【令和4年4月15日(東京地裁 令和3年(ワ)23928号)】

【事案の概要】

 本件は、原告が、被告に対し、被告が、別紙原告写真目録記載1の写真(以下「原告写真1」という。)をトリミングして同被告写真目録記載1の写真(以下「被告写真1」という。)を、同原告写真目録記載2の写真(以下「原告写真2」という。)をトリミングして同被告写真目録記載2の写真(以下「被告写真2」という。)を、それぞれ作成し、原告の氏名を表示することなく、ツイッターに被告写真1の掲載を含む投稿をし、インスタグラムに被告写真1及び2の掲載を含む投稿をしたことにより、原告写真1及び2に係る原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害したと主張して、不法行為に基づき、合計60万円(慰謝料50万円及び弁護士費用10万円)及びこれに対する令和2年7月14日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

【判決文抜粋】(下線は筆者)

主文

1 被告は、原告に対し、24万円及びこれに対する令和2年7月24日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを5分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4 本判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

  被告は、原告に対し、60万円及びこれに対する令和2年7月14日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

(中略)

第3 当裁判所の判断

 1 争点1(同一性保持権侵害の成否)について

  (1) 前記前提事実(1)のとおり、原告が撮影した原告写真1及び2は「写真の著作物」(著作権法10条1項8号)に該当するから、原告は、原告写真1及び2に係る同一性保持権を有するところ、前記前提事実(3)のとおり、被告は、原告写真1の上下左右を正方形になるようにトリミングして被告写真1を、原告写真2の上下左右を正方形になるようにトリミングして被告写真2を、それぞれ作成したものである。

 したがって、被告は、原告写真1及び2に係る原告の同一性保持権を侵害したと認めるのが相当である。

  (2) これに対して、被告は、原告写真1及び2の中央位置はそのままにし、インスタグラムの仕様に合わせて正方形にトリミングしたものであり、原告写真1及び2の創作性及び特徴を害したものではないし、「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に該当すると主張する。

 そこで検討するに、原告写真1及び2は、列車が川に架かる鉄橋を走行する様子を、列車をほぼ中心に据え、周囲に霧のかかった川及び連なる山々を配置し、列車と比較して周囲の川及び山を大きく写すような横長の構図で撮影されたものであり、これらの点について創作性を認めることができる。そして、被告写真1及び2は、上記のような原告写真1及び2の上下左右をトリミングして正方形にし、それらに写し出された左右の山を大きく切り取ったものである。そうすると、被告が被告写真1及び2を作成したことにより、原告写真1及び2について、その著作者である原告の意に反し、上記のとおり創作性の認められる表現部分に実質的な改変が加えられたことは明らかであって、これが原告写真1及び2の創作性及び特徴を害さないものということはできない。

 また、本件全証拠によっても、被告が被告のインスタグラム上のアカウントにおいて掲載するために原告写真1及び2をトリミングすることについて、正当な理由を基礎付ける事実は認められないから、被告による上記改変が「やむを得ないと認められる改変」に該当するとは認められない。

 したがって、被告の上記主張は採用することができない。

 2 争点2(氏名表示権侵害の成否)について

  (1) 前記前提事実(1)のとおり、原告が撮影した原告写真1及び2は「写真の著作物」に該当するから、原告は、原告写真1及び2に係る氏名表示権を有するところ、被告は、前記前提事実(3)のとおり、原告写真1及び2をそれぞれトリミングして被告写真1及び2を作成した上、前記前提事実(4)のとおり、被告のツイッター上のアカウントにおいて、原告の氏名を表示することなく被告写真1の掲載を含む本件投稿1をし、また、被告のインスタグラム上のアカウントにおいて、原告の氏名を表示することなく被告写真1及び2の掲載を含む本件投稿2及び3をしたものである。

 したがって、被告は、原告写真1及びに2に係る原告の氏名表示権を侵害したと認めるのが相当である。

  (2) これに対して、被告は、原告写真1及び2には原告に著作権があることを示す原告のウォーターマークの表示はなく、被告がこれを削除したものではないし、被告写真1に記載された「B以下省略」は被告のアカウント名でも本名でもないから、これによって被告写真1の著作権者が被告であると理解されるとはいえないと主張する。

 しかし、氏名表示権とは、「その著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利」(著作権法19条1項)をいうところ、前記前提事実(4)のとおり、被告写真1及び2の掲載を含む本件投稿1ないし3において、原告の氏名は表示されていなかったものであり、原告写真1及び2に原告の氏名が記載されていなかったからといって、原告が、原告写真1及び2を公衆に提示するに際し、自身の氏名を著作者名として表示しない意思を有していたということはできず、本件全証拠によっても、そのような意思を有していたとは認められない。

 したがって、被告が指摘する上記事情はいずれも前記(1)の認定判断を左右するものではなく、被告の上記主張は採用することができない。

 3 争点3(損害額)について

  (1) 前記1(2)のとおり、原告写真1及び2は、列車が川に架かる鉄橋を走行する様子を、列車をほぼ中心に据え、周囲に霧のかかった川及び連なる山々を配置し、列車と比較して周囲の川及び山を大きく写すような横長の構図で撮影されたものであり、被告写真1及び2は、原告写真1及び2の上下左右をトリミングして正方形にし、それらに写し出された左右の山を大きく切り取ったものである。

 上記によれば、被告が原告写真1及び2に加えた改変は、写真の縦横比、構図及び写し出された対象を変更するものであり、これにより原告写真1及び2と被告写真1及び2とでは異なる印象を与える結果となったものであるから、改変の程度は大きいといえる。他方で、列車が川に架かる鉄橋を走行する様子を写し出した原告写真1及び2の中心部分は、被告写真1及び2において改変は加えられていない。これらの事情に加えて、本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、原告が原告写真1及び2に係る同一性保持権を侵害されたことにより受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は、各5万円(合計10万円)と認めるのが相当である。

