【令和5年2月21日(知財高裁 令和4年(ネ)10078号 不当利得返還請求控訴事件)】
【事案】
本件は、発明の名称を「片手支持可能な表示装置」とする特許第3382936号の特許(本件特許)に係る特許権(本件特許権)の特許権者であった控訴人において、被控訴人が製造及び販売する各製品(被告各製品)は本件特許権の技術的範囲に属するものである旨主張して、被控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づいて、実施料相当額等の支払を求めた事案である。
裁判所は、本件控訴は理由がないとして、棄却した。
【キーワード】
訂正の再抗弁、時機に後れた攻撃防御方法
【争点】
本稿では、控訴人が控訴理由書に記載した訂正の再抗弁が、時機に後れた攻撃防御方法に該当すると判断された点についてとり上げる。
【事案の概要】(判決一部抜粋・下線は筆者による。)
第2 事案の概要(略称は原判決に従う。)
1 本件は、発明の名称を「片手支持可能な表示装置」とする特許第3382936号の特許(本件特許)に係る特許権(本件特許権)の特許権者であった控訴人において、被控訴人が製造及び販売する原判決別紙1被告製品目録記載の各製品(被告各製品)は本件特許権の技術的範囲に属するものであり、被控訴人は法律上の原因なくして本件特許の実施料相当額の利得を得ている旨主張して、被控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づいて、①平成21年8月5日から平成23年8月30日までの期間における実施料相当額100億円及び消費税相当額10億円の合計110億円の一部請求として110万円及びこれに対する令和元年8月2日(第1事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金、②平成21年2月4日から同年8月4日までの期間における実施料相当額25億2000万円の一部請求として1億円及び令和元年8月20日(第2事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで同割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。
2 原判決は、①第1次訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明は、国際公開91/05327号(乙1文献)に記載された発明(乙1発明’)に周知技術を適用すれば容易に想到し得たものであるから、進歩性を有するものではなく、また、第1次訂正後の請求項3ないし6及び請求項10に係る発明は、乙1発明’と相違点はなく、乙1発明’であるから新規性を欠くものである、②請求項1、2及び10に係る第2次訂正はいずれも訂正要件に適合するものではなく、請求項1ないし10は一群の請求項を構成するから、請求項1ないし10に係る訂正はいずれも不適法であり、また、請求項1ないし6に係る第3次訂正もいずれも訂正要件に適合するものではないから、訂正の再抗弁はいずれも理由がない、③したがって、本件各発明に係る特許は特許無効審判において無効とされるべきものであって、控訴人は、被控訴人に対し、本件特許権を行使することはできない旨判断して、控訴人の請求をいずれも棄却したところ、控訴人は、これを不服として、本件控訴をした(なお、控訴人は、前記のとおり、原審においては、第2事件については、1億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めていたが、控訴の趣旨第1の3の限度で控訴をした。)。
3 「前提事実」、「争点」及び「争点に関する当事者の主張」は、次のとおり補正し、後記4及び5のとおり、当審における当事者の補充主張等を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第2の2、3及び第3に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 11頁9行目冒頭から同11行目末尾までを次のとおり改める。
「控訴人は、上記審決のうち請求項1ないし10までに係る部分の取消しを求める審決取消訴訟を提起した(知的財産高等裁判所令和3年(行ケ)第10037号)が、知的財産高等裁判所は、令和4年2月2日、控訴人の請求を棄却する旨の判決をした。控訴人は、同判決を不服として、上告及び上告受理申立てをしたが、最高裁判所は、同年9月14日、上告棄却及び上告不受理決定をし、同判決は確定した。(以上、当裁判所において顕著な事実)。」
(2) 17頁21行目冒頭から末尾までを次のとおり改める。
