【令和4年11月1日 (知財高裁 令和4年(ネ)第10047号 「オーサグラフ世界地図」の共同著作権確認請求)】
(原審・東京地方裁判所 令和2年(ワ)第25127号)

【キーワード】

共同著作物、地図の著作物、創作的表現、著作者

【事案の概要】

 2009年に実施された日本国際地図学会において、被告(被控訴人)が「オーサグラフによる矩形世界地図」と題する研究発表(原告及び被告の共同名義であり、以下「本件発表」という。)を行ったところ、原告(控訴人)が、当該発表中の論文に掲載された各世界地図(以下併せて「本件地図」という。)等について、本件地図の共同著作権及び著作者人格権を有することの確認を求めた事案である。
 当該提訴に至る経緯は、以下のとおりである。
 原告は、従来より、被告の論文作成等を指導する関係にあった。もっとも、原告は、被告から独自に作成した論文の提出報告を受けたところ、被告が原告のピンホールカメラに関する発明を盗作した疑いがあったため、同論文の提出を中止するよう要請した。その後、両者で協議の上、本件地図の作成に向けた共同研究を2000年頃に開始した。
 原告は、2005年に本件地図の作成原理及び作成方法に関連する発明の特許を出願し、被告は、2007年及び2009年に当該関連発明の特許を出願したが、これらの出願の各願書の図面に本件地図と同一のものが添付されていた。
 2007年頃以降は、両者間で直接連絡を取り合う機会がなくなっていたところ、被告は、前記のとおり、原告に相談することなく本件発表を行った。原告は、その当時、当該発表及び論文作成の事実を知らなかった。

【争点】

本裁判例の争点は、⑴本件地図の著作物性及び⑵本件地図の著作者である。

原告は、以下の事項を理由として、本件地図が原告と被告の共同著作物であり、原告が本件地図の共同著作権及び著作者人格権を有すると主張した。

  • 本件地図の作成原理及び作成方法が、原告と被告を共同発明者とする前記各出願の願書に添付された明細書に記載されていること
  • 前記各願書の図面に本件地図と同一のものが添付されていたこと
  • 本件発表の発表者として、被告のみならず原告の氏名が記載され、本件論文の冒頭に原告の氏名が、末尾に原告への謝辞が記載されていたこと

 また、原告は、本件論文に記載された本件地図については、原告と被告の各氏名が記載されているから、著作権法14条に基づき、両者が著作者であると推定される旨主張した。

【裁判所の判断】(下線部は筆者)

1 認定事実
(省略)
2 争点(2)(本件地図の著作者)について(以下、判決本文を抜粋する)
 「共同著作物であるための要件は、第一に、二人以上の者が共同して創作した著作物であること、第二に、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないことであり、上記第一の要件である二人以上の者が共同して創作した著作物であることという要件を充足するためには、客観的側面として、各著作者が共同して創作行為を行うこと主観的側面として、各著作者間に、共同して一つの著作物を創作するという共同意思が存在することが必要である。そして、著作権法は、単なるアイデアを保護するものではなく、思想又は感情の創作的な「表現」を保護するものであるから(著作権法2条1項1号参照)、創作行為を行うとは、アイデアの案出に関与したというだけでは足りず、表現の創出に具体的に関与することを要するものというべきである。
 そうすると、本件地図1ないし4が共同著作物であるというためには、少なくとも、上記第一の要件である二人以上の者が共同して創作した著作物であることという要件のうち、各著作者が共同して創作行為を行ったという客観的側面が充足されなければならず、そのためには、共同著作者であることを主張する控訴人が、単にアイデアの案出に関与したにとどまらず、表現の創出に具体的に関与したことを要するというべきである。」
 「これを本件においてみるに、本件全証拠を精査しても、控訴人が、本件地図1ないし4の表現の創出に具体的に関与したことを認めるに足りる証拠はない。」
 「被控訴人は、平成12年頃に、控訴人と本件覚書を交わし、控訴人との共同研究が終了した後、控訴人と面会したり、直接連絡をとったりしたことはなかったところ、控訴人に相談することなく、平成21年に本件発表をし、その頃に本件地図1及び2が掲載された本件論文1を作成し、平成29年に本件地図3及び4が掲載された本件論文2を作成したものであり、控訴人は、被控訴人の本件発表並びに本件論文1及び2の作成の事実を知らなかったものである。また、控訴人は、(中略)本件地図1ないし3を作成したのは被控訴人である旨供述している(中略)。
 したがって、(中略)そもそも、控訴人は本件地図1ないし4の表現の創出に具体的に関与したことはなく、上記第一の要件である二人以上の者が共同して創作した著作物であることという共同著作物の要件のうち、各著作者が共同して創作行為を行ったという客観的側面が充足されていないから、本件地図1ないし4は、控訴人と被控訴人の共同著作物であるとは認められない
 以上によれば、控訴人及び被控訴人の各氏名が記載された本件論文1に掲載された本件地図1及び2について、著作権法14条に基づき控訴人及び被控訴人が著作者であると推定されたとしても、その推定は覆されるというべきである。」
 「著作権法は、単なるアイデアを保護するものではなく、思想又は感情の創作的な「表現」を保護するものであるから(著作権法2条1項1号10 参照)、著作物の創作行為を行ったというためには、アイデアの案出に関与したというだけでは足りず、表現の創出に具体的に関与することを要するものというべきである。そのため、共同研究に加わってその研究の内容であるアイデアの案出に関わったとしても、その共同研究の成果である記述(発表)の表現の創出に具体的に関与していない共同研究者は、当該記述(発表)の共同著作者には当たらないというべきである。」

