【令和4年6月9日判決(大阪地裁 令和元年(ワ)9842号】

【事案の概要】

 本件は、発明の名称を「自立式手動昇降スクリーン」とする特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有する原告が、被告が本件特許の特許請求の範囲請求項1から3記載の各発明(後記本件訂正後のもの)の技術的範囲に属する被告製品を製造し、販売等することは本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、特許法100条1項に基づき、被告製品の製造、販売等の差止め等を求めた事案である。

【キーワード】

特許請求の範囲の記載、明細書、機能

【争点】

 争点は、本件訂正後発明1の技術的範囲への属否、本件訂正後発明2及び3の技術的範囲への属否、作用効果不奏功の抗弁の成否、無効理由の有無など多岐にわたるが、本項においては、本件訂正後発明2及び3の技術的範囲への属否のうち、構成要件I(構成要件J)の充足性についてのみ検討する。

【本件訂正後発明1及び本件訂正後発明2】(下線は、筆者が付した。以下同じ。)

 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲請求項1及び2に係る発明(以下、項順に「本件訂正後発明1」などといい、これらを「本件各訂正後発明」と総称する。)の構成要件は、次のとおり分説される。

請求項1(本件訂正後発明1)

A ベース部材に、スクリーンを巻き取るために一端が連結された巻き取り部材を巻き取り付勢した状態で取り付け、

B 前記スクリーンの他端が連結された上端支持部材と前記ベース部材とを、上部側アームと下部側アームとが枢支連結されてなるリンク機構にてスクリーン左右幅方向ほぼ中央を挟んで左右両側に振り分けた状態でそれぞれ枢支連結し、

C 前記スクリーン左右幅方向左側に配置された上部側アームと同一側に配置された下部側アームの枢支連結部を前記上端支持部材の左右中心部に対して右側に配置し、

D かつ、前記スクリーン左右幅方向右側に配置された上部側アームと同一側に配置された下部側アームの枢支連結部を前記上端支持部材の左右中心部に対して左側に配置し、

E 前記下部側アームを上方へ移動付勢するための付勢手段を該下部側アームと前記ベース部材との間に設け、

F 前記左右の上部側アーム及び前記左右の下部側アームのうちの少なくとも一方に、断面形状が矩形状で軸方向に長い筒状部からなり、断面形状が矩形状のアーム外周面上にスライド自在に外嵌される、スライド自在なスライド部材を取り付け、

G それら左右のスライド部材を前記スクリーンの前記スクリーン左右幅方向ほぼ中央に位置する上下の垂線上で相対回転自在に連結した

H ことを特徴とする自立式手動昇降スクリーン。

請求項2(本件訂正後発明2)

I 前記左右のアームが水平姿勢に姿勢変更された場合に、該アームに取り付けられた左右のスライド部材がアーム長手方向へ移動することを接当阻止するためのストッパー部材を該アームに備えさせてなる請求項1記載の自立式手動昇降スクリーン。

(原告の主張)

 接当阻止とは、スクリーンを収納状態に切り換えた状態において、フリー状態となるスライド部材がストッパー部材により移動を阻止されることによりスライド部材が所定の位置(スクリーンを使用状態に切り換える際にスライド部材の位置調節を不要にすることができる範囲)に維持できるものであれば十分であり、常に接当する必要はない。

(被告の主張)

 接当阻止とは、文字どおり、スライド部材とストッパー部材が接し当たっていること、すなわち両者間にクリアランスがない状態をいうものと解すべきである。

 被告製品の上部側アームに固定されているストッパー部材は、「左右のスライド部材がアーム長手方向へ移動すること」を接当阻止するという役割において設置されたものではなく、①上端支持部材の端を持ってスクリーンを上げ下げした際に、上部側アームの傾きを止める役割、及び②スクリーンを収納したときに上部側アーム同士を平行に保つため、一定の間隔をあける役割を有するものであって、本件訂正後発明2及び3とは別の目的・役割を有するものである。また、被告製品では、左右のアームが水平姿勢状態にある場合に、スライド部材とストッパー部材との間には、数㎝のクリアランスが存在する。

