【令和4年12月22日(大阪地裁 令和3年(ワ)第4920号)】

【判旨】

発明の名称を「機能水」とする特許(本件特許)に係る特許権を有する原告が、被告が本件特許の請求項3に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属する被告製品を製造し、販売することは本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、被告製品の製造、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償金331万9000円の支払を求めた事案。裁判所は、被告製品は、本件発明の各構成要件を充足し、その技術的範囲に属するとしつつも、本件発明は、本件特許の優先日前に日本国内において公然実施された発明であるから、新規性を欠き、無効審判により無効とされるべきものであって、原告は、被告に対し、本件特許権を行使することができないとして、請求を棄却した

【キーワード】

特許法29条1項2号、公然実施

1 事案の概要と争点

原告は、飲食関係の衛生管理等のコンサルタント等を行う者であり、被告は、飲料水の販売等を目的とする株式会社であった。原告は、以下の内容の本件特許権(特許第6708764号)を有していた。

【本件特許権】

 内容
多価アミン及び/又はその塩を機能成分として含有し、水、多価アミン、多価アミンの塩の総含有量が95重量%以上である機能水であって、
前記多価アミンが、下記式(3')
【化3】

で表される不飽和アミンに由来する構造単位を有するポリマー(式中、nは0又は1を示し、pは1又は2を示し、R⁷、R⁸、R⁹は水素原子を示す)のうち、重量平均分子量500~50000の、ポリアリルアミン又はジアリルアミン重合体であり、
前記機能成分の有する機能が、前記式(3')で表される不飽和アミンに由来する構造単位を有するポリマーがポリアリルアミンである場合は、魚介類又は精肉の鮮度保持、魚介類又は精肉の熟成、植物の成長調整、切り花の延命、切り花の開花調整、害虫駆除、アニサキス防除、抗微生物、抗ウイルス、便臭軽減、血圧低下、体温上昇、及び口腔内環境の改善のうちの少なくとも1つであり、前記式(3')で表される不飽和アミンに由来する構造単位を有するポリマーがジアリルアミン重合体である場合は、切り花の延命である
機能水。

 被告は、元々、原告が代表を務める有限会社リベラルないしその代理店から、自らの製品の製造に必要な水溶液を購入した上で、製品である機能水を製造し、販売していたが、令和2年6月頃から、原告らとは別のメーカーから、原材料である水溶液を購入し、同水溶液を用いて被告製品を製造・販売するようになった。被告製品が、本件特許発明の構成要件A及びBに規定される組成を有し、水及びポリアリルアミン重合体の総含有量が95重量%以上であることを充足することは当事者間に争いがない。本件の争点は以下のとおりであり、本稿では充足論(争点1)及び公然実施無効(争点2ア)について述べる。

【争点】

  • (1)  本件発明の技術的範囲への属否(争点1)
  • (2)  本件発明の無効理由の有無(争点2)
    • ア 公然実施発明(製品名「無限七星FISH」の成分に係る発明。以下「引用発明」という。)に基づく新規性欠如の有無(争点2-1)
    • イ 本件特許出願の冒認出願該当性(争点2-2)
  • (3)  先使用権の成否(争点3)
  • (4)  消尽又は黙示の実施許諾の成否(争点4)
  • (5)  損害の発生及びその額(争点5)
  • (6)  差止め及び廃棄の必要性の有無(争点6)

2 裁判所の判断

(1)  本件発明の技術的範囲への属否(争点1)

 まず、裁判所は、本件特許発明の構成要件Cの充足性について、被告やその代理店のウェブサイトにおける商品説明の内容等を踏まえ、被告製品は、少なくとも魚介類の鮮度を保持する機能を有し、かつ、被告は、少なくとも魚介類の鮮度を保持する用途として被告製品を販売していると判示した。また、構成要件Dについても、構成要件A~Cが全て充足されること等を理由に、機能水の要件を満たすと判示した。被告は、被告製品は少なくとも平成31年3月以降は清涼飲料水として販売されており、特定の用途を目的とする製品ではない旨の主張を行ったが、当該主張の裏付けとなる陳述書が信用できないなどとして採用されなかった(以下)。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