【若干のコメント】

  1. 本裁判例の判断
     共同著作物とは、「二人以上の者が共同して創作した著作物であって、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないもの」をいうが(著作権法2条1項12号)、当該定義規定より、①共同創作行為、②共同創作する共同意志、③分離不可能性という3つの要件が導かれる(要件解釈について争いあり)。
     裁判所は、本件地図自体の著作物性を認定せず、前記①の要件該当性を通じて、本件地図が原告と被告の共同著作物でないと判断した。
     具体的には、当該①の要件に関し、「著作権法は…思想又は感情の創作的な「表現」を保護するものであるから…創作行為を行うとは、アイデアの案出に関与したというだけでは足りず、表現の創出に具体的に関与することを要する」と述べた上で、原告が、被告との共同研究により本件地図のアイデアを案出したとしても、当該研究の成果である本件地図の表現の創出に具体的関与をしていないとして、前記結論を導いた。
  2. 創作的表現といえるための関与の程度(前記①の要件解釈)
     共同著作物の創作性の判断基準も、通常の著作物と異なるわけでなく、関与者それぞれが創作的表現を行ったか否かで判断される。そのため、著作物の作成に複数の者が関与している場合、誰が創作的表現といえる程度の関与をしたか注意する必要がある。
     優れたアイデアを案出し、仮にそれが「発明」として特許法上保護を受ける者であっても、「表現」の創出に具体的な関与をしていなければ、著作権法上保護されないのは前記のとおりである。
     他にも、単に企画の提案、助言、テーマの案出等をしたにすぎない者は、創作的「表現」といえる程度の関与をしていない可能性が高い。たとえ「表現」に関与していても、上長等の指示命令に従うのみで機械的・補助的に作業するだけの者も、同様といえる。
     一方、自己の裁量によって、コンテンツの選択、デザイン、配色、配列等の表現方法を決定するような者は、創作的表現に関与したといいうる。
     特に地図の共同著作物に関しては、本裁判例以外にも、「住宅地図入電話帳事件(岡山地判平成3年8月27日最新著作権関係判例集(X)309頁)」、「高速道路パノラマ地図事件(東京地判昭和39年12月26日下民集15巻12号3114頁)」等は、創作的表現への関与を判断するにあたり参考になるといえよう。
     なお、創作的表現として著作物性が認められたとしても、職務上作成する著作物(同15条)や映画の著作物(同16条)については、創作者主義の修正がなされているため、著作者の認定につき別途要件を検討する必要がある。
                                       弁護士 藤枝 典明