【令和4年5月13日判決(大阪高裁 令3(ネ)2608号 商標権侵害行為差止等請求控訴事件)】

【キーワード】
商標権侵害,登録商標の剥離抹消行為

【事案の概要】

 控訴人(一審原告)は、健康維持を目的とした運動器具等を開発・商品化し、販売する個人であり、平成10年ころから、車輪付き杖を発明し、「ローラーステッカー」の商品名(以下「本件商品」という。)で直接又は卸売業者を介して販売していた。また、控訴人は、指定商品を第18類「つえ」として、標章「ローラーステッカー(標準文字)」(以下「控訴人商標」といい、控訴人商標に係る権利を「本件商標権」という。)の商標登録を得ていた。

 被控訴人ら(一審被告ら)は、健康器具等の卸売りを目的とする株式会社であり、本件商品を仕入れ、販売していた。

 控訴人は、被控訴人らが、本件商品の梱包箱に記載された控訴人の屋号の上に「ハンドレールステッキ販売元フジホーム株式会社」と印字されたシールを貼り付けた行為、控訴人が商品本体に同梱した「ローラーステッカー使用説明書」(以下「控訴人説明書」という。)を、被控訴人の作成した「ハンドレールステッキ取扱説明書」(以下「被控訴人説明書」という。)に差し替えて販売した行為が、控訴人の本件商標権の侵害行為又は本件商標権の登録の公報が発行される前は不法行為に該当すると主張し、被控訴人に対し、民法709条に基づき損害賠償の請求をおこなったところ、一審では当該請求が棄却されたため、控訴した。

 なお、本稿では、本件商標権の登録の公報が発行される前の不法行為については取り上げず、原告の本件商標権の侵害行為の争点のみを取り上げる。

【争点】

・本件商標権の侵害行為の有無

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1・第2(省略)

第3 当裁判所の判断

1~3(省略)

4 後半期間における被控訴人らによる商標権侵害の成否(争点2)について

(1) 控訴人は、商標権者である控訴人が控訴人標章を付した本件商品について、その譲渡を受けた卸売業者等である被控訴人らが、梱包箱に被控訴人らシールを貼付し、本件商品とともに梱包されていた控訴人説明書を被控訴人ら説明書に差し替えた行為は、本件商標の出所表示機能及び品質保証機能を積極的に毀損するものとして、商標の剥離抹消行為と評価し得る本件商標権侵害に当たる旨主張するとともに、上記譲渡によって本件商標権が消尽するとみるべきではないとして原審の判断を非難する(前記第2の5(1))。

(2) 商標法の目的は、信用化体の対象となる商標が登録された場合に、その登録商標を使用できる権利を商標権者に排他的に与え、商品又は役務の出所の誤認ないし混同を抑止することにあり、商標権侵害は、指定商品又は指定役務の同一類似の範囲内で、商標権者以外の者が、登録商標と同一又は類似の商標を使用する場合に成立することが基本である(商標法25条、37条)。すなわち、商標法は、登録商標の付された商品又は役務の出所が当該商標権者であると特定できる関係を確立することによって当該商標の保護を図っているということができる。

 商標権者が指定商品に付した登録商標を、商標権者から譲渡を受けた卸売業者等が流通過程で剥離抹消し、さらには異なる自己の標章を付して流通させる行為は、登録商標の付された商品に接した取引者や需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれを生ぜしめるものではなく、上記行為を抑止することは商標法の予定する保護の態様とは異なるといわざるを得ない。したがって、上記のような登録商標の剥離抹消行為等が、それ自体で商標権侵害を構成するとは認められないというべきである。

(3) また、その点を措くとしても、後半期間における被控訴人らの行為(被控訴人らの行為②及び③に関する。)は、以下のとおり、控訴人標章の剥離抹消行為と評価し得る行為には当たらないと解される。

ア 前記第2の2で補正した上で引用した前提事実によれば、控訴人が被控訴人らに納入した本件商品の梱包箱の外側にはそもそも控訴人標章は表示されていないから、被控訴人らが仕入れ後に貼付した被控訴人らシールによって控訴人標章が覆い隠されたという事実はない。控訴人が被控訴人らシール①によって覆い隠されたのを問題としているのは、控訴人の屋号であって、控訴人標章ではない。また、被控訴人らの行為によって、本件商品本体に英文字で印字された「Roller Sticker」という標章(称呼及び観念において控訴人標章と同一のもの)に何らかの変更が加えられたという事実もない(本件商品の品質にも変更はない。)。