(2)  構成要件C(「魚介類又は精肉の鮮度保持」の機能を有するか)について
  • 証拠(甲3の1、4、14~16、19、20、乙27~32)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、そのウェブサイトのトップページ(令和3年10月現在)において、被告製品は食品ロス問題や物流で未来のカタチとして第五次産業革命を起こせるのではないかと期待されている旨を記載し、「TOPICS」欄には、テレビ番組で放映された旨の紹介をしていること、前記ウェブサイトのうち被告製品を紹介するウェブページ(令和3年5月現在)において、被告製品は清涼飲料水である旨、お客様の判断で色々なものに使われており、その可能性は無限大である旨を記載していること、時間グループは、そのウェブサイト(令和3年2月現在)において、被告製品について「水・花・魚・果物野菜・肉・金属・医療」の分野で無限の可能性を持つ水として研究され、「魚の切り身が生のままで7日間もつ魔法の水」としてテレビ番組で紹介され、魚への新しい保存技術として注目されている旨を記載していること、被告の販売代理店の一つである株式会社ユニークBiz(以下「ユニークBiz」という。)は、そのウェブサイト(令和4年2月現在)において、前記テレビ番組で「紹介された「無限七星」は、放送では刺身が1週間冷蔵保存できることから、大変ご好評をいただいている商品です」と記載して、被告製品の広告をしていることが認められる。そして、平成31年2月に放送された当該番組では、「無限七星Fish」ないし「無限七星」と呼ばれる水をかけた魚の切り身とかけていない魚の切り身を7日間冷蔵庫に保存し、前者は問題なく食べられたが、後者は臭いがして食べられなかったことが紹介されている。また、被告は、販売代理店との間で被告製品に係る販売代理店契約を締結するに当たり、平成31年3月18日までの時点においては、「無限七星」は鮮魚の洗浄・制菌を目的とするものである旨を記載した無限七星ボトルドウォーター及び無限七星FISHに関する契約書のひな形を使用していたが、同月19日に愛媛県から清涼飲料水について公的な認定を受けることなく特定の効果を謳うことは問題がある旨指導されたことを踏まえ、令和元年5月及び7月時点においては、被告製品は清涼飲料水である旨を記載し、無限七星FISHに関する記載のない契約書のひな形を使用していたことが認められる。
  • 以上の事実関係に照らすと、被告は、平成31年3月18日までの時点においては、「無限七星」は鮮魚の洗浄・制菌を目的とするものであるとして無限七星FISH、旧被告製品ないし被告製品の販売代理店契約を締結しており、その後、販売代理店契約書上は、被告製品は清涼飲料水である旨が記載されるようになったものの、被告製品の販売代理店である時間グループやユニークBizは、各ウェブサイトにおいて、被告製品が「無限の可能性を持つ水」であることや「魚の切り身が生のままで7日間もつ魔法の水」であるなどと広告し、被告も、そのウェブサイトにおいて、鮮魚等の鮮度を維持する保存技術等を放送したテレビ番組を紹介して、被告製品の可能性は無限大である旨を記載しているのであるから、被告製品は、少なくとも魚介類の鮮度を保持する機能を有し、かつ、被告は、少なくとも魚介類の鮮度を保持する用途として被告製品を販売しているものと認められる。
  • したがって、被告製品は、構成要件Cに係る構成を有するものと認められる。
(3)  構成要件D(「機能水」であるか)について
  • 被告製品は、構成要件A及びBに規定される組成を有し、水及びポリアリルアミン重合体の総含有量が95重量%以上であって、構成要件Cに係る構成を有するから、機能水であると認められ、構成要件A~Dに係る構成をいずれも有する。
(4)  被告の主張について
    被告は、被告製品を清涼飲料水として販売しているから、少なくとも平成31年3月以降に販売した被告製品は、特定の用途を目的とする製品として製造され販売されたものではない旨を主張し、これを裏付ける証拠として、被告製品の販売代理店である時間グループ及びユニークBizの代表取締役の陳述書(乙34、35)を提出する。
  • しかし、前記陳述書は、被告製品を清涼飲料水として販売した実績はあるが、魚介類又は精肉の鮮度保持の用途に使用することを目的として販売したことはない旨が記載されているにとどまることに加え、その記載内容は、前記(2)の時間グループ等の各ウェブサイトの掲載内容等に反するものである。
  • したがって、被告が提出する前記陳述書の内容は直ちに信用することができず、被告の前記主張は採用できない。
(5)  以上から、被告製品は、本件発明の各構成要件を充足し、その技術的範囲に属する。

(2)  公然実施発明(引用発明)に基づく新規性欠如の有無(争点2-1)

