【令和4年1月27日(東京地裁 令和元年(ワ)第20074号)】

【判旨】

発明の名称を「エアロゾル発生システムのための加熱アセンブリ」とする本件特許権を有するスイス連邦の法人である原告会社が、「jouz 20」、「jouz 12」及び「jouz 20 Pro」という商品名の加熱式タバコ用デバイス(被告製品)は、いずれも本件特許の特許請求の範囲の請求項1記載の本件発明の技術的範囲に属するから、被告会社による被告製品の販売、輸入及び販売の申出は本件特許権を侵害すると主張して、被告会社に対し、民法709条に基づき、損害合計額1億4954万8921円の一部である7143万7327円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案。裁判所は、被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると認められ、また、本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものであるとはいえないとした上で、特許法102条2項により推定される額の方が同条3項により算定される額よりも多額となるから、同条2項により推定される同額をもって原告会社の損害額と認めるべきなどとして、同損害額を5185万2556円と認定し、原告会社の請求を一部認容した。

【キーワード】

特許法70条1項、同2項、特許法102条2項、推定覆滅事由、損害賠償

1 事案の概要と争点

 原告は、加熱式タバコ用の器具等を製造し、販売しているスイス連邦の法人であり、被告は、喫煙具類の企画、製造、販売及び輸出入等を目的とする株式会社であった。原告は、次の内容の本件特許権(特許第5854394号)を有していた。

【本件特許権】

 内容
エアロゾル形成基材を加熱するための加熱アセンブリであって、
電気抵抗式加熱要素及びヒータ基板を含むヒータと、
前記ヒータに結合されたヒータマウントと、を備え、
前記加熱要素は、第1の部分及び第2の部分を有し、
該第1及び第2の部分は、前記加熱要素に電流が流れた時に前記第1の部分が前記第2の部分よりも高い温度に加熱されるように構成され、
前記加熱要素の前記第1の部分は、前記ヒータ基板の加熱領域に位置し、
前記加熱要素の前記第2の部分は、前記ヒータ基板の保持領域に位置し、
前記ヒータマウントは、前記ヒータ基板の前記保持領域に固定される、
ことを特徴とする加熱アセンブリ。

 本件特許権に係る発明は、喫煙物品のエアロゾル形成基材に挿入される加熱アセンブリであって、加熱要素が第1の部分及び第2の部分を有し、ヒーター基板の加熱領域に位置する第1の部分が、保持領域に位置する第2の部分よりも高い温度に加熱されるように構成されている。当該構成により、エアロゾル形成基材を加熱するための熱源を局所化し、ヒータ基板の加熱領域の温度をエアロゾル生成に十分な温度にするのと同時に、ヒータ基板の保持領域の温度を、ポリマ材料で構成されたヒータマウントが溶解燃焼又は別様に劣化する温度未満に制御することができるという作用効果を奏する。

 被告製品は、構成要件C、G及びHの充足性について以下のとおり争いがあった。また、無効理由の有無や損害額についても以下のとおり争点となった。本稿では、争点1-1、1-2及び争点3について述べる。

【争点】

   (1)  被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

    ア 被告製品は構成要件Cの「ヒータに結合された」構成を備えるか(争点1-1)

    イ 被告製品は、構成要件Gの「保持領域に位置し」及びHの「保持領域に固定される」構成を備え、構成要件Iを充足するか(争点1-2)

    (2)  本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点2)

    ア 本件発明は乙3公報に基づき進歩性を欠くか(争点2-1)

    イ 本件発明は乙5公報に基づき進歩性を欠くか(争点2-2)

    ウ 本件発明は乙4公報に基づき進歩性を欠くか(争点2-3)

    エ 本件特許は特許法36条6項1号に違反しているか(争点2-4)

    (3)  損害額(争点3)

2 裁判所の判断

(1) 被告製品は構成要件Cの「ヒータに結合された」構成を備えるか(争点1-1)

