【令和4年9月12日(知財高裁 令和元年(行ケ)第10157号)】

【判旨】

 本件商標に係る特許庁の取消2018-300215号事件について商標法53条の2により取消すとした判断は正当であるとして、請求を棄却した事案である。

【キーワード】

商標法53条の2、代理人、正当な理由

【事案の概要】

以下、証拠番号等は適宜省略する。なお、下線は筆者が付した。
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告は、以下の商標(登録第5911020号。以下「本件商標」という。)の商標権者である(甲25、26)。
商 標 別紙1「本件商標」のとおり
登録出願日 平成28年9月5日
登録査定日 平成28年12月9日
設定登録日 平成29年1月6日
指定商品 第8類「つめ磨き(電動式のもの又は電動式でないもの)、つめ磨き器(電動式のもの又は電動式でないもの)、つめやすり、つめ切り、電気かみそり及び電気バリカン、手動利器(「刀剣」を除く。)、つめ用ピンセット、つめ用紙やすり」
⑵ 被告は、平成30年4月12日、本件商標について、商標法53条の2の規定により、商標登録取消審判を請求した。
特許庁は、上記請求を取消2018-300215号事件として審理を行い、令和元年10月15日、「登録第5911020号商標の商標登録を取り消す。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年10月25日原告に送達された(弁論の全趣旨)。
⑶ 原告は、令和元年11月12日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

【本件商標】

【引用商標】

【争点】

本件商標が商標法53条の2に該当するか否か。特に同条の「代理人」該当性及び「正当事由」の有無。

【判旨抜粋】

1 事実関係
⑴ 被告は、パリ条約の加盟国である韓国において、引用商標に係る商標権をエスタッチ社と共有している。
別紙記載の引用商標と本件商標を比較すると、いずれも、上段にアルファベットの大文字で大きく「NUDE NAIL」と記載し、下段に小文字で小さく「glass nail shiner」と記載するもので、両者は相紛れるおそれのある類似の商標であり、また、前記第2の1⑴の本件商標の指定商品と、前記第2の2⑴の引用商標の指定商品とは、同一又は類似の商品であるものと認められる。
⑵ エスタッチ社は、平成27年12月3日、わが国において、エスタッチ社商標の出願をした。
⑶ 原告は、白岩物産を通じ、平成28年5月6日、被告商品2万枚を注文し、同年5月18日発送の6000枚について228万円の、同月25日発送の3500枚について133万円の、同年6月7日発送の1万0500枚について399万円の請求を受け、これを支払った。
また、原告はその後も被告商品を注文し、本件期間内の平成28年7月13日発送の1200枚について45万6000円、同年8月16日発送の1万2000枚について456万円を支払った。本件期間後も、平成29年3月14日まで、被告商品の注文は継続している。
⑷ 原告は、平成28年6月10日、白岩物産を通じて、被告に対し、被告がエスタッチ社商標の登録出願により生じた権利又は登録後における商標権を同社から譲り受け、この権利について原告に商標法31条の使用権を許諾し、これを独占的なものとすること等を内容とする本件契約書案を提示した。
白岩物産は、平成28年7月1日、被告の意向として、独占的使用権の許諾は難しいとの回答をし(甲13)、また、同月5日、エスタッチ社の出願が無効(正確には、登録料未納による出願却下。甲22)となったため、同月15日前には被告が引用商標の出願をする予定であること、原告に独占的権利を与えるには、最低販売保証数量や、販売計画等について、協議、確認をする必要があることを、原告に指摘した。
⑸ 被告は、原告による本件商標の登録出願を知らずに、平成28年12月2日に引用商標の出願をしたが(商願2016-136383)、同出願は、本件商標を引例として、平成29年5月15日起案の拒絶理由通知を受けた。

