【令和4年2月18日(東京地裁 令和2年(ワ)22071号)】

◆サポート要件に関する裁判例

【キーワード】

特許権侵害,無効の抗弁,サポート要件

【事案の概要】

 原告は、発明の名称を「角栓除去用液状クレンジング剤」とする、特許第6271790号の特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)の特許権者である。

 原告は、被告が製造・販売等する被告製品が、本件特許に請求項1に記載の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し、被告の行為が本件発明の実施にあたるとして、損害金等の支払いを請求した。

◆本件発明(なお、本件特許権の請求項は下記請求項1のみである。)

【請求項1】

 オクチルドデカノールと、

 リモネン、スクアレン、及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素と、

 界面活性剤(但し、界面活性剤が全量に対して0~10体積%であるものを除く。)と、

を含む角栓除去用液状クレンジング剤。

(筆者注:本件特許に係る明細書で、「スクアラン」は「スクワラン」と表記されることがある。)

◆争点

(1) 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(2) 無効の抗弁の成否(争点2)

 ア 新規性欠如(争点2-1)

 イ 進歩性欠如(争点2-2)

 ウ サポート要件違反(争点2-3)

(3) 権利濫用の抗弁の成否(争点3)

(4) 損害の発生及びその額(争点4)

※後述の通り、本件では本件特許権に対してサポート要件違反を理由とする無効の抗弁(争点2-3)が認められたため、それ以外の争点については判断されていない。本検討でも、サポート要件違反についてのみ取り上げる。

◆判決一部抜粋(下線は筆者による。)

第1・第2(省略)

第3 争点に関する当事者の主張

 1 (省略)

 2 争点2(無効の抗弁の成否)について

  (1) (省略)

  (2) (省略)

  (3) 争点2-3(サポート要件違反)について

   (被告の主張)

 【0005】ないし【0007】の記載にかんがみると,本件発明は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得る界面活性剤を使用していないか,又は界面活性剤の使用量がごく少量である方法により,タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを課題としているといえる(なお,【0006】の「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」との記載は,【0005】の「界面活性剤を使用していないか,又は,界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。」という従来技術に対する課題を前提とするものであると解される。)。

 しかるに,本件発明は,10体積%より多い,多量の界面活性剤を含有する液状クレンジング剤を含むものであるから,当業者は,本件発明の特許出願時の技術常識に照らし,本件発明における界面活性剤の使用量がごく少量であると認識することはできず,上記課題を解決できると認識することはできない。加えて,10体積%より多い,多量の界面活性剤を含有する液状クレンジング剤は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得ることから,本件発明には,上記課題を解決することができないものを含んでいる。

 また,【0060】及び実施例20に関する【0195】ないし【0199】に記載されているのは,前記1(被告の主張)(2)のとおり,オクチルドデカノールを少なくとも0.03体積%以上,スクアランを少なくとも3体積%以上含有する場合のみであり,これらの量を下回るオクチルドデカノール及びスクアランが含有された場合にも同様にタンパク質を抽出できることは,実施例を含め,本件明細書には何ら示されていない。この点について,本件特許の出願時における技術常識に照らしても,当業者が,液状クレンジング剤がオクチルドデカノール及びスクアランを含むだけで,上記の所定量を含有していない場合にもタンパク質を抽出できる旨を合理的に推測することは困難である。したがって,本件特許は,発明の詳細な説明によって裏付けられた範囲を超える発明を含んでいる

 以上によれば,本件発明に係る本件特許の請求項1の記載は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載と適合しないものであり,本件特許は,特許法36条6項1号所定の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるといえるから,特許法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。よって,原告の本件特許権の行使は,特許法104条の3第1項により,認められない。

   (原告の主張)

 【0002】ないし【0005】には,本件発明が,界面活性剤を使用していないか,又は使用量がごく少量である分離方法が求められていたという認識に端を発するというものである旨の記載がある。そして,【0006】には,本件発明が,こうした認識に端を発したものであって,「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的とする」ものであることが記載されているにすぎない。したがって,本件明細書のこれらの記載からは,本件発明が,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であることを課題とするものであることは読み取れないしかも,【0006】には「上記課題を解決するためになされたものであり,」との記載があったところ,出願の段階においてこれを削除しているから,そのような出願経過からしても,本件発明の課題について被告の主張のとおりに理解することはできない。

