【令和3年11月29日(東京地裁 令和元年(ワ)第30282号事件)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

 本件は、被告が代表取締役を務めていた株式会社が、虚偽の事実を主張して、商標登録の取消しの審判事件において原告の主張を争い、原告が使用していた標章の使用の差止め等を求める仮処分を申し立てるなどしたことについて、これらの一連の行為が原告に対する不法行為を構成し、被告には、同社の当該不法行為に関して、代表取締役としての任務懈怠があったと主張して、被告に対し、会社法429条に基づき、当該任務懈怠により生じた損害の賠償等の支払を求める事案である。

  本件の関係図は、以下のとおりである。

2 判示内容(判決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)

 ⑴ I社による虚偽の主張(使用の事実)
 被告は、I社の経営には関与していなかったため本件登録商標に関する事実経過や本件審判請求事件におけるI社の主張については知らない旨主張するとともに、I社が本件審判請求事件において虚偽の主張をした旨を否定した。
 しかし、裁判所は、I社が、「本件審判請求事件に係る審判請求がなされた日から遡って3年以内に本件登録商標を使用したことをうかがわせる証拠はな」く、「本件審判請求事件において、本件登録商標は請求に係る期間内に誠実に使用されていた旨の主張をするとともに、後に書き加えられた加工指示書…を提出することは、事実に反する内容を、そのことを知りながらあえて主張し、当該主張に沿う内容を記載した証拠を事後的に作出して提出するものにほかならない。」として、I社の主張が事実と反するものであることを認定した。

 ⑵ I社の不法行為
 裁判所は、以下のとおり判示して、I社による一連の行為は原告に対する不法行為を構成するとした。

イ…また、…I社が原告に対し本件連絡書を送付する行為は、真実はI社が本件登録商標を使用した事実がないため、本件登録商標の登録は本件審判請求事件によって取り消されるべきであり、かつ、そのことを認識していたにもかかわらず、これらの事実を隠して、原告に対し、本件商標権について、その利用許諾料相当額から算出した譲渡代金名目で金員の支払を請求するものにほかならない。
ウ そして、…I社が本件仮処分命令申立てをし、その手続において前記アと同様の主張、立証をすることは、事実的、法律的根拠を欠くにもかかわらず、そのことを知りながら、I社に有効に本件商標権が帰属するとの権利又は法律関係に関する主張をするものであって、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものというほかはない。
エ …I社による一連の行為は、原告が「Attractions」のブランド及び原告標章を使用した商品を製造、販売等する権利を侵害するものであって、原告に対する不法行為を構成するものと認めるのが相当である。

 若干着目に値するのは、権利侵害に関する裁判所の判示内容である。不法行為は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」場合に成立するところ(民法709条)、裁判所は、この被侵害権利又は利益を、「原告が『Attractions』のブランド及び原告標章を使用した商品を製造、販売等する権利」と判示した。原告は、「Attractions」に係る商標権を保有しているものではないが、本件登録商標が取り消されるべきものであることを前提とすれば、原告は原告標章を自由に使用できるのであるから、この裁判所の判示は当然のことを示したものである。

 ⑶ 被告の任務懈怠責任について
 被告は、I社の経営はBが全般的に支配しており、自己はいわゆる名目的な取締役であるから、任務懈怠責任を負うものではない旨主張したが、裁判所は、被告が月額40万円又は60万円という少なくない役員報酬を受領していたこと、営業会議に出席したり、契約書類等に署名押印していた等の事実を認定し、被告が「代表取締役として主体的に行動することを一切許さなかったとまでの事実を認めるに足りる証拠はない」として、「I社が第三者に対して不法行為に及ぶことのないように、従業員らに業務の遂行を任せきりにすることなく、適時適切に裁判上及び裁判外の権限を行使するべき善管注意義務を負っていたというべきである」とした。以上を踏まえて、裁判所は、以下のとおり判示して、被告には任務懈怠について重大な過失があり、原告に対し損害を賠償する責任を負うとした。

被告は、Bから、少なくとも、I社が保有する本件商標権が無断で他社に使用されていることや、これを原因とする損害賠償金がI社に支払われる見通しであることを聞いていたにもかかわらず、当該係争に関する業務執行について何ら意を用いることなく、当該係争の対応をB及びF弁護士に漫然と任せきりにした結果、代表取締役としての権限を行使することなく、…I社による一連の不法行為を惹起させるに至ったものである。 以上によれば、被告は、I社が第三者に対して不法行為に及ぶことのないように適時適切に権限を行使するべき善管注意義務に違反し、その職務を怠るという任務懈怠に及んだと認められ、かつ、上記任務懈怠について、少なくとも重大な過失があったと認めるのが相当である。

 

3 若干のコメント

 以上のとおり、裁判所は、被告に会社法429条に基づく損害賠償責任を認め、約1651万円の支払いを命じた。
 本件は、商標権者が、その保有する登録商標が不使用商標であることを認識しながら、同商標と同一又は類似の標章を使用する者に対して権利行使をしたことが発端となっている。最終的に、裁判所は本件のI社の行為は不法行為であると判示したが、単に不使用商標であることを認識して権利行使をしたことを根拠としているものではなく、不使用審判の審理で虚偽の事実を主張したことや、仮処分を申し立てたこと等の「一連の行為」が不法行為であるとしている。したがって、不使用商標であることを認識して権利行使をすることの一事をもって直ちに不法行為が成立するかどうかは不明であるが、裁判所が種々の事実を認定している以上、おそらくそれだけでは不法行為を成立する十分な根拠にはならないものと考えられる。

以上

弁護士 藤田達郎