【令和4年6月23日(知財高裁 令和2年(行ケ)第10143号)】

【キーワード】実施可能要件

1 事案の概要

 本件は、特許無効審判の請求不成立審決の審決等取消訴訟である。

 本件は、測定条件に関して、実施可能要件違反かどうかが争われた。

2 本件発明

【請求項1】
 TD方向の引裂強度が2~6cNであり、かつ、MD方向の引張弾性率が250~600MPaである塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムであって、
 温度変調型示差走査熱量計にて測定される低温結晶化開始温度が40~60℃であり、
 塩化ビニリデン繰り返し単位を72~93%含有するポリ塩化ビニリデン系樹脂に対して、エポキシ化植物油を0.5~3重量%、クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を3~8重量%含有し、かつ、
 厚みが6~18μmである、
 塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム。

3 原告の主張

 本件明細書には、「引裂強度」の測定方法について、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、JIS-P-8116記載の方法に準拠して、測定したとの記載(【0057】)があるが、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)による測定方法(甲9、26、29)とJIS-P-8116記載の方法(甲7)とは、測定機器、試験片の枚数(ひいては、その厚み)及び引き裂き長さが異なるものである。
 したがって、【0057】の記載において、測定機器と準拠すべきJIS規格とが一致せず、本件発明の「引裂強度」の測定方法が一義的に定まらないから、過度の試行錯誤を要するかどうかを検討するまでもなく、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、「引裂強度」が「2~6cN」の数値範囲に属する本件発明の「ラップフィルム」を製造することができない。

4 裁判所の判断

「3 取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)について
⑴ 本件発明の実施可能要件の適合性について

・・・

 そこで検討するに、本件明細書には、引裂強度の測定に関し、「ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、測定を実施した。
測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS-P-8116記載の方法に準拠して、ラップフィルムの引裂強度を測定した。」(【0057】)との記載がある。
 しかるところ、当業者においては、本件出願前に発行された東洋精機作成の「型式D 製品名 軽荷重引裂試験機」の取扱説明書(甲29)記載の「装置の用途」、「仕様」(試験片寸法、測定レンジ、試験片枚数等)、「試験片作成」、「測定原理」の各項目の記載に基づいて、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムについて、試験片を作成(作製)し、装置(「軽荷重引裂試験機」)を操作し、試験片の「引裂強度」を測定することに特段の困難はないものと認められる。
 一方、JIS-P-81165 記載の方法による「引裂強度」の測定方法(甲7)は、エルメンドルフ形引裂試験機を用いて、紙の引裂強度を測定する方法である点、試験片の寸法等の点において、軽荷重引裂試験機による測定方法と異なるものである。
 しかし、上記【0057】の「測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用」し、「JIS-P-8116記載の方法に準拠して…測定した。」との記載は、その文脈から、本件発明の「引裂強度」の測定は、実際の測定に使用する軽荷重引裂試験機(東洋精機製)の取扱説明書の記載に従って測定し、上記取扱説明書に記載のない項目(例えば、「引裂強さ」の定義、「試験結果の表し方」等)については、JIS-P-8116に従ったことを述べたものと解するのが自然であるから、JIS-P-8116記載の方法による「引裂強度」の測定方法と軽荷重引裂試験機による測定方法とに異なる点があるからといって、本件発明の「引裂強度」の測定方法が一義的に定まらないということはできない。
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。」

5 コメント

 本件では、クレーム中のパラメータの測定条件について、記載不備が争われている。
 本件明細書の【0057】には、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、JIS-P-8116記載の方法に準拠して、測定したといったことが記載されているが、軽荷重引張試験機(東洋精機製)による測定方法と、JIS-P-8116記載の方法とは異なる方法である。
 この点について、裁判所は、上記【0057】の記載は、その文脈から、本件発明の「引裂強度」の測定は、実際の測定に使用する軽荷重引裂試験機(東洋精機製)の取扱説明書の記載に従って測定し、上記取扱説明書に記載のない項目については、JISに従ったことを述べたものと解するのが自然であるとし、実施可能要件を満たしていると判断した。

                                        以上

弁護士・弁理士 篠田淳郎