 裁判所は、「ヒータに結合された」の解釈について、ヒータと結び付いて1つのユニット又はアセンブリを形成するヒータマウントであれば、それらが不可分一体をなすものとまでいえるか否かにかかわらずこれに該当し、「結合」の文言を限定解釈すべきではないと判示した。その上で、被告製品は、被告製品のヒータマウントは、加熱ブレードに取り付けられ、所定の位置で維持されて動かないように固定されており、加熱ブレードとともに1つのユニット又はアセンブリを形成しているから、被告製品は構成要件Cを充足すると判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   (1)  争点1-1(被告製品は構成要件Cの「ヒータに結合された」構成を備えるか)について
    ア 「ヒータに結合された」の解釈
  (ア) 構成要件Cは、本件発明の加熱アセンブリが「ヒータに結合されたヒータマウント」を備えることを規定しているところ、一般に「結合」には「二つ以上のものが結びついて一つになること。また、結び合わせて一つにすること。」といった語義があること(乙1)からすると、ヒータと結び付いて1つのユニット又はアセンブリを形成するヒータマウントであれば、それらが不可分一体をなすものとまでいえるか否かにかかわらず、これに該当すると解するのが文言上自然であり、また、そのようなヒータマウントであれば、ヒータを構造的に支持してヒータをエアロゾル発生装置内に確実に固定することができるという前記1(2)イ認定のヒータマウントの作用効果を奏するものと考えられる。
  さらに、本件明細書においても、「ヒータに結合された」を限定して解釈すべき旨の説明等は見当たらない。
  そうすると、ヒータと結び付いて1つのユニット又はアセンブリを形成するヒータマウントであれば、それらが不可分一体をなすものとなっているか否かにかかわらず、「ヒータに結合された」に該当すると解するのが相当である。

  (イ) 被告は、「ヒータに結合された」は、ヒータマウントがヒータと1つになったものを意味し、ヒータマウントとヒータが容易に分離可能であるものは含まないとし、その理由として、①前記(ア)の「結合」の語義及び②本件明細書【0072】の「ヒータマウント26は、…保持領域93を取り囲むようにヒータの周囲に射出成形される。」との記載を指摘する。
  しかし、上記①について、上記の「結合」の語義に照らしても、その態様には様々なものがあり得るところ、特許請求の範囲において「ヒータに結合された」の態様は具体的に特定されていないから、ヒータマウントとヒータが一体化して分離困難となったものに限定されるものであるとは認め難い。
  また、上記②について、被告の指摘する【0072】の記載は、実施例を示すものにすぎず、「ヒータに結合された」を同段落に記載された形態のものに限定する根拠として十分なものではない。   したがって、被告の上記主張は採用することができない。
    イ 被告製品
  (ア) 証拠(甲3ないし5)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品のヒータマウントは、加熱ブレードに取り付けられ、所定の位置で維持されて動かないように固定されており、加熱ブレードとともに1つのユニット又はアセンブリを形成していると認められるから、被告製品は、構成c、すなわち、「加熱ブレードに結合されたヒータマウント」を備えていると認められる。
  (イ) 被告は、被告製品のヒータマウントはヒータに「結合された」ものではないとし、その理由として、①被告製品のヒータマウントは射出形成により形成されたものではなく、ヒータとは別に形成されたものであること、②ヒータマウントをヒータに被せた後に、ヒータ基板において接続のための外部ワイヤをはんだ付けしている部分にAB樹脂を注入して覆い、AB樹脂を変質させることによって当該部分を保護しているにすぎないこと、③原告従業員作成の報告書(甲3ないし5)添付の写真でも、ヒータマウントがヒータから取り外されているように、ヒータマウントをヒータから分離することは容易であることを主張する。
  しかし、上記①について、前記アのとおり、構成要件Cの「ヒータに結合された」は、ヒータマウントが射出形成により形成されたものに限定されるものではないから、被告製品のヒータマウントが、射出形成によって形成されておらず、ヒータとは別に形成されたものであったとしても、ヒータマウントがヒータに結合されていないとはいえない。
  また、上記②について、その趣旨は必ずしも明確でないが、仮に、被告製品のヒータマウントと加熱ブレードの間に樹脂が注入されていることをいうものであったとしても、前記(ア)のとおりの被告製品のヒータマウントと加熱ブレードの接合状況等に照らし、それらが1つのユニット又はアセンブリを形成していることを否定するに足りないというべきである。
  さらに、上記③について、被告の指摘する原告従業員作成の報告書(甲3ないし5)は、被告製品の構成を明らかにして本件発明と対比するために、被告製品のヒータマウントと加熱ブレードを分離したものであると認められるものであり、被告製品の通常の使用においてそれらが容易に分離可能であることを示すものであるとはいえず、ほかにそのように認めるに足る証拠はない。
  したがって、被告の上記主張は採用することができない。
  (ウ) 以上に照らせば、被告製品は、「ヒータに結合された」構成を備え、構成要件Cを充足する。