 また,前記1(原告の主張)(3)アのとおり,【0061】には,液状化粧品に含まれるオクチルドデカノール及びスクワランの含有量が少なくてもよいことが記載されている。さらに,本件発明における角栓除去効果については,本件明細書に,実施例13として記載されており,これによれば,第2のタンパク質抽出剤Aにはスクワランとオクチルドデカノールが含まれているところ,第2のタンパク質抽出剤Aは角栓のある皮膚に対する洗浄効果すなわち角栓除去効果が市販の石けんより高かったことが明らかにされている。このように,前記(被告の主張)にいう「所定量」を含有していない場合にもタンパク質を抽出できる旨が,本件明細書の発明の詳細な説明によって裏付けられている。

 したがって,本件特許の特許請求の範囲の記載は,本件明細書によってサポートされているから,被告の主張は理由がない。

 3 (省略)

 4 (省略)

第4 当裁判所の判断

 1 本件明細書の記載事項等

  (1) 本件明細書の記載事項

    本件明細書の「発明の詳細な説明」には,以下の記載がある(甲1,3)。

   ア 【技術分野】

    【0001】

 本発明は,液状化粧品に関する。詳しくは,皮膚に付着したタンパク質洗浄用の液状化粧品に関する。

   イ 【背景技術】

    【0002】

 皮膚の汚れにはタンパク質等が含まれている。この汚れを落とすには,タンパク質を皮膚表面から抽出する作用を有する化粧品等が使用される。このような化粧品として,例えば,溶液中から少なくともタンパク質を抽出する作用を有する液状化粧品が挙げられる。

 溶液中の対象物質(例えば,タンパク質等)を分離又は抽出等するための方法としてはエマルションを利用した方法が挙げられる。

    【0003】

 対象物質の分離等のためのエマルションを利用した方法としては,例えば,油層中の逆ミセル内部の水層に対象物質を分離等する方法,乳化型液膜抽出による方法,多層乳化したエマルションを転層させて対象物質を分離等する方法等が挙げられる。

   ウ 【発明が解決しようとする課題】

    【0005】

 しかし,溶液中の対象物質を分離等するために使用されて来た従来の方法は,いずれも,界面活性剤の使用を前提としていた。他方,界面活性剤は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得るため,界面活性剤を使用していないか,又は,界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。

    【0006】

 本発明は,タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的とする。

   エ 【課題を解決するための手段】

    【0007】

 本発明者は,所定の高級アルコールと,脂肪酸又は炭化水素とを少なくとも含むタンパク質抽出剤によれば上記課題を解決できる点を見出し,本発明を完成するに至った。具体的に,本発明は下記のものを提供する。

(省略)

   カ 【発明を実施するための形態】

    【0011】

 以下,本発明の実施形態について説明する。なお,本発明は以下の実施形態に限定されない。

 また,本発明において「タンパク質を抽出できる液状化粧品」とは,タンパク質を抽出する作用を有する液状化粧品を指す。本発明に係る液状化粧品は,下記有効成分を所定量にて含有してなるタンパク質抽出剤の一態様を指すものである。本明細書においては,本発明に係る液状化粧品を,「タンパク質抽出剤」という場合がある。 

 本発明において「タンパク質抽出剤」とは,本発明に係る有効成分を含有してなる組成物を指すものである。

 また,本発明において,「タンパク質を抽出する」とは,抽出対象物(つまり,タンパク質)を,皮膚等から分離することを指す。具体的に,「タンパク質の抽出」には,皮膚等からのタンパク質の洗浄(抽出対象物であるタンパク質を皮膚等から抽出して,タンパク質抽出剤と共に水等で洗い流すこと),及び/又は,皮膚等からのタンパク質の除去という意味が含まれる。

 また,本発明において「液状化粧品」とは,室温(19℃~25℃)において液状である化粧品を指す。

    【0013】

 本発明において「界面活性剤」とは,溶媒中でミセル構造をとり得る両親媒性分子を指す。

    【0037】

 本発明の第2のタンパク質抽出剤は,上記第1の高級アルコールとは異なる第2の高級アルコールと,炭化水素と,をタンパク質抽出作用の有効成分として含んでなるものである。

    【0038】

 本発明の第2のタンパク質抽出剤は,界面活性剤を含まなくともよい。また,本発明の第2のタンパク質抽出剤には,界面活性剤が含まれていてもよい。

 第2のタンパク質抽出剤としては,疎水性の性質が強い界面活性剤,親水性の性質が強い界面活性剤のいずれのものであっても,界面活性剤としての配合使用が許容される。

    【0039】

 第2のタンパク質抽出剤は,抽出対象液に直接添加して単独で用いることが可能であるが,好ましくは,第1の抽出工程後に得られたタンパク質含有層(以下,「第1のタンパク質含有層」ともいい,この層には,タンパク質,水性溶媒,炭素数15以上の高級アルコール,及び脂肪酸が含まれ得る)に添加して用いることが好適である。この場合,第1のタンパク質含有層に含まれ得る夾雑物(細胞膜等)を分離できるので,タンパク質をより効率的に抽出できる。

