【令和3年11月29日(知財高裁 令和2年(ネ)第10029号)】

キーワード:サポート要件

1 事案の概要

 本件は、特許権侵害訴訟の控訴審である。原審ではサポート要件を満たさないと判断されたが、控訴審ではサポート要件を満たすと判断された。

2 本件特許の請求項1

【請求項1】

1A:天然セルロース質物質の加水分解によって得られるセルロース粉末であって

1B:平均重合度が150~450,

1C:75μm以下の粒子の平均L/D(長径短径比)  が2.0~4.5,

1D:平均粒子径が20~250μm,

1E:見掛け比容積が4.0~7.0㎤/g,

1F:見掛けタッピング比容積が2.4~4.5㎤/g,

1G:安息角が54°以下のセルロ~ス粉末であり,

1H:該平均重合度が,該セルロース粉末を塩酸2.5N,15分間煮沸して加水分解させた後,粘度法により測定されるレベルオフ重合度より5~300高いことを特徴とする

1I:セルロース粉末。

4 争点

 サポート要件

 特に、構成要件1Hに関して、本件特許明細書の実施例には、原料のレベルオフ重合度は記載されているが、セルロース粉末のレベルオフ重合度が記載されておらず、各実施例が、“平均重合度がレベルオフ重合度よりも5~300高い”ものであるかどうかが不明である。

4 裁判所の判断

「⑶ 本件発明1のサポート要件の適合性について

・・・

イ 原告は,本件発明1の「該平均重合度が,該セルロース粉末を塩酸2. 5N,15分間煮沸して加水分解させた後,粘度法により測定されるレベルオフ重合度より5~300高いこと」との要件(差分要件)は,「該セルロース粉末」に関するレベルオフ重合度との差分であるにもかかわらず,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたレベルオフ重合度は,いずれも「原料パルプ」のレベルオフ重合度であって,実施例及び比較例の「該セルロース粉末」のレベルオフ重合度は不明であること,BATTISTA論文の記載に照らすと,「該セルロース粉末」と「原料パルプ」のレベルオフ重合度が同じであるとは認められないことからすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,差分要件の数値範囲において,本件発明の1の課題を解決できると当業者が認識することはできない,仮に本件審決が認定するように「該セルロース粉末」のレベルオフ重合度は,「原料パルプ」のレベルオフ重合度より100低いと仮定した場合,実施例2ないし6において示されている差分の範囲は150~255であり,その下限値は150であること,差分5ないし10という数値は,粘度法による重合度測定の誤差の範囲のレベルであり,実質的にはレベルオフ重合度との差分を技術的有意性をもって認識することはできないこと,当業者分要件の作用機序の技術的は,差意味を理解できないことからすると,本件明細書記載の差分が150以上の実施例のデータのみをもって,測定誤差のレベルである差分5ないし10を下限とする差分要件の数値範囲の全体にわたり本件本件発明発明1は1の課題を解決できると認識することはできないとして,サポート要件に適合しない旨主張するので,以下において判断する。

(ア)本件本件発明1の「レベルオフ重合度」の意義について発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,本件発明1の「レベルオフ重合度」の意義について規定した記載はないが,本件明細書の【0015】に,「本発明でいうレベルオフ重合度とは2.5N塩酸,沸騰温度,15分の条件で加水分解した後,粘度法(銅エチレンジアミン法)により測定される重合度をいう。」との記載がある。上記記載は,本件発明1の「レベルオフ重合度」を定義したものといえるから(前記6(1)イ),本件発明1の「レベルオフ重合度」とは,2.5N塩酸,沸騰温度,15分の条件で加水分解した後,粘度法(銅エチレンジアミン法)により測定される重合度」をいうものと解される。 なお,本件明細書の【0015】には,レベルオフ重合度に関し,「セルロース質物質を温和な条件下で加水分解すると,酸が浸透しうる結晶以外の領域,いわゆる非晶質領域を選択的に解重合させるため,レベルオフ重合度といわれる一定の平均重合度をもつことが知られており(INDUSTRIAL AND ENGINEERING CHEMISTRY,Vol.42,No.3,p.502-507(1950)),その後は加水分解時間を延長しても重合度はレベルオフ重合度以下にはならない。従って乾燥後のセルロース粉末を2.5N塩酸,沸騰温度,15分の条件で加水分解した時,重合度の低下がおきなければレベルオフ重合度に達していると判断でき,重合度の低下が起きれば,レベルオフ重合度でないと判断できる。」との記載がある。上記記載中の「乾燥後のセルロース粉末を2.5N塩酸,沸騰温度,15分の条件で加水分解した時,重合度の低下がおきなければレベルオフ重合度に達していると判断でき,重合度の低下が起きれば,レベルオフ重合度でないと判断できる。」との記載部分は,本件出願当時,「レベルオフ重合度」とは,セルロースを酸加水分解すると,その重合度は,酸加水分解初期に急激に200-300に低下した後ほぼ一定になり,このほぼ一定になった重合度を意味することは技術常識であったこと(前記⑴イ(ア))に照らすと,レベルオフ重合度に達しているか否かの一般的な判断基準を示したものではないものと理解できる。

(イ) ①について

本件明細書には,実施例2ないし7及び比較例1ないし11のセルロース粉末について,それぞれの原料パルプ(市販SPパルプ,市販KPパルプ等)のレベルオフ重合度が記載されている(【0039】ないし【0047】)。前記⑴イ(ア)のとおり,本件出願当時,酸加水分解時に,非結晶部分は酸で分解されやすいが,結晶部分は分解されず残り,残った部分の化学構造と結晶構造は,原料セルロースのままであって,分解されずに残った部分の結晶領域の長さが「レベルオフ重合度」に対応することは技術常識であったことを踏まえると,本件明細書の上記実施例及び比較例記載のセルロース粉末のレベルオフ重合度は,原料パルプのレベルオフ重合度とおおむね等しいものと理解できる

