【令和4年9月30日(大阪高裁 令和4年(ネ)第1273号)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

  本件は、委託研究契約の契約違反に関する訴訟の控訴審判決であり(第1審は神戸地裁)、控訴人(第1審原告)が、被控訴人(第1審被告)に対して、両当事者間の委託研究契約(免役細胞〔マクロファージ〕を活性化させるGcMAF〔Gc Protein-derived macrophage activating factor〕と呼ばれる物質を合成し大量生産する方法を開発するため、被控訴人に研究を委託する契約)(本件契約)の債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案である。債務不履行(契約違反)の具体的内容としては、被控訴人の理事である研究者(本件研究者)が同人により発明した活性型GcMAFを合成する新たな方法(本件発明)が本件契約に基づく研究により得られた成果物であることを前提として、本件研究者個人が本件発明を単独で特許出願したことが、本件契約上の協力義務違反等に当たるというものである。
 第1審は、控訴人(第1審原告)がいうような協力義務違反があったとは認められないとして、控訴人の請求を棄却した。
 これに対して、控訴審は、本件は民事訴訟法6条1項の「特許権」「に関する訴え」であるから、第1審の神戸地裁において言い渡された原判決は管轄違いの判決であるとして、第1審判決を取り消して、事件を大阪地裁に移送した。

2 大阪高裁の判断

  大阪高裁は、以下のとおり、民事訴訟法6条1項の「特許権」「に関する訴え」は「その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含」むという一般論を提示した(下線部は執筆者が付した。)。

 ところで、民訴法6条1項は、「特許権」「に関する訴え」については、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の管轄に専属する旨規定し、同条3項本文は、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所が第1審として審理した「特許権」「に関する訴え」についての終局判決についての控訴は東京高等裁判所の管轄に専属する旨規定し、さらに知的財産高等裁判所設置法2条が、上記訴えは、同法に基づき東京高等裁判所に特別の支部として設置された知的財産高等裁判所が取り扱う旨規定している。上記各規定の趣旨は、「特許権」「に関する訴え」の審理には、知的財産関係訴訟の中でも特に高度の専門技術的事項についての理解が不可欠であり、その審理において特殊なノウハウが必要となることから、その審理の充実及び迅速化のためには、第1審については、技術の専門家である調査官を配置し、知的財産権専門部を設けて専門的処理態勢を整備している東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の管轄に専属させることが適当であり、控訴審については、同じく技術の専門家である調査官を配置して専門的処理態勢を整備して特別の支部として設置した知的財産高等裁判所の管轄に専属させることが適当と解されたことにあると考えられる。
 そして、このような趣旨に加え、民訴法6条1項が「特許権」「に基づく訴え」とせず「特許権」「に関する訴え」として、広い解釈を許容する規定ぶりにしていることも考慮すると、「特許権」「に関する訴え」には、特許権そのものでなくとも特許権の専用実施権や通常実施権さらには特許を受ける権利に関する訴えも含んで解されるべきであり、また、その訴えには、前記権利が訴訟物の内容をなす場合はもちろん、そうでなくとも、訴訟物又は請求原因に関係し、その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれるものと解すべきである。

 その上で、大阪高裁は、本件が本件契約の債務不履行に基づく損害賠償の訴えであることは明らかであるものの、その争点が「特許を受ける権利が請求原因に関係しているといえるし、その判断のためには専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される」から、本件は「特許権」「に関する訴え」(民事訴訟法6条1項)に該当するとした。

 そこで、以上に基づき本件についてみると、本件訴状の記載によれば、本件が、本件契約の債務不履行に基づく損害賠償の訴えとして提起されたものであることは明らかであるが、訴状によって控訴人が主張する債務不履行に基づく損害賠償請求は、本件発明が、本件契約に基づく研究(本件受託研究)により得られた成果物であるのに、被控訴人がこれを本件研究者個人の発明であり控訴人と共同出願することは出来ないとして、本件研究者単独で特許出願した行為が、本件契約…の協議義務に違反し、また、控訴人が権利の承継について希望していたにもかかわらず、被控訴人が控訴人と協議を行うことなく本件研究者による特許出願を強行した行為が、本件契約…の義務にも違反し、その結果、控訴人が本件発明に係る特許権を取得できなくなったことで余儀なくされた出捐をもって損害と主張するものである。
<<中略>>
…本件訴状の記載によれば、被控訴人は、本件発明に係る特許を受ける権利が本件受託研究により得られた成果物でないことを理由として、本件研究者のした特許出願が本件契約…の債務に違反しないと争っていることが認められるから、本件訴状からうかがえる債務不履行に基づく損害賠償請求の成否は、本件発明が本件受託研究により得られた成果物であるか否かが争点として判断されるべきことが見込まれ、その判断のためには、本件発明が本件受託研究の成果物に含まれるかという専門技術的事項に及ぶ判断をすることが避けられないものと考えられる。したがって、本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟として訴訟提起された事件であるが、その訴状の記載からは、その争点が、特許を受ける権利に関する契約条項違反ということで特許を受ける権利が請求原因に関係しているといえるし、その判断のためには専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定されることから、本件は「特許権」「に関する訴え」に含まれると解するのが相当である…。

3 若干のコメント

  民事訴訟法6条1項は、東京地方裁判所または大阪地方裁判所が「特許権」「に関する訴え」の管轄裁判所となることを規定する。
 本件は委託研究契約の過程で生じた成果物に関して生じた契約違反に関する損害賠償請求の訴えが民事訴訟法6条1項の「特許権」「に関する訴え」であるとして、神戸地裁がなした第1審判決が管轄違いの違法の判決として、同判決を取り消したという珍しい事案である。
 民事訴訟法6条1項は「特許権」「に関する訴え」と規定することについて、大阪高判は、「特許権」「に基づく訴え」と規定していないことを理由に、特許権そのものでなくとも、専用実施権、通常実施権、特許を受ける権利も含んで解されるべきとした。
 本件は特許を受ける権利との関連性は比較的明確であった事案と考えられる。一方、他の事案において「特許権」「に関する訴え」に該当するかどうかが微妙な事案があることも考えられるが、その場合に当該事案を東京地裁又は大阪地裁の知財部で審理してもらうための事案の捉え方として、本件は参考になると考えられる。

以上

弁護士 藤田達郎