 なお,第2のタンパク質抽出剤は,第1の抽出工程を行っていない抽出対象液に直接接触させて,抽出工程を行うことも可能である。以下,本明細書では,「第1のタンパク質含有層」を「抽出対象液」と読み替えて,第2のタンパク質抽出剤を使用することも可能である。

    【0044】

    (第2の高級アルコール)

 第2の高級アルコールは,後述する炭化水素と組み合わせることで,下記の作用によって,第1のタンパク質含有層からタンパク質を抽出できると考えられる。すなわち,第1のタンパク質含有層には,タンパク質,水性媒体,第1の高級アルコール及び脂肪酸等が分散していると考えられるところ,炭化水素が加えられると,第1のタンパク質含有層中の分散状態が崩れ,水性媒体を含む層,並びに,第1の高級アルコール,脂肪酸,及び炭化水素を含む層に分離する。他方,第2の高級アルコール中の疎水基(オレイル基等)が第1のタンパク質含有層中のタンパク質と結合する。次いで,炭化水素の液滴が,第2の高級アルコールと結合したタンパク質と反発しあう。その結果,タンパク質以外の夾雑物の含有量がより少ない第2のタンパク質含有層が形成される。

(省略)

    【0047】

 第2の高級アルコールとしては,高級アルコールの炭素鎖にタンパク質が結合しやすいという点で分岐構造中に水酸基を有する炭素数18以上の分岐状高級アルコールが好ましい。分岐構造中に水酸基を有する分岐状高級アルコールとしては,高級アルコールの炭素鎖とタンパク質との結合を阻害しないという点で分岐構造中の炭素数が少ないものが好ましい。

 具体的には,水酸基から分岐部分までの炭素原子数が1以下である分岐状高級アルコールが好ましい。水酸基から分岐部分までの炭素原子数が1以下である分岐状高級アルコールとしては,オクチルドデカノール(炭素数20)等が挙げられる。

(省略)

    【0051】

    (炭化水素)

 炭化水素としては,炭素原子及び水素原子のみからなる化合物であれば特に限定されないが,第1のタンパク質含有層の分散状態を崩し,水性媒体を含む層,並びに,第1の高級アルコール及び脂肪酸を含む層に分離しやすいという点で,炭素数が10以上の炭化水素が好ましい。特に,高融点の炭化水素を液化させるための熱によってタンパク質が変性することを避けるという点で,25℃で液体である炭化水素が好ましい。25℃で液体である炭化水素としては,具体的には,リモネン(炭素数10),スクアレン(炭素数30),スクアラン(炭素数30),流動パラフィン(炭素数20以上)等が挙げられる。炭化水素は1種であってもよく,2種以上を組み合わせて使用してもよい。

(省略)

    【0060】

    (液状化粧品としての第2のタンパク質抽出剤)

 第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合,「炭化水素」の含量としては,タンパク質抽出剤(液状化粧品)の「全量」に対して3体積%以上含まれていることが好適である。好ましくは「全量」に対して5体積%以上,より好ましくは7.5体積%以上,さらに好ましくは10体積%以上,一層好ましくは12.5体積%以上,より一層好ましくは15体積%以上,さらに一層好ましくは17.5体積%以上,特一層好ましくは20体積%以上含まれていることが好適である。炭化水素の濃度が低い場合には,タンパク質抽出剤(液状化粧品)をより多く使用することにより,タンパク質の抽出は可能である。しかし,炭化水素の含有量が全量に対して3体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない。

 第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合,「第2の高級アルコール」の含量としては,「炭化水素」の体積に対して1体積%以上含まれていることが好適である。好ましくは「炭化水素」の体積に対して10体積%以上,より好ましくは50体積%以上含まれていることが好適である。第2の高級アルコールの濃度が低い場合には,タンパク質抽出剤(液状化粧品)をより多く使用することによりタンパク質の抽出は可能である。しかし,第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない。第2の高級アルコール含量の上限としては,「炭化水素」の体積に対して200体積%以下,好ましくは100体積%以下が好適である。

    【0061】

 第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合,水を含有する態様及び水を含有しない態様という,2つの態様がある。以下に,各態様について説明する。

 なお,ここで,第2タンパク質抽出剤を液状化粧品に使用した場合の各成分の含量としては,液状化粧品の製品形態とした場合に好適な量を示すものであり,実際の使用態様において,これより薄い濃度にて使用することを許容するものである。

