【令和4年9月15日判決(大阪地裁(平成29年(ワ)第7384号))】

【ポイント】
①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、②当該推定の覆滅した部分について、同条3項の適用の可否について判断した事案

【キーワード】
特許法102条2項
特許法102条3項
覆滅事由
発明の貢献度
競合品の存在

第1 事案

本件は、発明の名称を「マッサージ機」とする特許(本件特許)に係る特許権(本件特許権)を有する原告が被告に対し、被告が本件特許の各請求項の発明の技術的範囲に属する製品を製造、譲渡等しているとして、本件特許権に基づく損害賠償等を求めた事案である。
本事案における争点の一つとして、①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、及び②特許法102条2項及び3項の重畳適用の可否があった。以下では、当該争点について述べる。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)

(*下線等は筆者)
(イ) 推定覆滅事由
a 侵害品の性能、本件発明Ⅱ及びⅢの貢献の程度
(a) 本件発明Ⅱについて
 別紙Ⅱのとおり、本件発明Ⅱの効果は、機械式マッサージ器8による強いマッサージ動作と、空気式マッサージ具41によるソフトなマッサージ動作とが同時発現することにより、両者のマッサージ効果を同時に受けることができることにある。
本件発明Ⅱは、椅子型マッサージ機に関する発明であり、同マッサージ機を選択する需要者にとって、マッサージの機能や施療部位、方法、マッサージ機のデザイン・サイズ、価格等がマッサージ機選択の主要な動機となり得るものと認められる(乙20、21の1~3)。本件発明Ⅱは、このうちマッサージの機能や施療部位、方法に関するものではあるものの、機械式マッサージ器によるマッサージ動作と空気式マッサージ具によるマッサージ動作が同時発現する場面に限定されたものであり、現に、被告製品Ⅱについて同時発現が起こる場合についてみるに、多数のコースを選択することが可能な中で、①手動コースを設定した上で、もみ玉につき「たたき」、肩エアバッグにつき「肩エアー」を選択した場合において、●(省略)●両者が同時に動作した場合、又は、②自動コースを設定した上で、肩エアバッグの動作につき、初期設定の「パルス」から「オプション」によって「てもみ」を選択した場合において、●(省略)●使用者が、積極的に選択をするなどして同時発現を発生させるような仕様にはなっていない。
 また、被告製品Ⅱのパンフレット(甲10、24、26、32等)をみても、「肩ぐうマッサージ」などとの記載があり、肩部に空気式マッサージ具によりマッサージを行うことを訴求していることが認められるものの、機械式マッサージ器による「たたき」との同時発現が可能であることや同時発現によるマッサージ効果等を訴求する記載はない。

