【令和4年7月20日(知財高裁 平成30年(ネ)第10077号)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

  本件は、プログラム等に関する特許発明の技術的範囲に属するプログラム(被疑侵害品)が日本国外に存在するサーバーから日本国内に所在するユーザに向けて配信されていることから、当該プログラムに係る「電気通信回線を通じた提供」(特許法2条3項1号)の一部が日本国外において行われるものである場合において、「実質的かつ全体的に考慮すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である」として、上記の配信が「電気通信回線を通じた提供」に該当すると判断した例である。
  なお、本件の原審である東京地判平成30年9月19日(平成28年(ワ)第38565号)は、構成要件充足性を否定したため、本件の知財高判が判示した侵害主体性の議論については何ら判断を示していない。

2 裁判所の判断

  知財高裁は、構成要件充足性を肯定した上で、以下のとおり、侵害主体性の議論に入った。まず、知財高裁は、属地主義の観点から、被控訴人(第一審被告)による配信行為(本件配信)が、「電気通信回線を通じた提供」といえるかという問題設定をした。そして、上記配信行為の全てが日本国の領域内で完結していない点を指摘した。

⑷ 被控訴人らの不法行為
ア 被控訴人ら各プログラムの電気通信回線を通じた提供
(ア)前記…のとおり、被控訴人らは、共同して日本国内に所在するユーザに対し、被控訴人ら各プログラム…を配信している。
(イ)a この点に関し、証拠…及び弁論の全趣旨によると、被控訴人ら各プログラムは、米国内に存在するサーバから日本国内に所在するユーザに向けて配信されるものと認められるから(以下、被控訴人ら各プログラムを日本国内に所在するユーザに向けて配信することを「本件配信」という。)、被控訴人ら各プログラムに係る電気通信回線を通じた提供(以下、単に「提供」という。)は、その一部が日本国外において行われるものである。そこで、本件においては、本件配信が準拠法である日本国特許法にいう「提供」に該当するか否かが問題となる。
b 我が国は、特許権について、いわゆる属地主義の原則を採用しており、これによれば、日本国の特許権は、日本国の領域内においてのみ効力を有するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、前掲最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。そして、本件配信を形式的かつ分析的にみれば、被控訴人ら各プログラムが米国の領域内にある電気通信回線(被控訴人ら各プログラムが格納されているサーバを含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内にある電気通信回線(ユーザが使用する端末装置を含む。)上を伝送される場合、日本国の領域内でも米国の領域内でもない地にある電気通信回線上を伝送される場合等を観念することができ、本件通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることは否めない。

  その上で、知財高裁は、実質論を展開し、形式的には日本国の領域内で完結しない実施行為であっても、実質的かつ全体的にみれば、日本国の領域内で行われたものと評価できる場合を指摘する。

 しかしながら、本件発明…のようにネットワークを通じて送信され得る発明につき特許権侵害が成立するために、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、そのような発明を実施しようとする者は、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどして容易に特許権侵害の責任を免れることとなってしまうところ、数多くの有用なネットワーク関連発明が存在する現代のデジタル社会において、かかる潜脱的な行為を許容することは著しく正義に反するというべきである。他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。

  そして、知財高裁は、上記配信行為(本件配信)が日本国の領域内で行われたものと評価できるかどうかについて、以下の①〜④等を考慮要素として判断する旨の基準を示し、本件配信が日本国の領域内で行われたものと評価できるとした。

 したがって、問題となる提供行為については、①当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、②当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、③当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、④当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう「提供」に該当すると解するのが相当である。
c これを本件についてみると、本件配信は、日本国の領域内に所在するユーザが被控訴人ら各サービスに係るウェブサイトにアクセスすることにより開始され、完結されるものであって…、本件配信につき日本国の領域外で行われる部分と日本国の領域内で行われる部分とを明確かつ容易に区別することは困難であるし、本件配信の制御は、日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであり、また、本件配信は、動画の視聴を欲する日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものである。さらに、本件配信によって初めて、日本国の領域内に所在するユーザは、コメントを付すなどした本件発明…に係る動画を視聴することができるのであって、本件配信により得られる本件発明…の効果は、日本国の領域内において発現している。これらの事情に照らすと、本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である。
d 以上によれば、本件配信は、日本国特許法2条3項1号にいう「提供」に該当する。

3 若干のコメント

  本件で問題となった論点(サーバの一部が海外に置かれている場合におけるサービス提供者の侵害主体性)は、従前より特許法の分野で議論されていたものであるが、特に昨今ではクラウドサービスの普及により、実務的な問題としても従前に比べてより一層関心が持たれている。最近では、令和2年7月10日に、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会が公表した「AI・IoT技術の時代にふさわしい特許制度の在り方」と題する中間取りまとめのレポート(https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/200710_aiiot_chukan/01.pdf)においても、法改正の要否も含めて本論点が取り上げられている。同レポートでは、「サーバーの一部が海外に置かれているような場合」に関し、「直ちに制度の見直しを検討するのではなく、具体的なケースに応じて裁判所が適切な判断を下すことを期待しつつ事態の推移を見守ることが適当である。」と述べている。
  そのような中、実際の紛争事例として本件が登場したのであるが、本件は、本論点において侵害主体性を認めた、おそらく我が国で最初の裁判例と思われる。本論点について、侵害主体性を否定した裁判例は、本件と同一当事者間で争われた別件の特許権侵害訴訟(東京地判令和4年3月24日〔令和元年(ワ)第25152号〕)がおそらく我が国で最初の裁判例である。このように、同時期に、知財高裁と東京地裁の知財部において、全く逆の結論が出されたのであるが、この違いをどう捉えるかは難しい。一つの視点として、両事件で問題となった「実施」行為(特許法2条3項)に関し、本件が「電気通信回線を通じた提供」(特許法2条3項1号)であるのに対し、令和4年東京地判が「生産」(同号)であることに、結論を異にした要因があるのではないかという分析を聞く。たしかに、令和4年東京地判は、「明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の『実施』としての『生産』の範囲を画するのは相当とはいえない。」と判示しており、使用等を含む実施行為全体について判示しているものではないので、上記分析のようにもいえるのかもしれない。しかし、本件の知財高判は、「問題となる提供行為については…」として「電気通信回線を通じた提供」に関して前記①〜④の4要素に言及する一方、その直前の判示部分において「他方、特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。」としている。この判示からすると、本件の知財高判は、「電気通信回線を通じた提供」以外の実施行為に関し、一部が日本国の領域外で行われていても、「電気通信回線を通じた提供」に関して同判決が判示したように、日本国の領域内で行われたと評価する余地を認めているようにもみえる。
  令和4年東京地判は控訴され、知財高裁第1部において、令和4年9月30日から同年11月30日までの間、以下の事項について意見が募集された(https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2022/boshuuyoukou_n.pdf)。

3 意見募集事項
1 サーバと複数の端末装置とを構成要素とする「システム」の発明において、当該サーバが日本国外で作り出され、存在する場合、発明の実施行為である「生産」(特許法2条3項1号)に該当し得ると考えるべきか。
2 1で「生産」に該当し得るとの考え方に立つ場合、該当するというためには、どのような要件が必要か。

  裁判所による統一的な判断が待たれる。

以上
弁護士 藤田達郎