「特許庁は、令和4年4月21日付けで、「請求項7ないし10を削除する訂正を認める。請求項1ないし6を無効とする。」旨の審決の予告をした。控訴人は、この審決の予告を受けて、同年6月27日付け訂正請求書によって、本件特許の特許請求の範囲及び明細書を訂正することを求める訂正請求(以下、この訂正請求に係る訂正を「第4次訂正」という。)をした(甲104)。
特許庁は、同年9月29日付けで、控訴人に対し、第4次訂正に係る訂正拒絶理由を通知した(乙33)ところ、控訴人は、同年11月4日付けで、特許庁に対し、上記訂正請求書の補正書を提出した(甲107)。」
・・(省略)・・
【控訴審における控訴人の補充主張等】(判決一部抜粋・下線は筆者による。)
(2) 訂正の再抗弁(第4次訂正)
ア(ア) 控訴人は、令和4年4月21日付けで審決の予告を受けて、同年6月27日付け訂正請求書によって、本件特許の特許請求の範囲及び明細書を訂正することを求める訂正請求(第4次訂正)をした。
なお、特許庁に第4次訂正に係る訂正請求書を提出したことにより、原判決の第3次訂正は、取り下げられたものとみなされた。
(イ) 第4次訂正請求に係る特許請求の範囲の請求項1ないし6(以下、これらの請求項に係る発明を順に「第4次訂正発明1」ないし「第4次訂正発明6」といい、これらを併せて「第4次各訂正発明」という。)の記載は、別紙1の「第4次訂正対比表」に記載のとおりであり、別紙2のとおり、訂正要件を満たすものである。
イ 第4次訂正により無効理由が解消すること
(ア) 第4次訂正発明1と乙1発明’の相違点と容易想到性
第4次訂正発明1と乙1発明’は、以下の点で相違するが、相違点1の構成は、乙1発明’、乙4文献及び乙26文献に記載された技術的事項から当業者が容易に想到し得たものではないことは、前記(1)のとおりである。
a 第4次訂正発明1は、互いに約180度で見開き可能に接続されている2つの表示板が互いに折り畳まれた状態か互いに約180度で見開きにされた状態へと変化するように(すなわち、2つの表示板間が広げられていくように)2つの表示板中の少なくとも一方をユーザーが回動させている場合において、2つの表示板間が所定の角度になったとき、当該ユーザーが行っている回動をストップさせて2つの表示板を固定する、見開き固定手段(又はストッパ)を備えているが、乙1発明’はそのような構成を備えていない点(以下「相違点1」という。)。
b 第4次訂正発明1は、2つの表示板を、その少なくとも一方の表示板をユーザーが回動させるとき各表示板がそれらが互いに接続されている部分を回動中心として相対的に回動するように接続する構成を備えているが、乙1発明’はそのような構成を備えていない点(以下「相違点2」という。)。
(イ) 第4次訂正発明2ないし5と乙1発明’の相違点と容易想到性
第4次訂正発明2及び4は、乙1発明’と相違点1及び2で相違し、第4次訂正発明3及び5は、乙1発明’と相違点1で相違し、前記(ア)のとおり、相違点1の構成は、乙1発明’、乙4文献及び乙26文献に記載された技術的事項から当業者が容易に想到し得たものではないことは、前記(1)のとおりである。
(ウ) 第4次訂正発明6と乙1発明’の相違点と容易想到性
第4次訂正発明6と乙1発明’は、相違点1及び相違点2に加え、以下の相違点(以下「相違点3」という。)があるが、相違点1の構成は、乙1発明’、乙4文献及び乙26文献に記載された技術的事項から当業者が容易に想到し得たものではないことは、前記(1)のとおりである。
また、乙1発明’に乙4文献及び乙26文献に記載の技術的事項である「ポップアップ型チルト機構」を適用すると、乙1発明’の第1及び第2のロッキング機構を除外することになり、乙1発明’は相違点3の摩擦力によるチルト機構(フリーストップ型チルト機構)としての第1及び第2のロッキング機構を備えないことになるから、相違点3は、乙1発明’、乙4文献及び乙26文献に記載の技術的事項からは容易に想到し得ない。
(相違点3)
第4次訂正発明6は、相違点1に係る構成(ストッパ)と、2つの表示板の少なくとも一方をユーザーが回動させている場合において、ユーザーが行っている回動をユーザーが自分で止めたとき、そのときの角度でそのまま2つの表示板間が摩擦力により保持されるようにチルト機構(フリーストップ機構)とを並存させる構成を備えているが、乙1発明’はそのような構成を備えていない点。
ウ 被告各製品が第4次各訂正発明の技術的範囲に属すること
