【大阪高裁令和3年1月14日(令和元年(ネ)第1735号 著作権に基づく差止等請求控訴事件)】

【キーワード】
著作権法,著作物,美術の著作物,アイデア

【事案の概要】

 控訴人(一審原告)は,東京藝術大学大学院を修了し,これまでに数多くの個展を開き,美術展に出品するなどして活動している現代美術家である。
被控訴人(一審被告ら)は,被控訴組合及び被控訴人P2であるところ,被控訴組合は,奈良県大和郡の柳町商店街の区域内の事業者を組合員として,アーケード,道路の整備,街路灯等組合員のためにする共同施設の設置及び維持管理等を目的とする事業協同組合であり,被控訴人P2は,大和郡山市で地域活性化を目指す団体であるケイプールプロジェクト(K-Pool Project)の代表者を務めている。
控訴人は,被控訴人が制作して展示した美術作品(以下「被告作品」という。)について,控訴人の著作物である美術作品(以下「原告作品」という。)を複製したものであり,控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害していると主張し,被控訴人に対し,著作権法112条1項に基づく被告作品の制作の差止め等を求めた。一審では請求が棄却されたため,控訴人が控訴した。

【原告作品】

外見は我が国で見られる一般的な公衆電話ボックスに酷似したものであり,四方がアクリルガラスでできた電話ボックス様の水槽,その内部に設置された公衆電話機様の造作と棚,水槽を満たす水,水の中に泳ぐ多数の金魚から成る。

【争点】

・原告作品の著作物性
・著作権(複製権又は翻案権)の侵害の有無

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1・第2 省略
第3 当裁判所の判断
1  認定事実
(2)  被告作品の詳細
ア ・・・被告作品は,実際に使用されていた公衆電話ボックスの部材を利用して制作されたものであり,電話ボックス様の造作水槽,その内部に設置された公衆電話機と棚,水槽を満たす水,水の中に泳ぐ主に赤色の金魚から成る。側面は4面とも全面がアクリルガラスであり,本物の電話ボックスであれば1つの面(出入口面)にある縦長の蝶番は存在しない・・・。屋根は赤色である。内部には,支柱の1つに上下二段の水平の棚が設置され,上段に灰色の公衆電話機が置かれている。その機種は,原告作品の公衆電話機とは違うものである。棚の形状は,上段が正方形で,下段が三角形に近い六角形(野球のホームベースを縦方向に押しつぶしたような形状)である。受話器は,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。水は,電話ボックス全体を満たしているように見える。金魚の数は,正確には不明であるが,原告作品におけるのとそれほど異ならない。・・・
・・(省略)・・
2  争点(1)(著作物性)
(1)  著作物の要件について
控訴人は,原告作品が著作権法10条1項4号にいう「美術の著作物」に該当すると主張する。
 著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうから(同法2条1項1号),ある表現物が著作物として同法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならない。第1に,思想又は感情自体ではなく「表現したもの」でなければならないということであり,第2に,「創作的に表現したもの」でなければならないということである。そして,創作性があるといえるためには,当該表現に高い独創性があることまでは必要ないものの,創作者の何らかの個性が発揮されたものであることを要する。表現がありふれたものである場合,当該表現は,創作者の個性が発揮されたものとはいえず,「創作的」な表現ということはできない。また,ある思想ないしアイデアの表現方法がただ1つしか存在しない場合,あるいは,1つでなくとも相当程度に限定されている場合には,その思想ないしアイデアに基づく表現は,誰が表現しても同じか類似したものにならざるを得ないから,当該表現には創作性を認め難い。
 原告作品は,その外見が公衆電話ボックスに酷似したものであり,その点だけに着目すれば,ありふれた表現である。そこで,これに水を満たし,金魚を泳がせるなどしたことにより,原告作品に創作性が認められるかが問題となる。
(2)  原告作品の著作物性について
原告作品のうち本物の公衆電話ボックスと異なる外観に着目すると,次のとおりである。
第1に,電話ボックスの多くの部分に水が満たされている。
 第2に,電話ボックスの側面の4面とも,全面がアクリルガラスである。
 第3に,その水中には赤色の金魚が泳いでおり,その数は,展示をするごとに変動するが,少なくて50匹,多くて150匹程度である。
 第4に,公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。
 そこで検討すると,第1の点は,電話ボックスを水槽に見立てるという斬新なアイデアを形にして表現したものといえるが,表現の選択の幅としては,入れる水の量をどの程度にするかということしかない。また,公衆電話ボックスが水槽化していることが鑑賞者に強烈な印象を与えるのであって,水の量が多いか少ないかに特に注意を向ける者が多くいるとは考えられない。したがって,電話ボックスを水槽に見立てるというアイデアを表現する方法には広い選択の幅があるとはいえないから,電話ボックスに水が満たされているという表現だけを見れば,そこに創作性があるとはいい難い。
 第2の点は,本物の公衆電話ボックスと原告作品との相違であるが,出入口面にある縦長の蝶番は,それほど目立つものではなく,公衆電話を利用する者もその存在をほとんど意識しない部位である。したがって,鑑賞者にとっても,注意をひかれる部位とはいい難く,この縦長の蝶番が存在しないという表現(すなわち,電話ボックスの側面の全面がアクリルガラスであるという表現)に,原告作品の創作性が現れているとはいえない。
 第3の点は,これも斬新なアイデアを形にして表現したものである。そして,金魚には様々な種類があり,種類によって色が異なるものがあるから(公知の事実),泳がせる金魚の色と数の組み合わせによって,様々な表現が可能である。実際,1000匹程度の金魚を泳がせていた「テレ金」は,床面辺りから大量の気泡が発生していることと相まって,原告作品とはかなり異なった印象を鑑賞者に与える作品であると評価することができ,その表現に原告作品との相違があることは明らかである。もっとも,このように表現の幅がある中で,原告作品における表現は,水中に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという表現方法を選択したのであるが,水槽である電話ボックスの大きさとの対比からすると,ありふれた数といえなくもなく,そこに控訴人の個性が発揮されているとみることは困難であり,50匹から150匹程度という金魚の数だけをみると,創作性が現れているとはいえない。
 第4の点は,人が使用していない公衆電話機の受話器はハンガー部に掛かっているものであり,それが水中に浮いた状態で固定されていること自体,非日常的な情景を表現しているといえるし,受話器の受話部から気泡が発生することも本来あり得ないことである。そして,受話器がハンガー部から外れ,水中に浮いた状態で,受話部から気泡が発生していることから,電話を掛け,電話先との間で,通話をしている状態がイメージされており,鑑賞者に強い印象を与える表現である。したがって,この表現には,控訴人の個性が発揮されているというべきである。
 被控訴人らは,金魚を泳がせるためには水中に空気を注入する必要があり,かつ,受話器は通気口によって空気が通る構造をしているから,受話器から気泡が発生するという表現は,電話ボックスを水槽にして金魚を泳がせるというアイデアから必然的に生じる表現であると主張する。しかし,水槽に空気を注入する方法としてよく用いられるのは,水槽内にエアストーン(気泡発生装置)を設置することである。また,受話器は,受話部にしても送話部にしても,音声を通すためのものであり,空気を通す機能を果たすものではないから,そこから気泡が出ることによって,何らかの通話(意思の伝達)を想起させるという表現は,暗喩ともいうべきであり,決してありふれた表現ではない。したがって,受話器の受話部から気泡が発生しているという原告作品の表現に創作性があることは否定し難い。
 なお,第1から第4までの点のほかに,控訴人は,原告作品が環境問題をテーマとしていることから,公衆電話機の色と電話ボックスの屋根の色がいずれも黄緑色であることを特に重視している(控訴人本人)。しかし,原告作品は,実際に存在するいくつかの公衆電話ボックスの中から選択したものとほぼ同じ外観をした水槽から成るところ,公衆電話機の色と屋根の色が黄緑色のものはよく見られるところであるから(公知の事実),この点だけをみる限り,そこに創作性を認めることはできない。
 以上によれば,第1と第3の点のみでは創作性を認めることができないものの,これに第4の点を加えることによって,すなわち電話ボックス様の水槽に50匹から150匹程度の赤色の金魚を泳がせるという状況のもと,公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生しているという表現において,原告作品は,その制作者である控訴人の個性が発揮されており,創作性がある。このような表現方法を含む1つの美術作品として,原告作品は著作物性を有するというべきであり,美術の著作物に該当すると認められる。
・・(省略)・・
3  争点(2)(著作権侵害)
・・(省略)・・
 そうすると,被告作品は,原告作品のうち表現上の創作性のある部分の全てを有形的に再製しているといえる一方で,それ以外の部位や細部の具体的な表現において相違があるものの,被告作品が新たに思想又は感情を創作的に表現した作品であるとはいえない。そして,後記(3)のとおり,被告作品は,原告作品に依拠していると認めるべきであり,被告作品は原告作品を複製したものということができる。
・・(省略)・・
 被控訴人らは,平成26年2月22日に被告作品を制作したことにより,控訴人の著作権を侵害したと認められる。

