【令和4年8月30日(東京地裁 令和3年(ワ)第13095号)】

【判旨】

 現在又は将来(薬価基準に収載された場合)において差止請求権等が存在しないこと並びに原告医薬品が本件特許権の技術的範囲に属するか否かを、現時点で確認することの訴えの利益を否定し請求を却下した事例。

【キーワード】

ANDA訴訟、医薬品医療機器等法、訴えの利益、将来の訴えの利益

【事案の概要】

証拠番号等は適宜省略する。下線は、筆者が付した。
本件は,原告が、原告は原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認の申請を行ったところ、①主位的に、ⓐ原告は、現在、原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出をする可能性があり、本件各特許権の侵害又はそのおそれを理由とする被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権が発生し得、また、原告は、製造販売についての承認を受けた場合に原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出が可能になるから、被告エーザイRDの原告に対する厚生労働大臣の承認を停止条件とする本件各特許権による差止請求権が発生し得ると主張して、被告エーザイRDとの間で、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権(特許法100条1項)の不存在確認を求め、ⓑ被告らの原告に対する損害賠償請求権が発生し得ると主張して、被告らとの間で、被告らの原告に対する本件各特許権等の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権の不存在確認を求め、②予備的に、ⓐ原告は、原告医薬品が「使用薬剤の薬価(薬価基準)」(平成20年厚生労働省告示第60号、以下「薬価基準」という。)に収載された場合に原告医薬品の製造、譲渡、譲渡の申出が可能になるから、同時点において、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権が発生し得ると主張して、被告エーザイRDとの間で、原告医薬品が薬価基準に収載された時点における被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権の不存在確認を求め、ⓑ同時点において被告らの原告に対する損害賠償請求権が発生し得ると主張して、被告らとの間で、同時点における被告らの原告に対する本件各特許権等の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権の不存在確認を求め、③更に予備的に、原告医薬品は、本件各発明の技術的範囲に属しないと主張して、被告らとの間で、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認を求める事案である。
被告らは、本案前の主張として、本件訴えには訴えの利益がないと主張した。
⑴ 本件各特許権
被告エーザイRDは、以下の本件各特許権を有する。
ア 本件特許権1
(中略)
イ 本件特許権2

【争点】

現在又は将来(薬価基準に収載された場合)において差止請求権等が存在しないこと並びに原告医薬品が本件特許権の技術的範囲に属するか否かを、現時点で確認することの訴えの利益が存在するか否か。

【判旨抜粋】

第3 当裁判所の判断
1 争点①(被告エーザイRDに対する現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)、及び、争点②(被告らに対する現在の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について
⑴ 確認の利益は、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最判昭和47年11月9日民集26巻9号1513頁参照)。
⑵ 本件において、原告は、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」等とする「抗悪性腫瘍剤ハラヴェン静注1mg<エリブリンメシル酸塩製剤>」である被告医薬品の後発医薬品として、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」とする「エリブリンメシル酸塩静注1mg「ニプロ」」という販売名の原告医薬品(別紙物件目録)の製造販売についての承認の申請をし、現在、原告医薬品の製造販売を予定して、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を行っている。もっとも、二課長通知[1]等は、後発医薬品(既に製造販売についての承認を与えられている医薬品と有効成分、分量、用法、用量、効能、効果等が同一性を有すると認められる医薬品)の製造販売について、先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合や先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する場合に、厚生労働大臣の承認はしない方針であるとし、また、後発医薬品の薬価基準への収載についても、特許係争のおそれがあると思われる品目の収載を希望する場合は、事前に特許権者である先発医薬品製造販売業者と調整を行い、将来も含めて医薬品の安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続をとる方針であるとしている。
また、被告エーザイRDが特許権者である本件各特許が存在する。本件各特許権を有する。原告は、これらによれば、本件において、被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品の製造販売について厚生労働大臣の承認がされることはないと主張する。これらの状況と本件各証拠によっては、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、更に原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いことを認めるには足りない。原告が、医薬品医療機器等法等の定め等を前提として医薬品等の製造、販売等を目的とする会社であり、上記法規等の定めに則った事業活動をすると推認されることなどを考慮すると、近い将来において、原告が、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を除き、原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない。
被告らは、原告が現に行っている製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造については、本件各特許権に基づく主張をしておらず、今後、本件各特許権に基づく主張をする意思もないとし、現在、本件各特許権は侵害されていないから、被告らに損害は生じていないと主張する。
したがって、承認の申請等のための原告医薬品の製造に関して、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない
⑷ 被告らは、原告が、現在、承認の申請等のための製造(前記⑶)を除き原告医薬品の製造販売をしておらず、そもそも製造販売に必要な厚生労働大臣の承認を受けていないことから、本件各特許権の侵害もそのおそれもないとして、現在、原告に対し本件各特許権に基づく主張をしていない。
被告らは、令和3年5月に、原告から原告医薬品の製造販売について本件各特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨の通知を受け、原告に対し本件各特許権を行使する可能性がある旨の本件回答をした。もっとも、原告と被告らの間にはそれ以前に何らのやり取りもなく、被告らにおいて、原告が原告医薬品の製造販売をした場合に本件各特許権に基づく権利行使をしないと直ちに確約することはできなかったことから、上記のような回答をしたものと認められ、本件回答をもって、被告らが、現在の本件各特許権による差止請求権や不法行為による損害賠償請求権の不存在を争っているとは認められない。
(中略)
⑸ 以上によれば、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認請求について、現に、原告の法律的地位に危険又は不安が存在するとは認められず、これらの各訴えに、即時確定の利益があるとは認められない。
したがって、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認の訴え及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認の訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。

