【令和4年10月28日判決(東京地裁 令和3年(ワ)第28420号(本訴)、令和3年(ワ)第34162号(反訴))】

【キーワード】

肖像権、無断撮影、無断公表、表現の自由

【事案の概要】

1.本訴について
 本件の被告は、原告の容ぼう等が撮影された動画を動画共有サイトに投稿していた。そこで本件では、原告が、被告に対し、当該動画の投稿により、原告の名誉権、肖像権及びプライバシー権が侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を請求した(本訴)。
 具体的には、被告が投稿した動画は「不当逮捕の瞬間!警察官の横暴、職権乱用、誤認逮捕か!」と題されていた。そして、その動画の内容は、原告が警察官に逮捕された際の状況を撮影したものであった(以下、この動画を「本件逮捕動画」という。)。

2.反訴について
 原告は、本件逮捕動画によって自らの容ぼうが公開された旨を冒頭に付し、原告自身の容ぼうにモザイクを施すなどの処理をした上で、本件逮捕動画を加工した動画を動画共有サイトに投稿した。
 被告は、原告の上記投稿により、著作権(複製権及び公衆送信権)、著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)又はプライバシー権を侵害されたなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償を請求した(反訴)。

3.裁判所の判断(概要)
 裁判所(東京地裁民事40部、中島裁判長)は、原告の本訴請求について、原告の名誉権及び肖像権が侵害されたことを認め、その慰謝料を30万円と認めた。
 一方、裁判所は、被告の反訴請求についてはいずれも棄却した。

【本稿で取り上げる争点】

 本稿では、本件逮捕動画の投稿による肖像権侵害の成否を取り上げて論じる。

【判決理由(抜粋)】

 ※固有名詞には変更を加え、一部に下線強調及び引用注を付した。

第4 当裁判所の判断
(中略)
3 争点2(本件逮捕動画の投稿による肖像権・プライバシー権侵害の成否)について
(1) 肖像は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影等されず、又は自己の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利を有すると解するのが相当である(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁(引用注:京都府学連事件)、最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁(引用注:法廷内写真撮影事件)、最高裁平成21年(受)第2056号同24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁(引用注:ピンク・レディー事件)各参照)。他方、人の容ぼう等の撮影、公表が正当な表現行為、創作行為等として許されるべき場合もあるというべきである。そうすると、肖像等を無断で撮影、公表等する行為は、①撮影等された者(以下「被撮影者」とういう。(引用注:原文ママ))の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、②公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、③公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるときなど、被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると、証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によれば、本件逮捕動画の内容は、白昼路上において原告の容ぼう等が撮影されたものであるから、公的領域において撮影されたものと認められる。そして、本件逮捕動画の内容は、道路脇の草むらにおいて原告が仰向きの状態で警察官に制圧され、白昼路上において警察官が原告を逮捕しようとするなどして原告と警察官が押し問答となり、原告が警察官により片手に手錠を掛けられ、原告が複数の警察官に取り囲まれるなどという現行犯逮捕の状況等を撮影したものである。そうすると、本件逮捕動画の内容が社会通念上受忍すべき限度を超えて原告を侮辱するものであることは、明らかである。  したがって、本件逮捕動画を原告に無断で●●●●(引用注:動画共有サイト)に投稿して公表する行為は、原告の肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法となる。  これに対して、被告は、肖像権侵害を否定する事情を縷々主張するが、本件逮捕動画の内容に照らし、原告は白昼路上で逮捕され手錠まで掛けられた姿を公に晒されているのであるから、これが原告の名誉感情を侵害し受忍限度を超えて原告を侮辱するものであることは、明らかである。(中略)
(3) 以上によれば、本件逮捕動画の投稿によって原告の肖像権が侵害されたものと認められる。

【筆者コメント】

1.本判決の概要
 本判決は、肖像等を無断で撮影、公表等する行為の違法性の判断基準につき、
 ①被撮影者の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、
 ②公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、
 ③公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるとき
 など、被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法となる
 と判示した(上記基準を以下「本判決基準」という)。
 本判決基準によれば、末尾の「など~」にあたる例外的な類型を除けば、肖像権侵害には3つの類型が存在することとなる。
 そして、本判決は、本件逮捕動画の内容は「公的領域において撮影」されたものであり、「社会通念上受忍すべき限度を超えて原告を侮辱するものである」と認定した(類型②)。結果として、本判決は、被告が本件逮捕動画を原告に無断で動画共有サイトに投稿して公表する行為は、原告の肖像権を侵害するものと認めた。

