【令和4年9月21日(東京地裁 令和4年(ネ)第10052号等)】

キーワード:進歩性

1 事案の概要

 本件は、特許権侵害訴訟の控訴審である。
 本件は、平成27年4月1日から平成28年3月31日迄の被告製品の販売分(第1事件)、平成28年4月1日から平成29年3月31日までの販売分(第2事件)、平成29年4月1日から平成30年3月31日までの販売分(第3事件)、平成30年4月1日から平成31年3月31日までの販売分(第4事件)について、不当利得返還及び損害賠償が請求された事件である。第一審は、本件特許発明がサポート要件違反であるとして、請求が棄却された。

2 本件特許発明

本件訂正発明6(訂正後の請求項6)
 次の成分(A)及び(B):
(A)ピタバスタチン又はその塩;
(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上; を含有し、かつ、
(C)水分含量が1.5~2.9質量%である固形製剤であって、かつ、錠剤であって、気密包装体に収容される固形製剤(但し、固形製剤又は成分(A)の粒子若しくは成分(A)を含む粒子がポリビニルアルコール又はセルロース誘導体をフィルム形成剤として含む材料の層でコーティングされている固形製剤、及び、アルカリ化物質を5 10 15 20 25含まない固形製剤を除く)

3 裁判所の判断

「第4 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の請求は全部理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
・・・
3 争点2-2(乙12発明2に基づく本件発明6の進歩性欠如)について
 事案に鑑み、乙12発明2に係る争点である争点2-2、争点3-2、争点43、争点5-2の順に検討する。
 (1) 乙12公報の記載 乙12公報には、次の記載がある。
・・・
(2) 乙12公報に記載された発明
 前記(1)のとおりの乙12公報の記載(実施例8)及び弁論の全趣旨によると、乙12公報には、次の発明(以下「乙12発明」という。)が記載されているものと認められる。
 (乙12発明)
 HMG-CoAレダクターゼ阻害剤であるアトルバスタチンCaと、
 ラウリル硫酸ナトリウム、Prosolv SMCC90、アルファデンプン化されたコーンスターチ、架橋カルボキシメチルセルロース、ステアリン酸マグネシウム及びタルクからなる錠剤コアに、
 カルボキシメチルセルロースナトリウム、グリセロール及び水からなる分散物でコーティングした錠剤を乾燥剤を用いたHDPEプラスチック瓶にパッケージした医薬剤形であって、 水分が2.73、1.99、1.55又は1.73%である医薬剤形。
(3) 本件発明6と乙12発明との対比
(相違点1) HMG-CoAレダクターゼ阻害剤である化合物について、本件発明6は、「ピタバスタチン又はその塩」であるのに対し、乙12発明は、「アトルバスタチンCa」である点 (4) 相違点1に係る本件発明6の構成の容易想到性
・・・
ウ 乙3公報、乙5公報、乙12公報及び本件明細書の記載によると、「アトルバスタチンCa」は、HMG-CoA還元酵素阻害活性を有するスタチン類に属する化合物であり、本件発明6の「ピタバスタチン又はその塩」と同様の薬効を有するといえる。
 また、乙3公報及び乙5公報の記載によると、「ピタバスタチン又はその塩」及び「アトルバスタチンCa」は、ともにスタチン類であり、ジヒドロキシカルボン酸骨格という共通骨格を有するところ、「ピタバスタチン又はその塩」及び「アトルバスタチンCa」については、いずれもこの共通骨格が環化することにより、HMG-CoA還元酵素阻害活性の低いラクトン体が生成され、医薬品の有効性の低下等の弊害をもたらすが、水分量を低く抑えることによって、ラクトン体の生成を抑制することができるものであり、両者は、ラクトン体の生成及びその抑制の機序においても共通するものであるといえる(なお、乙12公報には、「イタバスタチン」との記載があるが、特表2004-537553号公報(乙14)の段落【0083】等の記載及び特表2005-520818号公報(乙15)の段落【0003】の記載に加え、乙12公報(7頁22行~23行)に記載されたイタバスタチンの化学名と本件明細書(段落【0002】)に記載されたピタバスタチンカルシウムの化学名との比較も併せ考慮すると、乙12公報に記載された「イタバスタチン」は、本件発明6の「ピタバスタチン」と同義であると認められる。)。 加えて、乙12公報自体、スタチン類(HMG-CoAレダクターゼ阻害剤)の例として、「アトルバスタチン」のほか、「イタバスタチン」を挙げている。
 以上によると、HMG-CoAレダクターゼ阻害剤である化合物に関し、乙12発明の「アトルバスタチンCa」に代えて、薬効もラクトン体の生成及び抑制の機序も同じである「ピタバスタチン又はその塩」とすることは、本件出願日当時の当業者が適宜なし得たことであると認めるのが相当である。
(5) 本件発明6の効果 補正して引用する原判決第4の1(2)のとおり、本件発明6は、HMG-CoA還元酵素阻害活性の低いラクトン体の生成を抑制するとともに、崩壊性に優れるとの効果を奏するものである。
 この点に関し、乙12公報(実施例8)にも、水分含量を抑えた錠剤において本件相関関係が認められる旨の記載があるところ、本件明細書の記載(試験例1及び2)は、水分含量を2.9重量%以下とすることによって初めて本件相関関係が認められることを示すものではない。 また、本件発明6の「カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上」とは、崩壊剤(本件崩壊剤)として用いられるものを指すところ(本件明細書の段落【0008】、【0009】等)、本件崩壊剤を混合して得られた本件混合物又は本件混合物に係る固形製剤若しくは医薬品である本件混合物等(本件発明6)が崩壊性に優れることは、自明のことである。
 そうすると、本件発明6の上記各効果は、本件出願日当時の当業者が乙12発明から予測し得た範囲内のものにすぎないというべきであり、これが格別顕著なものであるということはできない。」

4 コメント

 本件は、第一審では、実施例で実証されていない構成(結晶セルロースを含まない構成)について、課題を解決できることが認識できないとして、サポート要件違反であると判断された。
 これに対して、控訴審では、第一審と結論は同じであるとしながら、事案に鑑みて、進歩性欠如について判示している。そして、控訴審では、「アトルバスタチンCa」に代えて、薬効もラクトン体の生成及び抑制の機序も同じである「ピタバスタチン又はその塩」とすることは、本件出願日当時の当業者が適宜なし得たことであると判示した。医薬品の主成分を別の物に変更するには、それなりの理由付けが要求されるように思われるが、本件では、作用機序の共通性と、ラクトン体という望ましくない副成分の生成及び抑制の機序がいずれも共通している点をその理由付けとしている。

以上
弁護士・弁理士 篠田淳郎