【令和4年3月18日判決(東京地裁 令元(ワ)34096号 商標権侵害行為差止等請求事件)】

【キーワード】
商標権侵害,ロゴマーク,標章の特定、結合商標

【事案の概要】

 原告らは、お好み焼き及び焼きそばを中心として、飲食店の運営並びに食料品の製造及び販売を行う会社であり,以下の本件商標1にかかる商標権(以下「本件商標権1」という。)を保有している。

◆ 本件商標1
登録番号 第638104号
出願日 昭和37年9月12日
登録日 昭和39年3月6日
商標

商品及び役務の区分:
第29類
指定商品 食肉、卵、食用魚介類(生きているものを除く。)、冷凍野菜、冷凍果実、肉製品、加工水産物、加工野菜及び加工果実、油揚げ、練り豆腐、こんにゃく、豆乳、豆腐、こんにゃく、豆乳、豆腐、納豆、加工卵、カレー・シチュー又はスープのもと、お茶漬けのり、ふりかけ、なめ物
第30類
指定商品 コーヒー豆、穀物の加工品、アーモンドペースト、お好み焼き、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、即席菓子のもと、酒かす
第31類
指定商品 食用魚介類(生きているものに限る。)、海藻類、野菜、糖料作物、果実、コプラ、麦芽
第32類
指定商品 飲料用野菜ジュース
 被告は,冷蔵用のお好み焼きや冷蔵用の焼きそばなどの食料品の製造及び販売を行う会社であり、具材や調味料(ソース)を含む冷蔵用「むし焼そばセット」(以下「被告商品①」という。)に、以下の標章(以下「被告標章Ⅰ」という。)を付して製造販売していた。
 ただし、本件訴訟では、原告は、被告製品①に付されている標章は、以下の被告標章1のように「ぼてぢゅう総本家」という文字から成る商標であり、被告標章Ⅰのような暖簾の図形を含む標章とは特定することができないと主張している。

 原告らは,被告が被告製品①に被告標章Ⅰ(被告標章1)を付して製造販売する行為は、原告の本件商標権1を侵害すると主張し、被告に対し、商標法36条に基づき被告標章Ⅰ(被告標章1)の使用差止め並びに被告標章Ⅰ(被告標章1)を付した商品の廃棄等の請求、民法709条に基づき損害賠償の請求をおこなった。
 なお、本件では、原告の保有する別の商標権の侵害、及び、他の被告製品の製造販売についての商標権侵害も争点となっているが、本稿では、被告標章Ⅰ(被告標章1)が付された被告製品①についての争点のみ取り上げる。

