【令和4年6月20日判決(大阪地裁 令和4年(ワ)3374号)】

◆充足論、無効理由の抗弁(新規性欠如)に関する裁判例

【キーワード】
 充足論、無効理由の抗弁、特許法123条1項2号、特許法104条の3第1項、特許法29条1項3号

1 事案の概要

 原告は、本件発明に係る特許(特許第4691307号)の特許権者である。原告は、冷蔵庫である本件製品がLEDを搭載しており、冷蔵庫のドアを開けることで当該LEDから青色光が照射されることなどから本件製品が本件発明の技術的範囲内に属するとして、脱退被告の地位を承継した参加人が本件製品の製造等する行為に対し、差止め・損害賠償などを求めた。
(なお、脱退被告は本件製品の製造販売等の事業をしていたが、参加人が当該事業に係る一切の権利義務を承継したため、脱退被告は原告の承諾のもと本訴訟から脱退した。そのため、当該参加人が承継参加人として、本訴訟を引き継いだ。)

◆本件発明の内容(特許第4691307号の請求項2に記載の発明。ただし、下記では裁判でされたのと同様に本発明の構成要件をA~Dに分節して記載した。)
 【請求項2】
A ショウロ菌、マツタケ菌、アブラナ炭疽病菌、ウリ炭疽病菌、枯草菌および黄色ブドウ状球菌のいずれかの微生物を、
B およそ400nmから490nmまでの光波長領域にある光の照射下で培養して、
C この微生物の生長を抑制させる
D ことを特徴とする微生物の生長制御方法。

◆争点(裁判所が実際に判断した争点)
 (1)充足論:本件製品は本件発明の技術的範囲に属するか
 (2)無効論:本件発明は新規性欠如の無効理由があるか
   ⇒ 充足論は否定され、無効論は肯定(無効理由の存在を認定)された。