・・・

加えて,本件明細書の表4には,実施例2ないし7及び比較例1ないし11のセルロース粉末の平均重合度の記載があることからすると,本件明細書に接した当業者は,上記セルロース粉末が差分要件を満たすかどうかを把握できるものと解される。

 また,本件明細書の表4には,「平均重合度」,「粒子の平均L/D(長径短径比)」,「平均粒子径」,「見掛け比容積」,「見掛けタッピング比容積」,「安息角」及び「平均重合度とレベルオフ重合度との差分」(差分要件)のいずれもが本件発明1の数値範囲内にある実施例2ないし7のセルロース粉末の円柱状成形体とそのいずれかが本件発明1の数値範囲外である比較例1ないし11とのセルロース粉末の円柱状成形体について,平均降伏圧[MPa],錠剤の水蒸気吸着速度Ka,硬度[N]及び崩壊時間[秒]が示されている。

 そして,実施例2ないし7のセルロース粉末は,いずれも,安息角が55°以下,錠剤硬度が170N以上,崩壊時間が130秒以下であり,ここで,安息角は,55°を超えると,流動性が著しく悪くなり(【0018】),錠剤硬度は成形性を示す実用的な物性値であり,170N以上が好ましく(【0019】),崩壊時間は崩壊性を示す実用的な物性値であり,130秒以下が好ましい(【0019】)のであるから,実施例2ないし7のセルロース粉末は,成形性,流動性及び崩壊性の諸機能をバランスよく併せ持つセルロース粉末であるということができる。

 したがって,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識から,実施例2ないし7のセルロース粉末は,本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められるから,

 ①は採用することができない。

(ウ) ②について

 本件明細書には,「平均重合度はレベルオフ重合度ではないことが好ましい。レベルオフ重合度まで加水分解させてしまうと製造工程における攪拌操作で粒子L/Dが低下しやすく成形性が低下するので好ましくない。」(【0015】),「レベルオフ重合度からどの程度重合度を高めておく必要があるかということについては,5~300程度であることが好ましい。さらに好ましくは10~250程度である。5未満では粒子L/Dを特定範囲に制御することが困難となり成形性が低下して好ましくない。300を超えると繊維性が増して崩壊性,流動性が悪くなって好ましくない。」(【0016】),「セルロース質物質をレベルオフ重合度まで加水分解してしまうと,製造工程における攪拌操作で粒子L/Dが低下しやすく成形性が低下するので好ましくない。…セルロース分散液の粒子は乾燥により凝集し,L/Dが小さくなるので,乾燥前の粒子の平均L/Dを一定範囲に保つことで高成形性でかつ崩壊性の良好なセルロース粉末が得られる。」(【0021】)との記載がある。

 これらの記載から,セルロース粉末がレベルオフ重合度まで加水分解されてしまうと,乾燥前のセルロース粒子のL/Dが低下しやすく,その後の乾燥工程でセルロース粒子が凝集して,得られるセルロース粉末のL/Dが小さくなり,L/Dが小さくなると,成形性が低下することを理解できる。

 そして,本件発明1の差分要件は,レベルオフ重合度まで重合度が低下しないように加水分解することを,セルロース粉末の平均重合度とレベルオフ重合度の差分(差分要件)で表し,その下限を「5」としたことを理解できるから,当業者は,本件発明1の差分要件の数値範囲の全体にわたり,本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められる。

 したがって,②は採用することができない。

(エ) まとめ

 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識から,当業者は,本件発明1の差分要件の数値範囲の全体にわたり,本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められるから,本件発明1は,発明の詳細な説明に記載したものであることが認められる。

 また,これと同様の理由により,本件発明2も,発明の詳細な説明に記載したものであることが認められる。」

5 コメント

 本件は、構成要件に、「該平均重合度が,該セルロース粉末を塩酸2.5N,15分間煮沸して加水分解させた後,粘度法により測定されるレベルオフ重合度より5~300高い」と規定されていながら、実施例には、セルロース粉末のレベルオフ重合度は記載されておらず、原料のパルプのレベルオフ重合度のみが記載されているという点について、サポート要件充足の有無が争われた。

 控訴審判決は、技術常識として、原料パルプのレベルオフ重合度と、セルロース粉末のレベルオフ重合度はほぼ同じになることが知られていたからサポート要件を満たすと判示した。

 この点、原審判決は、

 「本件発明1及び2は,前記のとおり,2.5N塩酸,15分,沸騰温度という具体的な本件加水分解条件で測定された重合度(平均重合度)をレベルオフ重合度とするものである(そのような具体的な本件加水分解条件で測定されることを前提として実施可能要件を充足する。)。したがって,本件では,本件加水分解条件という具体的な条件で加水分解された後に測定されるレベルオフ重合度について,優先日当時,当業者が,技術常識に基づいて,発明の詳細な説明に記載された原料パルプのレベルオフ重合度と,原料パルプを加水分解して得られたセルロース粉末のレベルオフ重合度とが同一であると認識することができるかが問題となるといえる(なお,本件加水分解条件は,レベルオフ重合度を求めるものとして,当該酸濃度温度条件では比較的短時間といえる時間の加水分解を定めたものであることがうかがえる。)。ここで,優先日当時,本件加水分解条件で測定されるレベルオフ重合度について,天然セルロースとそれを加水分解して生成されたセルロース粉末とが同じレベルオフ重合度となることを直接的に述べた文献があったことを認めるに足りる証拠はない。」

と判示しており、控訴審との相違が参考になる。

                                   以上

弁護士・弁理士 篠田淳郎