【令和4年4月22日(大阪地裁 令和2年(ワ)第3297号)】

【事案の概要】

 本件は、発明の名称を「マグネットスクリーン装置」とする各特許(以下「本件各特許」という。)に係る特許権(以下「本件各特許権」という。)を有する原告が、被告が本件各特許の各特許請求の範囲請求項1記載の各発明の技術的範囲に属する被告製品を製造し、譲渡等することは本件各特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、被告製品の製造、譲渡等の差止め及び廃棄を求めるとともに、損害賠償等を求める事案である。

【キーワード】

 特許法第70条、特許発明の技術的範囲、明細書の記載、出願経過

【争点】

 本件の争点は、下記のとおりである。
 裁判所は、特許第6422800号の特許(以下「本件特許1」という。)に係る特許権(以下「本件特許権1」)の争点1について、原告の主張を認めた。しかし、争点3について原告の主張を認めず、原告は被告に対して本件特許権1を行使することができない、と判示した。
 また、裁判所は、特許第6423131号の特許(以下「本件特許2」という。)に係る特許権(以下「本件特許権2」)の争点2について、原告の主張を認めなかった。
 その結果、その余の争点について判断されることなく、原告の請求は棄却された。
 本稿では、争点2について取り上げる。
(1)被告製品が本件訂正後発明1の技術的範囲に属するか(争点1)
(2)被告製品が本件発明2の技術的範囲に属するか(争点2)
(3)本件訂正後発明1の無効理由の有無(争点3)
(4)本件発明2の無効理由の有無(争点4)
(5)損害の発生及びその額(争点5)

【本件発明2(本件特許2の特許請求の範囲請求項1に係る発明)】

2A マグネットスクリーン装置であって、
2B 開口部を有するケーシングと、該ケーシング内に回転自在に設けられたロールと、収納時に前記ロールに巻き取られ、使用時に前記ケーシングの前記開口部から巻き出されて設置面に貼り付けされるマグネットスクリーンとを備え、
2C 前記開口部の形成領域に設けられた棒部材を更に有して成り、
2D 前記ケーシングは該ケーシングの表面に磁石を備えており、前記棒部材が断面視にて該磁石と同一平面上に位置付けられており、および
2E 前記棒部材は、前記開口部の前記形成領域に位置する前記マグネットスクリーンと接触し、それによって、該マグネットスクリーンが前記設置面に接触可能と成っている、
2F マグネットスクリーン装置。

