【令和4年9月16日判決(東京地裁 令和3年(ワ)第27536号 国内・国際特許を取れなくされた職務発明における相当の対価請求事件)】

【要約】
 被告の元従業員である原告が自ら特許を出願し、設定登録を受けた。しかし、別訴において、同特許に係る発明は職務発明であり、特許を受ける権利は、発明された時に被告に承継されたものと認められた(特許は、冒認出願されたことによる無効理由を有する。)。そこで、原告は、同発明が職務発明であることを前提として、被告が法定通常実施権を超えた超過利益を得たと主張して相当の対価を請求した。超過利益は認められず、請求棄却。  
【キーワード】
 職務発明、法定通常実施権、超過利益、相当の対価

1 事案

 原告は、被告に吸収合併される前の株式会社日鐵テクノリサーチ(以下「テクノリサーチ」)に勤務していた。原告は、被告の従業者であった平成20年末頃、本件特許に係る発明(「本件発明」)をし、平成27年4月17日、本件特許を出願し、同年10月23日、本件特許権の設定登録を受けた。

 被告及び被告の親会社である日本製鉄株式会社(「日本製鉄」)は、本件特許に特許異議を申し立て、取消理由通知、原告による特許請求の範囲の訂正を経て特許維持の決定(訂正により削除された請求項については却下)がなされた。

 原告は、平成30年10月頃、別の特許(発明を「別件発明」という。)に係る訴訟を提起した(詳細は割愛するが、特許権者は日本製鉄であり、原告は、本件特許権の侵害及びテクノリサーチが別件発明を日本製鉄に譲渡したことなどを理由として、日本製鉄及び被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した。)。別件発明に係る訴訟の控訴審判決において、本件発明は原告の職務発明に当たるものであり、その発明された平成20年11月頃に原告からテクノリサーチに承継されたと認められるから、本件特許には、特許法123条1項6号に規定する無効理由(冒認出願)があるとされた。

 そこで、原告は、上記控訴審判決を踏まえ、本件発明が原告による職務発明であることを前提として、本件訴訟を提起した。

 原告は、本件訴訟において、概ね以下の理由を主張した。

・被告は、本件発明に係る船舶の両舷ドラフト差測定装置(以下「被告装置」)を使用している。

・被告は、被告装置を使用するたび、ボートチャーター料金の削減により1年当たり688万円の利益を受けている。

・被告の本件発明に対する貢献度は10%を上回らない(原告の貢献度は少なくとも90%ある。)

・本件発明の実施料率は8.6%が相当である。

・被告には、通常実施権を超えた利益が生じている。

・上記ボート料金の削減による利益は、通常実施権を超える利益である。

これに対し、被告は、以下のように主張した。

・被告には、法定の通常実施権(特許法35条1項)を超えた独占的利益などは一切生じていない。

・被告は、検査会社に被告装置を無償貸与しているが、ライセンス料などは受け取っておらず、ライセンス料分に係る減額なども受けていない。

・そもそも、本件発明については、形式的には原告所有に係る特許権の外形が存在する状態が継続していたから、被告が本件発明のライセンス料を取得していないのは当然である。

・したがって、被告には法定通常実施権の範囲を超えるような、いわゆる独占的利益は生じていないから、相当の対価請求権は存在しない。

2 判決

 本判決は、職務発明について使用者等が発明者から権利を承継していない場合における法定通常実施権と「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」(平成27年改正前の特許法35条5項)との関係については、従来の裁判例と同様に以下のように述べた(下線は筆者が追加)。

 使用者等は、職務発明について特許を受ける権利又は特許権を承継することがなくとも当該発明について通常実施権を有すること(特許法35条1項)に鑑みれば、特許法35条に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は、使用者等が当該特許発明を実施することによって得られる利益の全てをいうものではなく、通常実施権を超えた部分、すなわち第三者に対する実施許諾による実施料収入等の利益又は独占的実施の利益をいうものと解される。具体的には、①特許権者が自らは実施せず、当該特許発明の実施を他社に許諾し、これにより実施料収入を得ている場合における当該実施料収入がこれに該当し、また、②特許権者が他社に実施許諾をせずに当該特許発明を独占的に実施している場合(自己実施の場合)における、他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が上げた利益、すなわち、他社に対する禁止権の効果として、他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比較してこれを上回る売上高を得たことに基づく利益(法定通常実施権による減額後のもの。以下「超過利益」という。)が、これに該当するものである。

 そして、本判決は、上記①に関し、被告が被告装置を他社に無償貸与しているものの、これにより実施料収入を得ているとはいえないため、実施料収入を得ていない、上記②に関し、他社に本件発明の実施を禁止した事実及び禁止した結果他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比較してこれを上回る売上高を得たものと認めることはできないとして、超過利益を得ていないと認定した。

 また、原告の「被告装置は、被告の港に限って使用が認められており、被告だけが排他的に独占している実態があるから、通常実施権を超える利益が生じており、また、被告にはボート料金の削減という利益が生じている」との主張に対し、本判決は、「そもそも、前記前提事実によれば、本件特許権は、原告が冒認出願したため原告を特許権者として設定登録されているのであるから、被告が本件特許権に基づき第三者に対し権利行使をする余地はなかったとみるのが自然である。」として通常実施権を超える利益はないとした。

3 検討

 本件特許は、原告が被告に在職中になした発明を自ら出願したものであり、別訴の判決で冒認出願であったことと認定された。この点において、本件は、職務発明訴訟として珍しい事実経過を辿っている。

 被告が実施料収入を得ておらず、他社に対する実施の禁止もしていない(したがって、禁止による売上高の増加もない。)という事実認定に加え、原告による冒認出願により原告が特許権者として設定登録されていることからも被告が第三者に権利行使をする余地がなかったと判断している点が上記に対応している。被告及びテクノリサーチの職務発明取扱規程の内容並びに原告が職務発明を自ら出願した理由は明らかでないが、少なくとも、原告が特許権者である以上、第三者が発明を実施していれば自ら権利行使ができるのであって、被告が権利行使をするという関係にはないのであるから、被告が超過利益を得たと認定されるのは相当難しいであろう。

 そもそも、特許法の条文(当時の35条3項)上、「相当の対価」の支払請求権が発生するのは、使用者等に権利が承継された場合又は専用実施権(若しくは仮専用実施権)が設定された場合である。これは、使用者等が特許権を行使(又は取得して行使)しようとすればできることを想定したものであり、本件のように使用者等(被告)が特許権を行使することができない場合には、「相当の対価」の支払請求権を認定できるケースは極めて例外的な事例に限られるだろう。上記の点は、現行法の「相当の利益」についても同様であると考えられる。

以上
弁護士 後藤直之