 裁判所は、別件訴訟において原告が提出した証拠等に基づき、原告が本件特許の出願日以前から製造・販売していた商品(旧ATW)及びこれと同一成分の旧被告商品(無限七星FISH)が、本件特許に規定される組成を有する現在の原告商品(現ATW)を10倍希釈したものであって、本件発明の各構成要件を全て充足すると判示した。

  • 2  公然実施発明(引用発明)に基づく新規性欠如の有無(争点2-1)
  • (1)  前提事実に加え、後掲各証拠(特に明示する場合を除き、枝番があるものは枝番を含む)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
  • ア リベラル社は、平成30年7月5日、発明の名称を「活量調質水溶液及び活量調質媒体の製造方法」とする別件特許により、水酸化物イオン活量調質水溶液を製造し、用途に応じてこれを希釈して、「ATW-1、ATW-01、ATW-001」を製造する旨を記載した「アミノミネラル製造フローチャート」を作成した(甲21、乙1)。なお、前記フローチャートでは、別件特許により「アミノ基水溶液」を製造する旨が記載されており、当該水溶液はアミノ基を含む成分が入っていることがうかがえるところ、別件特許の公報に記載されている方法のみから当該水溶液を製造する趣旨かどうかについては明らかでない。
  • イ 被告は、平成30年9月、清涼飲料水製造業の営業許可を受けた(乙8)。
     被告は、同年10月頃から、リベラル社より旧ATWを購入し、そのままボトルに詰め、又は、ラベルを貼り替える方法により、飲用を主な用途とする旧被告製品のほか、魚の鮮度保持を主な用途とする無限七星FISHを製造し、販売していた(乙2、4、5)。
     リベラル社は、同月20日付けの請求書において、被告に対し、1リットル当たりの単価を3000円として旧ATWの売買代金を請求した(乙2)。
  • ウ 被告は、平成30年11月28日までの間に、テレビ局から、無限七星FISHの取材依頼を受け、平成31年2月10日、無限七星FISHに鮮魚の鮮度を保持する機能があること、無限七星FISHに含まれるアミノ基により前記機能を奏すること等を紹介するテレビ番組が放送された(甲20、乙6)。
  • エ 被告は、原告による平成31年2月7日の本件特許出願の後から、リベラル社より、本件特許に規定される組成を有する現ATWを購入し、それを10倍に希釈して、被告製品及び無限七星FISHを製造し、販売するようになった。
    リベラル社は、同月12日付けの請求書において、被告に対し、1リットル当たりの単価を3万円として現ATWの売買代金を請求した(乙3)。
     被告は、愛媛県からの指導を踏まえ、同年3月頃から、無限七星FISHの製造販売を中止した。
  • オ 被告、リベラル社及びATW社は、令和元年12月5日、ATW社が、リベラル社のATW水溶液に関する被告との取引を引き継ぎ、被告がATW社のATW水溶液の販売事業に関する代理店となること、ATW水溶液の仕様は、別件特許の製造方法によること、ATW水溶液の品質は標準仕様と10倍濃縮仕様があること等を合意し(以下「本件代理店契約」という。)、以後、被告は、ATW社から現ATWを購入するようになった(乙9)。
  • カ 被告は、令和2年6月24日、リベラル社及びATW社に対し、リベラル社らが現ATWの内容物の開示を拒否すること等により信頼関係が破壊されたと主張して、本件代理店契約を解除する旨を記載した通知書を送付し、同年7月頃、本件代理店契約は解除された(乙10、11)。
  • キ ATW社は、令和2年8月21日、神戸地方裁判所に対し、本件の被告を被告として、本件代理店契約に基づく売買代金の支払を求める訴えを提起した(神戸地方裁判所令和2年(ワ)第1296号売買代金請求事件。以下「別件訴訟」という。乙38)。
     別件訴訟において、被告(本件の被告)が、「被告は従来、原告側から旧ATWと現ATWは希釈率が異なるだけだと説明を受けてきたが、原告側は特許侵害訴訟(本件)の訴状にて旧ATWと現ATWとが全く別の商品であるとの主張をした」旨を指摘したことに対し、ATW社は、旧ATWと現ATWは、いずれもアミノ基という原子団を含んだ水溶液で、現ATWを10倍薄めたものが旧ATWである旨を記載した準備書面を提出した(乙26の1・2)。
