【令和4年5月25日(知財高裁 平成31年(ネ)10027号)】

【判旨】
 本件は、一審被告(会社)の従業員であった一審原告が、在職中にした光ディスクにおけるエラー訂正技術の発明(本件発明)は職務発明であり、その特許を受ける権利を勤務規則等により一審被告に承継させたので、一審被告から相当対価の支払を受ける権利があると主張して、一審被告に対し、平成16年法律第79号による改正前の特許法(旧法)35条3項に基づいて、相当対価の額278億1562万0335円の一部である30億円及びこれに対する平成27年5月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(以下単に「民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

  原判決は、一審原告の請求のうち、833万6319円及びこれに対する平成27年5月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却した。これに対して、一審原告は、控訴の趣旨(前記第1の1)の限度で敗訴部分を不服として控訴をし、一審被告は、敗訴部分を全部不服として控訴をした。

 控訴審は、一審原告の請求のうち、3204万8673円及びこれに対する平成27年5月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却した。

【キーワード】
特許法、職務発明、特許法(旧法)35条4項、消滅時効

1 事案の概要及び争点

 原告は、1980年~1990年頃、光ディスクにおけるエラー訂正技術に関する発明を行い、同発明は特許ないし実用新案出願され、登録となった。控訴審において争点となった特許発明は以下の2件(本件発明1−5及び2−1)である。なお、いずれも対応する米国特許が存在する。

※本件発明1−5(実開昭57-049701:解除可能なカバーロック装置)

電源ON時にはカバーオープンボタンにより開閉操作されるマイクロスイッチによりディスク回転停止信号を発信してディスクの回転を停止させるとともに、回転数検知手段により上記ディスクの回転数低下を検知してロック爪をアンロック状態に切換え、電源OFF時には上記カバーオープンボタンにメカニカル・オープン機構を接続する切換手段を作動させて手動によりロック爪をアンロック状態に切換え得るようにしたことを特徴とするビデオディスクプレーヤにおけるカバーロック解除機構。

※本件発明2−1(フォーカス制御が改善された光学式記録再生装置)

1  光学式記録媒体の記録トラツクに対して各スポツトを結ぶ直線が所定の角度をなすように主ビーム及び該主ビームを挟んで前後に配列される第1及び第2の副ビームを集束して上記光学式記録媒体に照射するビーム発生手段と、

  上記主ビーム及び上記第1及び第2の副ビームの上記光学式記録媒体からの各反射ビームを夫々検出する主光検出器及び第1及び第2の副光検出器とを備え、

  記録時は上記主ビームによつて、上記光学式記録媒体に情報を記録すると共に、上記第1及び第2の副光検出器からの各検出出力の差をとつた信号が最大となるように上記ビーム発生手段を制御して上記主ビームが上記記録媒体上で焦点を結ぶようにし、

  再生時には上記主ビームで上記光学式記録媒体の記録トラツクを走査して上記主光検出器より再生信号を得ると共に、上記第1及び第2の副光検出器からの各検出出力にて上記主ビームのトラツキング制御を行うようにしたことを特徴とする光学式記録再生装置。

本件発明は、各種ライセンスプログラムを通じて、CD-ROM、DVD製品、ブルーレイ製品、プレイステーション関連製品等、光ディスク式の記録媒体を用いる多くの製品・サービスに使用され、一審被告(会社)において多額のライセンス収入が発生していた。

本件の控訴審における争点は、以下のとおりである。

【争点】
(1)  本件特許1-5について
ア 本件特許1-5に係る発明(以下「本件発明1-5」という。)により一審被告が受けるべき利益の額(争点1-1)
イ 本件発明1-5について一審被告が貢献した程度(争点1-2)
ウ 本件発明1-5の共同発明者間における一審原告の貢献度(争点1-3)
エ 本件発明1-5についての相当対価の額(争点1-4)

(2)  本件特許2-1について
ア 本件特許2-1に係る発明(以下「本件発明2-1」という。)により一審被告が受けるべき利益の額(争点2-1)
イ 本件発明2-1について一審被告が貢献した程度(争点2-2)
ウ 本件発明2-1の共同発明者間における一審原告の貢献度(争点2-3)
エ 本件発明2-1についての相当対価の額(争点2-4)

(3)  本件発明1-5及び同2-1の相当対価支払請求権の消滅時効の成否(争点3)