イ そうすると、控訴人標章の剥離抹消行為として問題となり得る行為は、被控訴人フジホームが、控訴人から本件商品を仕入れた際に梱包箱に同梱されていた控訴人説明書を被控訴人説明書に差し替えた行為のみ(被控訴人ら行為②に関する。)であるが、控訴人説明書は、取引によって納入された本件商品の梱包箱の中に、本件商品の使用方法を説明する書面として、本件商品に貼付等されずに単に同梱されていたものにすぎないから、本件商品に標章を付した(商標法2条3項1号)とはいえず、控訴人説明書が取引書類(同項8号)に当たると認めるに足りる事情も窺われない。したがって、控訴人説明書に「ローラーステッカー使用説明書」との記載があるのは、控訴人標章を商標として使用したものとは認められず、控訴人説明書を差し替えたことが控訴人標章の剥離抹消行為と評価すべきものとは認められない。

ウ 以上のとおり、後半期間における被控訴人らの行為は、そもそも控訴人標章の剥離抹消行為と評価される行為には当たらないから、その余の点を判断するまでもなく、商標の剥離抹消を理由として商標権侵害をいう控訴人の主張は採用できない。

 なお、被控訴人らの行為②及び③における本件商品について、控訴人が本件商品本体に付した標章(称呼及び観念において控訴人標章と同一のもの)と、被控訴人らが梱包箱に付した被控訴人ら標章とが併存しているとしても、控訴人から適法に本件商品を仕入れた被控訴人らが、再販売業者としての出所を明らかにするため本件商品に併存して自らの標章を付すことが一般的に禁止される理由もない。

(4) したがって、後半期間における被控訴人らの行為について、本件商標権侵害は成立しないから、商標権侵害の不法行為は成立しない。

・・(以下、省略)・・

【検討】

1 商標の剥離抹消行為

 商品に貼付されている登録商標を、剥離し、抹消する行為が、商標権侵害に該当するかは、従前から議論が行われていた。

 商標権者は、登録商標を「使用」する権利を専有しているため(商標法25条)、第三者が商標権者の許諾なく、登録商標を「使用」した場合、商標権侵害に該当するものであり、また、登録商標に類似する標章の「使用」等も侵害行為とみなされる(商標法37条)。そして、ここでの「使用」とは、商標法2条3項において列挙されている態様での行為である。

 しかし、商標の剥離抹消行為は、商標法2条3項において列挙されている態様での「使用」に該当せず、商標法37条各号に掲げる侵害とみなされる行為にも該当しない。そのため、条文上は、商標権の侵害には該当しない。

 この点について、学説における多数説では、商標の本質は出所識別機能にあるところ、商品に貼付された登録商標を剥離抹消する行為は当該機能を害する行為であるため、商標権の侵害行為と評価するべきとしていた。

2 本件の検討

 本件は、商標の剥離抹消行為が商標権の侵害行為に該当しないことを明示した裁判例である。

 すなわち、裁判所は、商標法の目的は出所の誤認混同の防止であることを前提に、商標法は、商標を登録することによって、当該商標が付された商品等の出所が商標権者であると特定できるようにすることで、その商標の保護を図るものであるとしたうえで、商品に付されている商標の剥離抹消行為は、当該商品の出所の誤認混同のおそれを生じさせるものではないため、商標法の予定する保護の態様とは異なり、それ自体で商標権侵害を構成しない旨を判示した。

 従来の多数説と異なる判断を示したものであり、今後の実務的意義が大きいものといえよう。

 なお、本件は、商品の包装箱に付された販売業者の屋号のうえに、卸売業者の標章が付され、また、商品の説明書も差し替えられたという事案であり、そもそも商標の剥離抹消行為とは評価されないと判断されている。ただ、仮に商標の剥離抹消行為と評価されたとしても、商標権侵害には該当しないこととなるため、販売業者としては、当該行為を防止したい場合、商標の剥離抹消行為等を禁止する旨を契約上明確に定めておくことが重要である。

以上

弁護士 市橋景子