【平成30年1月11日判決(大阪地裁 平成27年(ワ)第12965号)】

【判旨】
 発明の名称を「液体を微粒子に噴射する方法とノズル」とする特許権(特許第2797080号)を有する原告が,被告製品の製造販売は原告の特許権侵害に当たると主張して,被告に対し,損害金3000万円及び弁護士費用相当額300万円並びにこれらに対する遅延損害金の支払のほか,不当利得金2億6550万円の返還を求めるなどした事案。裁判所は,被告製品(イ号製品)が,少なくとも本件各発明の構成要件のうち「微粒子」を含む各構成要件を充足するとは認められないとして,原告の請求を棄却した。

【キーワード】
充足論,作用効果,特許法70条1項,特許法20条2項

1 事案の概要及び争点

 本件特許権の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)の内容は,以下のとおりであり,下線部分の充足性につき争いがある。本件では,他に請求項2,4,6に係る発明(請求項2は請求項1の従属クレーム,請求項4及び6は同様の内容の装置クレーム)に基づく請求も行われていたが,争点はほぼ共通のため本稿では割愛する。

 

構成要件

内容

液体を薄膜流とし,この薄膜流を気体流で空気中に噴射して,液体を微粒子に噴射する方法において,
加圧された空気を,空気口から開放された空間に噴射して高速流動する空気流とすると共に,
空気口から噴射される空気を,液体の流動方向に平滑な平滑面に向けて噴射して,この平滑面に接触しながら平滑面と平行に一定の方向に高速流動する空気流とし
空気流を高速流動させている平滑面の途中に,空気流の流動方向に交差するように,しかも,空気流と平滑面との間に液体を供給し,供給された液体を,高速流動する空気流で平滑面に押し付けて薄く引き伸ばして薄膜流とし
この薄膜流を平滑面から離して微粒子として噴射することを特徴とする
 液体を微粒子に噴射する方法。

 従来のノズルでは,加圧した液体と加圧した空気とを混合してノズルの先端から噴射したミストを互いに衝突させることで,微細な粒子とする方法が採用されていたが,液体の種類によってはノズルの詰まりが生じ得る等の欠点があった(本件明細書【0005】等)。これに対し,本件発明1では,ノズルの傾斜面に沿って高速流動させた空気流によって,供給口から傾斜面に送り出された液体を薄く引き伸ばして薄膜流とすることで,この薄膜流が傾斜面を離れる時に,表面張力で粉々にちぎれて微粒子の液滴となる。その結果,液体を極めて小さい微粒子に噴射できると共に,種々の液体を詰まらない状態で使用でき,また,単位時間当たりの噴射量を多くして,微細な液滴に噴射できる等の作用効果を奏するとされている(本件明細書【0020】等)。

※本件明細書【図5】より引用(赤枠は筆者付与)

 被告は,本件明細書の記載等を元に,本件発明における「微粒子」とは10μm以下の微粒子に限られると主張し,イ号製品等では衝突前に10μm以下の微粒子は得られないと主張したことから,当該「微粒子」の文言解釈及びイ号製品等へのあてはめの点が問題(争点)となった。

2 裁判所の判断

(1)クレーム解釈
 
まず,裁判所は,本件発明1のクレーム解釈に関し,解決すべき課題や発明の効果の欄に,粒子径を「10μm以下」とする旨の記載があることや,実施例において10μm以下の微粒子に関し「成功」,20ないし30μmの粒子に関し「欠点」と記載されていること等を根拠に,本件発明1における「微粒子」とは「粒子径10μm以下のもの」を意味し,構成要件Eにおける「液体を微粒子に噴射する」とは「高速流動空気によって押しつけられた液体の薄膜流が平滑面ないし傾斜面から離れるときに10μm以下の液滴の微粒子になること」を意味すると判示した(下記参照)。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