2 裁判所の判断

(1)本件発明の技術的意義

 まず、裁判所は、本件発明の技術的意義について、いずれも日本で未登録ではあるものの、CDないしDVD規格における規格必須特許に該当すると認定した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者が付与。以下同じ。)

ウ 本件特許1-5の技術的意義等

  (ア) 音楽信号は、データ間の相関性が高いことから、隣接するデータポイントの平均値補間をすることで補間処理を行うことができるが、ディジタルデータは、こうした補間処理を行うことはできず、音楽信号と比べて再生データのエラーレートが更に良いことが望ましいという課題があった。

  本件特許1-5の請求項1は、第1及び第2のクロスインターリーブ・リード・ソロモン符号による誤り訂正(CIRC)に加えて、第3のリード・ソロモン符号による誤り訂正を行うことを可能とする情報伝送装置の発明であり、第3のリード・ソロモン符号は、所定のブロック(セクタ)内のデータだけで完結させて誤り検出と訂正を行うブロック完結型を採用し、また、各ユーザーワードは上位シンボルと下位シンボルに分割し、セクタは「プレーン」で構成でき、セクタの第1のプレーンはそのセクタの上位シンボルを受信し、第2のプレーンは、そのセクタの下位ユーザシンボルを受信することから成るものである。本件特許1-5の請求項5は、第3のリード・ソロモン符号器のエラー訂正符号化に関する方法の発明であり、同請求項7は、第1及び第2のエラー訂正符号についてそれぞれ複号するステップを備える方法の発明である。

  したがって、本件特許1-5は、CIRCによる誤り訂正に加えて、第3のリード・ソロモン符号による誤り訂正を行い、所定のブロック(セクタ)内のデータだけで完結させて誤り検出と訂正を行うことで、再生データのエラーレートを低くすることができ、CDをディジタルデータ記憶用のディスクとすることを可能とし、また、上位プレーンと下位プレーンでエラー訂正処理をパラレル処理することで処理時間を短縮することを可能とするものといえる。

  本件特許1-5の誤り訂正は、従来の音楽CDの誤り訂正率が訂正後10-9~10-10であったのに対し、10-12まで改善することができ、データの信頼性が高まり、コンピュータのデータストレージとしての使用を可能としたものである。

 (イ) CD-ROM(120mm再生専用光ディスク)に関する日本標準規格(JIS)(甲9)には、「この規格の実施に当たって、次の米国特許が特に関連があるので、注意が必要である。」として、米国特許4413340(CIRCに関する特許)、米国特許4680764(本件特許1-3)等が挙げられている。

  上記JIS規格の「附属書A(規定)RSPCによるエラー訂正のための符号化」には、本件特許1-5の図6及び図7の実施例が記載されており、この実施例は、発明者を〈B〉、一審原告、〈D〉とする前記イ(ア)の特許出願申込書(乙57)に添付されている「Re. Compact Disc Digital Audio System License Agreement」に記載された図や説明と同じくするものである。

    エ CD-ROMの標準規格化とジョイントライセンス

  (ア) 一審被告とフィリップス社は、昭和60年に規格書イエローブックを策定してCD-ROMの規格化をするとともに、光ディスク関連標準規格に従った記録媒体及びその記録・再生装置の製造販売に必要とされる特許権等であって、一審被告及びフィリップス社が保有するものについてのリストを公開した上で、平成2年6月から、ライセンサー候補者に対して、CD-ROM規格等の製品及び販売するために必要となる特許を共同で実施許諾するライセンスプログラム(本件ジョイントライセンスプログラム)を開始した。後記(イ)のとおり、本件ジョイントライセンスプログラムにおいてライセンシーとの契約交渉はフィリップス社が行うこととされており、後記(ウ)のとおり、フィリップス社がライセンシーに提示するCD-ROMに関する契約のひな型(乙152)には、ライセンス対象特許については、CDオーディオに関する特許権に加えて、「1985年1月1日よりも前の最先出願日を有する特許権又は最先出願日の権利を有する特許権」であり、リスト上に必須特許として特定された特許権であるとされ、ライセンス対象特許は非独占的に実施許諾がされる旨の条項があった。本件特許1-5は、優先権の基礎となる日本特許である本件特許1-1、同1-2、一部継続出願される前の本件特許1-3とその再発行特許の本件特許1-4を含め、上記ライセンスプログラムにおける必須特許としてリスト上に掲載されていた。

