【令和4年8月30日判決(東京地裁 令和3年(ワ)第2722号)】

【判旨】

 本件商標に係る差止請求等が、権利濫用に当たるとして、請求が認められなかった事例。

【キーワード】

商標、権利濫用、民法第1条第3項

【事案の概要】

 以下、証拠番号等を適宜削除するとともに、権利濫用についての判断に係る部分について、抜粋する。なお、下線は、筆者が付した。
⑴ 当事者等
ア 原告は、「造園外構工事の設計施行請負及び資材の販売、墓石・石材工事の設計施行請負、霊園・石材・墓石等の販売、一般土木工事の設計施行請負、飲食店の経営、葬祭業及び墓石管理業務」等を目的とする株式会社である。
イ 被告は、石材工事、墓地工事、墓寺休憩所の経営等を目的とする有限会社である。
ウ 原告代表者であるA(昭和25年生まれ、以下「a」という。)及び被告代表者であるB(昭和43年生まれ、以下「b」という。)は、いずれもC(以下「c」という。)の孫であり、aは、cの長男であるD(以下「d」という。)の子であり、bは、cの三男であるE(以下「e」という。)の子である。
⑵ 本件各商標権等
原告は、次の本件各商標権等を有する。
ア 本件商標権1
登録番号 商標登録第4093956号
出願年月日 平成8年5月28日
登録年月日 平成9年12月19日
登録商標 別紙本件商標等目録記載1のとおり(以下「本件商標1」という。)

(筆者が抜粋した。以下同じ。)
商品及び役務の区分 第37類
指定役務 建築一式工事、しゅんせつ工事、土木一式工事、舗装工事、石工事、墓石工事、ガラス工事、鋼構造工事、左官工事、大工工事、タイル・れんが又はブロック工事、建具工事、鉄筋工事、塗装工事、とび・土工又はコンクリート工事、内装仕上工事、板金工事、防水工事、屋根工事、管工事、機械器具設置工事、さく井工事、電気工事、電気通信工
事、熱絶縁工事
イ 原告商標権
登録番号 商標登録第4157372号
出願年月日 平成8年5月28日
登録年月日 平成10年6月19日
登録商標 別紙本件商標等目録記載4のとおり(以下「原告商標」という。)

商品及び役務の区分 第42類
指定役務 飲食物の提供、葬儀の執行、墓地又は納骨堂の提供
ウ 本件商標権2
登録番号 商標登録第5041731号
出願年月日 平成18年3月17日
登録年月日 平成19年4月20日
登録商標 別紙本件商標等目録記載2のとおり(標準文字)(以下「本件商標2」という。)

商品及び役務の区分 第3類
指定商品 線香
商品及び役務の区分 第31類
指定商品 生花
商品及び役務の区分 第37類
指定役務 建築一式工事、しゅんせつ工事、土木一式工事、舗装工事、石工事、墓石の設置工事、造園工事、ガラス工事、鋼構造物工事、左官工事、大工工事、タイル・れんが又はブロック工事、建具工事、鉄筋工事、塗装工事、とび・土工又はコンクリート工事、内装仕上工事、板金工事、屋根工事、管工 事、機械器具設置工事、さく井工事、電気工事、熱絶縁工事
商品及び役務の区分 第45類
指定役務 葬儀並びに法事のための施設の提供、墓地管理
エ 本件商標権3
登録番号 商標登録第5041732号
出願年月日 平成18年3月17日
登録年月日 平成19年4月20日
登録商標 別紙本件商標等目録記載3のとおり(標準文字)(以下「本件商標3」という。)

