【令和4年3月24日判決(東京地裁 平成30年(ワ)第17586号)】

キーワード::サポート要件、課題

1 事案の概要

 本件は、特許権侵害訴訟の第一審である。

 本件の原告は、平成27年10月30日に本件特許権に基づき、被告製品の製造販売の差止めを求める訴えを提起し、東京地裁は平成29年9月29日に認容判決を出し、最高裁まで争われたが、原告勝訴が確定している。

 本件は、平成27年4月1日から平成28年3月31日迄の被告製品の販売分(第1事件)、平成28年4月1日から平成29年3月31日までの販売分(第2事件)、平成29年4月1日から平成30年3月31日までの販売分(第3事件)、平成30年4月1日から平成31年3月31日までの販売分(第4事件)について、不当利得返還及び損害賠償が請求された事件である。

2 本件特許発明

本件訂正発明6(訂正後の請求項6)

 次の成分(A)及び(B):

(A)ピタバスタチン又はその塩;

(B)カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上; を含有し、かつ、

(C)水分含量が1.5~2.9質量%である固形製剤であって、かつ、錠剤であって、気密包装体に収容される固形製剤(但し、固形製剤又は成分(A)の粒子若しくは成分(A)を含む粒子がポリビニルアルコール又はセルロース誘導体をフィルム形成剤として含む材料の層でコーティングされている固形製剤、及び、アルカリ化物質を5 10 15 20 25含まない固形製剤を除く)

 3 裁判所の判断

 3 争点⑴ア(サポート要件違反)について

⑴ 判断基準 特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される。

⑵ 本件各発明の課題及び解決手段について

ア 本件明細書の発明の詳細な説明には、本件各発明の技術分野は、「ピタバスタチン又はその塩のラクトン体生成が抑制された固形製剤及び当該固形製剤を用いた医薬品に関する」ものであり(【0001】)、「本発明は、ピタバスタチン又はその塩と、カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上とを含有する、ラクトン体生成の抑制された固形製剤、及び当該固形製剤を用いた医薬品を提供することを課題とする。」と記載されており(【0009】)、本件各発明は、ピタバスタチン又はその塩のラクトン体の生成が抑制された固形製剤及び当該固形製剤を用いた医薬品を提供することを課題とする発明といえる。

 そして、本件明細書には、本件各発明が「固形製剤の水分含量を一定値以下とすることによって、ピタバスタチン又はその塩由来のラクトン体の生成が抑制できることを見出し、本発明を完成した」と記載されている(【0010】)ところ、本件明細書には、発明を実施するための形態について、「本発明の固形製剤は、ラクトン体の生成を抑制するため水分含量が固形製剤全質量に対し2.9質量%以下である必要があるが、ラクトン体の生成抑制の観点から2.1質量%以下であるのがより好ましく、1.9質量%以下であるのが特に好ましい。」「水分含量が1.5~2.9質量%・・・である本発明の固形製剤は、ラクトン体の生成が抑制され、また、5-ケト体の生成も抑制されるため、固形製剤中のピタバスタチンの安定性が特に良好であるという優れた効果を有する」(【0025】)、「本発明の「医薬品」は、気密包装体の内部において固形製剤が2.9質量%以下の水分含量であればよい」との記載がされており(【0045】)、本件各発明の固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にすることによってラクトン体の生成が抑制されることが記載されている。

上記アのような本件明細書の記載に鑑みれば、本件各発明は、ラクトン体の生成率を抑制した医薬品を提供することを課題とするものであり、本件各発明の固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にすることが記載されているところ、上記課題について、解決をすることができると認識できる範囲について、検討する。

 本件明細書には、その実施例(試験例2)について、「表3に示す試験結果から、錠剤の水分含量が2.9質量%以下である場合にラクトン体の生成が顕著に抑制されることが明らかとなった。特に、錠剤の水分含量が2.1質量%以下である場合、40℃、75%相対湿度の条件下で2ヶ月保存後においてもラクトン体の生成率は低く抑えられていた。」

