【令和4年6月20日判決(大阪地判 令和4年(ワ)第3374号)】
キーワード:充足、実験
1 事案の概要
本件は、特許権侵害訴訟の第1審である。被告製品である冷蔵庫は、本件特許発明の技術的範囲には属さないとして請求は棄却された。また、本件特許発明は、新規性が欠如していることも併せて判示された。
2 本件特許の特許請求の範囲
【請求項1】
A ショウロ菌、マツタケ菌、アブラナ炭疽病菌、ウリ炭疽病菌、枯草菌および黄色ブドウ状球菌のいずれかの微生物を、
B およそ400nmから490nm までの光波長領域にある光の照射下で培養して、
C この微生物の生長を抑制させる
D ことを特徴とする微生物の生長制御方法。
3 本件製品(被告製品)
本件製品は、5ドアの冷蔵庫であり、最上部の冷蔵室(以下、単に「冷蔵室」という。)内の天面、左側面(本件製品に向かって左をいう。以下同じ。)及び右側面(本件製品に向かって右をいう。以下同じ。)にそれぞれ白色LED灯が搭載されており(以下、天面のLED灯を「LED①」、左側面のLED灯を「LED②」、右側面のLED灯を「LED③」という。)、左側面下部扉寄りに設置されている操作パネルの一部に青色LED灯(以下「LED④」という。)が搭載されている。
冷蔵室内下方にはパーシャル/チルド切替室(以下「パーシャル室」という。)が設けられており、パーシャル室内で食品を約-3℃から約-1℃に保つ機能(微凍結パーシャル機能)、食品を約零℃から約2℃(チルド)に保つ機能及びこれらの保存方法を切り替えることのできる機能を備えている。
パーシャル室内にはLED灯(以下「LED⑤」という。)が搭載されており、チルド時は白色発光し、微凍結パーシャル機能作動時(弱、中、強)は水色発光し、オート急冷中(微凍結パーシャル機能作動時においてパーシャル室内を急速に冷やす機能を作動させた状態)は青色発光するよう設定されている。(以上につき、甲5、10、19、乙3、4、弁論の全趣旨)
4 争点
充足性
無効論
5 裁判所の判断
「イ 青色光の影響によって微生物の生長が抑制されているかどうかについて
原告は、本件製品において、青色光の影響によって微生物の生長が抑制されていると主張し(第3の1(原告の主張)(3)イ参照)、証拠(甲6、甲15)を提出する一方、参加人はこれを争い、反対証拠(乙12ないし15)を提出するので検討する。
なお、以下、試験結果報告書(甲6)記載の検証2の実験を「甲6食品実験」、甲6記載の検証3の実験を「甲6培地実験」、事実実験公正証書(甲15)の豚肉を用いた実験を「甲15食品実験」、培地を用いた実験を「甲15培地実験」と称し、これら4件の実験を総称して「甲6実験等」と称する。
また、乙12ないし15に記載された実験をそれぞれ「乙12実験」「乙13実験」「乙14実験」「乙15実験」と称し、これらの実験を総称して「乙12実験等」という。甲6実験等の実施主体は原告が代表を務める合同会社アグアイッシュであり、乙12実験等の実施主体は株式会社テクノサイエンス(乙11)である。
・・・(中略)・・・
このように、甲6食品実験等と乙12実験等の結果は異なっているところ、前記2(1)において認定したとおり、主たる青色光源であるLED⑤が青色発光するのは、パーシャル室を(チルドではなく)微凍結パーシャル状態とし、かつオート急冷中のときであって、この場合、パーシャル室内は約-3℃から約-1℃に保たれることになるから、乙12ないし乙15の各実験の結果にみられるとおり、培地の一部や豚肉が凍結していたとする結果と整合的に理解できるものであり、乙12、13実験における黄色ブドウ球菌や枯草菌のコロニーが見られなかったという結果も、黄色ブドウ球菌の一般的な増殖可能温度域は5~47.8℃(至適増殖温度は30~37℃)であり、枯草菌の一般的な増殖可能温度域は5~55℃(最適発育温度帯は20~45℃)であること(乙12、13に添付の参考資料)と矛盾なく理解することができる。
これに対し、甲6実験等は、そもそも本件製品の冷蔵室やパーシャル室内の温度設定ないし機能設定が明らかでない上、甲15食品実験及び甲15培地実験にあっては、試料設置後、冷蔵室扉を封印したというのであるから、青色光の照射時間は扉の開閉を所定時間行った乙12実験等におけるものよりも短いものと推認されるのに、青色光照射区で有意に細菌の生長が抑制されていると評価されて結果が報告されるなどしており、本件製品の冷蔵室内の青色光が黄色ブドウ球菌や枯草菌の生長を抑制する効果があるかを判定するについての実験条件の統制が的確に取れていたのかについて大きな疑義を生じさせるものというべきである。
以上によると、本件製品の冷蔵室内の青色光が黄色ブドウ球菌や枯草菌の生長を抑制する効果があるかを判定するについては、甲6食品実験等を採用することはできず、乙12実験等によるべきである。
そして、乙12、13実験等によると、そもそも本件製品において青色LEDが発光する状態となったパーシャル室内では、黄色ブドウ球菌及び枯草菌は遮光の有無にかかわらず生長しないことが認められ、乙15実験の結果によると、豚肉中の細菌量が6つに分けた各試料でおおむね一定であり、また結果の判定につき(本件測定器具の精度については議論があるものの)精度が十分で誤差がないと仮定すると、青色光の照射を受けた豚肉よりも青色光の照射を受けなかった豚肉の方が3日後の細菌数が少ないものもあるという結果も見て取れる。加えて、そもそも本件製品が食品等に照射する光の強度(光量子束密度)は、白色光等他の波長域の光も含めて最大7μE/m2/s程度であって(乙8)、この光は冷蔵庫の扉が開いたときに照射されるが、通常の用法において冷蔵庫の扉を開けるのは短時間にとどまることからすると、本件明細書の実施例等で示される光の強度や照射時間と対比するとごくわずかにすぎないと見込まれること、そもそも冷蔵庫は、一般常識に照らし、庫内の食品を微生物の活動が抑制される程度の低温に保つことで食品を保存する機器であることを併せ考えると、本件製品において、LED④や同⑤の青色光の照射が、黄色ブドウ球菌や枯草菌の生長が抑制されることに影響を与えているとは認められないというべきである。
(4) まとめ
以上によると、本件製品が、青色光の照射により枯草菌、黄色ブドウ球菌等の微生物の生長を抑制しているとは認められず、他に、前記(2)の本件製品の使用方法による青色光の照射の影響によって微生物の生長が抑制されていること(光の照射と微生物の生長抑制させることとの間に直接的な関連性があること)を認めるに足りる証拠はない。したがって、本件製品の使用方法は、「光の照射下で」(構成要件B)を充足せず、本件発明の技術的範囲に属しない。
争点1についての原告の主張(請求原因)は、理由がない。」
5 コメント
本件では、被告製品の庫内LEDによって、微生物の生長が抑制されているかについて、原告・被告双方から実験報告書が提出され、その妥当性が検討されている。しかしながら、本件は、クレーム解釈及び当てはめを淡々と行うことで侵害を否定することも十分可能であったように思われ、実験報告書を詳細に検討せずとも結論を導くことはできたと思われる。このような状況下であっても、原告・被告双方の実験報告書を詳細に検討したのは、被告製品が、本件発明の効果を奏するか、或いは、本件発明の技術的思想を使用しているかといったことを念のため検討したのではないかと推測される。
以上
弁護士・弁理士 篠田淳郎