【令和5年2月9日判決(知財高裁 令和4年(ネ)第10061号】
【事案の概要】
本件は、発明の名称を「マグネットスクリーン装置」とする2件の特許(本件各特許)に係る特許権(本件各特許権)を有する控訴人が、被控訴人が別紙物件目録記載の各製品(以下「被控訴人製品」という。)を製造、譲渡等することは本件各特許権の侵害に当たると主張して、被控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被控訴人製品の製造、譲渡等の差止め及び廃棄等を求めた事案である。
【キーワード】
特許請求の範囲の記載、明細書の記載、辞書、特許法70条、収納
【本件再訂正後発明1】
特許第6422800号の特許(以下「本件特許1」という。)に関する令和4年3月8日の3回目の訂正審判請求(同審判請求に係る訂正を「本件再訂正」という。)による訂正後の本件特許1の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件再訂正後発明1)を分説すると、以下のとおりである。
1A 可搬式のマグネットスクリーン装置であって、
1B-1 投影面と該投影面に対向するマグネット面とを備えたスクリーンシート、および
1B-2 スクリーンシートを巻き取るためのロール部材を有して成り、
1C 非使用時ではマグネット面が投影面に対して相対的に内側となるようにスクリーンシートがロール部材に巻き取られており、
1D-1 巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートと接するように設けられた長尺部材、並びに、スクリーンシート、ロール部材および長尺部材を収納するケーシングを更に有して成り、非使用時並びに巻き出し時および巻き取り時において、前記ロール部材および前記長尺部材が前記ケーシングに収納されており、
1D-2 スクリーンシートの巻き出し時又は巻き取り時において長尺部材が投影面と直接的に接し、
1D-3 ケーシングはスクリーンシートの巻き出しおよび巻き取りのための開口部を有し、および
1D-4-1 長尺部材が、該開口部に位置付けられており、かつ、マグネットスクリーン装置が設けられる設置面に対して相対的に近い側に位置付けられるロール部材の下側ロール胴部分に隣接して設けられており、
1D-4-2 前記長尺部材が、巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートとの摺動接触に起因して回転可能となっており、
1D-4-3 前記ケーシングは、取手部と、前記マグネットスクリーン装置の設置時に前記設置面に接するケーシング裏面に設けられたケーシング・マグネットとを有し、前記スクリーンシートの短手端部には、裏面にマグネットを有する操作バーが設けられていることを特徴とする、
1E 可搬式のマグネットスクリーン装置
【争点】
本稿では、被控訴人製品が構成要件1D-1を充足するかどうかとの争点について検討する。
被控訴人製品の外観は以下のとおりである。被控訴人製品の「本体ケース」及び「キャップ(側板)」が、構成要件1D-1の「ケーシング」に相当し、被控訴人製品の「押さえローラー」が、構成要件1D-1の「長尺部材」に相当するとした場合、「押さえローラー」が「本体ケース」から露出しているため、「非使用時並びに巻き出し時および巻き取り時において、・・・前記長尺部材が前記ケーシングに収納されて」いるかどうかが問題となった。
【裁判所の判断】
(1) 争点1(本件再訂正後発明1の技術的範囲への属否)について
ア 構成要件1D-1について
(ア) 「収納」の意義について
訂正の上引用した原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の2(2)アのとおり、構成要件1D-1の「長尺部材を収納するケーシング」「前記長尺部材が前記ケーシングに収納されており」における「収納」は、長尺部材の全部がケーシング内に完全に収まることを要するものではなく、ケーシングと長尺部材の位置関係として、ケーシングにしまわれている状態(整然と入れられた状態)を意味し、少なくとも、ケーシングの開口部を含めたケーシングの内部に長尺部材の大部分が入れられている状態はこれに当たると解するのが相当である。
被控訴人は、①本件明細書1の【図9】において、長尺部材の全体がケーシングの内部に収まる位置にあること、②本件再訂正後発明1が可搬式の装置に係るものであって破損・汚損のおそれが高いことからすると、長尺部材がケーシングに収納されているという場合、当業者は、特段の技術的要請がない限り、長尺部材がケーシングの内部に完全に収容され、落下や振動、衝突、汚損などから保護されている状態を指すものと理解すること、③本件明細書1の【0052】及び【図13】記載の「ケーシングをスライド移動させる態様」は、ケーシングの開口部から長尺部材が露出していると実現できないことから、構成要件1D-1の「前記長尺部材が前記ケーシングに収納されており」は、長尺部材が、ケーシングの外部に露出することなく、衝撃や汚損から可及的に保護されるよう、その中にきちんと入っている状態にあることをいい、少なくとも、シートの巻き出しに際して、長尺部材が、シートを挟んで、ケーシングに優先して設置面に接触するような状態、すなわち、長尺部材がケーシングから突出した状態は、「収納」に当たらないと主張する。