    ・水を含有する態様

 水を含有する態様の第2のタンパク質抽出剤(液状化粧品)において,炭化水素の配合量は,水への溶解度以上の量である。第2の高級アルコールの配合量は,炭化水素の体積に対し,1体積%以上から炭化水素の体積の2倍以下(200体積%以下)の範囲内の量である。第2のタンパク質抽出剤に炭化水素及び第2の高級アルコール以外の成分を配合する場合には,上記の炭化水素及び第2の高級アルコールの配合量の条件を満たし,かつ,該成分の配合量に相当する分だけ,炭化水素の体積を減らすように調整する。

    ・水を含有しない態様

 水を含有しない態様の第2のタンパク質抽出剤(液状化粧品)において,炭化水素の配合量は,第2のタンパク質抽出剤全体に対して3体積%以上99体積%以下である。第2の高級アルコールの配合量は,炭化水素の体積に対し,1体積%以上から炭化水素の体積の2倍以下(200体積%以下)の範囲内の量である。第2のタンパク質抽出剤に炭化水素及び第2の高級アルコール以外の成分を配合する場合には,上記の炭化水素及び第2の高級アルコールの配合量の条件を満たし,かつ,該成分の配合量に相当する分だけ,炭化水素の体積を減らすように調整する。上記の処方により化粧品を調整すると,該化粧品の性状は常温で液体となる。

(省略)

    【0065】

 また,本発明のタンパク質抽出剤は,界面活性剤等を含まなくとも,優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって,本発明のタンパク質抽出剤によれば,皮膚への負担を低減しつつ,所望の洗浄効果が得られる。本発明のタンパク質抽出剤には,液状化粧品に配合される公知の添加剤(界面活性剤,防腐剤,保湿剤,香料,エンモリメント成分等)が含まれていてもよい。添加剤の種類や量は,本発明の目的を阻害しない範囲で適宜選択できる。

(省略)

   キ 【実施例】

    【0073】

 以下,実施例により本発明をさらに詳しく説明するが,本発明はこれらに限定されるものではない。なお,下記の試験はいずれも室温(19℃以上25℃以下)で行った。また,下記表中において,「wt%」は質量%を,「vоl%」は体積%をそれぞれ示す。

    【0138】

    [実施例12]第1のタンパク質抽出剤又は第2のタンパク質抽出剤による抽出-1

 本発明の第1のタンパク質抽出剤又は第2のタンパク質抽出剤を使用して,以下の通り,抽出対象液から抽出対象物(タンパク質)を抽出した。

    【0139】

    1.抽出対象液の構成

     卵白0.5mlをリン酸バッファ5ml中に溶かし,抽出対象液を得た。

    【0140】

    2.第1のタンパク質抽出剤の調製

    (第1のタンパク質抽出剤A)

     第1のタンパク質抽出剤(オレイン酸:オレイルアルコール=2:1(体積比)) 9ml

     リン酸バッファ 0.5ml

     グルタミン酸 0.1g

    (第1のタンパク質抽出剤B)

     第1のタンパク質抽出剤(イソステアリン酸:イソステアリルアルコール=2:1(体積比)) 9ml

     リン酸バッファ 0.5ml

     アスパラギン酸 0.1g

     上記を試験管内で混合及び撹拌して第1のタンパク質抽出剤A又はBを調製した。

    【0141】

    3.第2のタンパク質抽出剤の調製

    (第2のタンパク質抽出剤A)

     第2のタンパク質抽出剤(スクワラン:オクチルドデカノール=2:1(体積比)) 9ml

     リン酸バッファ 0.5ml

     グルタミン酸 0.1g

    (第2のタンパク質抽出剤B)

     第2のタンパク質抽出剤(流動パラフィン:オクチルドデカノール=2:1(体積比)) 9ml

     リン酸バッファ 0.5ml

     アスパラギン酸 0.1g

     上記を試験管内で混合及び撹拌して第2のタンパク質抽出剤A又はBを調製した。

    【0149】

    [実施例13]第1のタンパク質抽出剤又は第2のタンパク質抽出剤による抽出-2

  実施例12において調製した第1のタンパク質抽出剤A及びB,第2のタンパク質抽出剤A及びB,並びに市販の石けんを使用し,角栓のある皮膚に対する洗浄効果を比較した。

  その結果,石けんと比較して,本発明のタンパク質抽出剤はいずれも高い洗浄効果を示した。そのなかでも,第1のタンパク質抽出剤Aによる洗浄効果が最も高く,次いで,第1のタンパク質抽出剤Bによる洗浄効果が高かった。

  第1のタンパク質抽出剤と第2のタンパク質抽出剤とを併せて使用する場合,第1のタンパク質抽出剤Aを用いてマッサージし,その後第2のタンパク質抽出剤Aを用いてマッサージする組み合わせが,他の組み合わせより洗浄力が高かった。