(ア) 被告各製品は、①小型サイズの2つの表示板を共通の1つの軸を中心として相対的回動が可能なように接続する構成を備えていること、②2つの表示板間が約180度見開きにされた状態で固定する完全見開き固定手段を備えていること、③各表示板の一方をユーザーが回動させている場合において、2つの表示板の各画面が表示される側の間の角度が約160度になったとき、当該ユーザーが行っている回動をストップさせて2つの表示板間を当該角度で固定する構成(中間ストッパ)を備えていることから、第4次訂正発明1ないし5の各構成要件を充足し、また、第4次訂正発明6の構成要件6A’ないしE’を充足する。
(イ) 被告各製品は、各表示板の一方をユーザーが回動させている場合において、2つの表示板の各画面が表示される側の角度が約160度になったとき、当該ユーザーが行っている回動をストップさせて2つの表示板間を当該角度で固定する構成(摩擦力を利用したフリーストップ型チルト機構)を備えているから、第4次訂正発明6の構成要件6F’を充足する。
(ウ) 以上によれば、被告各製品は、第4次各訂正発明の技術的範囲に属する。
【控訴審における被控訴人の補充主張等】(判決一部抜粋・下線は筆者による。)
(2) 訂正の再抗弁(第4次訂正)について
ア 第4次訂正について
(ア) 第4次訂正に基づく訂正の再抗弁は時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下されるべきである。
すなわち、特許権侵害訴訟における特許無効の抗弁とこれに対する再抗弁(対抗主張)は、あくまで民事訴訟の手続であって、特許庁で行われる無効審判請求とその手続内でされる訂正請求とは別であり、必ずしもその手続に並行してされるものではない。訂正の再抗弁は、特許権侵害訴訟の請求原因事実である構成要件を変更するものであるから対抗主張とも称されるように、訂正の主張によって訴訟の進行に重要な変容を加えることになるので、その主張を取り上げると更なる審理が必要となるから、訂正主張については慎重に対応されるべきである。
原判決は、第2次訂正及び第3次訂正に基づく訂正の再抗弁ついて訂正要件の有無を審理して判断したが、第4次訂正に基づく訂正の再抗弁は、原審口頭弁論終結後の審決の予告に対応するものとはいえ、民事訴訟手続の進行の観点からみれば、原審での長期にわたる審理において、訂正要件を充足しない旨の被控訴人による主張を踏まえ、第3次訂正について吟味を加える時間的余裕があったにもかかわらず、控訴人は、控訴理由書で、第4次訂正に係る訂正の再抗弁を追加したものであるから、こうした主張が時機に後れたものであることは明らかであり、また、原審における控訴人の不誠実な訴訟態度によって審理が長期化した経緯に鑑みれば、控訴理由書で訂正の再抗弁を主張する合理的理由はなく、控訴人には重過失があって、この主張を許せば、本件訴訟の完結が著しく遅れることは明らかである。
(イ) なお、念のため、以下のとおり、第4次訂正は、訂正要件に適合するものではなく、不適法なものであることについて主張する。
・・(省略)・・
したがって、被告各製品は、第4次訂正後の特許請求の範囲に記載の発明の技術的範囲に属さない。
【裁判所の判断】(判決一部抜粋・下線は筆者による。)
(2) 第4次訂正に係る訂正の再抗弁の成否について
ア 時機に後れた攻撃防御方法に当たるかについて
控訴人は、第4次訂正に係る訂正の再抗弁は、特許庁による令和4年4月21日付けの審決の予告を受けてした第4次訂正請求に係るものであって、本件特許に係る特許権侵害訴訟における手続においても当然に主張できるものと考えるようである(同主張によって第3次訂正に係る訂正の再抗弁が取下げ擬制されたとも主張している。)が、特許権侵害訴訟において無効の抗弁とその対抗主張ともいうべき訂正の再抗弁は、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で迅速に解決するため、特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことなく主張することができるものとされたにすぎず、特許無効審判とは別の手続である民事訴訟手続内でのものであるから、審理の経過に鑑みて、審理を不当に遅延させるものであるときは、時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下されるべきである。
そこで、原審における審理経過についてみると、控訴人は、原審において、第1回弁論準備手続期日(令和元年11月18日)における本件特許が新規性及び進歩性を欠く旨の無効の抗弁の主張(被告第1準備書面)を受けて、第3回弁論準備手続期日(令和2年7月27日)までに、第2次訂正に係る訂正の再抗弁に係る原告第2準備書面を提出したが、本件無効審判の手続における訂正請求に合わせて、第3次訂正に係る訂正の再抗弁を記載した令和3年3月3日付け原告第5準備書面及び同年5月27日付け原告第6準備書面を提出した(これらの準備書面は、第4回弁論準備手続期日(令和3年12月16日)において、訂正書面を含めて陳述された。)。原判決は、第2次訂正及び第3次訂正に係る訂正の再抗弁はいずれも訂正要件を充足せず、本件特許は特許無効審判により無効とすべきものと判断したところ、控訴人は、控訴理由書で、第4次訂正に係る訂正の再抗弁の主張を追加したものである。