2.肖像権と表現の自由の関係に関する近時の流れ
(1)はじめに
 ピンク・レディー事件判決以降、肖像権が法的保護の対象になることにつき争いはないであろう。その一方で、肖像権と表現の自由(憲法21条1項)が衝突する場合が存在し得る。
 実際に、本判決でも「人の容ぼう等の撮影、公表が正当な表現行為、創作行為等として許されるべき場合もある」と判示されている。ここからも分かるように、本件はまさに肖像権と表現の自由が衝突し、それらの調整が必要な事案であったといえる。
 以下では、肖像権と表現の自由の関係について、近時の流れを簡単に俯瞰する。

(2)法廷内写真撮影事件について
 最高裁は、法廷内写真撮影事件判決において、個人の容ぼう等の「撮影」行為の違法性判断基準(受忍限度論)を明らかにした[1]
 しかし、同判決によっても、個人の容ぼう等の「公表」行為についての違法性判断基準は示されていないと理解されていた[2]

(3)ピンク・レディー事件について
 最高裁は、ピンク・レディー事件において、パブリシティ権侵害の判断基準を示した[3]
 しかし、パブリシティ権の保護法益は「肖像の商業的価値」にあり、肖像権一般の保護法益とは異なると解される[4]。そのため、ピンク・レディー事件判決によってもなお、肖像権と表現の自由の一般的な関係が示されたとは言い難いであろう。

(4)法廷内写真撮影事件以降の下級審判決について
 法廷内写真撮影事件以降の下級審判決を参照しても、肖像権と表現の自由が衝突し、それらの間の調整が必要な事案に際して、確立された明確な基準は存在せず、受忍限度論を踏まえた上での総合考慮により判断がなされていたように思われる[5]

(5)中島裁判官による提言について
 以上の流れの中、最高裁調査官としてピンク・レディー事件判決を担当した中島裁判官(現東京地裁民事40部部総括、2017年当時知財高裁1部)は、「スナップ写真と肖像権をめぐる法的問題について」判例タイムズ1433号5頁以下(2017)において、

誰でも表現行為、創作行為等の一環として気軽にスナップ写真等を撮影することができる時代にあっては…肖像権についても、パブリシティ権と同様に、従来のような総合考慮による判断手法ではなく、表現の自由等の重要性に鑑み、受忍限度論の趣旨を踏まえつつも、違法性が認められる要件を定義した上、当該要件を解釈適用することによって他の法益との調整を図るべきであろう。

 と述べた上で、肖像権と表現の自由の関係について、これまでの総合考慮による判断手法よりも詳細な基準(本判決基準とほぼ同様の基準)を提言し、その内容を解説している。

3.本判決の意義
 以上簡単に俯瞰したとおり、肖像権と表現の自由が衝突した場合の一般的な判断基準は未確立であったと考えられる。そのような中で、本判決は、中島裁判官により提言された基準(本判決基準)が実際に使用されたという点にその意義があると考え、本稿で紹介するに至った。
 令和5年1月末時点における調査の限りでは、本判決基準を用いた他の事例は東京地裁令和4年7月19日判決(令和2年(ワ)第33192号)のみである(本件と合わせて計2件、どちらも東京地裁民事40部(中島裁判長)。)。
 今後、他の裁判体においても本判決基準が用いられるか否か、裁判例の集積を見守る必要があろう。

以上
弁護士・弁理士 奈良大地


[1] 法廷内写真撮影事件判決「ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。」
[2] 佃克彦『プライバシー権・肖像権の法律実務』481頁(弘文堂、第3版、2020)483頁。ただし、法廷内写真撮影事件判決では、撮影が違法であれば公表も違法であることまでは述べられている。
[3] ピンク・レディー事件判決「肖像等を無断で使用する行為は、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。」
[4] 最判解民事編平成24年度(上)29頁、中島基至『スナップ写真と肖像権をめぐる法的問題について』判例タイムズ1433号5頁以下(2017)
[5] 佃・前掲注(2)483-522頁及び中島・前掲注(4)を参考としての筆者私見。一例:東京地裁令和3年8月5日判決(令和3年(ワ)第5440号)。
※法廷内写真撮影事件における受忍限度論はあくまでも無断撮影行為について述べたものであり、無断公表行為について述べたものではないことに留意されたい。