  • (2)  無限七星FISHの構成について
  • ア 前記(1)アによれば、リベラル社は、平成30年7月5日時点において、別件特許(「活量調質水溶液及び活量調質媒体の製造方法」)により、水酸化物イオン活量調質水溶液を製造し、これを希釈して、旧ATWのほか「ATW-1、ATW-001」を製造していたことが認められるところ、前記(1)イのとおり、被告は、当初、リベラル社から購入した旧ATWをそのままボトルに詰め、又は、ラベルを貼り替える方法により、旧被告製品や無限七星FISHを製造し、販売していたのであるから、これらの製品は、前記水溶液を希釈したものであると認められる。一方、前記(1)エ及びオのとおり、被告は、原告の本件特許出願の後からは、リベラル社から購入した本件特許に規定される組成を有する現ATWを10倍希釈して被告製品や無限七星FISHを製造、販売するようになったところ、本件代理店契約においては、現ATWを含めたATW水溶液は、別件特許の製造方法による旨の合意がなされている。
     また、原告が代表取締役を務めるATW社は、別件訴訟において、旧ATWと現ATWは、いずれもアミノ基という原子団を含んだ水溶液で、現ATWを10倍薄めたものが旧ATWである旨を記載した準備書面を提出しているところ、リベラル社が発行した請求書では、現ATWの1リットル当たりの単価は旧ATWの同単価の10倍になっていること、本件代理店契約においてATW水溶液の品質として標準仕様と10倍濃縮仕様がある旨の記載があることのほか、原告も、本件訴訟において、現ATWは旧ATWの10倍の濃度である旨を主張している(原告準備書面(4)第2の2(3)イ)。
     これらの事実関係に照らすと、旧ATW及び現ATWは、一貫して、同様の製造方法により製造された、アミノ基を含む成分が水溶、濃縮された水酸化物イオン活量調質水溶液を希釈したものであり、本件特許に規定される組成を有する現ATWを10倍希釈したものが旧ATWであると認められる。
  • イ また、証拠(乙2、18、24、25、33、36、37)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
     すなわち、被告が平成30年11月10日にリベラル社に対して発注し同月12日に納品された旧ATWのボトル20本のうち、開封せずに保管していたもの(以下「保管ボトル」という。)について、被告がそのうち1本を開封し、100ml分(以下「分析対象物」という。)を小分けにして、愛媛大学のP2名誉教授に提供した。同教授は、令和3年9月30日、分析対象物について、乙18分析をした結果、分析対象物の含有成分はポリアリルアミンであることが判明した。また、被告は、保管ボトルのうち1本(被告が「無限七星FISH」のラベルを貼付したもの)を、株式会社東ソー分析センターに提供し、前記センターは、同年10月19日、保管ボトルの内容物について乙24分析をした結果、その重量平均分子量は、4.5×10⁴であった。
  • ウ 前記(1)イ及びウのとおり、無限七星FISHは、鮮魚の鮮度を保持する機能があり、魚の鮮度保持を主な用途として販売されており、また、証拠(乙19)及び弁論の全趣旨によれば、リベラル社が被告に販売した旧ATWの成分表記には「重合アミン、水」との記載があったことが認められる。
  • エ 前記ア~ウの事実関係に照らすと、現ATWが10倍に希釈化された旧ATWと同一成分である無限七星FISHに係る引用発明は、ポリアリルアミン又はその塩を機能成分として含有し、水、ポリアリルアミンの総含有量が95重量%以上である水であって(a’)、ポリアリルアミンの重量平均分子量が500~50000であって(b’)、魚介類の鮮度保持の機能を有する(c’)、機能水(d’)という構成を有するものと認められるから、被告製品のみならず、旧被告製品や無限七星FISHも本件発明の各構成要件を充足するものと認められる。
     したがって、引用発明は、本件発明の各構成要件を充足する。