  本件ジョイントライセンスプログラムは、開放的かつ非差別的な条件でライセンスする、いわゆるオープンライセンスポリシーが採用されていた。

 

ウ 本件発明2-1の技術的意義等

  (ア) 本件発明2-1は、ディスクの記録容量を減少させず、バーストエラーに強く、迅速なアクセスを可能にするデータ記録ディスクを実現するという課題に対応するものであって、請求項1、4及び5に係る発明は、アドレスの誤り検出のための第1の符号は第1の領域内で完結し、データの誤り訂正のための第2の符号は複数のセクタにまたがって完結することを特徴とするものであり、請求項2、3、6及び7に係る発明は、ゾーンCAV方式である記録ディスク又はデータ記録装置であることを発明特定事項に含むものである。

  本件発明2-1は、高速アクセスを実現し、かつ、バーストエラー等に強い高いエラー訂正能力を実現するものであり、コンピュータ用途と映像用途の両者において最適化され、また、記録メディアだけでなく再生専用メディアでも共通して実現することができるフォーマットである。

  (イ) 本件特許2-1に係る特許請求の範囲の記載は、データ記録ディスク及びその記録装置等に関して、広くその技術的範囲に属しめることを可能とするものとなっており、後記エのとおり、本件特許2-1は、各種DVD規格のライセンス対象となっている。

  また、一審被告は、本件特許2-1について、①DVD-ROM、DVD-Audio、②DVD-R/-RW/RAM/+R/+RW Drive、③DVD-R/-RW/RAM/+R/+RW Discの各製品カテゴリの必須特許としてウェブサイト上公開している。

  これらの事情に照らせば、日本特許としては拒絶査定を受けたとしても、本件特許2-1は、DVD規格における規格必須特許であると認められる。

(2)特許の貢献割合

 次に、裁判所は、各特許の貢献割合について、他にも規格必須特許やライセンス対象の特許が存在したこと等を踏まえ、具体的な割合を認定していった。

 (イ) 本件特許1-5の貢献割合

   a 平成5年度から平成14年度まで

  本件ジョイントライセンスプログラムに関し、平成5年度から平成14年度まで用いられていた契約書には、CD-ROMプレイヤーについては、別紙2(添付省略)のリストに掲載された規格必須特許(ⓐ)のほか、別紙1(添付省略)のCDオーディオプレイヤーに関する特許(ⓑ)を含むが、別紙1の特許に限られない(Ⓒ)旨の条項があり、ディスク等、その他の規格においても同様の条項があった(前記1(2)エ(ウ))。

 

・・・(中略)・・・

 

 これを前提として、各製品カテゴリ別の本件特許1-5の貢献割合について検討すると、CD-ROMディスク及びその派生品であるCD-Rディスク等は、前記1(2)アで認定したとおり、音楽用CDの規格を前提としたものであり、ディスクに関する特許は規格が定まっているため、CDオーディオ(ディスク)関連のⓑに係る特許は他に選択の余地のないフォーマットに関する特許が大半を占めるものであると推認されるから、CD-ROMディスク等の規格必須特許であるⓐに係る特許と、CDオーディオ(ディスク)関連のⓑに係る特許は、同価値として扱うのが相当である。

  これに対して、CD-ROMプレイヤー及びその派生製品である各ドライブ関係については、CDオーディオ(プレイヤー等)関連のⓑに係る特許のうち、変調方式に関するEFM特許(米国特許第4501000号)とエラー訂正に関するCIRC特許(米国特許第4413340号)はドライブでも必須特許であり重要な価値があるといえるが、その他のドライブに関する特許は、ディスクと異なり、大半は各社において選択可能な特許も含まれると推認されるから、ライセンスにおける特許の価値として、CD-ROMドライブ等に係るⓐに係る特許と、CDオーディオ(プレイヤー等)に関する特許(ⓑ)のうちEFM特許とCIRC特許は同価値であるが、ⓑのその他の特許はCD-ROMドライブ等の規格必須特許に比して0.5、Ⓒに係る特許はいずれも実施され、又は実施される可能性がある特許であるにすぎないため、ⓐ等の特許に比して0.1の価値があるとして貢献割合を計算するのが相当である。

  なお、一審原告は、本件特許1-5は、CIRCで実現できなかった高いエラー訂正を実現し、CD-ROMをコンピュータストレージとして使用可能とした点で高い技術的価値があるとして、ライセンス対象特許について上記のように補正して求めた貢献割合の更に3倍の価値がある旨主張するが、規格必須特許はいずれもその製品の規格上選択の余地のない技術に係るものであるし、本件特許1-5のみが他の規格必須特許に比べて技術的価値が高いと認めるに足りる証拠はない。