3 争点③(被告エーザイRDに対する将来の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)及び争点④(被告らに対する将来の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について
将来の法律関係は、法律関係としては現存せずしたがってこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであって、仮にある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起こり得る可能性があるような場合に おいても、このような争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる(最高裁昭和30年(オ)第95号同31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)。
本件において、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いとは認められず、ひいては、原告が原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない(前記2)。近い将来において、原告と被告らとの間に、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて法律上の紛争が発生することは何ら確実ではなく、現時点において、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。
したがって、原告の被告らに対する、将来において原告医薬品が薬価基準に収載された場合に、被告エーザイRDが原告に対し本件各特許権による差止請求権を有しないこと、被告らが原告に対し本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。

4 争点⑤(被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に訴えの利益があるか。)について
原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないか否かの判断は事実上の判断であって、権利又は法律関係の確認を目的としないものであり、原告と被告らとの間に生じ得る法律上の紛争を解決するためには、本件各特許権による差止請求等訴訟、本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求訴訟、不当利得返還訴訟、即時確定の利益がある場合にこれらに係る請求権の不存在確認の訴えを提起する必要があるのであり、かつ、それで足りる。原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないか否かを確定することは、原告と被告らとの間に生じ得る法律上の紛争の解決のために適切有効とはいい難く、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認の訴えを認めることはできない。

【解説】

 本件は、後発医薬品メーカーの原告が、先発医薬品メーカーの被告に対して、現時点において、主位的に現在又は予備的に将来(薬価基準に収載された場合)において差止請求権等が存在しないこと並びに予備的に原告医薬品が本件特許権の技術的範囲に属しないことの確認を求める訴訟である。
 裁判所は、まず、確認訴訟は、「即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される」とした上で、二課長通知等によれば、原告医薬品の製造販売について、厚生労働大臣の承認が得られないことは、原告の有する権利又は法律的地位に危機又は不安が存在するとは言えず、反対に、現時点では、当該承認が成される可能性が低く、承認申請に係る原告医薬品の製造に関しては、被告らは権利行使をすることはない旨主張していることから、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りないと判断した。
 裁判所は、次に、将来の法律関係としては、「争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる」とし、上記訴えの利益を否定し、また、原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないか否かの判断については、事実上の判断であって、権利又は法律関係の確認を目的としないものであるとして、訴えの利益を否定した。
 本件は、後発医薬品メーカーの原告が、原告医薬品の承認を得るために、いわば苦肉の策として提起した訴訟であると言える。
 この点、アメリカにおいては、いわゆるANDA訴訟と言われる後発医薬品の申請(ANDA)があった時点での先発医薬品に係る特許権者の権利行使、ANDAの申請者が特許権を侵害しない旨の通知を行った後に当該特許権の権利者が一定期間応答しない場合には、ANDAの申請者が当該特許権者に対してANDAの対象と成る医薬品が当該特許権者の特許が無効である又は当該特許を侵害しないことの確認訴訟を起こすことができる制度が存在する。
 本件は、後発医薬品メーカーの、後発医薬品申請に係る訴訟として、参考になると思われる。


[1] 筆者注:平成21年6月5日医政経発第0605001号、薬食審査発第0605014号各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局経済課長及び厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」(以下「二課長通知」という。)は、医療用後発医薬品の承認審査に係る特許情報について、医薬品の安定供給を図る観点から、承認審査の中で、先発医薬品と後発医薬品との特許抵触の有無について確認を行っているところ、①後発医薬品の承認審査に当たっては、㋐先発医薬品の有効成分に特許が存在することによって、当該有効成分の製造そのものができない場合には、後発医薬品を承認しないこと、㋑先発医薬品の一部の効能・効果、用法・用量(以下、効能・効果、用法・用量について、「効能・効果等」ということがある。)に特許が存在し、その他の効能・効果等を標ぼうする医薬品の製造が可能である場合については、後発医薬品を承認できることとするが、特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であるので、後発医薬品の申請者は事前に十分確認を行うこと等とすること、②後発医薬品の薬価基準収載に当たり、特許に関する懸念がある品目については、従来、平成21年1月15日付け医政経発第0115001号により、事前に当事者間で調整を行い、安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続をとるよう求めているとおりとすることとしたとする。

以上
弁護士 宅間仁志