2 裁判所の判断

第4  判断
 1  本件明細書の記載
(略)
 2  本件発明の技術的範囲への属否(争点1)について
(略)
「光の照射下で」の字義、本件特許に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載内容に加え、原告は、「光の照射下で」とは、枯草菌、黄色ブドウ状球菌等の微生物に対して生長を抑制させる青色光が照射されていることを指す旨を主張していることに照らすと、構成要件Bにいう「光の照射下で」とは、青色光の照射の影響によって微生物の生長が抑制されていること(青色光の照射と微生物の生長抑制させることとの間に直接的な関連性があること)を要件としていると解するのが相当である。
(略)
 原告は、本件製品において、青色光の影響によって微生物の生長が抑制されていると主張し(第3の1(原告の主張)(3)イ参照)、証拠(甲6、甲15)を提出する一方、参加人はこれを争い、反対証拠(乙12ないし15)を提出するので検討する。
(略)
 甲6食品実験等〔著者注:原告が証拠提出した一連の実験〕と乙12実験等〔著者注:参加人が証拠提出した一連の実験〕の結果は異なっている
(略)
 主たる青色光源であるLED⑤が青色発光するのは、パーシャル室を(チルドではなく)微凍結パーシャル状態とし、かつオート急冷中のときであって、この場合、パーシャル室内は約-3℃から約-1℃に保たれることになるから、乙12ないし乙15の各実験の結果にみられるとおり、培地の一部や豚肉が凍結していたとする結果と整合的に理解できるものであり、乙12、13実験における黄色ブドウ球菌や枯草菌のコロニーが見られなかったという結果も、黄色ブドウ球菌の一般的な増殖可能温度域は5~47.8℃(至適増殖温度は30~37℃)であり、枯草菌の一般的な増殖可能温度域は5~55℃(最適発育温度帯は20~45℃)であること(乙12、13に添付の参考資料)と矛盾なく理解することができる。
 これに対し、甲6実験等は、そもそも本件製品の冷蔵室やパーシャル室内の温度設定ないし機能設定が明らかでない上、甲15食品実験及び甲15培地実験にあっては、試料設置後、冷蔵室扉を封印したというのであるから、青色光の照射時間は扉の開閉を所定時間行った乙12実験等におけるものよりも短いものと推認されるのに、青色光照射区で有意に細菌の生長が抑制されていると評価されて結果が報告されるなどしており、本件製品の冷蔵室内の青色光が黄色ブドウ球菌や枯草菌の生長を抑制する効果があるかを判定するについての実験条件の統制が的確に取れていたのかについて大きな疑義を生じさせるものというべきである。
 以上によると、本件製品の冷蔵室内の青色光が黄色ブドウ球菌や枯草菌の生長を抑制する効果があるかを判定するについては、甲6食品実験等を採用することはできず、乙12実験等によるべきである。
(略)
 以上によると、本件製品が、青色光の照射により枯草菌、黄色ブドウ球菌等の微生物の生長を抑制しているとは認められず、他に、前記(2)の本件製品の使用方法による青色光の照射の影響によって微生物の生長が抑制されていること(光の照射と微生物の生長抑制させることとの間に直接的な関連性があること)を認めるに足りる証拠はない。したがって、本件製品の使用方法は、「光の照射下で」(構成要件B)を充足せず、本件発明の技術的範囲に属しない
 争点1についての原告の主張(請求原因)は、理由がない。
(略)
 3 争点3-7(本件特許に乙36公報記載の乙36発明に基づく新規性欠如の無効理由があるか)について
(略)
 当裁判所は、前記2のとおり、本件製品の使用方法は、本件発明の技術的範囲に属しないと判断するが、さらに、本件特許は、少なくとも新規性が欠如しているから特許無効審判により無効にされるべきものと判断する。
(略)
 乙36公報は、発明の名称を「微生物の繁殖抑制方法」とする公開特許公報であり、その明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には次の記載がある(乙36)。
(略)
 【第1項】
 微生物の繁殖を抑制する方法において、該微生物に少くとも520nm から近紫外線までの波長域に含まれる光線を実質的に含有する光線を照射することを特徴とする微生物の繁殖抑制方法。
 【第2項】
 該微生物に少くとも500nm から近紫外線の波長域に含まれる光線を実質的に含有する光線を照射する特許請求の範囲第1項記載の方法。
 【第3項】
 該微生物に少くとも470nm から近紫外線の波長域に含まれる光線を実質的に含有する光線を照射する特許請求の範囲第1項記載の方法。
 【第4項】
 該微生物に少くとも450nm から近紫外線の波長域に含まれる光線を実質的に含有する光線を照射する特許請求の範囲第1項記載の方法。
(略)
(3) 前記乙36公報の特許請求の範囲や発明の詳細な説明の内容によると、波長400~500nm 域を光源とする光源-2をバシルス サブチリス(枯草菌)に照射することで、当該微生物の繁殖を抑制する方法が記載されている
 これによると、枯草菌を(3a)、およそ400nm から500nm までの光波長領域にある光の照射下で培養して(3b)、この微生物の生長を抑制させることを特徴とする(3c)微生物の生長制御方法(3d)という乙36発明が開示されているものと認められる。
(4) 本件発明と乙36発明とを比較すると、乙36発明の構成3a と本件発明の構成要件Aは、枯草菌(バシルス サブチリス)に関し一致する。また、構成3b と構成要件Bを対比すると、光波長領域の数値範囲は構成3b が400nm から500nm であるのに対し、構成要件Bではおよそ400nm から490nm とされており、上限値は10nm 程度異なるものの、その大部分が一致し、かついずれもいわゆる青色光の波長域を示すものと理解でき、また構成要件Bに示される波長は本件明細書の記載からして厳密な数値限定の意味を持たないことも考慮すると、構成3b と構成要件Bは実質的に同一であるといえる。構成3c 及び同3d と構成要件C及び同Dはいずれも一致する。
 したがって、乙36発明の各構成と本件発明の各構成要件は一致するというべきである。
(略)
 これに対し、原告は、乙36公報に記載された「FL-40SB(東芝電気(株))」は、混在する光を発することを指摘して、乙36公報には青色光に着目した記載はないから、「およそ400nm から490nm までの光波長領域にある光の照射下で培養して、この微生物の生長を抑制させる」こと(構成要件B)は開示されていない旨や、近紫外線が必須の構成となっていることを主張する。
 しかし、
(略)
 「近紫外線」の意義については「本発明における「近紫外線」とは、(中略)更に好ましくは、360nm から400nm の波長域に含まれる光線を意味する。」とされ、400nm にごく近い波長の光線が好ましい近紫外線に含まれていることが前提となっているし、光源-2についてはおよそ400nm~500nm で発光する蛍光灯であることがその定義及び分光エネルギー分布図によって明らかである。
(略)
 乙36公報に接した当業者は、波長が400nm~500nm の範囲の青色光が微生物のうち枯草菌の繁殖を抑制するとする乙36発明が開示されていると容易に理解し得るものである。
 原告の主張は、前記(4)の判断を左右するに足りない。
(略)
 争点3-7に係る参加人の主張(抗弁)は、理由がある。

3 コメント

 本件では両当事者が全く結果の異なる実験結果を提出して参加人の実験結果のみが全面的に裁判所に認められ、本件製品が本件発明の技術的範囲に属さない旨の結論がされている。
 このように取り扱いが異なったのは、参加人の実験結果のほうが他の科学的知見と論理的に整合しやすいことと、原告が提出した実験は実験条件が不明確であることにあるようである。
 裁判において実験結果を提出する場合は、その実験結果が論理的にも妥当であることを説得的に主張することや、実験結果に影響し得るような重要な実験条件を明確にしておくことの重要性が明らかになっている事案である。

 乙36公報を根拠とした無効理由の抗弁(新規性欠如)に関しては、原告が、乙36公報には青色の光に着目した記載がないことを相違点の存在の根拠として主張していたのに対して、裁判所は、乙36公報で言及・使用された光の波長域を根拠に「乙36公報に接した当業者は、波長が400nm~500nm の範囲の青色光が微生物のうち枯草菌の繁殖を抑制するとする乙36発明が開示されていると容易に理解し得る」と認定して原告の主張を退けている。

以上

弁護士・弁理士 高玉 峻介