【令和4年9月29日判決(知財高裁 令和3年(行ケ)第10114号)】

【キーワード】

書証の成立の真正

【事案の概要】

 本件訴訟は、被告の有する意匠登録(登録第1270572号。以下、当該意匠登録に係る意匠を「本件意匠」という。)に対し、原告が意匠登録無効審判(無効2020-880007号。以下「本件無効審判」という。)を請求したところ、特許庁から請求不成立審決が下された(=意匠登録が維持された)ため、原告が当該審決の取消しを求めている事案である。
 具体的には、本件無効審判では、原告は、証拠番号甲1のカタログ(以下「甲1カタログ」という。)に記載の甲1意匠に基づき、本件意匠の新規性・創作非容易性欠如を主張していた。それに対し、特許庁は、甲1カタログの成立の真正自体は認めたうえで、甲1カタログの頒布日に疑義があるうえ、甲1意匠が本件意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠であるとする客観的な証拠はないから、本件意匠は、意匠法3条1項3号及び同条2項(令和元年法律第3号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に該当しないと判断した。

【争点】

 本件訴訟では、本件意匠の意匠法3条1項3号及び同条2項該当性に関する判断の誤りが争点となっており、その中でも甲1カタログの成立の真正が争われている。

【判決(抜粋)】

 裁判所(知財高裁3部)は、以下のとおり判示し、原告の請求を棄却した。
 ※下線は筆者による。また、固有名詞には変更を加えた。

第4 当裁判所の判断
(中略)
2 取消事由(本件意匠の意匠法3条1項3号及び同条2項該当性に関する判断の誤り)に対する判断
⑴ 甲1カタログの成立の真正について
ア 前記1の認定事実⑴によれば、甲1カタログは、〇〇社(筆者注:中国の企業である。)を作成名義人とする文書であると認められるところ、本件においては、被告が甲1カタログの成立の真正を争っていることから、原告において、甲1カタログが〇〇社によって作成されたものであることを立証しなければならない

(中略)
 しかしながら、前記1の認定事実⑵のとおり、被告が令和2年に行った調査によれば、公的機関においても〇〇社に係る法人登録に関する情報は全く得られなかったものである上、インターネット上においても〇〇社に関する情報は何ら存在しなかったものと認められるところ、〇〇社が上記のとおりの規模や事業内容であったとすれば、公的機関に法人としての〇〇社に係る記録が何ら存在せず、また、様々な情報が蓄積されるインターネット上にも〇〇社の企業活動に関する情報が全く残存していないというのは、極めて不自然である
 また、原告が、本件訴訟の係属後である令和4年に、Eに依頼して実施した現地調査においても、Eが勤務していたとされる〇〇社の工場兼事務所の所在地が特定されなかったものであるところ(甲11、45、46)、〇〇社が上記のとおりの規模の企業であったにもかかわらず、しかも自らが1年以上勤務していたにもかかわらず、Eが、その所在地を特定することすらできなかったというのも、極めて不自然である
 以上のとおり、本件においては、〇〇社が実在したことを強く疑わせる事情が存するというべきである。
ウ 加えて、甲1カタログの体裁及び内容等についてみると、前記1の認定事実⑴のとおり、表紙には、会社名と発行年度のみが記載され、会社紹介ページには、「会社紹介」として会社の沿革や事業内容等について記載されている上、1頁ないし2頁には、多数の機械類が並べられた工場内の写真が工程ごとに分けられて複数掲載されていることからすれば、甲1カタログは、〇〇社の企業全体を紹介することを目的とした冊子であるとみるのが自然である(なお、原告は、甲1カタログに係る証拠説明書において、証拠の標目を「製品カタログ」等とするが、甲1カタログの表紙等には、かかる記載は存しない。)。しかしながら、他方で、前記1の認定事実⑴のとおり、甲1カタログの3頁には、「製品構造」として、スライダー胴体の拡大写真が掲載されるなどし、また、4頁ないし9頁には、様々な色及び形状のスライダーの写真が多数掲載されており、これらは専らスライダーの製品紹介を目的とする内容であるといえる。このように、甲1カタログは、表紙や会社紹介ページの内容とそれ以降のページの内容とが、その目的において合致しておらず、不自然な体裁及び内容であるといえる
 このほか、前記1の認定事実⑴のとおり、甲1カタログの会社紹介ページには、〇〇社がファスナー等の様々な製品を製造、販売している旨が記載されているにもかかわらず、3頁以下においてはスライダーのみが紹介されている点や、甲1意匠がそれ自体顕著な特徴を有する意匠であるとはいえないにもかかわらず、3頁において甲1意匠が殊更に採り上げられ、その構造が詳細に紹介されている点も、不自然であるといえる。
 以上によれば、甲1カタログには、様々な点において不自然な部分があるといえる
エ 以上のとおり、本件においては、〇〇社が実在したことを強く疑わせる事情が存するというべきである上、甲1カタログには様々な点において不自然な部分があるといえることからすれば、甲1カタログにつき、〇〇社によって作成されたものであると認めるに足りる立証はされていないというべきである。
⑵ 原告の主張に対する判断
(中略)
ウ 同〔原告の主張〕1⑴ウについて
(ア) 原告は、本件における争点は〇〇社が実在したか否かではなく、また、刊行物の名義人が架空の人物又は団体であったとしても、当該刊行物が実在し、頒布されていれば、頒布された刊行物の要件を満たす旨主張する
(イ) しかしながら、前記⑴アのとおり、本件においては、甲1カタログの成立の真正が争われているのであるから、原告において、甲1カタログが〇〇社によって作成されたものであることを立証すべき責任を負うから、〇〇社が実在したか否かが争点となるというべきである。また、本件において、〇〇社以外の人物又は団体が甲1カタログを頒布したものと認めるに足りる証拠は存しない
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
エ 同〔原告の主張〕1⑵について
(ア) 原告は、甲1カタログには偽造又は変造された形跡はなく、また、本件の紛争が生じた後に甲1カタログを偽造又は変造することは不可能である旨主張する。
(イ) 確かに、本件において、本件各カタログが偽造又は変造されたというべき具体的な痕跡等があるとまではいえない
 しかしながら、前記⑴で検討したとおり、本件においては、〇〇社が実在したことを強く疑わせる事情が存するというべきである上、甲1カタログには様々な点において不自然な部分があるといえることからすれば、本件各カタログが偽造又は変造されたというべき具体的な痕跡等があるとまではいえないことを考慮しても、甲1カタログが真正に成立したことが立証されているとはいえないというべきである。
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(中略)
⑶ 小括
 以上検討したところによれば、甲1カタログが真正に成立したものと認めることはできないから、甲1意匠が、本件意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠であると認めることはできない。
 したがって、本件意匠は意匠法3条1項3号及び同条2項に該当するものとは認められないとした本件審決の判断に誤りはないから、取消事由は理由がない。

