している。
イ 原告が本件審判事件において特許庁に提出した証拠中には,本件要証期間中における原告と株式会社上野商会(日本の輸入業者)との間の取引書類(”ORDER FORM”, “ACKNOWLEDGEMENT OF ORDER”, “INVOICE”)があり,これらの取引書類の上部欄外には,レターヘッドとして「IRO」の文字が大きく表示されている。
ウ 雑誌「エル・ジャポン」(2018年1月号)及び雑誌「ヴォーグ・ジャパン」(2017年8月号)の女性モデルを撮影した写真のページには,着用している被服等について,「スカート/IRO」,「ベルト/IRO(www.iroparis.com)」,「ドレス/IRO(www.iroparis.com)」の記載がある。
エ 本件使用商品は,フランス国パリにある原告の本社の従業員(デザイナーチーム)によりデザインされ,パリの本社で製造工程を一貫して管理し,商品の素材なども選択され,パリで入手可能な素材を使用してパリで試作され,試作品が承認されると製作指示書が発行されてサプライヤー(製造者)に送付され,サプライヤーは製作指示書に基づいて試作サンプル等を製作し,試作サンプルが原告の本社の期待した要件を全て満たすと,デザイナーチームが被服の製作順序を検証し,サプライヤーがその検証結果を受け取った時点で発注され,その結果製造された商品は,パリの倉庫に送付されるという製造工程を経ている。
オ 上記サプライヤーはフランス国以外の国に所在するため,本件使用商品はフランス国以外の国で製造されたものであり,実際,「IRO」の文字が表示され,女性用の被服の写真が掲載されている原告自身のウェブサイト(IRO FALL WINTER 21 COLLECTION)においては,「PRODUCT DETAILS」欄に「Made in China」と記載されている。
⑵ 以上によれば,原告が本件商標の指定商品であると主張する本件使用商品は,フランス国パリにある原告の本社の従業員(デザイナーチーム)によりデザインされ,パリで入手可能な素材を使用してパリで試作され,フランス国法人としての原告による品質管理の下で製造されてはいるものの,本件使用商品はフランス国以外の国のサプライヤーによって製造されていることが認められる。
2 登録商標を使用すべき商品について
⑴ 商標法50条2項によれば,本件の場合,商標権者たる原告が本件商標の登録取消しを免れるためには,本件指定商品のいずれかについての本件登録商標の使用の事実を証明しなければならない。そして,使用の事実は本件指定商品と同一の商品に限られるのであって,指定商品に類似する商品についての使用の事実を証明しても,登録取消しを免れ得ないことは,同条項の文理上明らかである。商標権のうち禁止権に係る部分すなわち類似部分の使用は,権利としての使用でなく事実上の使用であるため,商標法50条の意図する登録商標の使用義務の履行とは認められないからである。
なお,商標法50条2項の適用に当たり,使用する商標については商標法38条5項かっこ書きが適用されるため,「登録商標と社会通念上同一と認められる商標」の使用であっても登録取消しを免れ得るが,いかなる商品についての使用であるかに関しては商標法に同旨の定めはないから,上記「社会通念上同一」とは登録商標に関する記述であって,「指定商品と社会通念上同一と認められる商品」について使用の事実を証明しても,商標の登録取消しを免れることはできないと解される。
⑵ そして,本件指定商品は,「フランス製の被服」であり,「フランス製」とは,フランス国内で製造された物を意味すると解されるところ,前記認定のとおり,本件使用商品は,フランス国以外の国で製造された物であるから,本件使用商品の使用によっては本件指定商品について本件登録商標を使用したものと認めることはできないというべきである。
【解説】
本件は,商標登録取消審判請求 を成立するとした審決に対する取消訴訟である。
商標法第50条第1項の使用の有無が問題となった事案である。
裁判所は,まず,本件商標の商品の区分及び指定商品における「フランス製の」との文言との関係から,本件使用商品について,関連する事実関係を詳細に認定した上で,「本件使用商品は,フランス国パリにある原告の本社の従業員(デザイナーチーム)によりデザインされ,パリで入手可能な素材を使用してパリで試作され,フランス国法人としての原告による品質管理の下で製造されてはいるものの,本件使用商品はフランス国以外の国のサプライヤーによって製造されていることが認められる」と認定した。
そして,裁判所は,商標法50条について,「使用する商標については商標法38条5項かっこ書きが適用されるため,『登録商標と社会通念上同一と認められる商標』の使用であっても登録取消しを免れ得るが,いかなる商品についての使用であるかに関しては商標法に同旨の定めはないから,上記『社会通念上同一』とは登録商標に関する記述であって,『指定商品と社会通念上同一と認められる商品』について使用の事実を証明しても,商標の登録取消しを免れることはできないと解される」と述べ,商標法上,商標については「社会通念上同一と認められる商標」の使用で足るものの,商品については,そのような例外はないことを確認した上で,「『フランス製』とは,フランス国内で製造された物を意味すると解されるところ,前記認定のとおり,本件使用商品は,フランス国以外の国で製造された物であるから,本件使用商品の使用によっては本件指定商品について本件登録商標を使用したものと認めることはできない」と判断し,原告の請求を棄却した。
なお,裁判所も,本件使用商品について,本件使用商品はフランス国で企画等がされた被服等であって「フランス製の」被服等と著しく類似することは認めており,一定程度原告に理解を示しつつも,上述したように,商標法の規定を優先した。
本件は,事例判断ではあるが,不使用取消審判において,指定商品の解釈が問題となった珍しい事例であり,実務上参考になると思われる。
(商標登録の取消しの審判)
第五十条 継続して三年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは,何人も,その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。
2 前項の審判の請求があつた場合においては,その審判の請求の登録前三年以内に日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務のいずれかについての登録商標の使用をしていることを被請求人が証明しない限り,商標権者は,その指定商品又は指定役務に係る商標登録の取消しを免れない。ただし,その指定商品又は指定役務についてその登録商標の使用をしていないことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにしたときは,この限りでない。
3 第一項の審判の請求前三月からその審判の請求の登録の日までの間に,日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をした場合であつて,その登録商標の使用がその審判の請求がされることを知つた後であることを請求人が証明したときは,その登録商標の使用は第一項に規定する登録商標の使用に該当しないものとする。ただし,その登録商標の使用をしたことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにしたときは,この限りでない。
以上
(筆者)弁護士 宅間仁志