【令和4年3月30日(東京地裁 令和元年(ワ)第25550号)】

第1 事案の概要(説明の便宜上、事案を簡略化している。)

 東京都は、多摩地区に所在する土地(以下「本件土地」という。)を、事業画地として複合施設(商業・業務・住宅等)を設置、運営する事業(以下「本件開発事業」という。)の事業予定者を募集した。被告は、本件土地の買受申込書を東京都に提出し、本件開発事業に関する取組内容についてプレゼンテーションを実施した。その結果、東京都は、本件開発事業の事業予定者を被告に決定した。
 被告は、上記の買受申込書を提出する際、応募書類として企画書(以下「本件企画書」という。)を提出しているが、本件の原告は、自らが本件企画書等の著作者・著作権者であると主張し、被告に対し、本件企画書を複製及び改変等して、本件企画書等の複製及び改変等の差止めを求めた。
 なお、本件開発事業に関し、被告が東京都との間で締結した土地売買契約書には以下の条項(9条2項。以下「建築義務等条項」という。)が規定されていた

乙(引用注:被告)は、この土地の買受申込みに際して甲(引用注:東京都)に提出した建設計画書及び企画書に基づき複合施設を建築するものとし、これにより難い場合は、その変更内容について、甲の承認を受けるものとする。

第2 争点

 本件では、複数の争点が検討されたが、そのうち「著作権又は著作者人格権に基づく差止請求権の存否」として
  ①本件企画書等の著作物性
  ②原告が本件企画書等の著作者か否か
  ③本件企画書の利用許諾の有無
  ④差止めの必要性
 が検討された。

第3 裁判所の認定判断(上記④の「差止めの必要性」について)

1 裁判所は、上記②及び④のみを検討し、上記②に関し、「本件企画書等が『著作物』に該当するとしても、原告がこれを『創作』したと認めることはできない。したがって、原告が本件企画書等の『著作者』(著作権法2条1項2号)であるとは認められない。」と判示した。その上で、「仮に原告が本件企画書等に係る著作者として認められるとしても」として、上記④の差止めの必要性について判示した。このように上記④は傍論であるが、以下で裁判所の判断内容を検討する。
2 まず、裁判所は、「被告が実際に本件企画書を複製、改変した事実は認められない」とした。
 この点、原告は、建築義務等条項に、「企画書に基づき複合施設を建築するものと…する」との規定があることから、「被告は、本件企画書に従い、複合商業施設や物流業務施設を建築すべき義務を負って」おり、本件企画書が複製される蓋然性が高いとして、差止めの必要性を主張した。
 これに対し、裁判所は、以下のように判示し、「企画書が複製又は改変される蓋然性があることを認めることはできない」として、差止めの必要性を否定した。

 この点、前記前提事実…のとおり、本件土地の売買契約書…には建築義務等条項が置かれているものの、当該条項で義務付けられているのは企画書に基づいて複合施設を建築すること、すなわち企画書の記載内容に沿って複合施設を建築することにすぎない。そして、建築義務等条項に従い本件開発事業を進めるために本件企画書を複製又は改変することが必須であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、建築義務等条項が存在することから直ちに企画書が複製又は改変される蓋然性があると認めることはできないというべきである。
 しかも、前記前提事実…のとおり、被告は、東京都に対し、平成30年11月8日付けで、建築義務等条項に基づく変更を申請し、東京都は同月20日付けでこれを承認している。そして、証拠…によれば、複合商業施設については、渋滞緩和や公害(騒音、大気汚染、光害)の防止のため、建物の建設場所を敷地東側幹線道路沿いから敷地西側に配置し、幹線道路側に駐車場を配置するという変更が加えられ、物流業務施設については、主なテナントターゲットの変更に伴い、トラックバースの削減、乗用車専用の出入口の追加設置、施設中央部へのカフェテリアの設置、延べ床面積の増加(約4万5700㎡から約4万9800㎡への増加)などの変更が加えられたことが認められる。このような大幅な変更を東京都が承認した以上、被告が、今後、変更前の計画が記載された本件企画書を複製又は改変して使用するといった事態は認め難いというべきである。
 以上によれば、仮に原告が本件企画書等に係る著作者と認められるとしても、被告において、本件開発事業を進めるに当たり、本件企画書を複製、改変したり、…などして、原告の本件企画書等に係る複製権及び同一性保持権を侵害するおそれがあるとはいえないから、差止めの必要性を認めることはできない。

第4 若干の検討

 著作権法112条1項は、著作権、著作者人格権等に基づく差止請求権について規定するが、差止めの必要性として、①現に侵害が行われている場合(侵害する者)か、②将来侵害が行われるおそれがある場合(侵害するおそれがある者)であることが要件として求められている。

(差止請求権)
第112条 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

 本件では、上記①及び②の双方を検討したものである。特に上記②について、傍論ではあるが、具体的に検討したものとして、著作権法112条1項の「おそれ」を検討する上で、参考になるものと考えられる。

以上

弁護士 藤田達郎