(2) 被告製品は、構成要件Gの「保持領域に位置し」及びHの「保持領域に固定される」構成を備え、構成要件Iを充足するか(争点1-2)

 また、裁判所は、「保持領域」の解釈について、ヒータマウントによって支持されているヒータ基板の領域を意味するものであって、ヒータマウントとヒータ基板の間に別の部材が介在していても発明の作用効果を奏すれば問題なく、「保持領域」を限定して解釈すべきではないと判示した上で、被告製品は当該「保持領域」に関連する構成要件G~Iを充足すると判示した。

   (2)  争点1-2(被告製品は、構成要件Gの「保持領域に位置し」及びHの「保持領域に固定される」構成を備え、構成要件Iを充足するか)について
    ア 「保持領域」の解釈
  (ア) 構成要件Gは、加熱要素の第2の部分が「ヒータ基板の保持領域」に位置すること、構成要件Hは、ヒータマウントが「前記ヒータ基板の前記保持領域」に固定されることを規定しているところ、一般に「保持」には「保ちつづけること。持ちつづけること。」といった語義があり(乙2)、本件発明においてヒータを構造的に支持するための部材はヒータマウントであると認められること(前記1(2)イ)からすると、「保持領域」は、ヒータマウントによって支持されているヒータ基板の領域を意味するものと解するのが文言上自然であり、また、ヒータマウントとヒータ基板の間に別の部材が介在していたとしても、ヒータマウントを固定することによってヒータ基板を構造的に支持するという前記1(2)イ認定のヒータマウントの作用効果を奏することは可能であると考えられる。
  さらに、本件明細書においても、「保持領域」を限定して解釈すべき旨の説明等は見当たらない。
  そうすると、ヒータマウントによって支持されているヒータ基板の領域であれば、それらが直接接触しているか否かにかかわらず、「保持領域」に該当すると解するのが相当である。   (イ) 被告は、構成要件G及びHの「保持領域」は、ヒータマウントに接触し、ヒータを持ち続けているヒータ領域を意味すると解すべきであるとし、その理由として、①前記(ア)の「保持」の語義、②ヒータマウントはヒータを構造的に支持する部材であること(【0011】)、③本件明細書には、「第2の部分は、図4に示すヒータマウント26に接触するヒータ領域であるヒータの保持領域93に及ぶ。」(【0069】)、「ヒータマウント26は、…保持領域93を取り囲むようにヒータの周囲に射出成形される。」(【0072】)と「保持領域」の定義が明確に示されていること、④本件明細書の図3にも、「保持領域93」は「第2の部分86」と重なる「ヒータマウント26」に接触し、保持されている領域であることが示されていることを主張する。
  しかし、上記①及び②について、前記(ア)の「保持」の語義に含まれ得る態様や、ヒータマウントがヒータを構造的に支持する態様には様々なものがあり得るところ、特許請求の範囲において「保持」の態様は何ら限定されていないから、「保持領域」が、ヒータマウントと直接接触しているヒータ基板の領域に限定されるものであるとは認め難い。
  また、上記③について、被告の指摘する【0069】、【0072】の記載は、いずれも実施例を示すものにすぎず、「保持領域」をこれらに記載された形態のものに限定する根拠として十分なものではない。かえって、本件明細書【0024】には、「加熱アセンブリは、加熱要素を覆う材料の1又はそれ以上の層を含むことができる。加熱要素には、例えばガラスで形成された保護層を設けて加熱要素の酸化又はその他の腐食を防ぐことが有利である。この保護層は、ヒータ基板を完全に覆うことができる。ヒータにも、熱的分布を向上させるために保護層又はその他の層を設けることができ、これによってヒータの掃除を容易にすることもできる。加熱要素とヒータ基板の間にも、ヒータ全体の熱的分布を向上させるためにガラスなどの材料の下位層を設けることができる。」として、ヒータマウントとヒータ基板の間に保護層又はその他の層を介在させ得ることが示されている。