 (1)  本件発明の「微粒子」の意義について
     ア  本件明細書においては,加圧した液体と加圧した空気とを混合してノズルの先端から噴射したミストを互いに衝突させて微細な粒子とする原理をとる従来技術(図1)について,「この構造のノズルは,液体を10μm以下の微細な粒子に噴射できる」(【0003】)が,「数分も使用すると,ノズルの先端に噴霧された液滴が付着して乾燥し,しかもこれが次第に堆積して詰まってしまう欠点があった」と解決すべき課題を挙げ(【0005】),また,非常に細かく噴射した液体に加圧空気を噴射するという原理をとる従来技術(図2)について,「ちなみに,粒子径を10μm以下とするノズルは,中心孔の内径を0.2mm以下とする必要がある。この内径のノズルの噴霧量は,乾燥重量で1時間に15gにすぎない。このように小さいノズルは極めて詰まりやすい欠点もある。」(【0006】)と解決すべき課題を挙げた上で,「本発明は,従来のこれ等の欠点を解決することを目的に開発されたもので,本発明の重要な目的は,液体を極めて小さい微粒子に噴射できると共に,種々の液体を詰まらない状態で使用できる液体を微粒子に噴射する方法とノズルを提供することにある。」(【0008】)と発明の目的を述べている。
  そして,課題を解決するための手段において,「本発明者は前記の目的を達成するために,図3に示す構造のノズルを試作した。・・・粒子径を5μmとする微粒子を得ることに成功した。しかしながら,この構造のノズルは,液体を噴射する供給口5の調整が極めて難しく,調整がずれると微粒子の粒子径は20~30μm以上に急激に大きくなった。」(【0011】),「本発明者はさらにこの欠点を解消するために,・・・・設計すると,10μm以下の微粒子が得られる。しかしながら,このことを実現するために,・・・製作が極めて難しくなった。」(【0012】),「本発明の液体を微粒子に噴射する方法とノズルは,従来のこのような原理とは異なる新しい方法で液体を微粒子にして噴射することに成功したものである。」(【0014】)と記載されている。
  さらに,発明の効果において,「ちなみに,本発明者が試作したノズルは,1分間に1000gの液体を噴射して,粒子径を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに成功した。」(【0072】)と記載されている。
  以上のとおり,本件明細書においては,まず,従来技術において,粒子径を10μm以下の微粒子に噴射できるノズルは,極めて詰まりやすいという欠点があることを指摘した上で,本件発明はその詰まりやすいという課題を解決することを目的とするものであることを説明し,さらに,課題解決手段の項でノズル試作段階の結果に触れ,いったん粒子径を5μmとする微粒子が得られるノズルの試作に「成功」したが,同ノズルは,調整を誤ると粒子径が20ないし30μmと急激に大きくなってしまう「欠点」があるので,さらなる試行錯誤の中で,10μm以下の微粒子が得られるノズルを製作し,最終的にはそのノズルの問題点を解決したとしている。
  そして,試作したノズルにおいて,1分間に1000gの液体を噴射すれば,粒子径を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに「成功」することを説明している。
  これらの本件明細書の記載からすると,本件発明は,単に,ある程度粒径の小さな粒子が噴射されれば足りるというのではなく,液体を「極めて小さい微粒子」に噴射できることが重要な目的のひとつとして挙げられている(【0008】)ように,噴射される「微粒子」の大きさが極めて重要な意味を有するものであることから,本件発明において生成されるべき「微粒子」の粒径の範囲は特定されているものと解するのが相当である。
  そして,前記各記載においては,10μm以下の微粒子の噴射を「成功」,20ないし30μmの微粒子の噴射を「欠点」と位置づけており,また,本件発明は,もともと,従来技術によった場合の粒子径10μm以下の微粒子に噴射できるノズルにおける欠点を解決することを目的としたものであるとしていることも踏まえると,本件発明において噴射されるべき「微粒子」は,粒子径10μm以下のものとして設定されており,本件発明の「液体を微粒子に噴射する」とは,高速流動空気によって押しつけられた液体の薄膜流が平滑面ないし傾斜面から離れるときに10μm以下の液滴の微粒子になることをいうと解するのが相当である。

 これに対し,原告は,「10μm以下」の記載はあくまで例示にすぎないなどと反論したが,本件明細書の記載を総合すれば,本件発明によって噴射されるべき粒子径として10μm以下が設定されていると理解するのが相当であるとして,当該反論は採用されなかった(下記参照)。また,原告は,被告特許における「微粒子」の定義と本件訴訟における被告主張とが矛盾する旨の主張も行っていたが,微粒子の粒子径は一義的ではなく,各発明の目的等に応じて個別に設定されるべきであるとして,当該主張も棄却された(同)。