 したがって、被告製品は、構成要件I 及びJ を充足せず、本件訂正後発明2及び3の技術的範囲に属さない。

【裁判所の判断】

3 本件訂正後発明2及び3の技術的範囲への属否(争点1-2)について

(1) 被告製品の構成について

被告製品が、別紙「被告製品説明書(原告)」3記載のf3 の構成を有することは当事者間に争いがなく、被告製品が、本件訂正後発明3の構成要件F3 を充足することは当事者間に争いがない。争いのある本件訂正後発明2の構成要件I 及び本件訂正後発明3の構成要件 J につき、以下検討する。

(2) 構成要件I 及びJ の充足性

ア 本件訂正後発明2及び3に係る請求項のうち、構成要件J 及びI には、「前記左右のアームが水平姿勢に姿勢変更された場合に、該アームに取り付けられた左右のスライド部材がアーム長手方向へ移動することを接当阻止するためのストッパー部材」との記載があるところ、被告製品がこの構成を有するかが争われている。

  ストッパー部材は、上記請求項の記載からは、左右のアームが水平姿勢となった場合に、接当する態様でスライド部材が移動することを阻止する機能を有することが理解できるが、「接当阻止」の語が、常にストッパー部材とスライド部材との間にクリアランスがない状態で阻止することまで意味するとは解されない。

  また、本件明細書には、「…下部側アーム13、13 が収納姿勢となる水平姿勢の状態になると、前記スライド部材20、5 20 が水平方向に移動可能なフリー状態になるが、該スライド部材20、20 がガススプリング16、16 の上端のほぼコの字状のストッパー部材としての取付部材23、23 に接当することによりスライド部材20、20 の移動が阻止され、その位置(垂線S 上)にスライド部材20、20 を維持することができるようにしている。このように取付部材23、23 にてスライド部材20、20 の位置を規制することによって、収納姿勢から使用姿勢にスクリーン 1 を切り換える場合に、スライド部材20、20 を所定位置(垂線S 上)に移動させることなく、直ちに姿勢変更することができる利点がある…」(【0019】)、「前記リンク機構5、5 の短縮作動が完了したときに、図7及び図8(c)に示すように、スライド部材20、20 が取付部材23、23 に接当してその位置(垂線S 上の位置)が維持されることになる。」(【0020】)などと記載されている。これらによれば、ストッパー部材は、スクリーンの収納姿勢時において、スライド部材が水平方向に自由に移動することを阻止し、スライド部材を垂線上に維持する機能を有し、収納姿勢から使用姿勢に切り替える際に、使用者がスライド部材を垂線上に移動させることなく姿勢変更することができるとの効果を奏するものであると認められる。そして、この機能及び効果からすれば、「接当阻止」とは、ストッパー部材がスライド部材に接し当たることで、その移動を阻止することと解されるものの、両者が常に接してその間にクリアランスがないことまで要するものとは解されない。

  したがって、「接当阻止」とは、スクリーンを収納姿勢から使用姿勢に切り替える際に、スライド部材を垂線上に配置することが可能な位置にストッパー部材を備え、ストッパー部材と接して当たることで、スライド部材が水平方向に自由に移動することを阻止することを意味すると解するのが相当である。

イ 前記2(1)並びに証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品のストッパー部材26’は、収納姿勢において、スライド部材20’が水平方向に左右3mm(合計6mm)程度移動可能な位置に備えられ、ストッパー部材26’と接することでその移動を阻止する機能を有しており、また、取付部材(ストッパー部材)23’は、ガススプリング(付勢手段)17’の一端を下部5 側アームに取り付けるための取付部材であると共に、収納姿勢において、スライド部材20’が水平方向に左右3mm 程度移動可能な位置に備えられ、取付部材(ストッパー部材)23’と接することでその移動を阻止していることから、構成要件I 及びJ を充足する。

ウ 被告は、接当阻止とは、文字どおり、スライド部材とストッパー部材が接し当たっていること、すなわち両者間にクリアランスがない状態をいうものと解すべきである旨、被告製品のストッパー部材は、本件訂正後発明2及び3とは別の目的・役割を有するものである旨を主張する。