こうした原審での審理経過に鑑みると、第4次訂正は、時機に後れて提出された攻撃防御方法に当たり、その提出が後れたことについて控訴人には重過失があるから、本来であれば却下は免れないが、被控訴人から第4次訂正については訂正要件を充足しないこと等を含め、第4次訂正に係る訂正の再抗弁についての反論がされており、この限度では訴訟の完結を遅延させることになるとまではいえないため、以下、判断を加えることとする。
なお、控訴人は、特許庁による第4次訂正に係る訂正拒絶理由通知を受けて、第4次訂正に係る手続補正書を提出したとして、弁論終結予定の口頭弁論期日(令和4年12月5日)の直前になって、更に補正した内容に係る第4次訂正の再抗弁も主張する(令和4年11月29日付け控訴人第1準備書面)が、これについては、明らかに時機に後れているため、却下する。
・・(省略)・・
【検討】
民事訴訟法157条1項には、「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。」として、時機に後れた攻撃防御方法の却下について定められている。裁判所が、同項に基づいて攻撃防御方法の却下をなすためには、①時機に後れて提出されたものであること、②それが当事者の故意又は重大な過失に基づくものであること、③それについての審理によって訴訟の完結が遅延すること、という3つの要件を満たす必要がある。
時機に後れた攻撃防御方法の却下に関し、最高裁第三小法廷昭和30年4月5日(昭和28年(オ)759号)は、「所論引用の大審院判例(昭和八年二月七日判決)が、控訴審における民訴一三九条の適用について、第一審における訴訟手続の経過をも通観して時機に後れたるや否やを考うべきものであり、そして時機に後れた攻撃防御の方法であつても、当事者に故意又は重大な過失が存すること及びこれがため訴訟の完結を延滞せしめる結果を招来するものでなければ、右の攻撃防御の方法を同条により却下し得ない趣旨を判示していることは所論のとおりであつて、この解釈は現在もなお維持せらるべきものと認められる。」と判示しており、控訴審において、攻撃防御方法の提出が時機に後れたものであるか否かを判断するにあたっては、第一審における訴訟手続の経過をも参酌して考えるべきであるとされている。
本件では、控訴人が、原審において、被控訴人の無効の抗弁の主張を受けて、第2次訂正に係る訂正の再抗弁を主張したが、無効審判の手続における訂正請求に合わせて、更に、第3次訂正に係る訂正の再抗弁を主張した。これに対して、原判決が、第2次訂正及び第3次訂正に係る訂正の再抗弁はいずれも訂正要件を充足せず、本件特許は無効とすべきものとして判断したところ、控訴人は、控訴理由書で、第4次訂正に係る訂正の再抗弁の主張を追加した。その結果、裁判所が、審理経過に鑑みて、「第4次訂正は、時機に後れて提出された攻撃防御方法に当たり、その提出が後れたことについて控訴人には重過失がある」と判断したものである。
控訴人が控訴理由書で追加した第4次訂正に係る訂正の再抗弁が、第2次訂正及び第3次訂正に係る訂正の再抗弁との関係でどのような位置付けのものであるのか、控訴審の判決から判断することはできないが、裁判所としては、原審における訴訟手続の経過を参酌した上で、当該第4次訂正に係る訂正の再抗弁は時機に後れた攻撃防御方法に該当すると判断したものといえる。控訴人(権利者)としては、控訴理由書に記載した訂正の再抗弁であっても、時機に後れた攻撃防御方法に該当すると判断される場合があることに留意すべきである。
また、第4次訂正は時機に後れた攻撃防御方法に該当するため、本来であれば却下は免れないものの、被控訴人により、第4次訂正に係る訂正の再抗弁についての反論がされていることから、その限度では訴訟の完結を遅延させることになるとまではいえないとして、控訴審において、当該訂正の再抗弁についての判断がなされている。被控訴人(被疑侵害者)としては、訂正の再抗弁が時機に後れた攻撃防御方法に該当するとしても、それに対して反論したこと等を理由に、当該訂正の再抗弁についての判断がなされる場合があることに留意すべきである。
本件は、無効の抗弁に対して訂正の再抗弁を主張する権利者の立場、及び訂正の再抗弁が時機に後れた攻撃防御方法にあたるものとして却下されるべきと主張する被疑侵害者の立場の双方から参考になる判決である。
以上
弁護士・弁理士 溝田尚

