【令和4年10月20日判決(知的財産高等裁判所 令和2年(ネ)第10024号】

【キーワード】

 特許法102条2項、特許法102条3項、推定覆滅部分、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていること、寄与していない部分、市場の非同一性

【事案の概要】

 本件は、発明の名称を「椅子式施療装置」とする特許第4504690号(以 下「本件特許A」といい、本件特許Aに係る特許権を「本件特許権A」という。)、 発明の名称を「椅子式マッサージ機」とする特許第5162718号(以下「本 件特許B」といい、本件特許Bに係る特許権を「本件特許権B」という。)及び 特許第4866978号(以下「本件特許C」といい、本件特許Cに係る特許 権を「本件特許権C」という。)の特許権者である控訴人が、被控訴人による別 紙物件目録記載1ないし12の各マッサージ機(以下「被告各製品」と総称し、それぞれを同目録の番号に応じて、「被告製品1」などという。)の製造、販売等が本件特許権AないしCの侵害に当たる旨主張して、被控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各製品の製造、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の一部として、15億円及び訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。なお、控訴人は、控訴審において、平成27年4月12月以前の損害に係る部分の予備的請求として、不当利得返還請求を追加する訴えの変更をしている。

【争点】

 被告製品1及び2の本件各発明Cの技術的範囲の属否、均等論、本件特許Cに係る無効の抗弁の成否など複数の争点があるが、本稿では、被控訴人が賠償又は返還すべき控訴人の損害額等のうち、推定覆滅部分に係る特許法102条3項に基づく損害額について検討する。

【裁判所の判断】

5 争点3(被控訴人が賠償又は返還すべき控訴人の損害額等)について(本件特許C関係)

⑵ 特許法102条2項に基づく損害額について

エ 推定覆滅部分に係る特許法102条3項に基づく損害額(予備的主張) について

 特許法102条3項は、特許権者は、故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができると規定し、同条5項本文(令和元年改正特許法による改正前の同条4項本文)は、同条3項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げないと規定している。そして、特許権は、 特許権者の実施許諾を得ずに、第三者が業として特許発明を実施することを禁止し、その実施を排除し得る効力を有すること(特許法68条参照)に鑑みると、特許法102条3項は、特許権者が、侵害者に対し、自ら特許発明を実施しているか否か又はその実施の能力にかかわりなく、特許発明の実施料相当額を自己が受けた損害の額の最低限度として その賠償を請求できることを規定したものであり、同項の損害額は、実施許諾の機会(ライセンスの機会。以下同じ。)の喪失による最低限度の保障としての得べかりし利益に相当するものと解される。

 一方で、特許法102条2項の侵害者の侵害行為による「利益」の額 (限界利益額)は、侵害品の価格に販売等の数量を乗じた売上高から経費を控除して算定されることに照らすと、同項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものと解される。特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。

 そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。

  そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。

(イ)これを本件についてみるに、前記ウ認定の本件推定の覆滅事由は、特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること及び市場の非同一性であり、いずれも特許権者の実施の能力を超えることを理由とするものではない。

 しかるところ、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、被控訴人による被告製品1の各仕向国への輸出があった時期において、控訴人製品1は当該仕向国への輸出があったものと認められないことから、当該仕向国のそれぞれの市場において、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるとは認められないことによるものであり(前記ウ c)、控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる

 一方で、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、その推定覆滅部分に係る輸出台数全体にわたって個々の被告製品1に対し本件各発明Cが寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。

 そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。

(ウ)a これに対し、控訴人は、特許発明が侵害品の一部のみに実施されていることを理由とする覆滅事由は、需要を形成する一要因にすぎず、侵害品に向かっていた事情が全て特許権者の製品に向かうかどうかを 判断する一要素であるから、市場の非同一性等を理由とする覆滅事由と区別する理由はないこと、覆滅事由ごとに特許法102条3項の適用の有無を区別することは、実施料率の算定が煩雑になり妥当でなく、そもそも製品の需要形成には様々な要因が複合的に絡み合っており、覆滅事由ごとに覆滅割合を認定して当該覆滅部分にライセンス機会の喪失による逸失利益が認められるか否かを認定判断することは実際上困難であることからすると、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についても、 特許法102条3項の適用を認めるべきである旨主張する。

