【令和4年5月11日(知財高裁 令和3年(行ケ)第10080号)】

キーワード:引用発明の認定

1 事案の概要

本件は、特許無効審判の請求不成立審決の審決等取消訴訟である。
本件は、引用発明の認定について争われた。

2 本件発明

【請求項1】
入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材と、
前記再帰反射材の表面に印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層と、
を備えることを特徴とする図柄表示媒体。

3 審決が認定した引用発明

「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」

4 審決が認定した本件発明と引用発明との相違点

印刷層に関して、本件発明が「印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層」を備えるものであるのに対して、甲4発明は「溶剤インクジェット印刷を施すことにより形成された印刷層」である点

5 裁判所の判断

「エ 甲4の4頁目には、「Fleet Marking Grade [FMG]」との表題の下、黒色を含む7色の商品サンプルが貼付され、また、「Fleet Marking Grade [FMG]」の用途として「vehicle graphics」との語が用いられている。

(2) 甲37(上記(1)エの商品サンプルにフラッシュ光を照射して撮影した写真)には、黒色の商品サンプルが肌色様に見える様子が撮影されている。

(3) 上記(1)イ及びウの「Reflective … Film」との用語に加え、上記(1)エ及び(2)のとおり通常光下では黒色であった商品サンプルがフラッシュ光下では肌色様に見えることや弁論の全趣旨も併せ考慮すると、甲4に貼付された黒色の商品サンプルは、「黒色の再帰反射フィルム」であると認めるのが相当である。
 また、上記(1)ウの「従来の印刷手法に加え、溶剤及びUVインクジェットに対応しています」との記載は、甲4の黒色の再帰反射フィルムに溶剤インクジェット印刷を施すことが可能であることを意味するものと解され、溶剤インクジェット印刷が施されれば、黒色の再帰反射フィルムの上に印刷層が形成されることは明らかであるから、甲4には「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されているといえる。

(4) そこで進んで、甲4に「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されているかにつき検討する。

ア 上記(1)ウのとおり、印刷層の形成に関し、甲4には「従来の印刷手法に加え、溶剤及びUVインクジェットに対応しています」との記載があるのみであり、溶剤インクジェット印刷が非透光性のインクを用いたものに限られるとの記載又は示唆はみられない。

イ ここで、溶剤インクジェット印刷の意義等に関し、下記の各証拠には、それぞれ次の記載がある。

(ア) 甲18(全日本印刷工業組合連合会(教育・労務委員会)編「印刷技術」
(平成20年7月発行))
「カラー印刷では基本的にCMYKの4色によって原稿の色を再現している。この4色をプロセスセットインキと呼び、このうちCMYは透明インキとなっているので刷り重ねで印刷した場合、下のインキの色が一緒になり2次色、3次色が発色する。」

(イ) 甲19(高橋恭介監修「インクジェット技術と材料」(平成19年5月24日発行))
「・・・透明性の高い印刷物が得られる。…
従来、インクジェットプリンタ用色材としては、上記特徴とインク設計が容易であるということで、染料が用いられた。」
・・・

ウ 上記イによれば、本件出願日当時、溶剤インクジェット印刷においては、透光性(透明性)を有するCMYのインクが広く用いられていたものと認められるから、仮に、本件出願日当時、溶剤インクジェット印刷において非透光性のインクが用いられることがあったとしても、溶剤インクジェット印刷に対応しており、かつ、前記アのとおり、溶剤インクジェット印刷が非透光性のインクを用いたものに限られるとの記載も示唆もみられない甲4の記載に接した当業者は、甲4は透光性を有するインクを用いた溶剤インクジェット印刷に対応しているものと容易に理解したといえる。

エ 以上によると、甲4には「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されていると認められるから、甲4発明は、そのように認定するのが相当である。これと異なる本件審決の認定は誤りである。」

6 コメント

 本件において、裁判所は、引用文献から引用発明を認定するにあたり、出願当時のインクジェット技術を参酌している。判決では、「技術常識」との語は用いられていないが、事実上、技術常識を参酌したものと解される。

以上
弁護士・弁理士 篠田淳郎