【令和4年3月24日判決(大阪地判 平成29年(ワ)第7391号、平成31年(ワ)第3587号)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

 本件は、被告会社の従業員であった原告が、被告会社に対し、被告在職中に職務発明及び職務創作意匠をなしたとして、特許法35条3項及び意匠法15条3項の準用する特許法35条3項に基づき、相当の対価の未払分の一部として6100万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。

 本件の対価請求は、一部、平成16年法律第79号による改正(以下「平成16年改正」という。)特許法に基づくものが含まれており、原告は、被告会社において職務発明規程を策定するにあたっての従業者との「協議の状況」等(同法35条4項。平成27年改正特許法35条5項)から、同規程に基づく対価支払が不合理であると主張した。

 本稿では、上記原告主張に係る裁判所の認定判断部分についてのみ紹介する。

2 判示内容(判決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)

⑴ 原告の主張

  裁判所ウェブサイト(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/182/091182_hanrei.pdf)に掲載されている判文は、被告会社が実施した「協議の状況」等の大部分が省略されており、具体的にはどのような「協議」等が行われたかは不明である。公開されている内容によれば、原告は、大要、以下の事項を指摘して不合理性を主張した。

①協議の状況について

・被告規程の策定は被告本社知財部門によって一方的に行われたものであり、少なくとも原告は策定の協議に全く関与していない。

・原告に対する相当対価の不払いが長年放置されていた事実は、使用者等と従業者等との間で十分な協議がなされておらず、従業者等に対して対価決定のための基準が満足に周知されていなかったことを強く推認させる。

②基準の開示の状況

・十分な説明文などが足りないため、従業員は、自ら具体的な対価を算定することができない。

③意見聴取の状況

・被告は、原告が相当の対価の不払及び不足を申し出た後、十分に意見を聴取せず、十分に説明しないまま、遅延損害金の支払を拒絶するなど、原告に対する説明を放棄している。また、被告の発明相談委員会等の応答は、著しく誠実さを欠き、合理的な手続を経たとは評価できない。そのため、原告と被告の間の対立点は全く解消されていない。

・原告からの異議申立てに対して中立の専門機関等での評議がされておらず、手続的担保が不十分である。

④その他の手続的事情

・対価を支払わなかったのであるから、被告規程による対価の支払は不合理である。

⑵ 被告会社の反論

 上記の原告主張に対し、被告会社は、特許法35条4項が適用されるのは、「その定めたところにより対価を支払うこと」が「不合理と認められる」場合であり、協議の結果発明者である従業員等と使用者等との間の対立点が解消されなかったこと、発明の評価に齟齬が生じていることは、不合理性を基礎付ける事実とならない旨反論した。

⑶ 裁判所の認定判断

 大阪地裁は、以下のように認定判断し、被告会社の職務発明規程に基づく対価支払が不合理ではないとした。不合理性の検討に当たっては、特許法35条5項が掲げる「協議の状況」「基準の開示の状況」「意見の聴取の状況」の各要素について、それぞれ不合理なものかどうかを

① 協議の状況について

 大阪地裁は、認定した事実に基づき、被告会社において、協議の状況に不合理な点は認められないと判断した。 

 さらに、原告が自らが「協議に関与していない」と主張することについては、「使用者等と従業員等との協議として、個々の従業員が規程内容の作成に個別的ないし直接的に関与する手続を担保することまでが求められているとは解されない」とした。

 (ア) 協議の状況  前記(2)のとおり、被告は、●(省略)●従業員側の意見を聴取する機会も十分に設け、これに対応した行動を取ったものといってよい。  したがって、●(省略)●原告を含む従業者と被告との間で行われた協議の状況に不合理な点は認められない。  これに対し、原告は、被告規程が知財部門により一方的に定められ、少なくとも原告が協議に関与していないなどと主張する。しかし、上記のとおり、●(省略)●の過程において、被告の従業員に対する説明及び従業員からの意見聴取は十分に行われたものと見られることに鑑みると、被告規程●(省略)●が知財部門により一方的に定められたとの評価は当たらない。また、原告も●(省略)●質問等の機会を現に与えられていたことから、原告が協議に関与していないということもできない。そもそも、使用者等と従業員等との協議として、個々の従業員が規程内容の作成に個別的ないし直接的に関与する手続を担保することまでが求められているとは解されない。その他原告が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する原告の主張は採用できない。