  したがって,本発明のタンパク質抽出剤は,クレンジング剤として好ましく使用できる。上記のタンパク質抽出剤の洗浄効果は,グルタミン酸やアスパラギン酸等の,タンパク質の凝集抑制剤の作用によって,タンパク質が抽出剤中に分散しやすくなり,タンパク質凝集体の生成や,該凝集体の洗浄部位への付着を抑制できたことによるものと推察された。

    【0150】

    [実施例14]第1の高級アルコール及び第2の高級アルコールの作用

  本発明に係るタンパク質抽出剤の抽出工程のメカニズムを探るため,第1のタンパク質抽出剤における第1の高級アルコールの作用を確認した。また,第2のタンパク質抽出剤における第2の高級アルコールの作用を確認した。

    【0151】

    1.抽出対象液の構成

     豆乳(株式会社紀文食品製,豆乳中にはタンパク質(不溶性)が含まれる) 0.5ml

  リン酸バッファ(SIGMA社製,商品名「Dulbecco’s Phosphate Buffered Saline」) 4.5ml

  上記を試験管内で混合及び撹拌した後,得られた溶液にクマシーブリリアントブルーG250を加え,タンパク質を青色に着色し,抽出対象液を得た。

(省略)

  (2) 本件明細書による開示

  前記(1)の記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明に関し,以下のとおりの開示があると認められる。

  ア タンパク質を含む皮膚の汚れを落とすために使用される化粧品として,溶液中からタンパク質を抽出する作用を有する液状化粧品が挙げられるところ,溶液中のタンパク質等の対象物質を分離又は抽出等するために使用されて来た従来の方法は,いずれも,界面活性剤の使用を前提としており,界面活性剤は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得ることから,界面活性剤を使用していないか,又は,界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた(【0002】ないし【0005】)。

  イ 「本発明者」は,所定の高級アルコールと炭化水素とを少なくとも含むタンパク質抽出剤によれば前記アの課題を解決できる点を見出し,「本発明」を完成するに至ったものであり,「本発明」によれば,タンパク質を抽出できる液状化粧品が提供される。(【0006】,【0007】,【0009】)

 「本発明」の第2のタンパク質抽出剤は,第2の高級アルコールと炭化水素をタンパク質抽出作用の有効成分として含んでなるものであり,界面活性剤等を含まなくとも優れたタンパク質抽出効果を奏するので,皮膚への負担を低減しつつ,所望の洗浄効果が得られる(【0037】,【0038】,【0065】)。

 2 争点2-3(サポート要件違反)について

   事案にかんがみ,サポート要件に関する争点2-3から判断する。

  (1) 判断枠組み

 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきであり,明細書のサポート要件の存在は特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。

  (2) 本件発明の課題

  ア 【0006】には,本件発明の目的が「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供すること」と記載されているにとどまり,界面活性剤の含有の有無や含有量,界面活性剤がタンパク質の抽出に与える作用に関する記載はない。

  しかし,本件明細書において,【0006】は,【0005】とともに「発明が解決しようとする課題」についての記載と位置付けられるところ,【0005】には,「界面活性剤は,皮膚に負担をかけ,荒れ等を生じさせ得るため,界面活性剤を使用していないか,又は,界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。」との記載が存在する。そうすると,【0006】に記載された本件発明の目的は,【0005】に記載された従来技術の課題の解決を踏まえたものと解釈するのが合理的である。

  加えて,【0011】には,本件発明に係る液状化粧品は,「有効成分を所定量にて含有してなるタンパク質抽出剤の一態様を指すもの」であるとの記載がある。そして,本件発明に対応する「第2のタンパク質抽出剤」の「有効成分」について,【0037】では,「第2の高級アルコール」及び「炭化水素」が挙げられている一方,界面活性剤は挙げられておらず,かえって,【0038】には,「本発明の第2のタンパク質抽出剤は,界面活性剤を含まなくともよい。」との記載がある。また,上記の「所定量」について,【0060】には,「第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合,「炭化水素」の含量としては,タンパク質抽出剤(液状化粧品)の「全量」に対して3体積%以上含まれていることが好適である。」,「炭化水素の濃度が低い場合には,タンパク質抽出剤(液状化粧品)をより多く使用することにより,タンパク質の抽出は可能である。しかし,炭化水素の含有量が全量に対して3体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない。」,「第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合,「第2の高級アルコール」の含量としては,「炭化水素」の体積に対して1体積%以上含まれていることが好適である。」,「第2の高級アルコールの濃度が低い場合には,タンパク質抽出剤(液状化粧品)をより多く使用することによりタンパク質の抽出は可能である。しかし,第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない。」との記載がある。