商品及び役務の区分 第3類
指定商品 線香
商品及び役務の区分 第31類
指定商品 生花
商品及び役務の区分 第37類
指定役務 建築一式工事、しゅんせつ工事、土木一式工事、舗装工事、石工事、墓石の設置工事、造園工事、ガラス工事、鋼構造物工事、左官工事、大工工事、タイル・れんが又はブロック工事、建具工事、鉄筋工事、塗装工事、とび・土工又はコンクリート工事、内装仕上工事、板金工事、屋根工事、管工事、機械器具設置工事、さく井工事、電気工事、熱絶縁工事
商品及び役務の区分 第45類
指定役務 葬儀並びに法事のための施設の提供、墓地管理
⑶ 被告による各被告標章の使用等
被告は、肩書地所在の店舗(以下「被告店舗」という。)において、都立多磨霊園(以下「多磨霊園」という。)に墓を有する者を取引者、需要者として、店頭での取引を基本として営業している。
被告は、平成15年12月末頃から、被告店舗の庇に被告標章1(被告標章に関しては、判決文より省略されている。以下同じ。)を、看板に被告標章2、3をそれぞれ付して、同庇及び同看板を展示している。
被告は、被告の名刺に社名の上に被告標章4を付して頒布している。
また、被告は、遅くとも令和2年7月9日以降、「iタウンページ」という広告用の本件ウェブサイトに被告標章5-1、5-2を付して電磁的方法により提供しており、被告標章5-4から5-6に相当する表示を同ウェブサイトにしている。

【争点】

本件商標に基づく請求が権利濫用に該当するか否か。

【判旨抜粋】

⑴ア 被告は、多磨霊園の近隣において、その前身である山田石材店の時代に、「マルチュウ」との称呼が生じ「丸忠」とも表記され得る漢字の「忠」を丸で囲んだもの、「つなぎ舘」等を、「C」の氏名とともに使用していたことに始まり、その後、長年にわたり、継続して、漢字の「忠」を丸で囲んだもの、又は、これと、「山田石材店」、「山田」、「つなぎ館」、「つなぎや」などの表示を組み合わせたものを、墓石の販売、設置等その業務について使用してきた。そして、被告店舗において被告標章1、漢字の「忠」を丸で囲んだものと、「山田石材店」、「山田」などの文字列との組合せから成る被告標章2、3を使用し、平成17年に現在の商号である「有限会社つぎ館丸忠山田石材店」に商号変更するなど、各被告標章を使用した。
イ 山田石材店は、cによって創業され、c及びその子らによって運営されていたところ、被告は、昭和39年に、cの子らが出資者及び役員となって設立されて山田石材店の業務を引き継ぎ、その後、cの孫であるbが代表取締役となって現在に至っており、山田石材店として創業以来、c及びその子孫によって運営されてきた。
ウ 原告は、昭和57年、cの孫であり、被告の代表取締役であったdの子であるaによって、商号を「丸忠造建株式会社」、目的を「造園外構工事の設計施行請負」等として設立され、主に造園建設業を営んでいた。aは、dの死後、相続により被告の持分を取得し、平成7年頃に被告を解散して新たな組織により石材店を営むことを企図したことがあったが、他の者の反対によりこれを断念した。
原告は、平成8年に本件商標1及び原告商標を商標登録出願した。原告は、平成17年に、a外が被告から明渡しを受けた土地上に原告店舗を構えた頃から、墓石、石材の販売、墓の修理、生花の販売、法事、会席の場所提供などを行うようになった。原告は、平成18年に本件商標2、3を商標登録出願し、数年が経過した後の平成22年に現在の商号である「株式会社丸忠山田」に商号変更した。
原告が、本件各商標及び原告商標を商標登録出願した当時、これらの商標を各指定商品又は各指定役務について使用していたことを認めるに足りる証拠はない。
⑵ 以上のとおり、漢字の「忠」を丸で囲んだもの、又は、これと、「山田石材店」、「山田」、「つなぎ館」、「つなぎや」などの表示を組み合わせたものは、山田石材店及び被告において、長年にわたり、多磨霊園の近隣において、墓石の販売、設置等その業務について使用されてきて、被告による使用によって同所においては関係する役務等について一定の信用が蓄積されてきたものといえ、上記各表示を含む各被告標章もその中で使用されるようになったものである。被告は、山田石材店として創業以来、c及びその子孫によって運営されてきたところ、cの孫であるaは、父であるdから被告の持分を相続し、平成7年頃に、被告を解散して新たな組織により石材店を営むことを企図するなどしたことがあり、被告に関係する者といえ、また、被告の使用する標章やその使用状況を知っていたと認められる。このような状況のもとで、aが設立した原告は、従前被告の店舗が所在した土地の明渡しを受けて同所に原告店舗を構え、「c、dと続く「丸忠事業」を承継するために原告を設立した」のであるから「aすなわち原告が「丸忠ブランド」に関わる商標を商標登録出願するのは当然のことである」と主張するなどして(前記2⑻(原告の主張))、被告が、長年にわたり、「マルチュウ」との称呼が生じ「丸忠」とも表記され得る漢字の「忠」を丸で囲んだもの、「つなぎ舘」等を使用してきた中で、平成8年、上記の各標章に類似する本件商標1(漢字の「忠」を丸で囲んだもの)及び原告商標(つなぎ館/指定役務・飲食物の提供等)を商標登録出願し、被告が「有限会社つぎ館丸忠山田石材店」に商号変更した後の平成18年に、同商号に含まれる文字列である本件商標2(丸忠山田)、本件商標3(つなぎ館/指定役務・葬儀並びに法事のための施設の提供等)を商標登録出願した。


