【令和4年12月26日判決(知財高裁 令和4年(ネ)第10059号)】

【要約】
 バンドメンバーらと芸能事務所との間で専属的マネージメント契約が締結されていた場合において、同契約終了後、バンドメンバーらに活動制限を課す規定が公序良俗に反し無効と判断された事例
【キーワード】
 競業避止、パブリシティ権、職業選択の自由、営業の自由

1 事案

 一審原告ら(4名)は、「A」との名称でバンド活動にしていた者であり、一審被告会社(芸能事務所)は、一審原告らと専属的マネージメント契約(以下「本件専属契約」)を締結していた。一審被告Yは、一審被告会社の代表者である。
 一審原告らと一審被告会社の間で、本件専属契約は、合意解約された。しかし、一審被告会社は、一審原告らは本件専属契約の規定により、契約終了後6か月間、一審被告会社の承諾なしに実演を目的とする契約を締結することができない、Aとの名称に係る商標権は一審被告会社に帰属しており一審原告らによる使用を許諾していない等と記載した文書又は電子メール(以下「本件各通知」)を関係者らに送付した。
 また、一審被告Yは、一審原告らが被告会社との間の本件専属契約を解除し、音楽活動を再開する旨を記載したニュースを掲載した訴外ヴィジュアル系ポータルサイトの運営会社の代表者に対し、記事の取下げを要請(以下「本件要請」)した。
 一審原告らは、一審被告らに対し、一審被告らの上記の行為が一審原告らの営業権、パブリシティ権、営業の自由、名誉権、実演家人格権(氏名表示権)を侵害する不法行為に当たるとして損害賠償を請求した。
 本稿では、本件専属契約の有効性に関する争点について紹介する。

2 判決

 本判決は、本件各通知及び本件要請が不法行為に該当するかという争点に関し、次のように述べた(下線は筆者が追加した。)。

 本件各通知及び本件要請は、…本件専属契約終了前の一審被告Yの言動及び…本件専属契約終了後の一審被告らの行為を総合すると、一審被告Yは、①本件条項により、本件専属契約終了後6か月間、一審原告らが本件グループとして活動をするためには一審被告会社の承諾が必要であり、②本件グループ名について商標権又は排他的使用権を一審被告会社が有しており、③本件写真の著作権は一審被告会社に帰属すると理解しており、本件専属契約終了の翌日である令和元年7月14日から同年11月11日までの間、一審原告らが本件グループとして活動することや、本件グループ名を使用することを禁止しようという強い意思を有し、その実現のために、本件各通知及び本件要請を含む一連の行動により、一審原告らの取引先又は取引先となる可能性のある関係者に対し、上記①~③を伝えて、一審原告らの実演等の実現を妨げようとし、また、一審被告らの要望に従わない取引先に対しては、損害賠償請求をする意思があることまで示して、一審被告らの要望に従わせようとしていたものと認められる。
 もっとも、一審被告らの理解による上記①~③が事実であれば、その行使方法が相当性を超えるものでない限り、一審被告らの行為は正当な権利行使に当たり得ることから、以下、上記理解が事実といえるか検討する。…
  …本件グループは、平成22年12月以降、シングルやアルバムを発売したり、単独ライブを開催したり、雑誌の表紙を飾るなど精力的な活動をしていたものであり、特に平成24年7月以降は一審原告ら4名ともが構成メンバーとして、長期間にわたり本件グループとしてバンド活動をすることにより実演家としての活動を行ってきたところ、本件条項は、本件専属契約の終了後において、上記のような一審原告らの実演家としての活動を広範に制約し、一審原告らが自ら習得した技能や経験を活用して活動することを禁止するものであって、一審原告らの職業選択の自由ないし営業の自由を制約するものである。そうすると、本件条項による制約に合理性がない場合には本件条項は公序良俗に反し無効と解すべきであり、合理性の有無については、本件条項を設けた目的、本件条項による保護される一審被告会社の利益、一審原告らの受ける不利益その他の状況を総合考慮して判断するのが相当である
 エ そこで検討するに、一審被告らは、本件条項について、先行投資回収のために設けたものであると主張しているところ、一審原告らの需要者(一審原告らのファン)に訴求するのは一審原告らの実演等であって、一審被告会社に所属する他の実演家の実演等ではないのであるから、本件条項により一審原告らの実演活動を制約したとしても、それによって一審被告会社に利益が生じて先行投資回収という目的が達成されるなどということはなく、本件条項による一審原告らの活動の制約と一審被告会社の先行投資回収には何ら関係がないというほかない。また、仮に、一審被告会社に先行投資回収の必要性があり、それに関して一審原告らが何らかの責任を負うような場合であったとしても、これについては一審原告らの実演活動等により生じる利益を分配するなどの方法による金銭的な解決が可能であるから、上記必要性は、本件専属契約終了後の一審原告らの活動を制約する理由となるものではない(加えて、本件専属契約の合意解約がされた令和元年7月13日までに、本件専属契約が締結された平成22年8月1日から約9年間、一審原告ら全員が本件グループに加入することとなった平成24年7月からでも約7年間が経過しており、また、本件専属契約も数回にわたり更新されてきたものであること(前提事実(2))からすると、本件においては、一審被告会社による先行投資の回収は当然に終了しているものと考えられるところである。)。 そうすると、その余の点につき検討するまでもなく、本件条項による制約には何ら合理性がないというほかないから、本件条項は公序良俗に違反し無効であると解するのが相当である。 オ したがって、前記(1)の①はその根拠とする本件条項が有効ではないから、事実であると認めることができない。 (以下略)