  さらに,【0044】には,「第2の高級アルコール」を「炭化水素」と組み合わせることによってタンパク質を抽出できる機序が記載されているほか,【0065】には,本件発明の「タンパク質抽出剤は,界面活性剤等を含まなくとも,優れたタンパク質抽出効果を奏する。したがって,本発明のタンパク質抽出剤によれば,皮膚への負担を低減しつつ,所望の洗浄効果が得られる。」との記載が存在する一方,界面活性剤がタンパク質を抽出する作用ないし機序についての記載はない。

  以上によれば,本件発明の課題は,単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと解することはできず,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することであると認めるのが相当である。

  イ 原告は,本件発明の課題は,【0006】記載のとおり,タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することであると解釈すべき旨を主張するが,前記アで説示したところに照らし,採用することができず,このことは,本件特許の出願経過において,原告が【0006】にあった「上記課題を解決するためになされたものであり,」との記載を削除する補正をした事実によっても左右されるものではない。

  (3) 特許請求の範囲の記載

  前記第2の2(3)のとおり,本件発明の構成要件AないしCの特許請求の範囲の記載は「オクチルドデカノールと,リモネン,スクアレン,及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素と,界面活性剤(但し,界面活性剤が全量に対して0~10体積%であるものを除く。)と,」というものであり,界面活性剤については,角栓除去用液状クレンジング剤の全量に対して0ないし10体積%であるものを除くとの記載があるものの,オクチルドデカノール及び炭化水素については,含有量に関する記載がない。

  (4) 発明の詳細な説明の記載

  ア 【0037】には,本件発明の第2のタンパク質抽出剤は,第2の高級アルコールと,炭化水素をタンパク質抽出作用の有効成分として含んでなるものである旨が記載されている。また,【0045】ないし【0050】には,第2の高級アルコールとしてはオクチルドデカノールが好ましい旨が記載されている。さらに,【0051】には,炭化水素としてリモネン,スクアレン,スクアラン等が例示されるとともに,炭化水素は1種であってもよく,2種以上を組み合わせて使用してもよい旨の記載がある。

  以上によれば,本件発明は,第2の高級アルコールに当たる構成要件Aのオクチルドデカノールと,構成要件Bの「リモネン,スクアレン,及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素」が「有効成分」としてなるタンパク質抽出剤であるといえる。そして,証拠(甲12,13,乙28)によれば,角栓とは,毛穴に詰まった皮脂とタンパク質を含む汚れであり,角層などのタンパク質成分が重層化してなるものであって,角栓の全重量に占めるタンパク質の割合は73.32±14.43%であり,その大半をタンパク質が占めていることが認められるから,本件発明において,角栓除去の効果を奏する成分は,オクチルドデカノールと,リモネン,スクアレン,及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素であると理解することができる。

  イ 【0060】には,前記(2)アのとおり,第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合,炭化水素の含有量はタンパク質抽出剤の全量に対して3体積%以上含まれていることが好適であり,炭化水素の濃度が低い場合であってもタンパク質抽出剤をより多く使用することによりタンパク質の抽出は可能であるものの,炭化水素の含有量が全量に対して3体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない旨,第2の高級アルコールの含有量は,炭化水素の体積に対して1体積%以上含まれていることが好適であり,第2の高級アルコールの濃度が低い場合であってもタンパク質抽出剤をより多く使用することによりタンパク質の抽出は可能であるものの,第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない旨が記載されている。

  ウ 本件明細書に記載された実施例のうち,実施例13(【0149】)は,角栓のある皮膚に対する洗浄効果に関するものであり,第2のタンパク質抽出剤Aとして,約30体積%のオクチルドデカノールと,約60体積%のスクアラン(スクワラン)を含むものが用いられている(【0141】)。なお,実施例13の結果として,実際に毛穴に詰まった角栓を除去できたことに関する記載や示唆はない。

  また,本件明細書に記載されたその余の実施例は,いずれも,角栓のある皮膚に関するものではない。

  エ 本件明細書には,炭化水素の含有量が全量に対して3体積%を下回る場合及び第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回る場合において,角栓除去の効果を奏することができるか否かに関する記載や示唆はない。

  (5) 検討

  前記(2)のとおり,本件発明の課題は,界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することにあると認められるところ,前記(2)のとおり,本件明細書の特許請求の範囲にはオクチルドデカノール及び炭化水素の含有量に関する記載がないから,特許請求の範囲の記載上,上記課題を解決するために必要となるオクチルドデカノール及び炭化水素の含有量について何ら限定はないと理解できる。