  以上を前提として、本件特許1-5の各製品カテゴリ別の貢献割合を示すと、以下の表のとおりとなる。

(3)独占的利益の範囲について

 また、裁判所は、一審被告が自己のグループ会社と共同で設立した会社であるSCEに関し、自己実施の場合にも独占的利益が生ずるとした上で、当該独占的利益はSCEへのライセンスに係る現実のライセンス収入に限定されないと判示した。

イ SCEライセンス契約について

  (ア) 前記1(2)カ(イ)のとおり、PS1のゲーム機本体はCD-ROMプレイヤーを実装しており、ゲームディスクはCD-ROMディスクであるから、PS1ゲーム機本体及びPS1ゲーム用のゲームディスクは、本件ジョイントライセンスプログラムのライセンス対象製品である。また、前記1(3)カ(イ)のとおり、PS2のゲーム機本体は、CD-ROMのゲームディスクも再生することができるから、PS2のゲーム機本体は、同ライセンスプログラムのライセンス対象製品である。

  ところで、旧法35条4項は、職務発明に係る相当対価の額は、その発明により「使用者等が受けるべき利益の額」及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない旨規定するところ、同項が「使用者等が受けるべき利益の額」と規定したのは、使用者等に対する権利承継時の客観的に見込まれる利益の額をいうものであり、発明の実施によって現実に受けた利益に必ずしも限るのではなく、自己実施等の場合を含め、使用者等が本来得ることのできた独占的利益を指すものと解される。

  これを前提として検討するに、SCEは、一審被告とSMEが共同出資して設立された会社であり(前記1(2)カ(ア))、一審被告がプレイステーションシリーズの製造及び販売に関し、フィリップス社との間で、それぞれの保有する特許のクロスライセンスを締結していれば、SCEは本件ジョイントライセンスプログラムにおいて改めてライセンス料を支払う必要のない一審被告の関連会社となり、こうしたクロスライセンス契約における一審被告の得た利益が「使用者等が受けるべき利益の額」となるといえるが、本件全証拠を検討してみても、一審被告がプレイステーションシリーズの製造及び販売に関してフィリップス社との間でクロスライセンスを締結したと認めるに足りず、むしろ、一審被告は、SCEに対し、プレイステーションシリーズの製造、販売又は開発等のために有用な一審被告保有の特許権(本件特許権1-5及び同2-1を含む。)等の実施許諾に関するライセンス契約(SCEライセンス契約)を締結して、SCEを他社ライセンシーより優遇して同社から対価を得ていることが認められる。

  このように、一審被告が、フィリップス社と共に運用する本件ジョイントライセンスプログラムのライセンス対象製品であるプレイステーションシリーズの製造販売に関して、SCEを同プログラムの関連会社としてではなく1ライセンシーとして扱っている以上、同プログラムが開放的かつ非差別的な条件でライセンスする、いわゆるオープンポリシーを採用している(前記1(2)エ(ア))ことからすれば、PS1のゲーム機本体及びゲームディスク、PS2のゲーム機本体の製造及び販売に当たって一審被告が本来得ることのできた独占的利益は、SCEがフィリップス社との間でプレイステーションシリーズの製造及び販売に関してライセンスを受けたものと仮定した上で、同ライセンスプログラムで定められたロイヤルティにより計算された額に一審被告の配分率を乗じたライセンス料額により算定した額(仮想積上げ方式)であるというべきであり、一審被告がSCEライセンス契約により現実に得た利益に限る必要はない。

(4)独占的利益に係る会社の貢献度について

 続いて、裁判所は、独占的利益に係る一審被告(会社)の貢献度について、諸般の事情を考慮しつつ、95%ないし97%であると認定した。

(2)  本件発明1-5について一審被告が貢献した程度(争点1-2)

    ア 本件ジョイントライセンスプログラム

  (ア) 本件発明1-5は、音楽用CDをコンピュータ分野に応用することを可能とするためのエラー訂正技術であり、従来の音楽CDの誤り訂正率が訂正後10-9~10-10であったのに対し、10-12まで改善することができ、データの信頼性が高まり、コンピュータのデータストレージとしての使用を可能としたものである(前記1(2)ウ(ア))。本件特許1-5は、CD-ROM等の規格必須特許に採用される(同1(2)ウ(イ))など、技術的価値は高いといえる。

