【名古屋地判昭和55年4月25日(昭53(ワ)654号)】

【概要】

商標権者が商標法第38条第2項に基づき損害賠償を請求するためには、自ら業として登録商標を使用しておりかつその商標権に対する侵害行為によって営業上被った損害の発生を主張・立証する必要があるとした上で、原告が現実に営業上の損害を蒙ったと認めることは困難であるのみならず、被告が右標章を使用したために、原告の商品と誤認混同され、その結果営業上の利益をあげえたものとも認め難いとして、商標法第38条第2項の適用を否定した事例。

【キーワード】

商標法第38条第2項、損害の推定

【判旨】

三(一) 被告の本件各商標権に対する前記侵害行為は過失によるものと推定されるところ(法三九条、特許法一〇三条)、被告代表者塚田昭義本人尋問の結果中の、被告は原告が本件各商標権を有することを知らなかった旨の供述部分は措信し難く、他に右推定を覆し、被告が前記侵害行為につき無過失であったことを認めるに足る証拠はないから、被告は、前記侵害行為によって原告が蒙った損害を賠償する義務があるものというべきである。
 ところで、原告は、法三八条一項の規定を援用して、被告がその侵害行為によって得た純利益の額が原告の損害額と推定されるべきである旨主張するので、その当否について検討する。
 商標権の侵害に対する損害賠償請求権はいわゆる一般の不法行為に対する損害賠償請求権(民法七〇九条)であり、不法行為により蒙った損害の賠償を請求するには、損害の発生を主張・立証すべきものであること及び法三八条一項の規定の体裁からして、右規定は、商標権者が商標権の侵害によって蒙った損害の賠償を請求する場合に、その営業上の損害の額を立証することが困難であることに鑑み、商標権者の右負担を軽減することを目的とする規定であって、商標権者が蒙った損害の額を推定するにとどまり、商標権者は侵害行為によって当然に損害を蒙り、その損害額は侵害者が侵害行為によって得た利益額と同額であるとまで推定するものではないと解すべきである。
 従って、商標権者が右規定の適用を受けるためには、自ら業として登録商標を使用しており、かつその商標権に対する侵害行為によって現に営業上の損害を蒙ったことを主張・立証する必要があるものというべきである。
  (二) 本件において、《証拠省略》によれば、原告は、その商品を製造、販売するにつき、本件三の商標を登録以来今日に至るまで使用したことはないことが認められるから、これに対応するイ号(三)の標章については、法三八条一項の適用がないことは明らかである。
  (三) 次に、被告のイ号(一)、(二)の各標章の使用により、原告が営業上の損害を蒙ったか否かについて判断するに、《証拠省略》によれば、わが国における天井材、壁材等の内装用新建材の大手メーカーは原告、被告及び訴外大建工業株式会社の三社であるが、右天井材等の取引は、主として、メーカーが取引系列を有する特約店や代理店に販売し、右特約店や代理店は最終的な需要者である施主の意向を受けた工務店や大工に販売するという形態であること、原、被告らが製造、販売する天井材等は多種類に及び、しかもその各種のものが多様な柄、模様にわけられているため、原、被告らは本件一、二の商標、イ号(一)、(二)の標章等各種の商標、標章を、各種別の商品の柄名を表示する愛称として使用していること、天井材等の購買者は、通常、宣伝用カタログもしくは見本品等により価格、柄、模様を知り、これを基にメーカー名と柄名を表示する愛称(商標、標章)とを示して取引していること、原告の商品の包装箱等には、右柄名(商標)とともに、原告製品であることを示す「ゴールデンスーパー」、「ゴールデンリビング」等の表示が中央部に太字で鮮明に記載されており、被告の商品の包装箱等には柄名(標章)とともに、被告製品であることを示す「トーヨーセンターピース」、「東洋吸音板ほんざね」(なお「ほんざね」とは天井材のはめこみの結合方法を指すものであって、右表示自体は別段商品の出所を示すものではない。)等の表示が原告と同様中央部に太字で鮮明に記載されていること、原告はその商品の柄名を示すものとして、現在約九八〇の登録商標を有しており(そのうち現に使用しているものは一割程度であって、その余はいわゆるストック商標である。)、訴外大建工業も同様に七〇〇ないし八〇〇の登録商標を有していること、被告は約一〇〇の標章を現に使用していること(但し、いずれも未登録)以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。
 以上に認定した、本件一、二の商標及びイ号(一)、(二)の各標章使用の具体的態様及び取引界の実情に照らして考えると、イ号(一)、(二)の標章は本件一、二の各商標とそれぞれその外観、称呼、観念において同一であるとはいえ、被告のイ号(一)、(二)の各標章の使用により、原、被告の商品が、その流通過程において誤認混同されるおそれは、殆んどないといっても過言ではないと考えられる。《証拠判断省略》
 してみると、被告のイ号(一)、(二)の標章使用により、原告が現実に営業上の損害を蒙ったと認めることは困難であるのみならず、被告が右標章を使用したために、原告の商品と誤認混同され、その結果営業上の利益をあげえたものとも認め難い。
 従って、仮に被告が右各標章を使用しなかったならば、原告は、被告の利益額に相当する利益を取得したのであろうとは到底認められない。
 右のとおりであって、法三八条一項の適用があるとする原告の前記主張は理由がない。

【検討】

 商標法第38条第2項は、損害額の推定規定であり、商標権者は、別途、損害の発生を主張立証する必要があるとされている。この損害の発生には、商標権者が登録商標を使用することが必要であるとされているが、商標権者が登録商標を使用していれば、直ちに、商標権者に損害が発生するといえるのか疑問に思うところである。
 特許法の場合は、侵害者が特許機能を備えた製品(特許発明の技術的範囲に含まれる製品)を販売していなければ、同機能を備えた製品は特許権者しか販売していないことから、需要者は特許権者から製品を購入していた(ゆえに、特許権者の製品が売れずに損害が発生した)と考えやすい。一方、商標法においては、仮に、侵害者が登録商標を使用しておらず、他の商標を使用していれば、需要者は商標権者から商品を購入したということには、直ちにならないであろう。このような観点から、本裁判例では、出所混同が生じていなければ、商標法第38条第2項の適用はないものと判断したと考えられる。

以上

弁護士・弁理士 杉尾雄一