イ  これに対し,原告は,上記の本件明細書の記載は例示にすぎない等と主張するが,前記のとおり,本件明細書の記載では,従来技術の課題,課題を解決するための手段及び発明の効果のいずれにおいても粒子径を10μm以下にすることが記載されているから,これらの記載を総合すれば,本件発明によって噴射される微粒子のあるべき粒子径として10μm以下という数値が設定されていると解するのが相当であり,これら記載を,単に例示として記載された数値にすぎないとする原告の主張は採用できない。
  また,原告は,被告特許において,10μmの倍以上のサイズの粒子も「微粒子」と表現しているとも指摘するが,「微粒子」という概念は一義的なものではなく,ある程度の幅を持ったものであることについては原告自身も認めるものであるところ,そのうちのどの粒子径の微粒子を生成するかは,各発明の目的等に応じて個別に設定されるべきことであり,仮に被告が他の発明において,10μmを超える粒子径のものを「微粒子」と定義していたとしても,そのことは,本件発明において粒子径が10μm以下のものが微粒子であると主張することと何ら矛盾するものではない。

(2)あてはめ①~粒子の測定指標について 
 次に,本件では,「微粒子」の粒子径の評価指標として,「D50(中位径)」と「ザウター平均径」の2つが存在することから,いずれの指標を採用すべきかについても争いとなった。この点について,裁判所は,粒子径の評価に用いられた指標が本件明細書上明らかでなく,且つ,噴霧ノズルにおける粒子径の評価指標としては,D50,ザウター平均径のいずれもが一般的に用いられていることから,「D50,ザウター平均径のいずれの指標を用いて測定しても,噴射される微粒子の粒子径が10μm以下となる場合」にのみ,本発明の構成要件を充足すると判示した(下記参照)。

  (2)  粒子径の評価指標について
  証拠(乙9及び16)及び弁論の全趣旨によれば,分布する粒子径の評価をする際の代表値の取り方には,一般にD50(中位径)とザウター平均径があり,D50は,粒径分布上の50パーセント中位の粒径をとったものであり,ザウター平均径は,粒子の体積の総和と表面積の総和との比をとったものであると認められる。しかし,本件発明によって噴射される微粒子につき,その粒子径の評価に用いられた指標は,本件明細書上明らかではない。
  この点,原告は,実際にはD50 を用いて粒子径の評価を行っており,本件明細書も同指標に基づいて記載したものであり,一般的にもD50 が用いられると主張するのに対し,被告は,一般にはザウター平均径を用いて粒子径を評価することが多いとして,本件発明についても,ザウター平均径を指標として粒子径の評価をすべきであると主張する。
  証拠(甲22,23)によれば,スプレードライヤの製造会社であるGEA Niro社が作成した資料及びスプレードライ製法による錠剤製造機に関するメルク株式会社のカタログにおいては,D50 を用いた粒子径の説明が行われていることが認められる。また,液体を微粒子にする方法に関する被告特許においても,D50を用いた粒子径の評価が行われており,イ号製品等のカタログ上も,D50 を用いた粒子径の評価が行われていることが認められる(乙12,乙14)。
  他方,証拠(乙15)によれば,産業用スプレーノズルと応用機器,ソリューション事業を業とする「霧のいけうち」という会社が作成した2流体ノズル製品の技術資料においては,「数多い小粒子より,数少ない大粒子によって現象が左右されることが多いため,ザウター平均径を噴霧粒子群の代表値とするのが最も好ましいようです。一般にもザウター平均径が多用され,本カタログにおいても使用しています。」と記載されており,さらに,証拠(乙16)によれば,ノズルネットワーク株式会社が編集した「役立つノズルの選定知識」と題するウェブページにおいても,液滴平均径の求め方について,「ノズル分野ではほとんどの場合ザウター平均径が使用され」との記載があることが認められる。
  また,国際特許分類(B05B7/08 B01F3/08 B01F5/20 B05B1/26 B05D1/02)のいずれかを含む特許出願においては,D50 を明細書中に含むものが229件,ザウター平均径を明細書中に含むものが65件存在したことが認められる(甲24,甲25)。
  以上を踏まえると,噴霧ノズルにおける粒子径の評価指標としては,D50,ザウター平均径のいずれもが一般的に用いられているというべきであるから,技術常識を考慮しても,本件明細書における粒子径がそのいずれを評価指標とするものかを決することはできない。そうすると,明細書の公示機能に鑑み,本件発明の技術的範囲に属するのは,D50,ザウター平均径のいずれの指標を用いて測定しても,噴射される微粒子の粒子径が10μm以下となる場合に限ると解するのが相当である。