1.裁判所の判断(判決一部抜粋、下線は筆者による。)
(2) 構成要件2Dの充足性
ア 「同一平面上に位置付けられ」の意義について
 「同一」の字義は「同じであること。別物でないこと。ひとしいこと。差のないこと。」であり、「平面」の字義は「平らな表面」である(広辞苑第7版)。本件発明2に係る請求項1は、構成要件2Bにより「使用時に前記ケーシングの前記開口部から巻き出されて設置面に貼り付けされるマグネットスクリーンとを備え、」と特定され、構成要件2D及び2Eにより各構成部材の位置関係を特定しているところ、構成要件2D及び2Eは、棒部材がケーシングの表面に備えられた磁石と同一平面上にあることによって、開口部の形成領域において、棒部材がマグネットスクリーンに接触し、それによって、マグネットスクリーンが設置面と接触可能となっていること、すなわち、使用時に、開口部の形成領域において、開口部から巻き出されたマグネットスクリーンの両面が、棒部材及び設置面とそれぞれ接触可能な位置関係となっていることを示していると解するのが相当である。
イ 次に、棒部材が磁石と「同一平面上に位置付けられ」ていることの技術的意義について検討する。
 本件発明2は、マグネットスクリーン装置に関する発明であるところ、従来は、マグネットスクリーンを黒板類等の設置面に貼り付ける際に、マグネットスクリーンと設置面との間に空気が入り込むことに起因して、マグネットスクリーンの局所領域が設置面から浮いてしまう問題が生じ、プロジェクタからの映像を好適に投影できないという技術的課題があった(【0005】)。これに対し、本件発明2は、前記浮きに関する問題を解消し、マグネットスクリーンを設置面に好適に貼り付け可能なマグネットスクリーン装置を提供することを目的とするものである(【0006】、【0036】)。
 本件発明2は、浮きの発生開始ポイントであり得るケーシング20の開口部10の形成領域に、新たに棒部材60を設けることを特徴としており、かかる構成により、棒部材60は、開口部10の形成領域に位置するマグネットスクリーン50と接触可能、換言すれば、開口部10に位置するマグネットスクリーン50が、棒部材60と接触可能となる(【0039】)。これにより、マグネットスクリーン50を巻き出して黒板類等の設置面に貼り付ける際に、棒部材60によりマグネットスクリーン50が設置面側の方向とは反対の方向に向かうことを抑制し、マグネットスクリーン50と設置面との間に空気が入り込むこと、つまり、設置面からのマグネットスクリーン50の浮きを抑制することが可能となる(【0040】)。また、本件明細書2において、ケーシングが、断面視にてその表面に第1磁石81A及びその延在方向とは異なる方向に延在する第2磁石82Aを備えており、棒部材60Aが、断面視にて第1磁石81Aと略同一平面上に位置付けられていることが好ましいとされているところ(【0010】、【0048】)、かかる構成によれば、第1磁石81Aが設置面に貼り付いている状態で、第1磁石81Aと棒部材60Aとの略同一平面配置により、断面視で開口部10Cに位置するマグネットスクリーン50Aを挟み込むように棒部材60Aを設置面上に位置付けることが可能となり、これにより、棒部材60Aによって、設置面に位置するマグネットスクリーン50Aを押圧することが可能となる(【0050】)。
 これらの本件明細書2の記載内容からすると、本件発明2において、棒部材が磁石と「同一平面上に位置付けられ」ていることの技術的意義は、ケーシングの開口部の形成領域において、マグネットスクリーンは、設置面側とは反対の方向に向かい始めるところ(図1、図2、【0041】)、ケーシングの表面に備えられた磁石を設置面に貼り付けた状態において、開口部に位置するマグネットスクリーンを挟み込むように開口部の形成領域に設けられた棒部材を設置面上に位置付けることで、すなわち、断視面にて、棒部材と磁石が同一平面上に位置付けられることで、マグネットスクリーンが設置面側とは反対の方向に向かうことを抑制し、設置面からのマグネットスクリーンの浮きを抑制することにあると解される。