 上記の認定を踏まえ、裁判所は、被告による旧被告商品(無限七星FISH)の製造及び販売が、特許法29条1項2号所定の公然実施に該当し、本件特許は無効とすべきものであると判示した。

(3)  公然実施について
特許法29条1項2号所定の「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうところ、前記(1)イのとおり、被告は、本件特許の優先日前の平成30年10月から、無限七星FISHを製造及び販売して、引用発明を実施した。

 原告は、旧被告商品は別件特許に基づく製法で作られており、本件発明とは成分が異なる等の主張を行ったが、証拠による裏付けが不十分であること等を理由として、同主張は採用されなかった。

    (4)  原告の主張について
  • ア 原告は、旧ATWは、別件特許に基づく方法により製造されているのに対し、現ATWは、ポリアリルアミンを使用して製造されているから、両者の成分は異なる旨を主張する。
     しかし、両者の成分の違いを明らかにする証拠はなく、前記(1)オ及びキのとおり、被告は、本件代理店契約において、リベラル社及びATW社との間で、ATW水溶液の仕様は、別件特許の製造方法によることを合意したことや、ATW社が、別件訴訟において、旧ATWと現ATWは、いずれもアミノ基という原子団を含んだ水溶液で、現ATWを10倍薄めたものが旧ATWである旨を記載した準備書面を提出したのであるから、旧ATWと現ATWの製造方法が異なる旨や両者の成分が異なる旨の原告の主張は直ちに採用することはできず、その他、原告の主張事実を裏付ける証拠はない。
  • イ また、原告は、乙18分析及び乙24分析は、いずれも、測定対象の水溶液がどの時期に製造、販売され、どういう形で試験に供されたのか全く不明であることを指摘し、さらに、乙18分析の内容については、①乙18のFig.1のスペクトルの面積比を理由に高分子化合物の繰り返し構造をCH₂-CH-CH₂と推定することが困難なこと、②3ppm付近のシグナルの変化を理由に当該シグナルがアミン(CH₂-NH₂)であると推定できる根拠が不明であること、③Fig.1とFig.4a)のスペクトルが異なることといった疑問点があるから、いずれも信用性がない旨を主張する。
     しかし、前記(1)認定の事実からすれば、乙18にいう「2018年10月に販売が始まった初代無限七星」とは、旧ATWと成分を同じくする旧被告製品又は無限七星FISHであると理解できるし、乙24は保管ボトルのうち1本を分析した結果であることが明らかであり、これに反する証拠はない。そして、乙18分析は、核磁気共鳴分光法及び質量分析法により、分析対象物の含有成分がポリアリルアミンであることを推定した上で、それを踏まえて、分析対象物と市販のポリアリルアミンの水溶液について核磁気共鳴分光法のスペクトルを比較して、分析対象物の含有成分がポリアリルアミンであると結論づけているところ、原告の主張①について、原告主張のように、ポリマーのNMRはピーク(スペクトル)がブロードになりやすく、面積比を算出する切断箇所の設定によって面積比の値が異なり得ることから、Fig.1のスペクトルの面積比「1.00:0.55:0.80」が完全に「2:1:2」に一致しなくとも、同一環境の水素の数の比を「2:1:2」とみなし、CH₂-CH-CH₂の部分構造が考えられるとすることは不合理ではない。また、原告の主張②について、3ppm近辺のCH₂に対応するシグナルの位置は、隣に窒素原子が繋がっていることを示唆するところ、トリフルオロ酢酸を加えると、2.7~3.3ppmのシグナルが3.0ppmのシグナルに変化したというのであるから、分析対象物にトリフルオロ酢酸により塩を形成するアミン(CH₂-NH₂)が存在すると考えて矛盾はないというべきである。さらに、原告の主張③については、確かに、Fig.1とFig.4a)のスペクトルは一致していないが、一方で、トリフルオロ酢酸塩のスペクトルであるFig.2a)とFig.4b)は、ほぼ一致している(乙18、25)。この点について、証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば、ポリアリルアミンは、共存物の影響でアミン部位が塩の状態になっている場合、スペクトルのピーク位置の出現がシフトする可能性があり、ポリアリルアミンの塩の形成状況によってスペクトルの形状が変化し、複雑になるものと認められ、一方で、強い酸であるトリフルオロ酢酸を加えて、全てのアミノ基をアンモニウムに変換し、均一な状況にすることにより、一定の分析結果を得ることができたものと認められるから、Fig.1とFig.4a)のスペクトルが異なるからといって、乙18分析の信用性に疑義を生じさせることにはならない。
  • ウ したがって、原告の主張はいずれも採用することができない。

3 検討

 本件は、化学分野に属する物の発明について、特許権者自身による自社製品の製造・販売が原因となって特許権が無効と判断された事案であり、公然実施無効の判断過程を示す具体的事例として参考になると思われる。

 特許権者は、自身による製品の製造・販売後に特許を出願する場合は、それ以前の自社商品(旧商品)の商品説明等との関係で、当該特許の新規性が否定されるリスクがないかを十分検討すると共に、当該特許に係る発明が旧商品とは異なるものであることについて、旧商品の製法・成分に係る資料や現物を証拠として保存しておくことが有用であると考えられる。

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