「以上の試験結果から、ピタバスタチン又はその塩と、カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤においてはラクトン体生成が抑制されることが明らかとなった。」

(【0067】)と記載されており、上記表3において、水分含量「2.9」の場合のラクトン体の生成率「0.23」と水分含量「3.3」の場合のラクトン体の生成率「0.35」との間には二重線が付され、それらの生成率について明確に区別して記載されている。

 これらに照らせば、本件明細書は、表3の「水分含量(質量%)」が「2.9」の場合のラクトン体の生成率「0.23」(40℃75%RH2か月後)について「ラクトン体生成が抑制されることが明らかになった」と評価して本件各発明の課題を解決したとする一方で、「水分含

量(質量%)」が「3.3」の場合のラクトン体の生成率「0.35」(40℃75%RH2か月後)については、そのラクトン体の生成率に着目した上で、その生成率に照らし、本件各発明の課題を解決したといえる程度にラクトン体の生成が抑制されたとはいえないと評価している

ものといえる。

(イ)本件各発明の属する医薬品の分野において、医薬品としての品質管理上要求される類縁物質の許容範囲が存在し、医薬品の品質管理上、当該許容範囲に収まるように一定範囲内に類縁物質の生成抑制がされた医薬品を提供することは当業者にとって周知の課題といえる(乙83、弁論の全趣旨)。

 本件各発明は医薬品を提供する発明であり、本件明細書の記載から、一定の医薬品を提供することを課題とする(前記ア)ものであり、ラクトン体を含む類縁物質の生成が一定範囲内に抑制された医薬品を提供するものであることを前提としたものといえる。

 以上のとおりの本件明細書の記載等に照らせば、本件各発明において、課題が解決されて、ラクトン体の生成が抑制されたというのは、本件各発明が医薬品を提供する発明であることを前提として、水分含量を「2.9質量%以下」という一定値以下にすることにより、ラクトン体の生成率(40℃75%RH2か月後)が0.23%と0.35%の間のいずれかの値以下に抑制されたことをいうものと解するのが相当である。

・・・(中略)・・・

課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて

ア 本件各発明の課題は、ラクトン体の生成率を抑制した医薬品を提供することであり、その課題の解決とは、本件各発明が医薬品を提供する発明であることを前提として、水分含量を「2.9質量%以下」という一定値以下にすることによりラクトン体の生成率(40℃75%RH2か月後)が0.23%と0.35%の間のいずれかの値以下に抑制されたことをいうと解されるから、以下、本件各発明が、発明の詳細な説明の記載から、上記のような課題の解決をすることができると認識できる範囲のものであるか否かについて検討する。

 本件明細書の発明の詳細な説明の記載には、「本発明者は上記課題を解決するにあたり、まずピタバスタチン又はその塩と、カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上との混合時におけるラクトン体生成の原因・メカニズムにつき鋭意検討したところ、驚くべきことに、混合物中の水分含量とラクトン体量の間に相関があり、水分含量が増加するに従い脱水縮合物であるラクトン体の生成量が増加することが明らかとなった。・・・。これらのことから、上記した崩壊剤との共存によるラクトン体生成の原因・メカニズムは、現在販売中の「リバロ錠」には配合されていない上記特定の崩壊剤の有する高い吸湿性に起因することが示唆された。そして、固形製剤の水分含量を一定値以下とすることによって、ピタバスタチン又はその塩由来のラクトン体生成が抑制できることを見出し、本発明を完成した。」(【0010】)と記載されているが、本件明細書において、上記記載以外に、本件各発明の固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にすることによって、ラクトン体の生成率が抑制される具体的な作用機序についての記載はない。