本件特許2の明細書の図1及び図2

ウ 本件特許2に係る出願経過
(ア) 証拠(甲17、18の1・2、乙2、36~38)及び弁論の全趣旨によれば、本件特許2に係る出願経過として次の事実が認められる。
a 本件特許2の出願当初、本件発明2に係る請求項1に該当する請求項の記載は、「マグネットスクリーン装置であって、開口部を有するケーシングと、該ケーシング内に回転自在に設けられたロールと、収納時に前記ロールに巻き取られ、使用時に前記ケーシングの前記開口部から巻き出されて設置面に貼り付けされるマグネットスクリーンとを備え、前記開口部の形成領域に設けられた棒部材を更に有して成り、前記棒部材は、前記開口部の前記形成領域に位置する前記マグネットスクリーンと接触可能と成っている、マグネットスクリーン装置。」というものであった。
b 特許庁は、平成30年6月27日付けの拒絶理由通知書(甲17)により、原告に対し、前記出願に係る発明は、乙10公報、乙11公報等で開示された発明に基づき新規性及び進歩性を欠くとの拒絶理由を通知した。
 これを受けて、原告は、手続補正書(甲18の2)において、請求項の「前記棒部材は、前記開口部の前記形成領域に位置する前記マグネットスクリーンと接触可能と成っている」との記載を「前記棒部材は、前記開口部の前記形成領域に位置する前記マグネットスクリーンと接触し、それによって、該マグネットスクリーンが前記設置面に接触可能と成っている」(構成要件2E)と補正するとともに、意見書(甲18の1)において、乙11公報には、「ガイドローラ10により映写スクリーン7の裏面側を黒板1の表面に近接させる旨は開示されていますが、ガイドローラ10により映写スクリーン7の裏面側を黒板1の表面に接触させる旨は開示されていないと思料致します。」と主張した。
c 特許庁は、平成30年8月16日付けの拒絶理由通知書(乙36)により、原告に対し、「棒部材が開口部の形成領域に位置する前記マグネットスクリーンと接触することによって、ケーシングが設定面に保持された場合を含んで常にマグネットスクリーンが前記設置面に接触可能となるか否かは、ケーシングが設置面に保持された際の棒部材と接地面に保持されたケーシング面との位置関係によって変化し得ることは当業者に明らかであるので、接地面に対するケーシングの保持面と棒部材との位置関係についての事項が不足していることは明らかである」として、前記出願に係る発明は明確性要件に違反するとの拒絶理由を通知した。
 これを受けて、原告は、手続補正書(乙38)において、請求項の「前記開口部の形成領域に設けられた棒部材を更に有して成り、」との記載の後に、「前記ケーシングは該ケーシングの表面に磁石を備えており、前記棒部材が断面視にて該磁石と同一平面上に位置付けられており、および」との記載(構成要件2D)を追加するとともに、意見書(乙37)において、「かかる補正により、新請求項1では、ケーシングの表面に供される磁石と、ケーシングの開口部に位置付けられる棒部材との位置関係が明確に規定されていると思料いたします。これにより、ケーシングの開口部に棒部材が位置付けられている場合に、マグネットスクリーンと設置面とが隙間なく接触可能となることが明確であると思料いたします。」と主張した。
(イ) 前記事実経過に照らすと、原告は、乙11公報の図2(a)(別紙「乙11公報抜粋」参照)のように、映写スクリーン7が、ガイドローラ10より図面左側では黒板1に接触しているが、ガイドローラ10の直下では黒板1の表面に近接するのみで接触していない場合を除外することを目的として補正を行い、構成要件2Eとしたのであり、また、構成要件2Dは、構成要件2Eとともに、マグネットスクリーン装置のケーシングが設置面に保持された場合における、ケーシング表面に備えられた磁石と棒部材との設置面に対する位置関係を特定する構成要件であり、当初請求項の記載に限定を加えて明らかにするもの、すなわち、少なくともマグネットスクリーン装置のケーシングが磁石によって設置面に保持された場合において、棒部材がマグネットスクリーンに接触し、棒部材の直下において、マグネットスクリーンが設置面に接触している状態となることを明らかにするものと解される。

乙11公報の図2(a)

