【令和4年9月28日(知財高裁 令和4年(行ケ)第10038号)】

【判旨】
「W.I.S.E. – CSI 300 China Tracker」の文字からなる登録商標(商標登録第5328151号)に対し、不使用取消審判(取消2021-300094)が請求されたものの、通常使用権者である楽天証券株式会社が同社のホームページ中で同商標と社会通念上同一の商標を使用していることを理由として、請求棄却となった審決の取消を求めて原告が出訴した事案。知財高裁でも、通常使用権者及び被告が、要証期間内に日本国内において、請求に係る使用役務について、本件商標と社会通念上同一の商標の使用をしていたことが証明されたとする本件審決の判断に誤りはないとして、原告の請求が棄却された。

【キーワード】
商標法第51条、不使用取消審判、社会通念上同一の商標、通常使用権者

1 事案の概要と争点

被告(被請求人)は、「ビーオーシーアイ-プルデンシャル  アセット  マネジメント  リミテッド」と称する法人であり、投資信託の販売等を行っていた。被告は、下記に掲げる登録商標を保有しており、その名称は楽天証券のHP上で販売される被告の投資信託に採用されていた。

【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】

第36類   証券投資信託受益証券の募集・売出し,投資,金融資産の管理,投資の仲介,投資用ポートフォリオの管理,財務管理,有価証券の売買,金融派生商品取引,金融・財務分析,信託の引受け,銀行業務,株式市況に関する情報の提供,投資に関する助言又は指導,金融又は財務に関する助言

被告が作成する投資信託の運用報告書には、登録商標と大文字/小文字の表記など一部が異なる商標が使用されていたが、原告は、当該報告書への使用は商標的使用に該当せず、また同報告書は商標法2条3項8号の「取引書類」に当たらないなどと主張した。

2 裁判所の判断

(1)通常使用権者による使用

まず、裁判所は、楽天証券が同社のウェブサイト及び自社メディア上で、登録商標と構成文字や称呼を共通にする、社会通念上同一の商標である「W.I.S.E.-CSI300 CHINA TRACKER」を指定役務に使用していると認定した(下記)。また、楽天証券が通常使用権者であることも、運用報告書が同社のHP上に掲載されている事実等から優に推認されるとした。

※判決文より抜粋

2 楽天証券による使用商標1の使用

⑴ 甲第3号証の1ないし3記載のウェブサイトにおける使用

ア 前記1⑴の認定事実によれば、甲第3号証の1ないし3記載の楽天証券のウェブサイトにおいて、同社が取り扱う指数連動ファンドとして「W.I.S.E.-CSI300 CHINA TRACKER」の表示、すなわち使用商標1が用いられているところ、使用商標1と本件商標とは、一部にスペースの有無やローマ字の大文字と小文字の差異があるものの、構成文字や称呼を共通にする、社会通念上同一の商標と認められる。

イ 甲第3号証の1ないし3そのものは、本件審判請求の登録後の令和3年5月19日時点におけるウェブサイト画面を印刷したものであるが、以下の理由により、要証期間内にも、同様の形態のウェブサイト画面が存在したものと推認することができる。

(ア) 本件投資信託はオンラインのみにより販売されているところ(甲10)、楽天証券の内部資料(甲8の1・2)によれば、要証期間内である平成30年10月から令和3年2月までの間、本件投資信託の取引が行われている。

(イ) 作成対象期間(計算期間)を、それぞれ平成29年、平成30年、令和元年とする本件投資信託の交付運用報告書(甲5ないし7の各2)には、運用報告書の全体版については、販売会社である楽天証券のウェブサイトで電磁的方法により提供されているとしてURLを表示しているから、同期間に、楽天証券において本件投資信託を対象とするウェブサイトが存在したことが認められる。

(ウ) 楽天証券の金融商品を取り扱うサイトでは、平成22年頃から、ウェブページ上の表示態様に大きな変更がなく、取引ページにおいて「株価」、「企業情報」(株式を投資対象とする場合)又は「ファンド情報」(投資信託を投資対象とする場合)、 「チャート」の各頁の上側に企業名やファンド名が表示される構成となっており(乙2ないし5)、このような表示態様は、甲第3号証の1ないし3記載の表示態様と同様である。

(エ) 楽天証券が運営する投資情報メディア「トウシル」のウェブサイトには、要証期間内である2019年(令和元年)3月6日付けの「『MSCI新興国株指数』の中国A株組み入れ拡大で、中国株に追い風か」と題する記事があり、現在もインターネットからアクセスすることができるが、同記事では、楽天証券が取り扱う中国本土株に連動する主なETFとして本件投資信託を紹介し、使用商標1が記載されている(乙1)。同記事内において使用商標1が使用されている部分にはリンクが埋め込まれており、同部分をクリックすると、甲第3号証の1ないし3記載のウェブサイトと同様の構成の楽天証券のウェブサイトに遷移し、顧客は同ウェブサイトから本件投資信託の取引を行うことができる仕様となっている。