3 検討

 本判決は、まず、一審被告らの行為は、被告らの理解が事実であれば、行使方法が相当性を超えるものでない限り正当な権利行使に当たり得ることを述べている。そこで、被告らの理解が事実であるかどうかを検討する必要があるということになる。
 そして、本判決は、上記①の制約が広範な制約であり、一審原告らの職業選択の自由ないし営業の自由を制約するものであることを踏まえ、本件条項(本件専属契約において上記①を規定した条項)の有効性の判断基準として、「本件条項による制約に合理性がない場合には本件条項は公序良俗に反し無効と解すべきであり、合理性の有無については、本件条項を設けた目的、本件条項による保護される一審被告会社の利益、一審原告らの受ける不利益その他の状況を総合考慮して判断するのが相当である」との基準を示した。
 その具体的な判断としてまず言及されたのが、「一審原告らの需要者(一審原告らのファン)に訴求するのは一審原告らの実演等であって、一審被告会社に所属する他の実演家の実演等ではないのであるから、本件条項により一審原告らの実演活動を制約したとしても、それによって一審被告会社に利益が生じて先行投資回収という目的が達成されるなどということはな」いことである。一審原告らの活動を制約したとしても、それにより一審被告らの利益が上がるわけではない、ということである。この点は、退職する従業員に対し、技術上のノウハウの使用を制約するような場合と大きく異なると考えられる。退職後の従業員が、所属していた会社の技術上のノウハウを使用すると、当該会社と競合するビジネスをして当該会社の利益を減少させる可能性が高い。しかし、音楽実演家の活動は、そのファンが需要者である。あるグループのファンは、そのグループの活動を制約したからといって、そう簡単に他のグループのファンに変わるというものでもないであろう。
 また、本判決は、一審被告会社が先行投資を回収する必要性についても言及している。a)仮にそのような必要性があったとしても利益分配などの方法により金銭的な解決が可能であるから、一審原告らの活動を制約する理由とはならない、b)本件においては、長年にわたり一審原告らが本件専属契約の下で活動してきたから、一審被告会社による先行投資の回収は当然に終了している、というものである。a)は、金銭的な解決が可能であれば活動の制約をすることは妥当でないという基本的な考え方、b)は、先行投資の回収の必要性があったとしても、ある時点で回収が終了し、いつまでも主張できるものではないという考え方(例えば株式投資とは異なる考え方)が示されたものであると考えられる。

以 上
弁護士 後藤直之