前記ア~ウに述べた字義、本件発明2に係る請求項や本件明細書2の記載内容、本件発明2の技術的意義、出願経過に照らすと、「同一平面上に位置付けられ」とは、構成要件2Eと併せて、少なくともケーシング表面に備えられた磁石が設置面に磁着した状態において、棒部材の設置面側がマグネットスクリーンに接触し、棒部材の直下において、マグネットスクリーンが設置面に接触している状態となることを意味するものと解するのが相当である。
オ 証拠(甲13、乙35)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品は、磁石が設置面に磁着した状態において、押さえローラーの設置面側とマグネットスクリーンは接触しているものの、押さえローラーの直下において、マグネットスクリーンが設置面に接触していないことが認められる。
 したがって、被告製品の押さえローラーは、磁石と同一平面上に位置付けられているとはいえず、被告製品は、構成要件2Dを充足しない。
(3) これに対し、原告は、本件明細書2では、棒部材と設置面との間にわずかな間隙があることを予定していることなどを指摘して、「同一平面上に位置付けられ」るとは、磁石が設置面に磁着した状態において、棒部材が、完全に設置面に接するとの意味ではなく、その接触するマグネットスクリーンを抑え込むことで、その直下に存在する設置面とマグネットスクリーンを好適に接触させることが可能な位置に存することをいうと解釈するべきである旨を主張する。
 原告が指摘するとおり、本件明細書2には、「所定長さケーシング20Bを一方向に移動させた後、当該ケーシング20Bを断面視にて時計回り又は反時計回りに回転移動させる。当該回転移動により、第1磁石81Bを設置面40Bの所定箇所に貼り付け可能となる。第1磁石81Bが設置面40Bに貼り付けられると、第1磁石81Bの磁着力によりケーシング20Bを固定保持することができる。なお、本態様では、棒部材の自重を利用したものに限定されない。例えば、ケーシング20Bを一方向に移動させてマグネットスクリーンの巻き出し完了時に、ケーシング20Bを…回転移動させて設置面40Bに対して略垂直な方向に棒部材60Bを押し付けることがより好ましい。これにより、巻き出したマグネットスクリーンの端部における“浮き”をより好適に回避することができる。」(【0058】)との記載がある(【0066】にも同趣旨の記載がある。)。しかし、これらの記載は、本件発明2では、開口部の形成領域において、マグネットスクリーンは設置面側の方向と反対の方向に向かい始めることから、巻き出したマグネットスクリーンの端部における“浮き”を回避するための押圧の態様 として、棒部材の自重を利用する態様だけでなく、操作者が棒部材を設置面に押し付けることにより、“浮き”をより好適に回避する態様があることを指摘したものにすぎず、第1磁石を設置面に貼り付けた状態で、棒部材の直下においてマグネットスクリーンが設置面に接触している状態を示すものではあっても、棒部材の直下にあるマグネットスクリーンと設置面との間に間隙があることを許容するものとはいえない。
 また、本件明細書2の他の記載内容をみても、磁石が設置面に磁着した状態において、棒部材が、その直下に存在する設置面とマグネットスクリーンを好適に接触させることが可能な位置に存すれば足り、必ずしもマグネットスクリーンと設置面とが接触している必要はないと解すべき事情はうかがえない。したがって、原告の前記主張は採用できない。
(4) 以上から、被告製品は、本件発明2の技術的範囲に属さない。

2 検討
 本判決は、まず、構成要件2Dの「同一平面上に位置付けられ」の意義について、国語辞典から、「同一」、「平面」の字義を解釈した上で、特許請求の範囲の記載(構成要件2B、2D、2E)から、「使用時に、開口部の形成領域において、開口部から巻き出されたマグネットスクリーンの両面が、棒部材及び設置面とそれぞれ接触可能な位置関係となっていることを示している」と解釈した。次に、明細書の記載及び図面を参照し、「同一平面上に位置付けられ」ていることの技術的意義を解釈した。さらに、出願経過を参照し、最終的に、字義、請求項や明細書の記載内容、本件発明2の技術的意義、出願経過から、「同一平面上に位置付けられ」とは、「少なくともケーシング表面に備えられた磁石が設置面に磁着した状態において、棒部材の設置面側がマグネットスクリーンに接触し、棒部材の直下において、マグネットスクリーンが設置面に接触している状態となることを意味する」と解釈した。このような解釈は妥当であると考える。また、本判決は、字義、請求項や明細書の記載内容、発明の技術的意義、出願経過から、「同一平面上に位置付けられ」の意味を解釈しており、特許発明の技術的範囲の認定手法を理解する上で、参考になる判決である。
 なお、本件特許2の明細書には、「棒部材60Aは断面視にて第1磁石81Aと略同一平面上に位置付けられている。」(【0050】)などの記載があることから、出願時点においては、棒部材が磁石と「同一平面上に位置付けられ」た構成に限定していなかったと考えられる。しかし、特許法29条1項3号(新規性)、29条2項(進歩性)の拒絶理由を解消するために補正をした後、特許法36条6項2号(明確性)の最後の拒絶理由が通知されたため、ケーシングの保持面と棒部材との位置関係を明確にするために、「同一平面上に位置付けられ」た構成に限定する補正をせざるを得なかったものと思われる。「略」という言葉は、明細書等で用いられることも多い。本件にも妥当するかはともかく、明細書等に「略」という言葉を用いる場合には、他の言葉を用いて表現することも試みておくことにより、補正の幅が広がり、過度に限定した補正をすることを避けられる場合もあると考える。

以上

弁護士・弁理士 溝田尚