  さらに、上記④について、被告の指摘する本件明細書の図3も実施例を示すものにすぎず、また、同図において、「保持領域93」が「ヒータマウント26」と直接接触しているヒータ基板の領域であることが示されているとも認め難い。
  したがって、被告の上記①ないし④の主張にはいずれも理由がない。
    イ 被告製品
  (ア) 証拠(甲3ないし5)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品のヒータマウントは、本件発明の「加熱要素」の「第2の部分」に相当する「電線」の「第2部分」が位置するヒータ基板の所定の領域に維持されて動かないように固定されており、ヒータ基板を支持していると認められるから、被告製品において、ヒータマウントによって支持されているヒータ基板の領域は「保持領域」に相当し、被告製品は、構成g及びh、すなわち、「前記電線の前記第2部分は、前記ヒータ基板の保持領域に位置し、前記ヒータマウントは、前記ヒータ基板の前記保持領域に固定されている」を備えていると認められる。
  (イ) 被告は、被告製品では、ヒータマウントと電線の第2部分の間に緩衝ゴムが装着されており、ヒータマウントと第2部分の間にあそびがあって、両者は接触していないから、第2部分は「保持領域」に位置していない旨主張する。
  被告の主張の趣旨は必ずしも明確でないが、仮に、上記の「あそび」がヒータマウントと電線の第2部分の間に伸縮性のある緩衝ゴムが介在していることをいうものであれば、緩衝ゴムを介していたとしても、ヒータマウントによって電線の第2部分が位置するヒータ基板が支持され、固定されていることは変わらないと考えられるから、被告製品の電線の第2部分が「保持領域」に相当することを覆すに足りない。
  また、前記(ア)のとおり、被告製品のヒータマウントはヒータ基板の所定の領域に維持されて動かないように固定されており、ヒータ基板を支持するものであり、そのようなヒータマウントとヒータ基板の接合状況に照らし、ヒータマウントと電線の第2部分の間に空間が生じていることは考え難いから、仮に、被告の主張する上記の「あそび」がそのような空間の存在を前提とするものであれば、そのように認めるに足る証拠はなく、採用することはできない。
  (ウ) 被告は、被告製品では、ヒータと外部ワイヤをはんだ付けしている部分にAB樹脂が注入されており、ヒータと接触しているのはAB樹脂であって、ヒータマウントとは接触していないから、ヒータマウントは「保持領域」でヒータに固定されていない旨主張する。
  被告の主張の趣旨は必ずしも明確でないが、仮に、ヒータマウントとヒータ基板の間にAB樹脂が介在していることをいうものであったとしても、ヒータマウントによって電線の第2部分が位置するヒータ基板が支持され、固定されていることは変わらないと考えられるから、被告製品の電線の第2部分が「保持領域」に相当し、ヒータマウントが当該「保持領域」に固定されていることを覆すに足りないというべきである。
  (エ) 以上に照らせば、被告製品は、構成要件Gの「保持領域に位置し」及び構成要件Hの「保持領域に固定される」構成を備え、構成要件G及びHを充足する。また、被告製品は、加熱アセンブリであり、構成要件BないしHの特徴を有するから、構成要件Iを充足する。