 そして、本件明細書には、試験例2として、表2の処方例1に基づき製造された口腔内崩壊型錠剤(錠剤120mg中にピタバスタチンカルシウム1.0mg、結晶セルロース45mgなどを配合したもの。)について、「表3に示す試験結果から、錠剤の水分含量が2.9質量%以下である場合にラクトン体の生成が顕著に抑制されることが明らかとなった。特に、錠剤の水分含量が2.1質量%以下である場合、40℃、75%相対湿度の条件下で2ヶ月保存後においてもラクトン体の生成率は低く抑えられていた。・・・。以上の試験結果から、ピタバスタチン又はその塩と、カルメロース及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上を含有し、かつ、水分含量が2.9質量%以下である固形製剤においてはラクトン体生成が抑制されることが明らかとなった。また、当該固形製剤が気密包装体に収容されてなる医薬品は水分含量が安定的に維持される結果長期に渡ってラクトン体生成が抑制されることも明らかとなった。」(【0067】)と記載されている。この記載からすれば、処方例1に基づき製造された口腔内崩壊型錠剤については、固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にすることによって、ラクトン体の生成を相当量に抑制することができ、本件各発明の課題が解決されたことが記載されているといえる。

 他方、本件明細書には、本件各発明の実施例としては、上記の実施例の記載があるだけであって、表2の処方例1に基づき製造された口腔内崩壊型錠剤以外の構成を有する本件各発明の医薬品について、本件各発明の固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にした場合のラクトン体の生成率を示した実施例の記載はない。

 本件各発明は、(A)ピタバスタチン又はその塩、(B)カルメロース 及びその塩、クロスポビドン並びに結晶セルロースよりなる群から選ばれる1種以上からなる固形製剤であり、結晶セルロースを含まない構成を包含する固形製剤である。

 本件明細書の表2の処方例1の成分及び分量として、結晶セルロースが処方例1の口腔内崩壊型錠剤120mg中に45.0mg含まれているところ、結晶セルロースについては、一般的に主薬の化学的変化を抑制する安定化剤としての効果があることは周知技術といえること(前記2⑵ないし⑻)、乙1公報にはスタチン系製剤(HMG-CoAレダクターゼ阻害剤)の安定性に結晶セルロースが寄与することが開示されていること(前記2⑴)、処方例1の口腔内崩壊型錠剤に含まれている結晶セルロースの分量は上記安定性を発揮するには十分なものといえることに照らせば、処方例1に基づき製造された口腔内崩壊型錠剤に含有する結晶セルロースがピタバスタチンカルシムの安定性に寄与した可能性があるというべきである。

 これに加えて、本件明細書には、本件各発明の固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にすることによって、ラクトン体の生成が抑制される具体的な作用機序についての記載はない(上記 )。そして、表2の処方例1に基づき製造された口腔内崩壊型錠剤以外の構成について、固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にすることによって、ラクトン体の生成率がどのようになるか示した実施例の記載もなく、また、処方例1に基づき製造された口腔内崩壊型錠剤の結晶セルロースを除いた構成によってラクトン体の生成率を抑制した医薬品を提供することができるとの技術常識もない。

 これらを併せて考えれば、本件明細書の記載から、当業者が、本件各発明の固形製剤の水分含量を2.9質量%以下にすることにより、結晶セルロースを除いた構成によってラクトン体の生成率(40℃75%RH2か月後)が0.23%と0.35%の間のいずれかの値以下に抑制された医薬品を提供することができると認識することはできず、本件各発明の課題を解決することができると認識することはできないというべきである。

4.コメント

 本件は、結論だけ見ると、実施例で実証されていない構成(結晶セルロースを含まない構成)について、課題を解決できることが認識できないと判断したものであるが、結論に至るまでの論理構成は、単に実施例がないからサポート要件違反であるというシンプルなものではない(しかし、様々な要素について検討されているものの、結局、実施例がないからアウトというシンプルなストーリーになっていると見えなくもない。)。

 特許権者としては、実施例から、副成分が何であろうが、水分量を一定値以下とすることによってラクトン体の生成が抑制されることが分かるからクレーム全体にわたって課題解決が認識できると主張したいところであったが、裁判所はそのようには判断しなかった。

                                       以上

弁護士・弁理士 篠田淳郎