(オ) 被告が楽天証券と結託して、楽天証券のウェブサイトをあえて改変して、甲第3号証の1ないし3記載のウェブサイトを急遽立ち上げ、これを印刷して書証として提出したものであることを疑わせるに足りる事情は見当たらない。

ウ 前記1⑵の認定事実によれば、使用商標2のみならず、使用商標1についても、本件投資信託(「香港籍指数連動型上場投資信託」及び「私募外国投資信託(香港ドル建)」)の名称であることは明らかであるから、使用商標1は、要証期間を含む期間において、請求に係る指定役務中、第36類「証券投資信託受益証券の募集・売出し、投資、金融資産の管理」の範ちゅうに含まれる役務に使用されていることになる。

エ 楽天証券のウェブサイトにおける使用商標1の使用が本件投資信託の販売会社としてのものであることは明らかである。前記イ()のとおり、被告の本件投資信託の交付運用報告書では、運用報告書(全体版)については、販売会社である楽天証券のウェブサイトで電磁的方法により提供されているとしてURLを表示しているのであるから、被告が、楽天証券において使用商標1をウェブサイトで使用していることを認識していることも明らかである。そうすると、被告が楽天証券に使用商標1の通常使用権を許諾していることは優に推認される。

そして、前記1⑴のとおり、楽天証券のウェブサイトでは、過去10年の本件投資信託の価格等、本件投資信託に関する重要な情報が示され、本件投資信託の売買も可能なのであるから、「役務に関する広告・・・を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」が行われていたことになる。

オ 以上によれば、本件商標の通常使用権者である楽天証券は、要証期間に日本国内において、請求に係る指定役務中、第36類「証券投資信託受益証券の募集・売出し」等に関する広告を内容とする情報に、本件商標と社会通念上同一の商標である使用商標1を付して、自社のウェブサイト上で表示し、役務に関する広告を内容とする情報に標章を付して電磁的方法(インターネット)により提供する行為(商標法2条3項8号)をしていたものと認められる。

⑵ 投資情報メディア「トウシル」における使用

前記⑴イ(エ)の認定事実によれば、楽天証券の運営する投資情報メディア「トウシル」において、使用商標1が、要証期間内に、請求に係る指定役務中、第36類「証券投資信託受益証券の募集・売出し、投資、金融資産の管理」の範ちゅうに含まれる役務に使用され、かつ、「役務に関する広告・・・を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」(商標法2条3項8号)がされていることが認められるといえるから、前記⑴の場合と同様の理由により、本件商標の通常使用権者である楽天証券は、要証期間に日本国内において、請求に係る指定役務中、第36類「証券投資信託受益証券の募集・売出し」等に関する広告を内容とする情報に、本件商標と社会通念上同一の商標である使用商標1を付して、その運営する「トウシル」で表示し、役務に関する広告を電磁的方法(インターネット)により提供する行為(商標法2条3項8号)をしていたものと認められる。

この点、原告は、楽天証券における使用が「広告」(商標法2条3項8号)に該当しないことや、要証期間内にウェブサイト画面が存在したことの証明がないこと等を理由として反論を行ったが、これらの主張は全て棄却された。

  ⑶ 原告の主張について

ア 原告は、前記第3の1⑴アのとおり、①甲第3号証の1ないし3が本件審判請求の登録後の時点におけるウェブサイト画面を印刷したものであること、②楽天証券と被告が密接な関係にあることから、楽天証券のウェブサイトが要証期間内において甲第3号証の1ないし3記載のウェブサイトのような態様で存在したとは限らない旨主張する。

しかし、要証期間内にも、同様の形態のウェブサイト画面が存在したものと推認することができること及び被告が楽天証券と結託して、楽天証券のウェブサイトをあえて改変したこと等を疑わせるに足りる事情もないことについては前記⑴イのとおりであるから、原告の主張は採用できない。

イ 原告は、前記第3の1⑴イのとおり、外国法人を一方当事者とする大企業間において、書面によらない契約が締結されることは考えられない旨主張する。

しかし、被告が販売会社である楽天証券を通じ本件投資信託を販売する場合において、楽天証券が本件商標と社会通念上同一の商標を使用することは当然に想定されることであり、これを禁止すれば本件投資信託の販売に支障を来すのであるから、個別の書面がなくても、被告による楽天証券に対する通常使用権の許諾は優に推認することができる。

ウ 原告は、前記第3の1⑴ウのとおり、楽天証券のウェブサイトは、ファンドに関する客観的なデータないし情報を提供するものにすぎず、需要者が直接にファンドの「買い」又は「売り」ができるか否かは不明であるから、「広告」には当たらない旨主張する。

しかし、楽天証券のウェブサイトに記載された価格、基準価額、組入銘柄等は、需要者である投資家にとって、本件投資信託の購入を決定する上で極めて重要な情報を提供するものである。また、前記1⑴のとおり、甲第3号証の1ないし3記載のウェブサイトにおいては、「買い」、「売り」のボタンがあって、本件投資信託の売買ができるようになっており、要証期間内にも、同様の形態のウェブサイト画面が存在したものと推認することができることについては前示のとおりであるから、需要者が直接にファンドの「買い」又は「売り」ができる形態になっていたものと認めることができる。

