【令和4年8月30日(東京地裁 令和3年(ワ)第13905号)】

キーワード:債務不存在確認、後発医薬品、確認の利益

1 事案の概要

 本件は、債務不存在確認訴訟である。
 本件は、原告である後発医薬品メーカーが、後発医薬品の製造販売承認を受ける前に、被告である先発医薬品メーカーが保有する用途特許について当該特許権に基づく差止請求権・損害賠償請求権の不存在の確認を求めた意見である。原告は、厚労省の通知等によって、先発医薬品メーカーとの特許紛争の可能性があると、事実上、後発医薬品の製造販売承認を受けることができないことなどを理由に、確認の利益があると主張した。

2 関連する通知等

 平成21年6月5日医政経発第0605001号、薬食審査発第0605014号各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局経済課長及び厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」(以下「二課長通知」という。)は、医療用後発医薬品の承認審査に係る特許情報について、医薬品の安定供給を図る観点から、承認審査の中で、先発医薬品と後発医薬品との特許抵触の有無について確認を行っているところ、①後発医薬品の承認審査に当たっては、㋐先発医薬品の有効成分に特許が存在することによって、当該有効成分の製造そのものができない場合には、後発医薬品を承認しないこと、㋑先発医薬品の一部の効用量(以下、効能・効果、用法・用量について、能・効果、用法・「効能・効果等」ということがある。)に特許が存在し、その他の効能・効果等を標ぼうする医薬品の製造が可能である場合については、後発医薬品を承認できることとするが、特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であるので、後発医薬品の申請者は事前に十分確認を行うこと等とすること、②後発医薬品の薬価基準収載に当たり、特許に関する懸念がある品目については、従来、平成21年1月15日付け医政経発第0115001号により、事前に当事者間で調整を行い、安定供給が可能と思われる品目につい収載手続をとるよう求めているとおりとすることとしたとする。
 令和3年2月16日医政経発0216第4号日本製薬団体連合会会長あて厚生労働省医政局経済課長通知「後発医薬品の薬価基準への収載等について」は、後発医薬品の薬価基準への収載については、「特許係争は後発医薬品の安定供給を図る上で問題となることが予想されることから、特許係争のおそれがあると思われる品目の収載を希望する場合は、事前に特許権者である先発医薬品製造販売業者と調整を行い、将来も含めて医薬品の安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続をとること。また、既収載品について特許係争により、安定供給に支障が生じるおそれがあると思われる品目がある場合は、医政局経済課宛てに報告すること。なお、必要に応じて安定供給が可能であることを客観的に証明できる資料[特許権者(先発医薬品製造販売業者)の同意書等]の提出を求めることがあること。」等の方針等の留意事項について一層の指導の徹底を図ることとして、実施するとした。

3 争点

①被告特許権者に対する現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
②被告らに対する現在の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
③被告特許権者に対する将来の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
④被告らに対する将来の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
⑤被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に訴えの利益があるか。