【争点】

・被告標章の特定
・本件商標1と被告標章1又は被告標章Ⅰの類似性

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1・第2(省略)
第3 争点に関する当事者の主張
1  争点1(本件商標1と被告標章1又は被告標章Ⅰとの類似性)について
(原告らの主張)
⑴ (省略)
⑵ 他方、被告商品①に付された標章は、被告標章1のとおり、「ぼてぢゅう総本家」という文字から成る商標である。これに対し、被告は、これを被告標章Ⅰのように特定するが、以下のとおり、被告標章1を超える部分は、装飾的図形や模様など、自他識別機能を有する部分を含まないから、被告標章Ⅰのように標章を特定することはできない。
ア 被告標章Ⅰは、暖簾の図形を含むものであるが、暖簾とは、「商品の軒先や出入口にたらし、屋号などを染め抜いてある布」にすぎない。被告標章Ⅰは、そのような暖簾の一般的な形状(甲40)を下地とした装飾的図形であるから、自他識別機能を有しない。
イ 被告標章Ⅰのうち、「宗右衛門町趣味のお好み焼」という文字は、地名と商品を組み合わせ、商品の産地や販売地を普通に用いられる方法で表示したものであり、著名な地理的名称と業種名を組み合わせたようなものとも異なるのであるから、自他識別力を有しない。
ウ 仮に、前記文字部分のうち、「趣味」の部分に着目するとしても、「趣味」とは、「物のもつ味わい、おもむき」を意味し、「宗右衛門町という場所のおもむきのあるお好み焼」という意味が生じるにすぎないから、当該部分よって、自他識別機能が生じるものでもない。
⑶ (省略)
(被告の主張)
⑴ (省略)
⑵ 他方、被告商品①に付された標章は、被告標章Ⅰのとおり、「宗右衛門町趣味のお好み焼ぼてぢゅう総本家要冷蔵」の文字と暖簾の図形から成る結合商標である。なお、原告らは、「ぼてぢゅう総本家」の部分以外に自他識別能力はないと主張するが、そのように考えることはできないし、仮に、そうであるとしても、社会通念上、これらは全体が一個の標章と認識される。
⑶ (省略)
2~11 (省略)
第4  当裁判所の判断
1  (省略)
2  争点1(本件商標1と被告標章1又は被告標章Ⅰとの類似性)について
⑴  証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば、被告商品①は、全体が透明のパッケージの表面上部に、被告標章Ⅰ(ただし、要冷蔵の文字及び文字囲い部分を除く。以下同じ。)のとおり、濃緑色の暖簾を模した図案の上に文字を記載したものであることが認められる。そうすると、被告商品①の包装に付された被告標章Ⅰは、需要者が独立した表示として把握するものといえ、被告商品④においても濃緑色の暖簾を模した図案の上に同様の文字が記載されている取引の実情をも踏まえると(甲8)、被告商品①の包装に付された標章としては、被告標章Ⅰのとおり特定するのが相当である。
 これに対し、原告らは、被告標章Ⅰにおける暖簾の図案部分等は、出所を識別する機能が生じるものとはいえないから、被告標章1のとおり特定すべきである旨主張するものの、出所識別機能の存否を類否判断で考慮するのは格別、需要者が現実に認識する標章を特定するに当たっては、上記のとおり事実関係を踏まえて認定するのが相当であるから、原告らの主張は、上記認定を左右するものではなく、採用することができない。
⑵  そこで、前記1(結合商標の類否の判断基準)に基づき本件商標1と被告標章Ⅰの類否を検討するに、被告標章Ⅰは、暖簾を模した図案の上に2段書きされた文字を記載しており、図案と文字との結合商標であるといえる。そして、図案部分についてみると、現実の暖簾には文字が記載されることも少なくないという実情を踏まえると、単なる背景や文字枠として認識されるものであり、図案部分自体には、出所を識別する機能があるとはいえない。
 他方、被告標章Ⅰの文字部分についてみると、2段書きされており、各段の文字を結合したものであるといえるところ、全体的に見て、上段の「宗右衛門町趣味のお好み焼」が下段の「ぼてぢゅう総本家」に対し、小さい文字で付されたものであることからすれば、その内容に照らしても、需要者は、上段部分が、下段部分の説明書きであると理解するといえるから、上段部分には出所を識別する機能があるとはいえない。
 そして、被告標章Ⅰの下段の文字部分についてみると、「ぼてぢゅう」と「総本家」とを結合したものであるといえるところ、前者は、お好み焼き店のために創作された極めて特徴的な造語であるのに対し、後者は、「おおもとの本家」を意味する一般的な日本語であって(甲28)、その前後に接続する語句がある場合には、その語句に関連する「総本家」であると理解されるのが通常であるから、下段の文字部分中「総本家」の文字部分から出所識別標識としての称呼、観念が生ずるものとはいえない。そうすると、「ぼてぢゅう」の文字部分が、需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認めるのが相当である。
⑶  したがって、被告標章Ⅰは、その構成中の「ぼてぢゅう」の文字部分を抽出し、この部分だけを本件商標1と比較して商標そのものの類否を判断することが許されるというべきである。そして、被告標章Ⅰは、筆書きによる平仮名「ぼてぢゅう」を同大同間隔に左横書きした外観を有するのに対し、本件商標1は、別紙商標目録記載1のとおり、筆書きの「ぼてぢゅう」の文字を同大同間隔で左横書きにした外観を有するのであるから、両者は、その外観において類似するものであり、両者の称呼及び観念が同一であることも明らかである。
 以上によれば、本件商標1と被告標章Ⅰとは、類似するものと認めるのが相当である。
・・(以下、省略)・・

【検討】

1 標章の特定
 本件において、原告は、ロゴの下段部分を切り出して「ぼてぢゅう総本家」という文字から成る商標であると主張し、その理由として、暖簾の図案及び「宗右衛門町趣味のお好み焼」との上段の文字は、出所識別機能(自他識別機能)を有しないことを挙げている。
しかし、裁判所は、「出所識別機能の存否を類否判断で考慮するのは格別、需要者が現実に認識する標章を特定するに当たっては、・・・事実関係を踏まえて認定するのが相当」として、需要者が独立した表示として把握する部分はどこかという点や取引の実情から、被告標章1ではなく、被告標章Ⅰが、被告商品①に付された標章であると認定した。
出所識別機能の存否については、類否判断で考慮するものであり、標章の特定においては関係しないことを判示したものであるといえる。

2 結合商標の類否判断
 結合商標とは、二以上の文字・図形又は記号の組み合わせからなる商標又は二以上の語を組み合わせてなる文字商標を意味する。商標の類否判断は、外観・称呼・観念の3つの観点から全体を観察して行われるが、結合商標については、①商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合、②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合、③商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められないなどの場合は、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断(分離観察)することが許される。
 本件では、裁判所は、被告の標章は被告標章Ⅰであると認定した後、当該標章は結合商標であるとして、上記の判断基準に沿って類否判断を行った。そして、暖簾の図案及び「宗右衛門町趣味のお好み焼」との上段の文字は、出所識別機能(自他識別機能)を有さず、「ぼてぢゅう総本家」のうち、「総本家」の文字部分は出所識別標識としての称呼、観念が生ずるものとはいえないとして、「ぼてぢゅう」の文字部分が、需要者に対し、商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認定し、類似性を肯定した。
結果的には、類否判断の中で、原告が標章の特定の箇所で主張した内容が採用され、類似性が肯定されたものである。

3 まとめ
 商標権の侵害が疑われる場面において、いきなり対象標章の一部のみをとらえて類否判断を行うのではなく、①需要者が現実に認識する標章は何か、という観点から対象とする標章を特定し、②出所識別機能の存否も加味して商標の類否の判断を行う、というステップで侵害を検討するべきであるといえよう。

以上

弁護士 市橋景子