(3) 損害額(争点3)について

 また、裁判所は、原告の特許法第102条2項に基づく損害額に関し、「・・・特許法102条2項の趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶ」とした上で、被告が主張した推定覆滅事由(被告製品の優位性、競合品の存在、被告による営業努力、本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されていること、関連事件(別件訴訟)の存在)に係る主張を全て棄却して、被告製品の売上額から控除すべき諸経費を差し引いた金額について損害を認定した。

 (ウ) 前記(ア)の特許法102条2項の趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。したがって、被告が被告製品を販売したことにより受けた利益(限界利益)の額は、同項により、原告が受けた損害額と推定される。
  もっとも、上記規定は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅されるものということができる。
  そこで、以下、本件特許権の侵害行為により被告が受けた利益の額について検討し、次に、侵害者すなわち被告による推定覆滅事由に関する主張の当否について検討する。
   イ 侵害行為により被告が受けた利益の額
  (ア) 利益の意義  

・・・(中略)・・・

 (エ) 利益の額に関する小括
  以上の次第で、被告製品の売上高は●(省略)●円であると認められる。そして、上記の売上高の額から控除すべき費用の額については、被告製品の原価●(省略)●円、租税公課●(省略)●円、支払手数料●(省略)●円、荷造運賃●(省略)●円及び直接広告費●(省略)●円の合計●(省略)●円と認められる。
  したがって、被告が被告製品を販売することにより得た利益の額は●(省略)●円と認められるから、原告が被った損害の額は同額と推定される。
    ウ 推定覆滅事由
  (ア) 推定覆滅の事情
  特許法102条2項における推定の覆滅については、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
  (イ) 被告製品の優位性について
  被告は、被告製品について、①12本又は20本連続して喫煙することができる機能がある点、②高いデザイン性がある点、③温度調節が可能である点及び④手動クリーニング機能がある点で、原告製品より優位性があると認められるから、原告が被った損害の額についての推定が覆滅されると主張する。
  確かに、証拠(甲6、7、乙8ないし10、14ないし17、21ないし24)によれば、被告製品には被告が主張する上記①、③及び④の機能が存在し、これらの機能に対する肯定的な評価がされているものと認められ、上記②については、被告製品がiFデザインアワード2019を受賞するなど、そのデザイン性について一定の肯定的な評価がされているものと認められる。
  しかし、侵害品である被告製品が原告製品よりも優れた機能やデザイン性を有するとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、推定の覆滅が認められるためには、当該優れた機能やデザインが侵害者である被告の売上げに貢献しているといった事情がなければならないというべきである。そして、上記①ないし④の機能等については、本件全証拠によっても被告製品の売上に具体的にどのように貢献したか明らかではないから、前記イの推定を覆滅する事情と認められないというべきである。
  (ウ) 競合品の存在について   被告は、原告タバコスティックを利用できる「IQOS互換機」が被告製品の他にも数多く販売されているから、被告製品の販売がされなかったとしても、必ずしも原告製品が購入されることにはならないとして、上記のような競合品の存在は原告が被った損害の額についての推定を覆滅させる事情に当たる旨を主張する。
  しかし、被告において、電子タバコ端末の市場における原告製品、被告製品及び被告が競合品と主張する製品の市場占有率等の具体的な事情は何ら主張立証されておらず、仮に、原告タバコスティックとの互換性がある被告製品以外の製品が存在するとしても、当該製品が原告製品及び被告製品と競合関係に立つ製品であると直ちに評価することはできないから、そのような製品の存在を前記イの推定を覆滅する事情として考慮することはできないというべきである。
  (エ) 被告による営業努力について
  被告は、被告製品のプロモーションのために、「SUPER GT」でイベントを行うなどの営業努力をしており、被告製品の売上げにはこうした営業努力が大きく貢献しているとして、その営業努力が原告が被った損害の額についての推定を覆滅させる事情に当たる旨を主張する。