  しかし、前記アのとおり、本件訂正後発明2に係る請求項2及び本件明細書の記載内容によれば、「接当」がストッパー部材とスライド部材との間に常にクリアランスがない状態をいうものと解することはできず、その他、本件明細書等において、これをうかがわせる記載はない。また、前記イのとおり、被告製品のストッパー部材は、本件訂正後発明2及び3に係るストッパー部材の役割を果たすものであり、仮に、被告製品のストッパー部材に別の目的や役割があったとしても、前記認定を左右するものではない。   

 したがって、被告の前記主張は採用できない。

【検討】

 当事者の主張内容からすると、構成要件J及びIを充足するには、スライド部材がストッパー部材に「常に」接当する必要があるかどうかが争点である。

 本判決は、構成要件J及びIの「前記左右のアームが水平姿勢に姿勢変更された場合に、該アームに取り付けられた左右のスライド部材がアーム長手方向へ移動することを接当阻止するためのストッパー部材」における「接当阻止」の意義について、特許請求の範囲の記載及び明細書の記載から、「『接当阻止』とは、スクリーンを収納姿勢から使用姿勢に切り替える際に、スライド部材を垂線上に配置することが可能な位置にストッパー部材を備え、ストッパー部材と接して当たることで、スライド部材が水平方向に自由に移動することを阻止することを意味すると解するのが相当である。」と解釈した。もっとも、この解釈には、構成要件J及びIの「接当阻止」以外の記載も含まれている。「接当阻止」の意義としては、「接して当たることで」「阻止」と解釈しているものと思われる。

 本判決は、「接当阻止」の意義を解釈する中で、「スクリーンを収納姿勢から使用姿勢に切り替える際に」と判示しているが、これは、「切り替える際に」は、「接して当たる」が、切り替える際以外(例えば、切り替えた後)は、必ずしも接して当たる必要はない、つまり、常に接していることは不要と解しているものと考えられる。「接当阻止」の意義というよりは、「左右のアームが水平姿勢に姿勢変更された場合に」の意義の問題とする方が適切ではないだろうか。つまり、①「左右のアームが水平姿勢に姿勢変更された場合に」は、「左右のアームが水平姿勢に姿勢変更される際に」を意味するのか、②「左右のアームが水平姿勢に姿勢変更された場合は常に」を意味するのかという問題である。

 ところで、本判決が引用する「前記リンク機構5、5 の短縮作動が完了したときに、図7及び図8(c)に示すように、スライド部材20、20 が取付部材23、23 に接当してその位置(垂線S 上の位置)が維持されることになる。」(【0020】)の記載、図8(c)、そして、請求項2の発明の効果を説明する段落【0023】の「請求項2の発明によれば、スクリーンの使用姿勢から収納姿勢に切り換えることによって、フリー状態となるスライド部材をストッパー部材にて所定位置に維持させることができるから、収納姿勢から使用姿勢にスクリーンを切り換える場合に、スライド部材を所定位置、つまりスライド部材の連結位置がスクリーン左右幅方向ほぼ中央に位置する上下の垂線上にある状態に一々スライド部材を位置調節することを不要にすることができ、使用面において有利になる。」との記載からすれば、構成要件J及びIは、接当して所定位置を維持することまで含んでいるのではないだろうか(その上で、原告が主張するように、スライド部材が所定の位置(スクリーンを使用状態に切り換える際にスライド部材の位置調節を不要にすることができる範囲)に維持できるものであれば十分であり、常に接当する必要はないかどうかは別途検討を要すると考える。)。

図8(c)

 以上のように、本判決の解釈にはやや疑問が残るところである。

 なお、「接当阻止」や「接当」という用語は、国語辞典(広辞苑)はおろか、特許技術用語辞典にすら掲載されていない用語であるから、これを用いることは好ましくなく、また、「接当」との限定が必要とも思われないことから、そもそも特許請求の範囲の記載に用いるべきでなかったと思われる。

以上

文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順