2 取消事由1(原告が「代理人若しくは代表者」に該当するとの判断の誤り)について
⑴ア 商標法53条の2が適用されるためには、本件期間内に原告が被告の「代理人若しくは代表者」であったことを要するが、同期間内に原告が被告の代表者であったことの主張立証はないから、原告が「代理人」であったか否かが問題となる。
イ 商標法53条の2は、輸入者が権利者との間に存在する信頼関係に違背して、正当な理由がなく外国商標を勝手に出願して競争上有利に立とうとする弊害を除去し、商標の国際的保護を図る規定というべきであり、この観点からすると、ここにいう「代理人」に該当するか否かは、輸入者が「代理人」、「代理店」等の名称を有していたか否かという形式的な観点のみから判断するのではなく、商標法53条の2の適用の基礎となるべき取引上の密接な信頼関係が形成されていたかどうかという観点も含めて検討するのが相当である
この点、原告は、被告商品を輸入して、日本国内でこれを販売するために被告との取引関係に入ったものというべきところ、前記1⑶のとおり、本件期間内の被告商品の納入は合計5回、1261万円に上り、決して少ないものとはいえず、さらに、本件期間後の平成29年3月14日まで継続している。そうすると、原告と被告の関係は、単発の商品購入にとどまるものではなく、継続的な取引関係の構築を前提とするものであり、このことは、原告がわが国におけるエスタッチ社商標の使用権を取得しようとしたこと、さらには、本件商標の登録出願をしたこと自体からも裏付けられるものである。以上の事情を総合考慮すると、原告と被告の間には、本件期間内に既に、代理人ないし代理店と同様の取引上の密接な信頼関係が形成されたものと認めるのが相当であり、代理店契約の存否等にかかわらず、原告は、同条の2にいう「代理人」に該当するというべきである。
(中略)
⑵ 以上によれば、原告が商標法53条の2にいう「代理人若しくは代表者」に該当するとした本件審決の判断に誤りはない。

3 取消事由2(「正当な理由」についての判断の誤り)について
⑴ 原告は、前記第3の2⑴のとおり、被告は、本件商標の登録出願がなされた平成28年9月5日の時点において、エスタッチ社商標に代わる商標の権利取得を放棄していたのに等しく、他方、原告には、顧客に納入した被告製品に付された商標に関する問題が生じることを回避する必要があったため、原告が本件商標の登録出願をするについて正当な理由を有する旨主張する。
しかし、被告が、同年7月5日の時点でエスタッチ社商標の出願が登録料未納付により却下されたことを把握していたとしても、原告による本件商標の登録出願まではわずか2か月にすぎず、これをもって「長期間」放置したとか、原告のみならず任意の第三者においてエスタッチ社商標に代わる商標を登録することが可能な状態を許容していたなどと評価できないことは明らかである。なお、白岩物産は、前記1⑷のとおり、同日付けメールで、被告が同月15日までに引用商標の商標登録出願をする予定であることを原告に告げているけれども、同日までに引用商標の商標登録出願がされなかったからといって、被告が出願の意思を失ったと推認されるものでもない。
さらに、前記2⑴ウのとおり、原告は、エスタッチ社商標ないし将来被告が日本において出願する予定の引用商標と同一の商標は、本来被告及びエスタッチ社が韓国において共有する商標に由来すること、また、被告が独占的通常使用権の許諾には簡単には応じられないという意向であったことを知り ながら、独占的通常使用権をめぐる交渉中に本件商標の登録出願をしたものであるから、原告が当該出願について正当な理由があるなどといえないことも明白である。
(中略)
⑵ 以上によれば、原告の商標登録出願に「正当な理由」がないとした本件審決の判断に誤りはない。

【解説】

 本件は、商標登録取消審判において、取消審決がなされ、当該審決の取消訴訟である。特許庁は、本件商標について、商標法53条の2[1]に該当するとして取消審決をおこなったものであり、裁判所は当該判断を肯定した。
 裁判所は、まず、原告が同条の「代理人」に該当するかということについて、「ここにいう「代理人」に該当するか否かは、輸入者が「代理人」、「代理店」等の名称を有していたか否かという形式的な観点のみから判断するのではなく、商標法53条の2の適用の基礎となるべき取引上の密接な信頼関係が形成されていたかどうかという観点も含めて検討するのが相当である」とした上で、従前の原告と被告との商品等の売買履歴、原告のエスタッチ社商標の取得に係る態度等を前提に、「代理人」に該当するとし、次に、同条の「正当な理由」について、原告の被告がエスタッチ社商標に変わる商標の権利取得にを放棄していた等の主張を、被告と原告とのやりとり等から否定した。
本条は、裁判所が判示するように、「輸入者が権利者との間に存在する信頼関係に違背して、正当な理由がなく外国商標を勝手に出願して競争上有利に立とうとする弊害を除去し、商標の国際的保護を図る規定」である。このため、代理人の認定に関して、契約関係や、名称等の形式的な観点からではなく、実質的な信頼関係の有無を問題としたのは正当であろう。
本件は、商標法53条の2に関する事例判決として、実務上参考になると思われる。


[1] 第五十三条の二 登録商標がパリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。)を有する者の当該権利に係る商標又はこれに類似する商標であつて当該権利に係る商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務を指定商品又は指定役務とするものであり、かつ、その商標登録出願が、正当な理由がないのに、その商標に関する権利を有する者の承諾を得ないでその代理人若しくは代表者又は当該商標登録出願の日前一年以内に代理人若しくは代表者であつた者によつてされたものであるときは、その商標に関する権利を有する者は、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。

以上
弁護士 宅間仁志