4 裁判所の判断

「第3 当裁判所の判断

1 争点①(被告エーザイRDに対する現在の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)、及び、争点②(被告らに対する現在の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について
確認の利益は、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最判昭和47年11月9日民集26巻9号1513頁参照)。
⑵ 本件において、原告は、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」等とする「抗悪性腫瘍剤ハラヴェン静注1mg<エリブリンメシル酸塩製剤>」である被告医薬品の後発医薬品として、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」とする「エリブリンメシル酸塩静注1mg「ニプロ」」という販売名の原告医薬品(別紙物件目録)の製造販売についての承認の申請をし、現在、原告医薬品の製造販売を予定して、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を行っている(前記第2の1⑸ア、ウ)。もっとも、二課長通知等は、後発医薬品(既に製造販売についての承認を与えられている医薬品と有効成分、分量、用法、用量、効能、効果等が同一性を有すると認められる医薬品)の製造販売について、先発医薬品の有効成分に特許が存在する場合や先発医薬品の一部の効能・効果等に特許が存在する場合に、厚生労働大臣の承認はしない方針であるとし(前記第2の2⑷ウ)、また、後発医薬品の薬価基準への収載についても、特許係争のおそれがあると思われる品目の収載を希望する場合は、事前に特許権者である先発医薬品製造販売業者と調整を行い、将来も含めて医薬品の安定供給が可能と思われる品目についてのみ収載手続をとる方針であるとしている(同エ)。また、被告エーザイRDが特許権者である本件各特許が存在する。本件各特許権を有する。原告は、これらによれば、本件において、被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品の製造販売について厚生労働大臣の承認がされることはないと主張する(前記第2の2⑴(原告の主張))。これらの状況と本件各証拠によっては、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、更に原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いことを認めるには足りない。原告が、医薬品医療機器等法等の定め等(同1⑴、⑷ア、イ、カ)を前提として医薬品等の製造、販売等を目的とする会社であり、上記法規等の定めに則った事業活動をすると推認されることなどを考慮すると、近い将来において、原告が、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を除き、原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない。
 ⑶ 被告らは、原告が現に行っている製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造については、本件各特許権に基づく主張をしておらず、今後、本件各特許権に基づく主張をする意思もないとし、現在、本件各特許権は侵害されていないから、被告らに損害は生じていないと主張する(前記第2の2⑴(被告エーザイRDの主張)、同⑵(被告らの主張))。
 したがって、承認の申請等のための原告医薬品の製造に関して、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。
・・・
 被告らは、令和3年5月に、原告から原告医薬品の製造販売について本件各特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨の通知を受け、原告に対し本件各特許権を行使する可能性がある旨の本件回答をした(前記第2の1⑸ア)。もっとも、原告と被告らの間にはそれ以前に何らのやり取りもなく、被告らにおいて、原告が原告医薬品の製造販売をした場合に本件各特許権に基づく権利行使をしないと直ちに確約することはできなかったことから、上記のような回答をしたものと認められ(乙3)、本件回答をもって、被告らが、現在の本件各特許権による差止請求権や不法行為による損害賠償請求権の不存在を争っているとは認められない
・・・
 これらのことを考慮すると、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。 なお、仮に、二課長通知等によれば本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、そのことによって、原告と被告らとの間に前記各請求権の存否に係る法律上の紛争が存在することになるものとは解されない
⑸ 以上によれば、原告の被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求及び被告らに対する本件各特許権の侵害を理由とする現在の損害賠償請求権の不存在確認請求について、現に、原告の法律的地位に危険又は不安が存在するとは認められず、これらの各訴えに、即時確定の利益があるとは認められない。

3 争点③(被告エーザイRDに対する将来の差止請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)及び争点④(被告らに対する将来の損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。)について
 将来の法律関係は、法律関係としては現存せずしたがってこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであって、仮にある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起こり得る可能性があるような場合においても、このような争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる(最高裁昭和30年(オ)第95号同31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)
 本件において、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いとは認められず、ひいては、原告が原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない(前記2)。近い将来において、原告と被告らとの間に、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて法律上の紛争が発生することは何ら確実ではなく、現時点において、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない。 したがって、原告の被告らに対する、将来において原告医薬品が薬価基準に収載された場合に、被告エーザイRDが原告に対し本件各特許権による差止請求権を有しないこと、被告らが原告に対し本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものというべきである。」

5 コメント

 原告である後発医薬品メーカーは、「二課長通知に基づく運用は、法的に根拠を有するものではないものの行政庁における事実上の規範であって、実際にはこれ以外の取扱いは認められておらず、この運用によれば被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品の製造販売は承認されることはない。しかし、この運用は特許権すなわち差止請求権や損害賠償請求権の存在を理由とするものであるから、原告は、本件各特許権の存在により原告医薬品について承認、薬価基準収載されない危険を被っていることになる。また、被告らは、原告医薬品が承認され製造販売された場合には権利行使をする旨の意思を明らかにしている。したがって、被告エーザイRDに発生し得る差止請求権の存在が原告の法的利益を害している、すなわち被告エーザイRDは二課長通知に基づく運用を利用して原告に対して差止請求権を行使しているに等しいから、原告の権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているといえる。」と主張したが、訴えの利益は認められなかった。裁判所は、むしろ、二課長通知等によって、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、更に原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いことを認めるには足りないとし、本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りないと判断した。

                                        以上

弁護士・弁理士 篠田淳郎