【令和4年1月19日(知財高裁 令和2年(行ケ)第10113号)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

 本件は不使用取消審判の被請求人(商標権者)が取消審決を不服として、当該審決の取消しを求めた審決取消訴訟の事案である。
 本件の背景は以下の図のとおりである。
 原告は、自らが設立した米国企業において、米国にて高級スポーツ衣類の販売を行っていたが、2010年に米国における事業をBB社に売却し、米国商標も譲渡した。その際に、日本その他のアジアの国における登録商標は引き続き保有していた。その後、原告とBB社との間で紛争が生じたが、2015年、以下の図に記載の内容で和解をした(本件和解契約)。
 被告は、2017年にBB社を買収した後、原告に対して、原告が保有する日本商標の買取を打診し、協議していたが、2018年3月に合意に至らず協議が中断となった。そうしたところ、同年9月、被告は原告が保有する日本の登録商標について、不使用取消審判を請求した。

 特許庁は、被告(請求人)の主張を容れて取消審決をしたところ、原告(被請求人)は不使用取消審判の請求は権利の濫用に当たるから取消事由があると主張して、審決取消訴訟を提起したのが本件である。

2 判示内容(判決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)

 ⑴ 裁判所は、被告(請求人)による不使用取消審判の請求は権利の濫用に当たるとして、原告の主張する取消事由には理由があるとして、取消審決を取り消した。

 ⑵ まず、裁判所は、不使用取消し審判の請求と権利の濫用に関して、次のように一般論を展開してから、本件の検討に入った(下線は執筆者が付した。)。

 商標法50条1項は,継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが指定商品等についての登録商標の使用をしていないときは,「何人も」その指定商品等に係る商標登録を取り消すことについて審判(以下「不使用取消審判」という。)を請求することができる旨を定めている。同項は,不使用取消審判の請求人資格について,平成8年法律第68号による改正前の商標法においては利害関係人に限られると解されていたのを,「何人も」請求することを明文化したものであると解される。
 したがって,不使用取消審判の請求が,専ら被請求人を害することを目的としていると認められる場合等の特段の事情がない限り,当該請求が権利の濫用となることはないというべきである。以下,これを前提として判断する。

 ⑶ 裁判所は、上記の事案の概要と同旨の事実を認定した上で、被告はBB社を買収したことにより、本件和解契約に基づきBB社が負っていた「原告の商標権を妨害しない」という義務を被告も負うことを認識しながら、不使用取消審判に及んだものであるとした。そして、被告による不使用取消審判の請求は、金銭的負担をすることなく原告保有の商標を使用することを企図して、専ら原告を害する目的でしたものと認められるから、権利の濫用に該当するとした。

 上記各事実によれば,被告は,ブランデッドボースト社を買収した後,本件審判請求に及ぶ直前まで,原告との間で,原告が保有する本件商標を含む日本及びその他の国のBOASTブランドに係る登録商標の買取りについて協議をしていたが,協議中断の数か月後に本件審判請求に及んだものである。
 こうした経緯に加え,被告は,本件審判請求における手続において,原告が,「2017年10月3日,請求人は,ブランドボースト社(当審注:ブランデッドボースト社のこと)より,同社の「BOAST」ブランド事業を買収し,同社が保有する米国「BOAST」登録商標の移転を受けた(乙1)。したがって,請求人は,被請求人が保有する日本「BOAST」登録商標に干渉しない義務を含む,本件和解契約に基づく義務を履行する責任を負う」,「また,請求人は,本件和解契約に基づき,日本「BOAST」登録商標に係る被請求人の権利に対する干渉を行ってはならない義務を負う」旨主張したのに対して,具体的に弁駁していないことは記録上明らかであり,また, 本訴における原告による同旨の主張についても反論していないことからすると,被告は,ブランデッドボースト社から米国内における「BOAST」事業を買収するに際して,原告らと同社との間では,同社が,世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない旨の本件和解契約に基づく義務を負担しており,上記買収により被告も同義務を履行する責任を負うことを認識しながら,これを前提として,原告との間で,原告が保有する本件商標を含む日本及びその他の国のBOASTブランドに係る登録商標の買取り交渉をしていたものと認められる。そうすると,被告は,原告との間で,原告が保有する本件商標を含む日本及びその他の国のBOASTブランドに係る登録商標の買取り交渉が頓挫するや否や,原告が保有する商標権を妨害してはならない旨の上記義務に反することを知りながら,本件商標の取消しを求めて本件審判請求に及んだものと認めるのが相当である
 したがって,本件審判請求は,金銭的負担をすることなく本件商標を使用することを企図し,取消審判制度が何人も申し立てることができることに藉口して,専ら原告を害する目的でしたものと認められるから,権利の濫用に当たるものというべきである。

3 若干のコメント

 本件で裁判所が示した「専ら被請求人を害することを目的としていると認められる場合等の特段の事情がない限り,当該請求が権利の濫用となることはない」との規範は、過去の裁判例でも言及されてきたものである(知財高判平成20年6月26日(平成20年(行ケ)第10025号)。上記規範の下で権利濫用が認められた例はこれまで見当たらず、おそらく、本件はこれを認めた初の例と思われる。
 なお、本件は、被告が口頭弁論に出頭せず、答弁書等も提出していないため、原告主張の請求原因事実は擬制自白により認定されている。
 本件で権利濫用の決め手となった要素として、①被告には原告保有の商標権を妨害してはならない義務を有していたこと、②被告はその義務を認識しながら不使用取消審判を提起したこと、③買取交渉がとん挫するや否や(とん挫から約半年後)上記義務に違反することを知りながら不使用取消審判を請求したこと等の事情を挙げる。
 これらの要素を認定した上で、「本件審判請求は,金銭的負担をすることなく本件商標を使用することを企図し,取消審判制度が何人も申し立てることができることに藉口して,専ら原告を害する目的でしたものと認められる」として、権利の濫用と判断した。
 この点、上記①は、いわゆる不争義務に相当するものであり、不争義務を負っているという事実のみで権利濫用を導けるかは気になるところであるが、裁判所が権利濫用を導くために上記①以外の複数の要素を認定している以上、不争義務を負っていたというだけでは、権利濫用というのは難しいのかもしれない。

以上

弁護士 藤田達郎