  他方で、本件発明1-5は、第1及び第2のクロスインターリーブ・リード・ソロモン符号による誤り訂正(CIRC)に加えて、第3のリード・ソロモン符号による誤り訂正を行うことを可能とする発明特定事項を含むものである(前記1(2)ウ(ア))ところ、CIRCは、一審被告とフィリップス社が共同で音楽用CDの研究、開発の過程で発明されたものであり(同1(1))、本件発明1-5は、こうした一審被告に蓄積された先行技術の一部が活用された面があることは否定することができない。また、本件発明1-5が権利化されるまでの手続において、その優先権の基礎となる本件特許1-1及び同1-2に係る手続を含め、一審原告の貢献はなく、米国の事務所に依頼し、米国特許商標庁の拒絶理由に対して適宜の対応をした点を含め、一審被告の知的財産部が相当の貢献をしたものである(同1(2)イ)。

  さらに、一審被告とフィリップス社は、非差別的かつ開放的なオープンライセンスポリシーを採用して広くライセンスの機会を与える(前記1(2)エ(ア))とともに、一審被告とフィリップス社が中心となって、CD-ROMの物理的フォーマットを作成しただけではなく、論理フォーマットを統一して互換性を持たせた(同1(2)オ(ア))ほか、パソコンの周辺機器を接続するための伝送データ規格の統一を実現した(同1(2)オ(イ))ことにより、パソコンやゲームソフトとしてCD-ROMが広く利用されるようになったといえる。

  加えて、一審被告は、CD-ROMディスクを受託生産するための製造工場を設立し、CD-ROM駆動装置の生産能力の増産態勢を整え、また、CD-ROMを利用した様々な商品の企画・開発や、他業種との連携等を行ったほか(前記1(2)オ(イ))、マーケティングプロモーションとして、ライセンシー会議の開催、コンテンツ業界への積極的なアプローチ、標準規格を普及させるための装置の技術開発、ライセンシーに対するテクニカルサポートを行い(同1(2)オ(ウ))、CD-ROMだけではなくCDR等のCDファミリー規格の改善のための研究開発やプロモーションを行った(同1(2)オ(エ))ことが認められる。

  以上の諸事情に鑑みれば、本件ジョイントライセンスプログラムにおいて一審被告が得た独占の利益に関し、一審被告の貢献度は、95%とするのが相当である。

 

・・・(中略)・・・

 

   イ SCEライセンス契約

  SCEライセンス契約において本件特許1-5の実施により一審被告が得た独占の利益は、PS1及びPS2の各ゲーム機本体とPS1のCD-ROMディスクに関するものであるところ、PS1及びPS2は、高い演算性能とグラフィック性能を誇り(前記1(2)カ(イ)、(3)カ(イ))、PS1で採用されているグラフィックスの技術は一審被告が放送局用に開発したシステムGの技術が流用され(同1(2)カ(イ))、また、PS2には東芝と共同開発したプロセッサが搭載されている(同1(3)カ(ア)、(イ))など、CD-ROMやDVD-ROM以外にも最先端の技術が盛り込まれている。

  一審被告は、関連会社とともに、PS1等のゲーム機の開発やソフトメーカーとのライセンス業務を行うSCEを設立し(前記1(2)カ(ア))、当時としては最先端の技術を盛り込んだPS1及びPS2の各ゲーム機を開発するために多額の投資を行った。加えて、SCEは、積極的に新規ソフトメーカーの参入を促してPS1及びPS2でプレイすることができる多様なゲームソフトウェアを取りそろえることを可能とし、また、ソフトウェアの直販性を採用して適切な在庫管理を可能としたほか(同1(2)カ(ウ))、ゲーム機本体の廉価版の逐次市場投入(前同)、次世代ネットワーク対応のPS2の開発(同1(3)カ(イ))といったことも、PS1及びPS2がゲーム市場において強い支配的地位を占めるに至り、SCEライセンス契約において一審被告が得た独占の利益の増大につながったものといえる。こうしたSCEの営業努力、投資活動等については、共同出資会社である一審被告側の貢献度としてとらえるべきである。

  前記アの本件ジョイントライセンスプログラムで説示した一審被告の貢献割合に加え、プレイステーションシリーズに関する一審被告ないしSCEの貢献割合を加味すると、SCEライセンス契約において一審被告が得た独占の利益に関し、一審被告の貢献度は、97%とするのが相当である。

