【大阪地判令和3年9月6日判決(本訴:令和2年(ワ)第3347号 損害賠償請求事件、反訴:令和2年(ワ)第8842号 損害賠償請求事件)】

【要約】

原告は、被告が実施する方法を積極的に調査せず、事実的・法律的根拠を欠く主張を行った。原告による本訴提起の真の目的は被告の営業を妨害するためであった。これらの事実認定の下、原告による本訴の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、被告に対する不法行為を構成すると判断された。

【キーワード】

訴え提起、不法行為

【事案】

原告は、漏水探査、漏水診断、分析その他水道に関するコンサルタント業務等を目的とする会社であり、漏水位置検査装置に関する特許(以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」といい、請求項1に係る発明を「本件発明1」、請求項2に係る発明を「本件発明2」という。)を保有している。被告は、原告の元従業員であり、原告を退職後、別途、漏水探査の業務を行っている。

原告は、被告の漏水位置検知に当たって使用する装置(以下「被告装置」という。)が、本件特許の請求項1及び2に係る特許権を侵害するとして本訴を提起した。
被告は、原告を退職後、漏水調査の入札に参加し、落札したところ、原告は、被告の指名競争入札参加申請書等について公文書公開請求を行った。
その後、原告は、被告に対し、数次にわたり、以下の趣旨を含む書面を送付した。
・被告は、原告の工法を盗み出した。
・被告は、原告の書類を無断使用し、著作権を侵害している。
・被告は、原告の取引先を横取りし、原告に損害を与えている。
・原告は、被告を刑事告訴する。
また、原告は、全国漏水調査協会にも被告を非難する内容の書面を送付するなどした。
被告は、原告に対し、「調査内容の『エア加圧工法』は他社企業でも行われている工法で、特許侵害等の法を犯す工法ではありません」などと記載した回答書を送付した。
原告は、その後、被告に対し、「最後通告書」と題する書面を送付し、被告を非難したが、被告が使用する工法が原告の特許権を侵害する理由に関する記載はなかった。
さらに、原告は、本訴における証拠(筆者注:陳述書の類であると思われ る。)において、「裁判を提訴するまで、被告の行って居る工法につては(ママ)、知る由は無かった」と記載した。

【判決】

⑴ 被告装置の本件発明の非充足
本件発明において、水素混合ガス及び水素ガス探索機を使用することが必須の構成とされているが、被告装置は、水素混合ガス及び水素ガス探査機を使用しておらず、これに関連する構成も備えていないため、本件発明1の構成要件をいずれも充足せず、従属する本件発明2も充足しない。
均等侵害に関し、原告の主張は不十分であり、主張自体失当である。これを措くとしても、水素混合ガスを使用することに関する本件発明の構成は、本件発明の本質的部分であるから、少なくとも均等の第1要件を欠き、均等侵害は成立しない。

⑵ 本訴提起による不法行為
法的紛争の当事者が紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
本件の本訴提起前、原告・被告間のやり取りにおいて、被告が「特許侵害等の法を犯す工法ではありません」と反論したにもかかわらず、原告は、被告が本件特許権を侵害すると考える理由を言及したことはない。また、原告は、本件訴訟において、証拠中で「裁判を提訴するまで、被告の行って居る工法につては(ママ)、知る由は無かった。」とし、実際、被告が主張する被告装置の構成等を前提として主張立証を行っている。
このような提訴前の経緯や訴訟の経過に加え、被告装置が本件発明の技術的範囲に属さないことに照らすと、原告は、本訴で主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであることにつき、少なくとも通常人であれば容易にそのことを知り得たのに、被告による事業展開を妨げることすなわち営業を妨害することを目的として、敢えて本訴を提起したものと見るのが相当である。
そうすると、原告による本訴の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められるから、被告に対する不法行為を構成する。

【検討】

裁判を受ける権利は、憲法32条で保障される基本的人権であり、原告が訴えを提起して敗訴判決を受けることは通常のことである。紛争を解決するため、裁判所の判断を求めるのであるから、結果的に敗訴した場合でも、訴えの提起は原則として正当な行為であり、訴え提起が不法行為になる場合は、裁判制度の趣旨に鑑み、抑制的に考える必要がある。上記最判昭和63年1月26日は、訴え提起が不法行為となる場合について規範を定立した有名な判例であり、以下の要件が必要であるとされている。
①提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、
②提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる

本件において、原告は、被告による特許侵害を主張しながらも証拠の準備をせず、提訴するまで被告が実施している工法を知らなかったことまで言ってしまったという事案である。このような事実を前提とすれば、被告が原告の特許権を侵害しているという事実的根拠を欠いていることを知っていたと認めることができる事案であるというのは頷けるところである。
当然のことであるが、特許権者としては、訴え提起前に相手方による侵害の立証を慎重に検討することが重要である。また、本件では、原告が、証拠において被告が実施している工法を知らなかったことを認めてしまっていた。このような証拠が提出された背景は不明であるが、証拠を提出する際、相手方の立場から不利益な見方ができないかを含め、メリット・デメリットを十分検討する必要がある。

 以上

弁護士 後藤直之