  (2) 前記前提事実(4)及び(5)のとおり、被告は、被告のツイッター及びインスタグラム上のアカウントにおいて、原告の氏名を表示することなく、被告写真1及び2の掲載を含む本件投稿1ないし3をしたものであるが、その期間は、令和2年7月24日から同月27日までの4日間と、それほど長いものではない。他方で、被告は、前記前提事実(3)ア及び(4)のとおり、自身の名字の一部分である「B以下省略」を、上記アカウントのユーザー名及びアカウント名に用いていたところ、原告写真1に原告の氏名を表示しないというのにとどまらず、右下に、被告が著作者であることを示すように見える「B以下省略」と記載した被告写真1を作成し、これをツイッター等に掲載したものであり、権利侵害の態様は悪質といわざるを得ない。

 以上に加え、本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、原告が本件投稿1ないし3により原告写真1及び2に係る氏名表示権を侵害されたことにより受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は、被告写真1の掲載を含む本件投稿1につき2万円、被告写真1及び2の掲載を含む本件投稿2につき4万円、被告写真1及び2の掲載を含む本件投稿3につき4万円(合計10万円)と認めるのが相当である。

  (3) これに対して、被告は、〈1〉 原告が主張する損害は、精神的損害を含め、写真の使用料相当額の支払によって回復されるのが通常である、〈2〉 原告は、本件投稿1ないし3の後、山の上から撮影した写真を掲載して「良き朝を迎えております」などと記載したツイートを投稿しており、金銭をもって慰謝すべき精神的苦痛が生じたとは認められない、〈3〉 原告は、慰謝料の算定根拠を明らかにしていないと主張する。

 しかし、上記〈1〉については、被告の前記1(1)及び2(1)の各行為により、原告写真1及び2に係る原告の著作者人格権である同一性保持権及び氏名表示権が侵害され、原告はこれにより精神的苦痛を被ったものであり、原告に生じた精神的損害は、写真の使用料相当額の支払によって慰謝される性質のものではない。

 また、上記〈2〉については、原告が被告の指摘するようなツイートを投稿していたとしても、これをもって、原告が被告の前記1(1)及び2(1)の各行為により精神的苦痛を被っていないとは認められない。

 さらに、上記〈3〉について、慰謝料の額は、諸般の事情を考慮して、裁判所が裁量により定めるものであるから、原告は、その判断の基礎となる事情を主張立証すれば足りるというべきである。

 したがって、被告の上記各主張はいずれも採用することができない。

  (4) 以上によれば、原告が被告の前記1(1)及び2(1)の各行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、合計20万円である。

 そして、これに対する弁護士費用相当額の損害は、4万円と認めるのが相当である。

 また、遅延損害金の起算日は、被告が前記1(1)及び2(1)の各行為を行った令和2年7月24日と認めるのが相当である。

第4 結論

 したがって、原告の請求は、被告に対して24万円及びこれに対する令和2年7月24日から支払済みまで年3%の割合の金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

民事第29部

【解説】

 本件は、被告が原告写真1及び2(写真の著作物)をトリミングして被告写真1及び2をそれぞれ作成し、原告の氏名を表示することなく、ツイッター及びインスタグラムに投稿したことにより、原告写真1及び2に係る原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)が侵害されたと判断された事案である。

 著作者人格権は、著作により著作者が取得する一身専属的かつ譲渡不可能な権利(著作権法(以下「法」という。)59条)であり、公表権(法18条1項)、氏名公表権(法19条1項)、同一性保持権(法20条1項)と名誉声望を害する利用を著作者人格権とみなす規定(法113条11項)に分類される。著作者が創作者として作品に対して有する名誉権等の人格的利益を保護対象とするものであり、その侵害行為によって生ずる損害は財産以外の損害(民法710条)となる。

 本件においては、裁判所は、原告写真1及び2については、前提事実として著作物性を認めている。同一性保持権については、被告が原告写真1及び2の上下左右をトリミングしたことにより、(著作物としての)創作性が認められる構図という表現部分に実質的な改変が加えられたため、同一性保持権が侵害されたとの判断がされている。また、被告がインスタグラムに掲載するために原告写真1及び2をトリミングすることについて正当な理由を基礎付ける事実は認められないから、同一性保持権が及ばない「やむを得ないと認められる改変」(法20条2項4号)に該当しないと判断されている。氏名表示権については、原告写真1及び2に原告のウォーターマーク(透かし)の表示がなく、原告の氏名が記載されていなかったからといって、原告が自身の氏名を著作者名として表示しない意思を有していたということはできないため、被告が原告の氏名を表示することなくツイッター及びインスタグラムに被告写真1及び2を投稿した行為は、氏名表示権の侵害であると判断された。これらの判断は、妥当であると考えられる。

 原告が、通常の著作権侵害(本件では複製権・翻案権及び公衆送信権の侵害が考えられる。)ではなく、著作者人格権の侵害を主張した経緯は不明であるが、著作者人格権の侵害は法114条(損害額の推定規定)の対象でないため、損害額(慰謝料の金額)は、諸般の事情を考慮して、裁判所が裁量により定めている。本件においては、改変の程度、侵害期間の長さ、権利侵害の態様などが考慮要素とされている。

 本件は、比較的単純な事案であるが、著作者人格権の侵害が判断されている事案として、紹介させていただいた。

以上

弁護士 石橋茂