  しかるに,前記(4)のとおり,本件明細書においては,タンパク質を抽出する効果を奏する有効成分として,第2の高級アルコールであるオクチルドデカノールと,リモネン,スクアレン,及びスクアランからなる群から選ばれる1種類以上の炭化水素が特定されているところ,炭化水素の含有量がタンパク質抽出剤の全量に対して3体積%を下回る場合及び第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回る場合には,化粧品として実用的なものではないことが記載されており,かつ,炭化水素及び第2の高級アルコールの含有量が上記の数値を下回った場合に角栓を除去する効果を奏することができるか否かについては何らの記載も示唆もない。

  また,本件明細書には,本件発明に係る角栓除去用液状クレンジング剤によって実際に角栓を除去することができた旨の記載は見当たらない。これに加えて,角栓のある皮膚を対象とする実施例13において用いられた,角栓除去用液状クレンジング剤に相当する「第2のタンパク質抽出剤A」に含まれるスクアラン及びオクチルドデカノールの含有量は,それぞれ,全量の3体積%及び炭化水素(スクアラン)に対する1体積%を大きく上回るものである。

  以上によれば,本件発明の特許請求の範囲の記載は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載により,当業者が,本件発明に係る角栓除去用液状クレンジング剤のうち炭化水素の配合量が全量の3体積%未満又はオクチルドデカノールの配合量が炭化水素の1体積%未満の範囲であっても,角栓除去作用があり,前記(2)の課題を解決できることについて,認識することはできないというべきであり,本件全証拠によっても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし上記の本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできない。

  (6) 原告の主張について

  ア 原告は,【0002】ないし【0005】の記載は,本件発明をするに至った契機を記載したものにすぎず,【0006】は,こうした認識に端を発して「タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的と」してなされたものであることが記載されているものにすぎない旨を主張する。

  しかし,前記(2)アで説示したところによれば,本件発明の課題が単にタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することに限定されると解することはできない。

  イ 原告は,【0061】には液状化粧品に含まれるオクチルドデカノール及びスクアランの含有量が少なくてもよいことが記載されているから,本件発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている旨を主張する。

  しかし,【0061】には,第2のタンパク質抽出剤を「液状化粧品」に使用した場合の各成分の含有量について,実際の使用態様において「好適な量」よりも薄い濃度で使用することを許容する旨が記載されているにすぎず,オクチルドデカノール及びスクアランを「好適な量」含有しない濃度において,タンパク質を抽出する作用及び角栓除去作用を奏することができるかについては,何ら記載も示唆もされていない。したがって,【0061】の記載をもって,本件発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであると認めることはできない。

  ウ 原告は,【0061】には,水を含有する態様の第2のタンパク質抽出剤(液状化粧品)において,炭化水素の配合量は水への溶解度以上の量であり,第2の高級アルコールの配合量は,炭化水素の体積に比し,1体積%以上から200体積%以下の範囲内の量であると記載されているところ,炭化水素であるスクアランは水に溶けないから,スクアランがわずかでも含まれていればよいことが本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている旨を主張する。

  しかし,【0061】の直前の段落である【0060】には,第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合に,水を含有する態様と含有しない態様とを区別することなく,炭化水素の配合量を定めることが記載されている。そして,これに続く【0061】も,【0060】と同様,第2のタンパク質抽出剤を液状化粧品として使用する場合について説明したものであり,かつ,【0060】の記載内容を排斥する記載はない。そうすると,【0061】は,【0060】の記載のとおり,炭化水素が全量の3体積%以上含まれていることを前提とした記載と解釈するのが相当である。

  エ 原告は,本件明細書の実施例13には,スクワランとオクチルドデカノールが含まれる第2のタンパク質抽出剤Aは,角栓のある皮膚に対する洗浄効果,すなわち角栓除去効果が市販の石けんより高かったことが明らかにされているから,その記載により当業者は本件発明の課題が解決できることを認識できる旨を主張する。

  しかし,実施例13には,角栓のある皮膚に対する洗浄効果の高さについての記載が存在するにとどまり,実際に毛穴に詰まった角栓が除去されたことについては記載されていない。

  オ したがって,原告の前記アないしエの主張はいずれも採用することができない。

  (7) 小括

  以上によれば,本件特許は特許法36条6項1号に違反するものであり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから(特許法123条1項4号),原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない(同法104条の3第1項)。

 3 結論

  よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(以下、省略)

◆検討

1.課題に認定について

 被告は、本件発明の課題は、界面活性剤を不使用又は使用量がごく少量である方法により、たんぱく質を抽出できる界面活性剤の提供であると主張しており、そのうえで、本件発明が界面活性剤を多く(10体積%超)含むことを要件としている事実をサポート要件違反の根拠の一つとして主張していた。