  しかし、事業者は、製品の販売等に当たり、製品の利便性について工夫し、営業努力を行うのが通常であるから、通常の範囲の工夫や営業努力をしたとしても、推定覆滅事由に当たるとはいえないところ、本件全証拠によっても、被告の営業努力が通常の範囲を超えるものとは認められず、そのような営業努力を前記イの推定を覆滅する事情として考慮することはできないというべきである。
  (オ) 本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されていることについて
  被告は、本件発明が加熱アセンブリの加熱要素の構成に関するものであって被告製品の一部分のみに実施されているにすぎず、被告製品においては、その余の部分に顧客吸引力が認められるとして、当該事由は推定覆滅事由に当たると主張する。
  そこで検討すると、証拠(甲3ないし8、11)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品の使用者は、まず、被告製品に原告タバコスティックを挿入し、加熱アセンブリの一部である、先端が尖った加熱ブレードに差し込んだ上、ファンクションボタンを押して原告タバコスティックの加熱を開始し、原告タバコスティックからエアロゾルを発生させて、これを吸入することが認められる。
  そして、本件発明は、原告タバコスティックを加熱し、エアロゾルを発生させるための機能を有するものであって、その機能は、被告製品により原告タバコスティックを使用してエアロゾルを吸引するために不可欠であり、被告製品の構成において極めて重要な意義を有するものというべきである。
  また、原告製品と被告製品を比較すると、前記(イ)の①ないし④の機能等は被告製品にのみ備わっていると認められるものの、前記(イ)のとおり、本件全証拠によってもそれらの機能等の顧客吸引力の程度は明らかではない。むしろ、前記前提事実(5)のとおり、被告製品は、原告タバコスティックとの互換性を有することを売り物にして販売されていたものであるから、原告タバコスティックを使用することができるという特色が、被告製品が顧客吸引力を有する重要な一因となっていたと認めることができる。
そして、被告製品は、上記の形状を有する加熱ブレードを含む加熱アセンブリを備えることにより、原告タバコスティックを使用することができることから、被告製品において実施されている本件発明は、被告製品に顧客吸引力を生じさせることに大きく貢献していると認めるのが相当である。
  そうすると、本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されているものではあるものの、これを根拠として推定の覆滅を認めることはできないというべきである。
  (カ) 関連事件の存在について
  被告は、別件訴訟において被告製品の販売が原告の別件特許権を侵害していると判断され、損害賠償請求が認容された場合、かかる認定がされたこと自体が、原告が被った損害の額についての推定を覆滅させる事情に当たると主張する。
  しかし、別件訴訟は、現在、東京地方裁判所において審理されている段階にあるから、別件訴訟において、原告の被告に対する損害賠償請求権の存在及びその損害額が確定しているものではない。このことは、別件訴訟において、受訴裁判所により別件特許権の侵害を認める心証が開示されたとしても同様である。このように、別件訴訟の審理が途上にあり、その最終的な判断がいかなるものとなるのかがいまだ確定していない段階にある以上、別件訴訟において被告製品の販売が別件特許権を侵害していると判断される可能性をもって、本件訴訟における推定覆滅事由と扱うことはできないというべきである。
  (キ) 推定覆滅事由に関する小括
  以上の次第で、本件において特許法102条2項の推定を覆滅する事由は認められない。
    エ 特許法102条2項に関する小括
  よって、被告による本件特許権の侵害について、特許法102条2項により算定される損害額は、●(省略)●円となる。

3 検討

 本件は、機械分野に属する物の構造の発明について、クレームに記載のない事項による限定解釈を認めず、クレーム文言に忠実且つ明細書における作用効果等の記載とも矛盾しない形でクレーム文言を解釈したものであり、実務上参考になる部分が多いと思われる。損害論においては、推定覆滅事由のうち本件発明が被告製品の一部分にのみ実施されていることについて、本件発明の機能が被告製品において極めて重要であることや、被告製品が原告製品との互換性を売りにしていたこと等を踏まえ、寄与度による推定覆滅を認めなかった点が興味深い。近年の裁判例は、損害論における推定覆滅事由を容易に認めない傾向があるが、本判決もその傾向に沿ったものとして位置付けられる。

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