【検討】

1 著作物性
著作権法において保護される著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である。すなわち,対象物が著作物として保護されるためには,当該対象物に,①思想又は感情、②創作性、③表現、④文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものである,という4つの要件が備わっている必要がある。当該要件が備わっていない場合,いくらデザインに工夫を施したとしても著作物としては保護されないこととなる。
ここで,③の要件として「表現」があげられていることからわかるとおり,著作権法において保護されるのはあくまで「表現」である。そのため,表現されているアイデアそれ自体は保護されない。アイデアと表現の一致(あるアイデアの表現方法としてある表現しかないという場合の表現)や,アイデアの汎用的な表現(通常人であれば誰でも,そのアイデアはそのように表現するであろうという表現)は,②の要件である「創作性」が否定される。

2 本件の検討
 本件の原審では,原告作品では「公衆電話ボックス様の造形物を水槽に仕立て,その内部に公衆電話機を設置した状態で金魚を泳がせていること」「金魚の生育環境を維持するために,公衆電話機の受話器部分を利用して気泡を出す仕組みであること」が特徴であるとしつつ,前者は単なるアイデアであり,後者はアイデアを実現するための限られた方法であるとして,原告作品の上記特徴には創作性がないと判断された(ただし,色・形状等により著作物性を肯定した)。前者についてはアイデアと表現の一致,後者についてはアイデアの汎用的な表現と判断されたものと考える。
 しかし,本件控訴審においては,原告作品の特徴のうち「公衆電話機の受話器が,受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している」という部分に創作性があると判断された。当該部分は,アイデアの汎用的な表現とはいえないと判断されたものと考える。
 ある表現が,アイデアと表現の一致であるのか,アイデアの汎用的な表現であるのか,という点は判断が難しい。本件のように,斬新で独創的であり,見た者の記憶にも強く残ると考えられる作品であっても,単なるアイデアであるとして,創作性が認められない場合もある。
本件は,どこまでが単なるアイデアで,どこからが創作性が認められるかを判断する際の参考となる裁判例と考える。

以上
(筆者)弁護士 市橋景子