(3)あてはめ②~対比の対象となる微粒子について
 また,本件のイ号製品等では,傾斜面(平滑面)から噴射された微粒子同士が空中で衝突することにより,更に粒子径の小さい微粒子が生成されることから,衝突の前後いずれの微粒子の粒子径をもって対比を行うべきかという点も争いになった。この点,裁判所は,本件発明が,液体が平滑面又は傾斜面上で薄く引き伸ばされ,「微粒子」になった状態で噴射されること,すなわち,傾斜面(平滑面)から離れた時点において既に「微粒子」となっていることが前提とされているとして,衝突前における粒子径の方を対比に用いるべきであると判示した(下記参照)。

 (3)  対比の対象となる微粒子について
  前記のとおり,本件発明の技術的意義は,傾斜面に沿って高速流動させた空気流によって,供給口から傾斜面に送り出された液体を薄く引き伸ばして薄膜流とすることにより,この薄膜流が傾斜面を離れる時に,表面張力で粉々にちぎれて微粒子の液滴となるようにすることにあり,請求項においても,「薄膜流を平滑面から離して微粒子として噴射することを特徴とする」(本件発明1),「薄膜流を空気流で空気中に微粒子として噴射することを特徴とする」(本件発明4),「液体を微粒子に噴射するノズル」(本件発明6)と記載されているように,液体が平滑面又は傾斜面上で薄く引き伸ばされ,「微粒子」になった状態で噴射されること,すなわち,平滑面又は傾斜面から離れる時点で引き伸ばされた液体が「微粒子」の状態になっていることを前提とするものであり,平滑面又は傾斜面から離れた粒子に,他の粒子との衝突など,何らかの要因が加わって,事後的に「微粒子」となることまでその技術的範囲に含むものではないと解するのが相当である。
  したがって,本件では,イ号製品等において,噴霧流同士が衝突する前に粒子径10μm以下の微粒子が製造されているか否かについて検討すべきである。

(4)あてはめ③~イ号製品等における衝突前の粒子径について
 微粒子の粒子径の事実認定に際しては,①衝突前の粒子経を直接測定したもの(衝突なし実験),②衝突後の微粒子を測定し(衝突あり実験),当該結果に衝突前後における粒子径の変化率を乗じることにより衝突前の粒子径を推認したもの,の2通りについて,原告と被告双方から複数の実験結果が証拠として提示された。このうち,裁判所は,②について原告の実験結果は信用できるとしてこれを採用した上で,変化率の算出部分に関しては被告の①による実験結果に基づく値(倍率)を用い,結論として,イ号製品等では,少なくともザウター平均径の場合について上記のとおり衝突前に10μm以下の液滴を噴射し得るとは認められない以上,衝突前に10μm以下の液滴径が得られる構成を有するということはできないから,イ号製品等は「微粒子」を含む各構成要件を充足しないと認定した(下記参照)。