(b) 本件発明Ⅲについて
 別紙Ⅲのとおり、本件発明Ⅲの効果は、空気袋によって被施療者の腕部を施療することが可能となることにあり、本件特許Ⅲの出願経過において原告が提出した「早期審査に関する事情説明書」の記載内容を考慮すると、これに加え、肘を曲げ、前腕部を水平に動かすことで腕を保持部に挿入することができること、腕を保持部内に位置させた状態であっても内側に曲げることができること、腕部のマッサージを行わない場合、保持部の上に腕を載せることができることがある。
 本件発明Ⅲはマッサージ機に関する発明であるところ、前記効果は、マッサージ機を選択する需要者の主要な動機になるとは直ちにはいい難いものの、マッサージ機をより快適に使用することが可能となるものであって、マッサージ機を選択する動機の一つになるものと認められる
また、被告製品Ⅲのパンフレット(甲22、24、26、32等)をみると、腕全体に対するマッサージが可能である旨の記載があるにとどまり、前腕部を水平に動かすことで腕を保持部に挿入することができること等に関する訴求はないものの、保持部の開口が横を向いていることは外観上明らかであるから、実機やパンフレット等で被告製品Ⅲを見た需要者や試用した需要者に対して、本件発明Ⅲの効果について、限定的ではあるものの一定程度の訴求力があるものと認められる
b 市場の同一性、競合品の存在
 証拠(甲105、109の1~114)及び弁論の全趣旨によれば、原告及び被告は、家電量販店、通信販売、百貨店等に対して、原告製品及び対象被告製品を販売しており、その限りで販売ルートを共通にしていること、原告製品及び対象被告製品の一部を輸出していること、原告製品と対象被告製品の大部分は、その価格帯を共通にしていることが認められ、原告製品と対象被告製品の市場の同一性が認められる
 また、証拠(甲114、乙4~6、19)及び弁論の全趣旨によれば、平成26年及び平成28年のマッサージチェアのシェアは、1位が被告(約30%)、2位がパナソニック(約20%)であり、原告は約13%~15%を占めていること、対象被告製品の競合品として、パナソニック製の製品が多数存在することが認められる
c 侵害者の努力
 被告は、被告には長年蓄積してきたブランド力があること、競業他社にはない特別な従業員を配置するなどしていることを指摘して、これらが対象被告製品の売上げに貢献している旨を主張する。
確かに、前記bのとおり、被告はマッサージチェアのシェア第1位であるなど、ブランド力を有しているものと認められるが、一方、原告も、マッサージチェアを製造販売する老舗であり(甲115の1・2)、シェアの約13%~15%を有しているなど、ブランド力を有しているものと認められる。マッサージチェアは、比較的高額の家電製品であることから、企業のブランド力等は、需要者のマッサージ機選択の動機となり得るものではあるが、前記原告と被告の企業としてのブランド力等に照らすと、覆滅事由になり得るとしても、限定的なものにとどまるというべきである。
(省略)
(2) 特許法102条2項及び3項の適用について
ア 特許法102条2項による推定の覆滅が肯定され、これにより侵害者の利益の額により推定された特許権者等の実施利益の減少による逸失利益の額がそのまま損害として認めることができないとしても、当該部分について侵害者により無許諾で実施されたことに違いはない以上、当該部分に係る損害評価が尽くされたとはいえず、特許権者等は、侵害者から得べかりし実施料の喪失という損害の賠償を求めることができると解するのが相当である。したがって、特許法102条2項による推定が覆滅された部分について同条3項に基づく損害を請求することができると解するのが相当である。これに反する被告の主張は採用できない。

第3 検討

 令和元年に特許法102条1項が改正され、特許法102条2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分に、同条3項が重畳適用されるか否かの議論が活発化している。
本件は、当該令和元年改正後に出された裁判例である。具体的には、①特許法102条2項に基づく損害額の推定の覆滅事由の存否、②同覆滅事由により覆滅した部分について、特許法102条3項の適用の可否について判断した事案である。
 上記①の争点について、本判決は、まず、本件発明(本件発明Ⅱ)の実施が特定の場面に限定されることや本件発明(本件発明Ⅲ)の効果は需要者の主要な動機にならないこと等から、被告製品における本件発明の貢献度が限定的であることを判示し、これが覆滅事由になることを述べる。
また、本判決は、原告製品と被告製品の販売ルート及び販売価格帯等を勘案し、原告製品と被告製品は市場が同一であることを判断した上で、業界のシェア割合から被告製品の競合品が多数存在することを判示し、この覆滅事由があることを述べる。
 次に、上記②の争点については、本判決は、特許法102条2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分について同条3項の適用を認めた。具体的には、「当該部分について侵害者により無許諾で実施されたことに違いはない以上、当該部分に係る損害評価が尽くされたとはいえず、特許権者等は、侵害者から得べかりし実施料の喪失という損害の賠償を求めることができると解するのが相当である」と判示する。
 このように、特許法102条2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分について同条3項の適用を認めた理由は、「当該部分について侵害者により無許諾で実施されたことに違いはない以上」という内容であるが、この理由であれば、本判決が認めた覆滅事由(「被告製品における本件発明の貢献度」及び「競合品の存在」)以外の覆滅事由にも当てはまるものである。したがって、本判決は、特許法102条2項に基づく損害額の推定が覆滅した部分について、覆滅事由の内容によらずに同条3項を全面的に適用する見解(全面適用説)に立つものと思われる。また、大阪地裁令和4年6月9日(令和元年(ワ)9842号)判決も理由は違うが、同様の見解に立っている。
 もっとも、知財高裁の大合議判決(知財高大判令和4年10月20日・令和2年(ネ)10024号)では、覆滅事由の内容により特許法102条3項の適用の可否を判断する見解を採っている。しかし、特許権者側としては、損害額の推定が覆滅した部分について、できる限り特許法102条3項を適用したい立場であることからすれば、全面適用説を採る本判決やその他の判決のその理由は、実務上参考になる。

以上
弁護士 山崎臨在