    ウ 小括

  以上のとおり、本件ジョイントライセンスプログラムにおいて一審被告が得た独占の利益に関しての一審被告の貢献度は95%、SCEライセンス契約において一審被告が得た独占の利益に関しての一審被告の貢献度は97%とするのが相当であるから、これを踏まえた金額は、別紙4-1及び4-2の各「一審被告の貢献度」欄に記載のとおりとなる。

(5)共同発明者間における一審原告の貢献度について

 また、裁判所は、共同発明者間における一審原告の貢献度について、均等割合を超える特段の事情があるものとして、3分の1であると認定した。

   (3)  本件発明1-5の共同発明者間における一審原告の貢献度(争点1-3)

  本件発明1-5の発明者は、前記1(2)ア及びイの本件特許1-5の発明に至る経緯等及び登録に至る経緯等に照らせば、一審原告、〈B〉、〈D〉、〈E〉及び〈C〉の5名であり、このうち一審被告の従業員は〈C〉を除いた4名である。

  共同発明における発明者間の貢献度は、特段の事情のない限り、均等であると認めるべきであるところ、前記1(2)ア及びイで認定したところによれば、一審原告は、〈B〉の依頼を受けて複数の案を作成し、〈B〉と協議して検討を重ねた結果、〈E〉等を発明者とする発明報告書と合わせて、本件発明1-5の完成に至ったものであり、一審原告が本件発明1-5において一定の役割を果たしたものとは認められるものの、主導的又は枢要な役割を果たしたものと認めるに足りる証拠はない。この点、一審原告は、着想から発明の完成に至るまで1人で行った旨主張するが、前記(2)ア(イ)のとおり、こうした主張を裏付ける客観的証拠に乏しいから、これを前提とした一審原告の共同発明者間の貢献度に関する主張は、理由がない。

  もっとも、本件発明1-5は、発明者を〈E〉、〈D〉、〈J〉(ただし、後に、〈E〉、〈D〉、〈B〉、一審原告、〈C〉とする届け出がされた。)とする特許出願申込書(乙55)と、発明者を〈B〉、一審原告、〈D〉とする特許出願申込書(乙57)を基にして権利化されたものである(前記1(2)イ(ア))ところ、CD-ROMの規格の「附属書A(規定)RSPCによるエラー訂正のための符号化」には、本件特許1-5の図6及び図7の実施例が記載されており、この実施例は発明者を〈B〉、一審原告、〈D〉とする特許出願申込書(乙57)に添付されている図等と同じくするものであり(同1(2)ウ(イ))、〈B〉の依頼を受けて一審原告が作成した複数の案が基になっていることが推認される(同1(2)ア(イ))から、CDROMのエラー訂正方式の規格化において一審原告の貢献は〈E〉等と比較するとより高いといえる。

  そうすると、本件特許1-5の共同発明者間における一審原告の貢献度は、均等割合を超える特段の事情があるものとし、3分の1とするのが相当である。

(6)相当対価の額

以上のような計算式を前提として、裁判所は、本件発明1-5について2267万2260円、本件発明2-1について937万6413円を、それぞれ追加で支払うべき相当対価の額として認定した。

   (4)  本件発明1-5についての相当対価の額(争点1-4)

  前記(1)ないし(3)に基づいて、本件ジョイントライセンスプログラムにおける本件発明1-5についての相当対価の額を算出すると、別紙4-1の「相当対価の額」欄に記載のとおり、合計額●●●●●●●●●円となり、SCEライセンス契約における本件特許1-5についての相当対価の額は、別紙4-2の「PS1ゲーム機(本件発明1-5関係)」、「PS2ゲーム機(本件発明1-5関係)」、「PS1ゲームディスク(CD-ROMディスク)(本件発明1-5関係)」の各「相当対価の額」欄に記載のとおり、合計額451万4677円となる。

  そして、一審被告は、本件発明1-5の実施報奨金として20万円を支払っているから、残額は2267万2260円である。

 

・・・(中略)・・・

 

   (4)  本件発明2-1についての相当対価の額(争点2-4)