②基準の開示の状況

 大阪地裁は、認定した事実に基づき、被告会社において、基準の開示の状況に不合理な点は認められないと判断した。

 さらに、原告が「開示された基準では従業員が自ら実績補償金を算定で」きないと主張することについては、規程自体は開示されていることに加え、実際の実績補償金の算定過程についても一定程度理解可能であること等を示して、原告の主張は採用できないとした。

 (イ) 開示の状況  前記(2)及び(3)のとおり、被告は、●(省略)●  以上のような状況を踏まえれば、●(省略)●被告規程の基準の開示の状況に不合理な点は認められない。  これに対し、原告は、開示された基準では従業員が自ら実績補償金を算定できず、また、●(省略)●労力を要するため、開示の状況は不合理であるなどと主張する。    
 しかし、被告において被告規程に係る基準が開示されていることに争いはない。その上、被告では、●(省略)●が開示されていたのであるから、従業員は、これと被告規程を照合すれば、実際の実績補償金の算定過程についても一定程度理解可能であったとうかがわれる。それ以上に、●(省略)●についてまで、基準として開示しないことをもって不合理とはいえない。   
 また、●(省略)●基準の開示として不合理とすべきほどに特段の労力を要すると見るべき具体的な事情も見当たらない。  
 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

③意見聴取の状況

 上記①②に加えて、大阪地裁は、意見聴取の状況についても、原告と被告会社との間の意見等の相違は解消されなかったものの、意見聴取の状況という観点からは、被告会社の対応に不合理性はない旨判断した。

 また、原告が述べる意見聴取の不十分性に関しては、職務発明規程の解釈や発明に対する評価に関する不満を述べるものであって、意見聴取の「手続」自体に対する不合理性を基礎づけるものではないとした。

 (ウ) 意見聴取の状況  
 ●(省略)●最終的に、原告と被告との間で意見等の相違は解消されなかったと見られるものの、原告からの意見聴取の状況という観点からは、被告による原告からの意見聴取は実質的に尽くされたといってよい状況にあり、被告の一連の対応につき不合理ないし不誠実と評価すべきものはないというべきである。  
 これに対し、原告は、十分な意見聴取や説明がなされなかったとして縷々主張する。しかし、その内容は、被告細則の解釈や発明に対する評価の程度に対する不満を述べるものであって、被告における原告からの意見聴取の手続自体が不合理であることを基礎付けるものではない。  
 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

 以上のとおり認定判断した上で、大阪地裁は、(ⅰ)被告の職務発明規程に基づく相当対価の支払は不合理ではないこと、さらに、(ⅱ)実績補償金の算定基準の内容面及びその適用(すなわち、原告が金額の不当性を述べる部分)についても、不合理であると認められないと判断した。

 (エ) 小括
 以上によれば、●(省略)●被告規程に基づく被告の原告に対する実績補償金の支払については、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理なものとは認められない。  
 なお、原告は、●(省略)●被告規程における実績補償金の算定基準の内容面及びその適用の不合理性をも主張する。しかし、これをもって不合理とすべき具体的な事情は見当たらない上、前記認定に係る過程を経て上記基準が定められたことを踏まえると、これをもって不合理とは必ずしも認められない。この点に関する原告の主張は採用できない。

3 若干のコメント

 本事案は、平成16年改正後の職務発明規程に基づく相当対価の支払の不合理性を検討した事案である。平成27年改正前によるものであるが、本事案は平成27年改正特許法35条5項の下でも妥当するものと考えられる。不合理性の検討において、職務発明ガイドライン(特許法35条6項参照)に記載されている内容に比して特段目新しい内容はないと見受けられるが、本件と同類事案の裁判例が少ない中、実際の不合理性の判断手法について参考になるものである。

以上

弁護士 藤田達郎