以上によれば、楽天証券のウェブサイトは、需要者に本件投資信託の購入に必要な情報を提供して購入を促すものであり、「広告」に当たるものと認めることができ、原告の主張は採用できない。

(2)被告(商標権者)による使用

また、裁判所は、被告が運用報告書に「W.I.S.E.-CSI300 China Tracker」の表示を行っていたことについても、登録商標と社会通念上同一の商標を指定役務について使用(「役務に関する・・・取引書類・・・を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」(商標法2条3項8号))するものであると認定した。

 3 被告による使用商標2の使用

⑴ア 前記1⑵の認定事実によれば、本件運用報告書には、「W.I.S.E.-CSI300 China Tracker」(使用商標2)の表示がされているところ、使用商標2と本件商標とは、構成文字や称呼を共通にする、社会通念上同一と認められる商標である。

イ 前記1⑵のとおり、本件投資信託は指数連動ファンドであって、「香港籍指数連動型上場投資信託」及び「私募外国投資信託(香港ドル建)」であり、また、本件運用報告書において管理会社として表示されているのは被告であるから、使用商標2は、遅くとも本件運用報告書の存在する平成29年から令和元年まで、すなわち要証期間内において、請求に係る指定役務中、第36類「証券投資信託受益証券の募集・売出し、投資、金融資産の管理」の範ちゅうに含まれる役務に、被告によって使用されていたことになるし、本件運用報告書は、販売会社である楽天証券のウェブサイトで電磁的方法により提供されているから、「役務に関する・・・取引書類・・・を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」(商標法2条3項8号)がされていたことになる。

ウ 以上によれば、被告は、要証期間に日本国内において、請求に係る指定役務中、第36類「証券投資信託受益証券の募集・売出し」等に関する取引書類を内容とする情報に、本件商標と社会通念上同一の商標である使用商標2を付し、日本国内の販売会社である楽天証券のウェブサイトを通じて電磁的方法(インターネット)により提供する行為(商標法2条3項8号)をしていたものと認められる。

原告は、前述のとおり、運用報告書が取引書類でないことや、商標的使用でないことを理由に反論を行ったが、これらの主張は全て棄却された。

  ⑵ 原告の主張について

ア 原告は、前記第3の1⑵アのとおり、使用商標2について、商標的使用がされているとはいえない旨主張する。

しかし、運用報告書規則(甲17。投資信託協会の自主規制により作成されるものである。甲16。)2条1項2号では、運用報告書(全体版)の表紙には「当該投資信託の名称」を記載するものとされており、本件運用報告書の表紙には管理会社として被告が表示され、使用商標2の右上には登録商標であることを示すⓇも表示されていることに鑑みれば、使用商標2について、被告の業務に係る役務であることを認識することができる態様の使用がされているということができるから、原告の主張は採用できない。

イ 原告は、前記第3の1⑵イのとおり、運用報告書(全体版)は、金融庁に提出されるもので、公益的な理由から法律上作成が義務付けられる書面であるから、商標法2条3項8号の「取引書類」には当たらない旨主張する。

しかし、運用報告書(全体版)は、信託財産の運用が期待どおりに行われているかについて、受益者に検討する機会を与えるためのもので、取引者である受益者を本来の対象とするものであり、金融庁長官に届け出なければならないとされるのは、その作成・交付の適正を確保するためのものである(甲16)。そして、公益的な理由から法律上作成が義務付けられる書面であっても、同時に取引に関連して作成される書類としての性質を有することはあり得るものであり、本件運用報告書は、ファンドの仕組み、ファンドの運用の経過、ファンドの経理状況等、取引上の意思決定に資する情報が記載されており、取引に関連して作成される書類としての性質を有するといえる。したがって、原告の主張は採用できない。

ウ 原告は、前記第3の1⑵ウのとおり、平成29年から令和元年の各交付運用報告書(甲5ないし7の各2)の表紙記載のリンク先において、実際に閲覧可能な状態で本件運用報告書がアップロードされていたか否か、仮にアップロードされていたとしても、本件運用報告書と同一の態様で使用商標2が表示されていたか否かは不明である旨主張するが、被告において、知れたる受益者への交付や金融庁長官への届出が義務付けられる交付運用報告書において、URLでリンク先を明示しながら、本件運用報告書をアップロードしないとか、使用商標2が表示されていない別個の態様のものをアップロードするなどという事態は想定し難く、採用できない。

4 小括

以上のとおりであって、いずれの点から見ても、通常使用権者及び被告が、要証期間内に日本国内において、請求に係る使用役務について、本件商標と社会通念上同一の商標の使用をしていたことが証明されたとする本件審決の判断に誤りはない。

3 むすび

本件は、不使用取消審判に関し、特に通常使用権者による商標の使用と取引書類における商標の使用の点について、具体的事実に基づく判断が下された事案であり、実務上参考になると思われる。

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