 原告は、【0006】における「本発明は、タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的」との記載の通り、あくまで、タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することが課題であって、界面活性剤の量は課題に含まれないと主張していた。

 判決は、界面活性剤を使用していないか又は界面活性剤の使用量がごく少量であってもタンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することと認定した。判決は、明細書中で課題として直接的に言及された事項が課題であるものとして形式的に認定するのではなく、その前後の記載や発明の詳細な説明の内容も参酌して、実質的に課題を認定したようである。

 ところで、本件においては、本件特許の出願経過で、下記のような補正が行われている。

【0005】

 しかし、溶液中の対象物質を分離等するために使用されて来た従来の方法は、いずれも、界面活性剤の使用を前提としていた。他方、界面活性剤は、皮膚に負担をかけ、荒れ等を生じさせ得るため、界面活性剤を使用していないか、又は、界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。

【0006】

 本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的とする。

 ↓補正

【0005】

 しかし、溶液中の対象物質を分離等するために使用されて来た従来の方法は、いずれも、界面活性剤の使用を前提としていた。他方、界面活性剤は、皮膚に負担をかけ、荒れ等を生じさせ得るため、界面活性剤を使用していないか、又は、界面活性剤の使用量が極少量である方法が求められていた。

【0006】

 本発明は、タンパク質を抽出できる液状化粧品を提供することを目的とする。

 このように、出願経緯から出願人(特許権者)は、界面活性剤の使用を無くす(減らす)ことが課題の解釈に組み込まれないように努めていた。しかし、判決ではこのような認定に当たって、『【0006】は,【0005】とともに「発明が解決しようとする課題」についての記載と位置付けられる』、『【0006】に記載された本件発明の目的は,【0005】に記載された従来技術の課題の解決を踏まえたものと解釈するのが合理的』、『本件特許の出願経過において,原告が【0006】にあった「上記課題を解決するためになされたものであり,」との記載を削除する補正をした事実によっても左右されるものではない』として原告の主張を退けている。

 ここで、判決では『補正をした事実によっても左右されるものではない。』としており、補正をした事実が多少なりとも判断に影響を与えていたと読む余地はあるから、出願経緯(または訂正審判)において出願人(特許権者)がより徹底して界面活性剤の減量に関する記載を削除することに成功していれば、原告が主張する通りの課題が認定される可能性もあったかもしれない。

 なお、被告主張の通りの課題が認定されたが、判決では、本件発明の角栓除去用液状クレンジング剤が界面活性剤を10体積%超含まなければならないことが、認定された課題との関係でサポート要件違反になるか否かについては判示されていない。

 これは、次の項で検討する理由に基づいてサポート要件違反が認定できるから、課題と構成要件との関係については検討する必要がないという判断をしたものと思われる。

2.明細書の記載に基づき課題を解決できることが認識できるか否かについて

 本件発明である角栓除去用液状クレンジング剤は、オクチルドデカノールやスクアラン等を含むべきことを規定しているが、これらについての具体的な含有量の規定はない。

 この点について、判決は、【0060】における、『炭化水素の含有量が全量に対して3体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない』、『第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない』(なお、スクアラン等は「炭化水素」の一種であり、オクチルドデカノールは「第2の高級アルコール」の一種である)といった記載や、実施例においても、炭化水素の含有量が全量に対して3体積%を下回る場合及び第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回る場合について角栓除去性能を確かめた試験例がなかったことなどを指摘したうえで、本件発明に係る角栓除去用液状クレンジング剤のうち炭化水素の配合量が全量の3体積%未満又はオクチルドデカノールの配合量が炭化水素の1体積%未満の範囲である場合には、角栓除去作用を有しつつ課題を解決できることを認識できないとして、サポート要件を満たさない旨を認定した。

 本件で、『炭化水素の含有量が全量に対して3体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない』、『第2の高級アルコールの含有量が炭化水素に対して1体積%を下回ると,化粧品として実用的な範囲を上回る量を使用しなければならなくなるため,好適ではない』といった記載がなかったらサポート要件の具備が認められたかどうかは別としても、このように自己の発明に含まれる部分について「好適ではない」といった消極的記載を行うことについては慎重になる必要があろう。

(ただし、審査段階で障害となりえる先行文献が出願前から見つかっている場合などにおいて、審査官に何らかの指摘を受けた際に補正をして当該先行文献との相違点・進歩性を主張しやすくするための仕掛けづくりとしては、有用な場合もあるかもしれない)

以上

 弁護士 高玉峻介