【令和7年3月19日(知財高裁 令和5年(ネ)第10040号)】
◆争点:
・医療行為を介して生産されることが予定された豊胸用組成物に係る特許が、「産業上利用することができる発明」といえるか(特許法29条1項柱書き違反の無効理由があるか)。
・豊胸用組成物に係る特許権の効力が、調剤行為の免責規定(特許法69条3項)により、豊胸手術のために当該組成物を調剤する行為に及ばないといえるか。
(本件では、その他にも事実認定、記載要件違反、損害額等も争点となっているが、本稿では上記争点についてのみ取り上げる)
【キーワード】
特許法29条1項柱書/産業上利用することができる発明/人間を手術、治療又は診断する方法/特許法69条3項/二以上の医薬
1 事案の概要
本件は、豊胸用の皮下脂肪組織増加促進用組成物に関する特許(特許第5186050号)を有する原告(控訴人)が、被控訴人による豊胸手術における薬剤の調合・投与行為が当該特許権を侵害すると主張し、損害賠償を請求した事案である。
争点の一つは、産業上の利用可能性の要件(特許法29条1項柱書)に違反する無効理由があるか否かである。本件特許発明である組成物は、医療行為を介して生産されることが予定されており、このような発明は「産業上利用することができる発明」に当たらず、特許の対象とならないのではないかという点が争点となった。
また、争点の一つとして、本件特許権の効力が調剤行為の免責規定(特許法69条3項)により被控訴人の行為に及ばないか否かが問題となった。すなわち、本件発明が豊胸(審美目的)のために使用されるものであるとしても、豊胸手術において医師が行う薬剤の調合が、「二以上の医薬を混合して製造されるべき医薬の発明」に該当し、調剤行為に対する特許権の効力が及ばないといえるかが争点となった。
2 裁判所の判断
(※下線は筆者が付した)
・・・
3 争点2-1(本件発明に係る特許は、産業上の利用可能性の要件(法29条1項柱書き)に違反した無効理由があるか)について
(1)被控訴人は、本件発明は「豊胸用組成物」に係る発明であるが、・・・本件発明は、実質的には、採血、組成物の製造及び投与という連続して行われる一連の行為、すなわち豊胸手術のための方法の発明と異なるものではないとの主張を前提として、医療行為は「産業上利用することができる発明」に当たらないから、本件発明に係る特許は無効とされるべき旨主張する。
(2)・・・昭和50年法律第46号による改正前の法は、「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」を、特許を受けることができない発明としていたが(同改正前の法32条2号)、同改正においてこの規定は削除され、人体に投与することが予定されている医薬の発明であっても特許を受け得ることが明確にされたというべきである。
したがって、人体に投与することが予定されていることをもっては、当該「物の発明」が実質的に医療行為を対象とした「方法の発明」であって、「産業上利用することができる発明」に当たらないと解釈することは困難である。
(3)次に、本件発明の「自己由来の血漿」は、被施術者から採血をして得て、最終的には被施術者に投与することが予定されているが、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造する行為は、必ずしも医師によって行われるものとは限らず、採血、組成物の製造及び被施術者への投与が、常に一連一体とみるべき不可分な行為であるとはいえない。・・・人間から採取したものを原材料として、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明について、そのことをもって、これを実質的に「方法の発明」に当たるとか、一連の行為としてみると医療行為であるから「産業上利用することができる発明」に当たらないなどということはできない。
(4)以上によると、本件発明が「産業上利用することができる発明」に当たらないとする被控訴人の主張を採用することはできず、本件発明に係る特許は、法29条1項柱書きの規定に違反してされたものということはできない。したがって、同無効理由の存在により本件特許権を行使することができないとする被控訴人の抗弁には理由がない。
・・・
7 争点3-2(本件特許権の効力が、調剤行為の免責規定(法69条3項)により、被控訴人の行為に及ばないといえるか)について
(1)被控訴人は、本件特許権の効力は、法69条3項の規定により、被控訴人の行為に及ばないと主張する。
(2)法69条3項は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」を対象とするところ、本件発明に係る組成物は、・・・「豊胸のために使用する」ものであって、その豊胸の目的は、・・・主として審美にあるとされている。このような本件明細書等の記載のほか、現在の社会通念に照らしてみても、本件発明に係る組成物は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のいずれかを目的とする物と認めることはできない。
(3)主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態を、そのような一般的な意味における「病気」ということは困難であるし、豊胸用組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」ということも困難である。 また、法69条3項は、・・・その趣旨は、・・・医療行為の円滑な実施という公益の実現という観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないよう図ることにあると解される。しかるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできず、上記のとおり一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらないというべきである。
(4)したがって、本件発明は、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」には当たらないから、被控訴人の行為が「処方せんにより調剤する行為」に当たるかについて検討するまでもなく、法69条3項の規定により本件特許権の効力が及ばないとする被控訴人の抗弁には理由がない。
3 コメント
裁判所は過去に、手術現場で実施される医療行為について特許性を認めない判断(東京高裁平成14年 4月11日・平12(行ケ)65号)をしている。
また、特許庁の審査基準では、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」については産業上の利用可能性の要件を満たさない発明として特許性を否定し、他方で、「医療機器、医薬等の物の発明」については「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」に該当しない発明であるものとして特許の余地を認めている。
上記のように、医療行為(方法)については特許性を否定されていたものの、医薬品等については当然特許性が認められてきた。
本件で、被控訴人は、「豊胸用組成物」が医療行為の過程で使用されることをもって、医療行為(方法)の発明と異なるものではなく、特許が無効とされるべき旨主張したが、裁判所は、「人間から採取したものを原材料として、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明について、そのことをもって、これを実質的に『方法の発明』に当たるとか、一連の行為としてみると医療行為であるから『産業上利用することができる発明』に当たらないなどということはできない」として、被控訴人の主張を排斥した。
医薬品等の製造や使用の過程において医療行為が介在することをもって特許性を否定してしまうと、医薬品に関して特許を認められる範囲が不相当に狭くなってしまうと考えられるので、本件における裁判所の判断は妥当と考える。
また、本件では裁判所は、審美目的に使用される物(豊胸用組成物)について、「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」に該当しない旨の判断をし、特許法69条3項における特許権の効力が及ばない範囲には含まれない旨の判断をした。
昨今は、豊胸のような美容目的を含め、「病気」が関連しなくても、医師の処置をうけ、「処方せんにより・・・調剤する行為」がされ、又は「処方せんにより・・・調剤する医薬」が生産・提供される機会が多くなってきている。これらの行為は、伝統的な医療行為のイメージと異なり、より商業的な視点で行われているものといえ、特許法69条3項の効力を及ぼす必要性に欠き、その効力の範囲外としたことは妥当な結論と考える。
ところで、本件で裁判所は、審美目的に使用される物(豊胸用組成物)について、「審美を目的とする豊胸手術を要する状態を、そのような一般的な意味における『病気』ということは困難であるし、豊胸用組成物を『人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物』ということも困難」として、特許法69条3項の効力が及ぶことを否定したが、今後、「病気」に該当しない審美目的の「豊胸手術のための方法の発明」等について、産業上の利用可能性が争点となった場合に、裁判所がどのような判断を示すかは注目される。
思うに、主に審美目的のために実施される「豊胸手術のための方法の発明」等については、病気等に対して行われる通常の手術の方法の発明に対して特許性を否定する趣旨は、もはや及ばないのではないだろうか。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介