しかしながら、本件明細書1の【図9】は本件再訂正後発明1の「一態様に係るマグネットスクリーン装置の構造」(【0020】)を示したものにすぎず、本件再訂正後発明1において必ずしも長尺部材がケーシングの内部に収まる位置にあることが要求されているとはいえない。
また、本件明細書1には、長尺部材の位置に関し、発明の一態様において、「巻回状態のスクリーンシート10に隣接して長尺部材30も同様にケーシング40内に収められている。」(【0044】)、「長尺部材30は、ケーシング40の開口部46に位置付けられている。」(【0048】)といった記載があり、【図9】には長尺部材がケーシングの内部に位置する構成が記載されているものの、落下や振動、衝突、汚損から保護するために長尺部材をケーシングの内部に収納する旨の記載はなく、本件明細書1のその余の記載に照らしても、本件再訂正後発明1において、長尺部材が、ケーシングの外部に露出することなく、衝撃や汚損から可及的に保護されるよう、その中にきちんと入っている状態にあることを要すると解することはできない。
そして、本件明細書1の【0052】及び【図13】記載の「ケーシングをスライド移動させる態様」については、長尺部材がローラー部材49により回転運動をすることで実現でき、必ずしも長尺部材がケーシングの内部に位置しなければ実現できないものであるとはいえない。
そうすると、控訴人の上記主張はいずれも採用できない。
(イ) 次に、被控訴人製品の「押さえローラー」は、本件再訂正後発明1における「長尺部材」に、「本体ケース」及び「キャップ(側板)」は、「ケーシング」に相当するところ、訂正の上引用した原判決「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の2(2)アのとおり、被控訴人製品においては、本体ケースの内部に押さえローラーの大部分が入れられているから、長尺部材がケーシングに収納されているということができる。
被控訴人は、被控訴人製品においては、7割以上が本体ケースから露出していることになり、押さえローラーの円の中心角を基準としても6割弱が本体ケースから露出しているから、本体ケースの内部に押さえローラーの大部分が入っている状態にあるとはいえず、押さえローラーが本体ケースに「収納」されているとはいえないと主張する。しかしながら、被控訴人製品においては、「本体ケース」のみならず、「キャップ(側板)」もケーシングの一部を構成するものであるところ、被控訴人の主張は、キャップ(側板)により覆われている部分を考慮しないものであって採用できない。
【検討】
本件では、被控訴人製品の「本体ケース」及び「キャップ(側板)」が、構成要件1D-1の「ケーシング」に相当し、被控訴人製品の「押さえローラー」が、構成要件1D-1の「長尺部材」に相当するとした場合、「押さえローラー」が「本体ケース」から露出しているため、「非使用時並びに巻き出し時および巻き取り時において、・・・前記長尺部材が前記ケーシングに収納されて」いるかどうかが問題となった。
この点について、本判決は、「構成要件1D-1の『長尺部材を収納するケーシング』『前記長尺部材が前記ケーシングに収納されており』における『収納』は、長尺部材の全部がケーシング内に完全に収まることを要するものではなく、ケーシングと長尺部材の位置関係として、ケーシングにしまわれている状態(整然と入れられた状態)を意味し、少なくとも、ケーシングの開口部を含めたケーシングの内部に長尺部材の大部分が入れられている状態はこれに当たると解するのが相当である。」と判断した上で、「被控訴人製品においては、本体ケースの内部に押さえローラーの大部分が入れられているから、長尺部材がケーシングに収納されているということができる。」と判断した。
被控訴人は、「収納」には、物を特定の範囲の中にきちんと入るようにかたづけるという字義があるから(乙6)、開口部が設けられた収納器においては、被収納物が収納器の範囲内にきちんと入っている状態にあることを意味するといった主張や、「長尺部材が前記ケーシングに収納されて」の技術的意義に関して、「長尺部材がケーシングに収納されているという場合、当業者は、特段の技術的要請がない限り、長尺部材がケーシングの内部に完全に収容され、落下や振動、衝突、汚損などから保護されている状態を指すものと理解する」といった主張をした。この点に関して、本判決は、「【図9】には長尺部材がケーシングの内部に位置する構成が記載されているものの、落下や振動、衝突、汚損から保護するために長尺部材をケーシングの内部に収納する旨の記載はな」いと認定し、「本件再訂正後発明1において、長尺部材が、ケーシングの外部に露出することなく、衝撃や汚損から可及的に保護されるよう、その中にきちんと入っている状態にあることを要すると解することはできない」と判断した。
被控訴人が引用する辞書的な意義からすれば、「前記長尺部材が前記ケーシングに収納されており」とは、長尺部材が、ケーシングの範囲内にきちんと入っている状態にあることを意味するとも思えるが、長尺部材をケーシングに「収納」することに、落下や振動、衝突、汚損から保護するといった技術的意義があるとは認められない点を重視したように思われる。
本判決は、事例判決であるものの、特許請求の範囲の記載の解釈の参考となることから、紹介した。
以上
文責 弁護士・弁理士 梶井 啓順