(ア) 原告による実験結果1及び2(衝突あり試験)について
   a イ号製品を用いた原告による衝突あり試験の結果は,イ号製品の本来の使用方法に基づく結果であることから,信用するに足りるものである。
   b ところで,衝突あり試験の結果から衝突前の液滴径を推認するためには,衝突の前後における液滴径の変化の度合いが明らかになっている必要がある。
  そして,衝突なし試験について唯一信用するに足る測定値であると認められる被告による実験結果によれば,気液比1300ないし1400の設定条件下で得られる衝突前の微粒子の粒子径は,衝突後の微粒子の粒子径に比して,D50 につき約2.09倍(35.77μm/17.09μm),ザウター平均径につき約3.39倍(33.71μm/9.92μm)となったことが認められる。
  もっとも,この倍率については,前記のとおり,イ号製品等ではこの試験よりも小さな粒径の液滴を形成し得ると認められ,また,弁論の全趣旨によれば,衝突前後の粒子径の変化の度合いは,一般に,粒子径が小さくなるに伴い逓減すると認められるから,被告の実験より気液比を高くしてより小さな液滴が形成されるようにした条件下では,衝突前後の変化の度合いは上記よりも小さくなると考えられる。しかし,液滴径が被告の実験よりも小さくなった場合に,衝突前後で液滴径がどのように変わるかについては,これを認めるに足りる的確な証拠がないことから,衝突あり試験及びデータから衝突前の液滴径を推認するに当たっては,上記の被告の実験における変化の度合いを踏まえて検討する以外にないというべきである。
   c そこで具体的に見ると,まず,原告による衝突あり試験のうち,前記のとおりイ号製品等の通常使用の範囲内と認められる気液比6200程度以下の条件下でのものを見ると,衝突後のザウター平均径が最小なのは4.32μm(D3A)であるが,これに上記の倍率を適用すると,約14.64μm(4.32μm×3.39倍)となる。そして,この場合,衝突前のザウター平均径が10μmになるためには,倍率が約2.32倍まで低下する必要があるが,被告の実験における衝突後のザウター平均径が9.92μmと既に10μm以下になっていることを考慮すると,衝突後のザウター平均径が4.32μmになる場合の倍率が約2.32倍にまで低下すると直ちに推認することは困難である。
   d 次に,原告による衝突あり試験において,上記よりも液滴径が小さくなったものとして,原告による実験結果2のザウター平均径3.47μm(D3Amin)があり,これに上記の倍率を乗じると約11.76μmとなる。この場合に,衝突前のザウター平均径が10μmになるためには,倍率が約2.88倍まで低下すれば足りるが,やはりこの場合にも,倍率がそこまで低下すると直ちに推認することは困難である。
  また,そもそもこの試験結果は,気液比が32600という極めて大きな条件下で得られたものである。前記のとおり,イ号製品等は,大きな気液比を用いることを想定していないと認められるところ,その標準仕様では,気液比が多くは1000台で,最大でも2906とされており,被告特許の明細書における実施例でも気液比6205が最も大きい例であることや,被告特許に係る発明とその実施品と推認されるイ号製品等は,空気の使用量をより少なくする点に目的及び効果を有することからすると,気液比32600というのが,イ号製品の通常の使用方法として想定されていると直ちに認めることはできない。なお,イ号製品等のカタログでは,「テスト実施例」において,電池正極材の粒度分布を示すに当たり,気液比26889を用いているが,それはテストの実施例として記載されているにとどまる上,他の例の気液比と余りにかけ離れていることからすると,条件次第ではここまでの微粒化が実現できるというアピールをする営業的側面から記載されたもので,工業製品として通常行われる気液比ではないとの被告の主張もあながち否定することはできないというべきである。
  この点について原告は,通常の使用方法として想定されている条件下であるか否かにかかわらず,衝突前に10μm以下の液滴径が得られるのであれば,イ号製品等は本件発明4及び6の技術的範囲に属すると認めるべきであると主張する趣旨にも見受けられる。しかし,イ号製品等が衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得るか否かは,その使用方法に依存しているところ,イ号製品等が,その想定する通常の使用方法の下で衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得るのでなければ,産業社会において実際にそのような機能効用を有する製品として取り扱われることがないのであるから,そのような場合にまで,イ号製品等が衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得る構成を有するということはできない。
   e そして,本件発明においては,前記のとおり,D50 及びザウター平均径のいずれによっても衝突前に粒子径10μm以下の液滴が噴射されることが必要であると解されるから,ザウター平均径の場合について上記のとおり衝突前に10μm以下の液滴を噴射し得るとは認められない以上,D50 の場合について検討するまでもなく,原告による衝突あり試験の結果から,イ号製品等において,衝突前に,10μm以下の液滴径が得られる構成を有するということはできない。

・・(中略)・・

   (5)  以上より,イ号製品等において,噴霧流同士の衝突前にD50 及びザウター平均径のいずれもが10μm以下の微粒子が製造されると認めることはできない。
  よって,イ号製品等は,少なくとも本件発明1の構成要件A,E及びF,本件発明2の構成要件H,本件発明4の構成要件ア,オ及びカ,本件発明6の構成要件キを充足するとは認められない。

3 検討

 本件は,クレーム(特許請求の範囲)の文言上は数値限定の記載がないにもかかわらず,明細書中の課題・効果・実施例等において具体的な数値の記載がされていたことから,クレームの構成要件が当該数値による限定を含むものとして解釈された結果,構成要件非充足(非侵害)と判断された事例である。特許権者にとってはやや厳しい判断とも思えるが,特許明細書の作成時に具体的な数値を明細書に記載しようとする際には,留意しておくべき裁判例といえる。
 また,上記2(2)で述べたとおり,数値限定を含む発明において当該数値の測定方法が明細書に記載されていない場合,一般に用いられる全ての測定方法により当該数値が充足されなければ侵害が認められないとするのが近年の裁判例の傾向である。したがって,数値限定がポイントとなる発明の場合,当業者が事後的に再現可能な程度に,当該数値の測定方法を明細書に明記しておくことが必須といえる。

以 上
(文責)弁護士・弁理士 丸山 真幸