【令和4年11月21日(知財高裁 令4(行ケ)10033号 審決取消請求事件)】

【キーワード】
商標法10条1項、分割出願、出願日の遡及、商標法施工規則22条2項

【事案の概要】

 原告は、以下の標章(以下「本願商標」という。)について商標登録出願(商願2015-92058号。以下「本願」という。)を行った。本願は、平成27年7月18日に登録出願された商願2015-68401号(以下「原商標登録出願」という。)に係る商標法10条1項の規定による分割出願として登録出願されたものであり、原商標登録出願は、平成26年9月8日に登録出願された商願2014-75417号(以下「原々商標登録出願」という。)に係る商標法10条1項の規定による分割出願として登録出願されたものであった。

<本願>
・出願番号:商願2015-92058号
・本願商標:MIRAI(標準文字)
・指定商品:第12類「船舶、船舶の部品及び附属品、航空機、航空機の部品及び附属品、鉄道車両、鉄道車両の部品及び附属品、自動車、自動車の部品及び附属品、二輪自動車、二輪自動車の部品及び附属品」

<原商標登録出願>
・出願番号:商願2015-68401号
・商標:MIRAI(標準文字)
・指定商品:第9類「電気通信機械器具、電子出版物、光学機械器具、映画機械器具、写真機械器具、電線及びケーブル、電池、電気磁気測定器、配電用又は制御用の機械器具、測定機械器具、理化学機械器具、電子応用機械器具及びその部品、業務用テレビゲーム機、コンピュータソフトウェア、コンピュータプログラム」
第12類「船舶、船舶の部品及び附属品、航空機、航空機の部品及び附属品、鉄道車両、鉄道車両の部品及び附属品、自動車、自動車の部品及び附属品、二輪自動車、二輪自動車の部品及び附属品」
第35類「広告、電気機械器具類又は電気通信機械器具類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、自動車又はその部品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、二輪自動車又はその部品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、自転車又はその部品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、列車又はその部品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」

 原告は、特許庁より、平成29年2月6日付けで拒絶理由の通知を受けたため、同年3月11日に意見書を提出するとともに、同日付け手続補正書により、指定商品を「航空機、航空機の部品及び附属品、鉄道車両、鉄道車両の部品及び附属品」と補正したが、平成30年7月31日付けで拒絶査定を受けた。
 原告は、平成31年1月4日、拒絶査定不服審判(不服2019-60号)を請求したが、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない」と審決(以下「本件審決」という。)したため、本件審決の取消しを求め、本件訴訟を提起した。

【審決の理由の概要】

 本願は、原商標登録出願について商標法施行規則22条2項(※2)が準用する特許法施行規則30条(※3)の規定による必要な補正がなされておらず、商標法10条1項(※1)の規定による商標登録出願の要件を満たすものではないから、同条2項が規定する出願日遡及の効果は生じない。
 引用商標は、トヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ社」という。)の取扱に係る燃料電池車(以下「トヨタ燃料電池車」という。)を表示する商標として、平成26年9月7日以前より、現在に至り、自動車の取引者、需要者はもとより、一般の需要者の間においても広く知られている。
 本願商標と引用商標とは、互いに類似する商標と判断するのが相当であり、類似性の程度は高い。
 本願商標の指定商品と引用商標が使用されるトヨタ燃料電池車の商品は、商品の用途や、取引者及び需要者を共通にする。
 以上の事情からすれば、本願商標は、原告がこれをその指定商品について使用した場合、取引者、需要者をして、引用商標を連想又は想起させ、その商品がトヨタ社あるいは同社と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係るものであるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあり、商標法4条1項15号に該当する。

<引用商標>
登録番号:登録5753538号
商標:

・指定商品:第12類「陸上の乗物用の動力機械(その部品を除く。)、動力伝導装置、制御装置、陸上の乗物用の交流電動機又は直流電動機(その部品を除く。)、自動車並びにその部品及び附属品、二輪自動車・三輪自動車・自転車並びにそれらの部品及び附属品」
登録出願日:平成26年11月18日
設定登録日:平成27年3月27日

※1 商標法10条 商標登録出願人は、商標登録出願が審査、審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合であつて、かつ、当該商標登録出願について第七十六条第二項の規定により納付すべき手数料を納付している場合に限り、二以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を一又は二以上の新たな商標登録出願とすることができる。 2 前項の場合は、新たな商標登録出願は、もとの商標登録出願の時にしたものとみなす。ただし、・・(省略)。 3 (省略)
※2 商標法施行規則22条2項 特許法施行規則・・・第三十条(信託、持分の記載等、パリ条約による優先権等の主張の手続、特許出願の番号の通知及び特許出願の分割をする場合の補正)の規定は、商標登録出願又は防護標章登録出願に準用する。この場合において、・・・特許法施行規則第三十条中「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」とあるのは「願書」と読み替えるものとする。
※3 特許法施行規則30条 特許法第四十四条第一項第一号の規定により新たな特許出願をしようとする場合において、もとの特許出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面を補正する必要があるときは、もとの特許出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の補正は、新たな特許出願と同時にしなければならない。