そうすると、原告の被告に対する本件各商標権に基づく各請求は、被告に関係する者であるaが設立した原告が、被告の創業者であるcから続く事業すなわち被告の事業を承継するためと主張して、被告が長年にわたり事業に使用してきたことにより一定の信用が蓄積された標章に類似する商標について商標登録出願をして(なお、原告が、当時、これらの商標を各指定商品又は各指定役務について使用していたことは認めるに足りない。)、被告に対し、被告が上記の標章の使用の一環として使用するようになった各被告標章を使用しないこと等を求めるものであって、このような被告による標章の使用の状況、原告と被告との関係、原告の商標登録出願に至る経緯等に照らせば、仮に被告が本件各商標の指定役務に類似する役務に本件各商標に類似する各被告標章を使用するものであったとしても、権利の濫用に当たると認められる
したがって、原告の被告に対する本件各商標権に基づく各請求は、権利濫用であって認められない。

【解説】

 本件は、商標権に基づく差止請求等であり、裁判所は、権利濫用(民法第1条第3項)により請求を棄却した。
 裁判所は、まず、原告及び被告並びに両者の経営者の来歴について詳細に認定した。これによると、「山田石材店」を原告及び被告の代表取締役の祖父であるcが設立し、事業を営んでいたところ、その子らが新たに被告を設立し、事業を引き継いでいた中、被告代表者の子(cの孫)aが原告を設立したというものである。そして、裁判所は、原告の本件各商標の出願経緯等を認定している。
 その上で、裁判所は、「原告の被告に対する本件各商標権に基づく各請求は、被告に関係する者であるaが設立した原告が、被告の創業者であるcから続く事業すなわち被告の事業を承継するためと主張して、被告が長年にわたり事業に使用してきたことにより一定の信用が蓄積された標章に類似する商標について商標登録出願をして(なお、原告が、当時、これらの商標を各指定商品又は各指定役務について使用していたことは認めるに足りない。)、被告に対し、被告が上記の標章の使用の一環として使用するようになった各被告標章を使用しないこと等を求めるものであって、このような被告による標章の使用の状況、原告と被告との関係、原告の商標登録出願に至る経緯等に照らせば、仮に被告が本件各商標の指定役務に類似する役務に本件各商標に類似する各被告標章を使用するものであったとしても、権利の濫用に当たると認められる」と判断した。
 本件は、いわゆる同族企業間の争いであり、空手に係る運営団体の各裁判例において示されているように、同族企業の一方から他方に対する権利行使は、極めて認められにくい。
 本件は、権利濫用の事例判決ではあるが、同族企業間の権利行使について参考になると思われる。

以上
弁護士 宅間仁志