 しかしながら、前記で説示したとおり、上記推定覆滅部分は、個々の被告製品1に対し本件各発明Cが寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものとは認められないから、控訴人の上記主張は採用することができない。

b また、被控訴人は、①特許法102条1項において、特許権者が自己実施できたと推定される部分(1号)とは別にライセンスをし得た部分(2号)とを区別し観念できるのは、同項が、侵害者の販売する 「数量」に基づいて、権利者の逸失利益に係る損害額を算定する方法を採用しているからであり、他方で、同条2項は、侵害者の「利益」 を権利者の逸失利益と推定する損害額算定方法をとっており、同項の推定が覆滅されるのは、最終計算の結果としての損害額であり、計算過程の途中数値である侵害品の数量の一部が計算の基礎から除かれるわけではなく、同項の推定を覆滅する過程において、権利者のライセンスの機会の喪失による逸失利益をも含む全ての逸失利益が評価し尽されているというべきであるから、推定覆滅部分に対して同条3項を適用することは、権利者の損害の二重評価となり、許されない、②同条1項2号が新設された令和元年改正特許法において、同条2項について実施料相当額の損害が明文において規定されなかったのは、このような趣旨によるものと解される、③仮に推定覆滅部分について同条3項の重畳適用が認められる場合が理論的にあり得るとしても、被告製品1について、「市場の非同一性」を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分につき、輸出に際して海外市場の事業者から受け取る対価は、あくまで海外市場に基づく利益であり、このような海外市場における利益まで特許法102条2項の推定が及ぶものと解し、日本国内の特許権に基づいて独占することは、特許権の保護範囲を逸脱しており、法が予定していないものであり、また、日本国の特許権に基づいて仕向国への輸出行為のみを切り取り、ライセンスする場合は現実に考え難く、ライセンスによる実施料相当額の得べかりし利益を得られなかったとは言い難いとして、本件推定の推定覆滅部分については、同条3項を適用することはできない旨主張する。

 しかしながら、①及び②については、前記(ア)で説示したとおり、特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特 許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた 実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解されるところ、特許法102条2項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、 特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものであるのに対し、同項による推定の推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、特許権者は、売上げの減少による逸失利益とは別に、実施許諾の機会の喪失による実施 料相当額の損害を受けたものと評価できるから、特許権者の損害を二 重に評価することにはならない。また、同条1項2号が新設された令和元年改正特許法において、同条2項について、同条1項2号と同様の法改正がされなかったからといって直ちに同条2項による推定の推 定覆滅部分について同条3項の適用を否定すべき理由にはならないというべきである。

次に、③については、前記(イ)のとおり、市場の非同一性を理由とする推定覆滅部分に係る輸出台数について、控訴人は本件特許権Cの実施許諾をすることができたものと認められる。

したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。

【検討】

 本判決は、特許法102条3項について、「特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。」と判断し、「特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。」と判断した。その上で、本判決は、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、実施許諾をすることができたものと認められると判断した一方、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められないと判断した。

 本件において、被控訴人は、推定の覆滅について、特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること、市場の非同一性のほかに、市場における競合品の存在、被控訴人の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、被告製品1の性能(機能、デザイン等本件各発明C以外の特徴)についても主張していた。いずれも推定覆滅事由に該当しないと判断されているため、102条3項の適否は判断されていない。仮にこれらを理由とする推定覆滅が認められる場合、本判決の判示内容に照らせば、市場における競合品の存在を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、被疑侵害者の製品が販売できていない部分であるため、特許権者が実施許諾をする前提を欠き、特許権者が実施許諾をすることができなかったといえ、被疑侵害者の営業努力及び被疑侵害者製品の性能を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者が実施許諾をすることができたといえると考えるが、今後の判断が期待されるところである。

以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順