【争点】

・分割出願の要件
・出願日の遡及の効果

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 出願日の遡及について
⑴ 商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情等に照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断すべきである。
 商標法4条1項15号に該当する商標であっても、商標登録出願の時にこれに該当しなければ、同号は適用されないので(同条3項)、本件において商標登録出願がいつであるかが問題となる。
 この点につき、原告は、・・・商標法施行規則22条2項は違憲違法であり、その結果、本願は商標法10条1項による商標登録出願の要件を満たすものとなり、同条2項が規定する出願日遡及の効果が生ずるから、本件における出願日は、原々商標登録出願がされた平成26年9月8日になる旨主張するので、以下検討する。
⑵ 商標法10条1項は、「商標登録出願人は、商標登録出願が審査、審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合であって、かつ、当該商標登録出願について第76条第2項の規定により納付すべき手数料を納付している場合に限り、2以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を1又は2以上の新たな商標登録出願とすることができる。」と定めている。
 このように、分割出願においては、もとの商標登録出願の指定商品等を2以上に分けることが当然の前提となっているから、もとの商標登録出願と分割出願で指定商品等が重複するのを避けるため、もとの商標登録出願から分割出願に係る指定商品等を削除する必要がある。
 この点につき、平成17年最高裁判決は、「商標法10条は、「商標登録出願の分割」について、新たな商標登録出願をすることができることやその商標登録出願がもとの商標登録出願の時にしたものとみなされることを規定しているが、新たな商標登録出願がされた後におけるもとの商標登録出願については何ら規定していないこと、商標法施行規則22条4項は、商標法10条1項の規定により新たな商標登録出願をしようとする場合においては、新たな商標登録出願と同時に、もとの商標登録出願の願書を補正しなければならない旨を規定していることからすると、もとの商標登録出願については、その願書を補正することによって、新たな商標登録出願がされた指定商品等が削除される効果が生ずると解するのが相当である。」旨説示して、新たな商標登録出願がされたことにより、当然にもとの商標登録出願が補正されるものとはいえないことを明らかにしている。そうすると、上記のように、もとの商標登録出願と分割出願で指定商品等が重複するのを避けるためには、もとの商標登録出願から分割出願に係る指定商品等を削除する補正が必要となることは、商標法10条1項自体が想定しているものということができる。
 そして、商標法施行規則22条2項は、特許法施行規則30条を準用し、商標法10条1項の規定により新たな商標登録出願をしようとする場合において、もとの商標登録出願の願書を補正する必要があるときは、その補正は、新たな商標登録出願と同時にしなければならないとしているところ、これは、もとの商標登録出願から分割出願に係る指定商品等を削除する必要が生ずるという、同項が想定する事態に対処するものであるというべきであり、上記最高裁判決も、このような意味で、商標法施行規則22条4項(現2項)が商標法10条1項に適合することを明らかにしていると理解される。
⑶ 本件においては、そもそも、本願の商標登録出願時はもとより現在に至るまで、原商標登録出願について、本願に係る指定商品を削除する補正がされたとは認められず、商標法施行規則22条2項の要件を欠くばかりか、もとの商標登録出願の指定商品等を2以上に分けるという前記⑵の分割の前提をも欠くものである。そうすると、本願の商標登録出願は、商標法10条1項の規定による商標登録出願の要件を満たすものではないから、分割出願として不適法であり、同条2項が規定する出願日遡及の効果は生じないものであり、これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく、出願時は平成27年9月24日となる。
・・(以下、省略)・・

【検討】

1 分割出願
 商標における『分割出願』とは、「二以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願」について、指定商品又は役務の「一部」を分割して、「一又は二以上の新たな商標登録出願」を行うことである(商標法10条1項)。商標それ自体は同一である必要があるため、商標の「一部」を分割するものではない。一般に、分割前の出願が「親出願」、分割後の出願が「子出願」と言われ、子出願は、親出願と同じ日に出願されたものとみなされ、審査が行われる(商標法10条2項)。
 多くの場合、複数の指定商品又は指摘役務のうち、一部の指定商品又は指定役務について拒絶理由が通知された場面で、分割出願が活用される。拒絶理由通知で指摘された指定商品又は指定役務を分割すると、親出願については拒絶理由がなくなり、早期に権利化を図ることができるためである。

2 分割出願の要件
分割出願が認められるには、以下の5つの要件が必要となる。
⑴ 親出願が審査、審判若しくは再審に係属していること。
⑵ 子出願が、親出願の商標と同一であること。
⑶ 子出願に係る指定商品・指定役務が分割出願直前の親出願に係る指定商品・指定役務の一部であること。
⑷ 子出願に係る指定商品・指定役務が子出願と同時に手続補正書によって親出願から削除されていること。
⑸ 親出願の出願手数料が納付されていること。

なお、⑸の要件は平成30年改正により加えられたものである。
参考:商標登録出願の分割要件が強化されます | 経済産業省 特許庁 (jpo.go.jp)

3 本件
 本件は、上記の分割出願の要件のうち、「⑷ 子出願に係る指定商品・指定役務が子出願と同時に手続補正書によって親出願から削除されていること。」の要件が争われたものである。
 原告は、⑷の要件は、法律の委任なく、商標法施行規則22条2項によって規定されたものであり、違憲であると主張した。施行規則等は、法律による委任のない限り、罰則を設けることはできず、また、国民に義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができないところ(憲法73条6号、内閣法11条)、商標法10条には、⑷の要件及び要件を省令等に委任する旨が記載されていないことを理由とする主張である。
 しかし、裁判所は、商標法10条は、分割出願について定めているところ、分割出願を行った場合に、重複を避けるために、親出願の指定商品・指定役務から子出願の指定商品・役務を削除する必要が生じることを当然に想定しており、商標法施行規則22条2項は、その場合の対処を定めたもので違憲ではないと判示した。

4 補足
 本願商標の出願人は、商標を自己使用するか否かにかかわらず、話題となった用語等について、大量の商標出願を繰り返し行っている人物であった。本願商標は、出願人が分割出願の手続きを適法に行っていた場合、少なくとも商標法4条1項15号に該当することはなく、登録となっていた可能性があり、その場合、トヨタ社は、何らかの対応を余儀なくされることになっていたといえる。
 このような事態が生じないよう、自己の商標については、速やかに商標出願を行うことが望ましい。

以上
弁護士 市橋景子