【筆者コメント】

 本件訴訟では、甲1カタログの成立の真正が争われた結果、裁判所は「甲1カタログが真正に成立したことが立証されているとはいえない」と判断した。すなわち、裁判所は、甲1カタログの形式的証拠力を認めなかったこととなる(民事訴訟法228条1項「文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない」を参照のこと)。
 一方、本件無効審判における審決では、特許庁は「口頭審理において、甲第1号証(筆者注:本件訴訟における「甲1カタログ」のこと。)の原本の確認を行ったところ、特段、疑わしい点は見当たらなかった」とのみ述べたうえで、甲1カタログの成立の真正を認めており、この点において特許庁と裁判所間で判断が分かれている。
 審決(のうち、判断が記載された部分)においては、甲1カタログの成立の真正を認めた理由について、上記以外に特段の記載がない。一方で、裁判所は、「本件において、本件各カタログが偽造又は変造されたというべき具体的な痕跡等があるとまではいえない」としながらも、〇〇社が実在したことを強く疑わせる事情及び甲1カタログの不自然性まで踏み入って検討している。上記に鑑みると、刊行物の成立の真正を判断するにあたり、その作成名義人の実在や内容までを判断基準としたか否かが結論を分けた(※1)と推察される。
 本件訴訟は、刊行物に基づく無効事由が主張されている際に、その刊行物の成立の真正を争うことによる防御方法が認められたという点(※2)、特許庁と裁判所で判断が分かれており、審決と判決の比較が可能であるという点で参考になると考え、ここに紹介する。

 ※1:ただし、特許庁は「甲第1号証について、書証としての成立は真正なものと認めるが、当該製品カタログが頒布された日付については、表紙下端にある「2004年版」の記載があるとしても、この日付の記載に基づいて、当該カタログが、現実に、2004年に頒布されたとの心証を得るまでには至らない」と述べ、甲1カタログに基づく新規性・創作非容易性欠如の主張を結局は認めなかった。
 ※2:(参考情報)本件と異なり、登録商標の使用の有無が争点となっている事案において、書証の成立の真正が争われたところ、その真正が認められた事例(https://www.ip-bengoshi.com/archives/4536)がある。

以上
弁護士・弁理士 奈良大地