  前記(1)ないし(3)に基づいて相当対価の額を算出すると、3Cライセンスプログラムにおける本件発明2-1についての相当対価の額は、別紙4-3の「3Cライセンスプログラム(本件発明2-1関係)」の「相当対価の額」欄に記載のとおり、632万0824円となり、One-Redライセンスプログラムにおける本件特許2-1についての相当対価の額は、別紙4-3の「One-Redライセンスプログラム(本件発明2-1関係)」の「相当対価の額」欄に記載のとおり、183万8159円となり、One-Blueライセンスプログラムにおける本件特許2-1についての相当対価の額は、別紙4-3の「One-Blueライセンスプログラム(本件発明2-1関係)」の「相当対価の額」欄に記載のとおり、328円となり、また、SCEライセンス契約における本件特許2-1についての相当対価の額は、別紙4-2の「PS2ゲームディスク(本件発明2-1関係)」、「UMDディスク(本件発明2-1関係)」の各「相当対価の額」欄に記載のとおり、合計171万7102円となる。

  そして、一審被告は、本件発明2-1について、実施報奨として●●●円を支払っている(前記1(3)())から、これを控除すると、残額は937万6413円である。

(7)時効について

一審原告は、消滅時効の完成を主張したが、裁判所は、平成16年と平成18年に一審被告が行った実施報奨金の支払いが、本件発明1-5及び同2-1の相当対価支払請求権の一部弁済に当たるものであり、債務の承認に当たるから、消滅時効は完成していないと判示した。

 ・・・そして、上場企業であり、コンプライアンスの遵守を求められる一審被告は、前掲最高裁判決の説示を当然ながら知悉しているものというべきであるし、平成18年支払当時、本件特許1-5は、CD-ROMの規格必須特許であり、その他の派生規格を含め、本件ジョイントライセンスプログラムのライセンス対象特許として●●●●●円(ただし全世界分)もの多額のライセンス料の配分を一審被告にもたらしたのみならず、PS1及びPS2の各ゲーム機やゲームディスクにCD-ROMが採用されたことにより、本件特許1-5を含めた実施の対価として約170億円もの多額のライセンス料がSCEからもたらされていたのであるから、それが旧法35条4項の規定に従って定められる相当対価の額に満たないことを、一審被告は当然ながら認識していたというべきである。同様に、平成16年支払当時、本件特許2-1は、DVD-ROMの規格必須特許として、その派生規格を含め、3Cライセンスプログラムのライセンス対象特許として●●●●円(ただし全世界分)を優に超える多額のライセンス料の配分を一審被告にもたらしたのみならず、PS2のゲームディスクにDVD-ROMが採用されたことにより、本件特許2-1を含めた実施の対価として、約77億円もの多額のライセンス料がSCEからもたらされていたのであるから、それが旧法35条4項の規定に従って定められる相当対価の額に満たないことを、一審被告は当然ながら認識していたというべきである。

  そうすると、平成16年支払及び平成18年支払は、本件発明1-5及び同2-1の相当対価支払請求権の一部弁済に当たるものであり、債務の承認に当たるものというべきである。

    ウ 一審被告は、当時の被告発明考案規定によれば、平成18年支払及び平成16年支払はその年度までに得られた利益に関する貢献に対する実施報奨であり、その翌年度以降に得られた利益に関する相当対価支払請求権の債務承認とはならない旨主張するが、被告発明考案規定では、再審査の規定を含めて、実施報奨の評価の対象をその審査の時点までの貢献に限る旨の規定はなく、再審査の規定は、発明の貢献が当初の予測を超えて著しく高まった場合に評価の見直しを行うことを定めたものである(時期は異なるが平成22年の再報奨実施に関するものとして乙33。)から、一審被告の上記主張は理由がない。

    エ 以上によれば、平成18年支払(本件特許1-5)は、時効完成後の債務の承認に当たるものであるから、一審被告は、本件特許1-5に係る相当対価支払請求権について、信義則上、時効の援用権を喪失したものというべきである。

  また、平成16年支払(本件特許2-1)は、時効完成前の債務承認に当たるため時効の中断事由に当たり、平成16年12月18日から消滅時効の進行が開始したが、一審原告は、平成26年10月31日、一審被告に対し、本件発明2-1に係る相当対価支払請求権の支払を催告し(甲176)、その6か月以内である平成27年4月28日に本訴を提起した(当裁判所に顕著な事実)から、消滅時効は完成していないというべきである。

4 検討

 本件は、改正間の特許法に係るものではあるが、米国において多額のライセンス収入が発生した特許に係る職務発明の価値について具体的に判断したものであり、実務上参考になると思われる。

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